道化役者
暗がりの中、スパルトイS1-k-P2re、自らをマキューシオと芸名を名乗ったスパルトイは逃げていた。路地裏から路地裏へ、自身の能力、ホルモン散布により、虫や動物を囮として散らしながら、彼は逃げていた。
受けた任務に失敗した以上、自身の身は危険であり、かといって彼らが自分を生かし放っておくはずもない。蚊たちが媒体として広めた病気は自分には治療できないものだし、そもそも、巻き込まれた者たちが生きようと死のうと自身にはまるで関係のない話だったからだ。なら、逃げるしかない。何もかもから。
が、彼の目の前に黒い人型が現れる。薄汚れた襤褸の被りがついた外套を纏った、黒曜のごとく光を吸い込む頭部を持つそれが現れた。襤褸の隙間から見える胴体は……なにやら小奇麗な白い洋服を着ているのが見える。あれは思うにブラウス、婦人服の類ではないだろうか。そこから延びる漆黒の、か細くも命狩る取るための腕は、藍色で金の刺繍がされたアームカバーをかぶせられている。足元もこげ茶色の革靴に白いストッキングと、ずいぶんとしゃれこんだ死神である。
「これはこれは……もしやあなたは……O5-t-D3toというコードナンバーでしたな? そうだそうだ……D2-o-L1veと共に任務を放り出して逃げ出したスパルトイ!」
O5-t-D3toと呼ばれた、着飾ったスパルトイは言う。
「邪魔なことを覚えているのね」
「ええまぁ、覚えるのはわたくし、忘れることと同じぐらい得意でしてね……ですから、あなた方のことも忘れるのでご心配なく……」
S1-k-P2reがわずかに後ずさりするのを、着飾ったスパルトイは見逃さなかった。
S1-k-P2reの足元が、突然泥濘の様に変化して彼の足を絡めとる。バランスを崩した彼の頭部を、スパルトイO5-t-D3toが掴む。S1-k-P2reは上ずった声になりつつも抵抗はしない。
「は、はは、わたくしを殺すつもりですか!? い、いいですとも! おお、いいですとも! あなたが行く道は困難だ! 先に地獄より、あなたの行動を見ていましょう!! 愛は影法師。追えば追うほど離れる物! そう、真実の愛などと気取るが困難の道! ははは、は、は、ゔぁ、ゔ、あ、が、g、g、d……」
掴まれていたS1-k-P2reの頭部から煙と焦げ臭い臭いがあがり、動きが止まる。
一人残されたスパルトイは、動かなくなったそれを泥濘に沈めながらぼやく。
「『今が最悪』と言える間は……まだそうじゃない。シェイクスピアを語るなら完璧にやったらどうなの」
その後、路地には何も残っていなかった。いつもの平穏な、少し薄暗さのみがそこにあった。
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