氷菓子
「頼む! この通りだ!」
「ごめん、真面目に引く、かも」
自分より体躯の大きい親友が目の前で人目も気にせず地面に膝と手をついて、自分に頼み込んできている場合、多くの人間はそれを二つ返事で了承する……わけがない。
「えぇ!? 即答かよ……分かった。今度アイスを奢るから!」
「物で釣ろうとしないでよ」
「味は
大翔は体格もよく外見も整っていることもあり、かつ声も大きく人目を惹くため、まさにこの状況は悪目立ちしている状況だと言える。
平均より少し小柄で地味な生徒である莉雄にとっては、とても恥ずかしい状況であった。
「アイス、ダブルで良いから! 今なら俺が全額出すから!」
「アイスで釣られたくないんだけど……」
「え? じゃあ、アイス無しでやってくれるのか?」
大翔は飛び起きるように莉雄に詰め寄り、手を取る。さっきまで土下座していた手で。
「いや、そうは言ってないけど」
結論から言うに、莉雄はこの申し出を受けることになった。
体育館裏の倉庫で、体育委員の仕事を手伝いながら、莉雄は事態の説明を現場の体育委員に行った。
「なるほど。それで、なんだかんだ断れずに、丸め込まれた、と」
「う……申し訳ない……です」
「まったく。人手足りないから追い返すわけにもいかない。せっかくだから手伝ってもらうけどな」
薄曇りの空の下、じんわりと暑さを感じる昼前時、体育祭が行われている裏で、隣のクラスの体育委員、
「一組の体育委員は俺。二組は友達に仕事押し付け逃亡。三組のは急病で休み。四組以降はグラウンドの方で仕事してるから頼れない、と……ああ、一年を救援に寄こして欲しいよ」
今、この高校では学園祭が行われており、初日の今日は体育祭が行われている。
グランドでは三年生が競技に汗をかき、一年生が応援を行い、二年生が裏方に徹している。
時間で交代することになっているのだが、二年二組の源口 大翔という体育委員は、仕事をさぼってどこかへ行っている。その行方は、仕事をダブルのアイスクリームで押し付けられた友人にすらわからない。
眼鏡を定期的に直しながら愚痴とも説教ともつかない言葉を口にする慶に謝りながら、なだめながら、莉雄は仕事を手伝った。
じんわりと汗をかきながら、倉庫から次の競技に必要な物を引っ張りだしていく。その最中、埃くさい高跳び用マットを引っ張りだしたその時だった。
暗がりの中、外からの光を反射し光る両眼を備えた何かが、倉庫の中に居ることに莉雄は気づいた。
一瞬驚くも、それが倉庫の中で、跳び箱にもたれかかって寝ている人物の眼鏡であることに気付いた。
薄暗がりでもわかるほど中性的で整った顔立ちなのだが、ずれた眼鏡と居眠りの最中故の半開きの口がとても残念な様相を呈している。
倉庫の中からなかなか出てこない莉雄がどうしたのかと、奥まで入ってきた慶もその様子に気付いた。慶は莉雄とは違い驚いた声を出した。
「うぉゎ、びっくりした。……誰? ってか、こんなとこでなにしてんの? え? 三年の先輩か?」
この高校は、体操服の襟首の色ですぐに学年が判断できるようになっており、また、体操服の胸のあたりに苗字のみだが名前も書かれてる。
「えぇ……起こしたくねぇ……面倒ごとの匂いがすんじゃん」
「うーん、でも、起こした方が……体調が悪かったとかだと困るし」
「別にいいだろ。跳び箱に用無いし」
が、慶の言葉も無視して莉雄は彼を起こした。
「起きてください、先輩。えーと、神薙先輩」
神薙と書かれた体操服を着た三年生を莉雄は揺する。
「えーっと、あ、眼鏡かけたまま寝ると危ないですよ」
「いやそこかよ」
「え! 違った!?」
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