Blue butterfly
プロローグ
――その日、俺が見た色は、絶望の色だった。
「きゃああっ」
まだ宵の口、月が昇って間もない時間、俺は久しぶりに顔を合わせた親戚たちと酒を酌み交わしていたが、尋常ではない女の声に思わず外を見た。
「危ない!」
甲高い女性の声が響いた。呼ばれた名前に聞き覚えがあった俺は、慌てて中庭に出た。
苦手な草履の、薄い草鞋の下で整えられた砂利を踏み荒らす感覚を味わいながら、声のする方を見上げると、真っ青なだらり帯の羽が視界に飛び込んできた。
そして悪戯にはためいた風が帯を巻き上げた。その光景はまるで大きな青い蝶が舞い降りてくるかのようだった。
あまりの美しさに俺が息を呑んで動けずにいると、蝶の向こうから使用人らしき女の声が響いた。
「――様!」
ぼんやりしながらその名を聞いた。――少し経ってから目を剥くと、目の前には舞い降りた美しい蝶ではなく、二階の露台から足を踏み外して落ちた人間の姿があった。
「ねえ、さん?」
蒼い蝶ではない、その人は間違いなく血の繋がった自分の姉だった。そのことを理解したと同時に全身が震え上がって体温が下がり切るような心地がした。目の前が真っ暗になって、まともな思考回路ではなくなっていくような感覚を覚えた。
家の人間が慌てて出てきて救急車を手配したりする雑音を聞きながら、俺は姉の顔から目をそらせずにいた。
あなたは本当に足を踏み外したのか?
あなたはもう生きていたくないのではないか?
蠱惑的な赤い唇が、恨めしそうに動くのが見えた。
――過去の話をしようか。それとも、囚われた今の話をしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます