第2話 何してんの

 目が覚める。時刻は5時半。土曜日だが食事担当故に毎日この時間に起きてしまう。親父の分を軽く作ってもっかい寝るか、と半分寝ぼけて居間に行くと、味噌の柔らかな匂いに気付く。蓉がエプロン姿で味噌汁を作っていたのだ。


「何してんの。」


振り向きながら笑顔で、


「あら、おはようございます。朝食を作っているのが見えませんかしら。」

「んなもん分かる。そうじゃなくて、何で客のお前が勝手に作ってっかって聞いてんだ。」

「いけませんでしたか?」


どうせ作る物を勝手にやってくれるんだから、本来なら喜ぶべきなのだろう。だが、知り合って間もない奴にやられても気分は良くないもので。


「手伝っていただかなくても結構ですのよ。これでも腕には自信がありますから。」

「うるせぇ。習慣だからやらなきゃ落ち着かねぇだろうが。」

「そうでしたか。ではおかずはお任せします。」


……。なんか俺が手伝ってるみたいでむかつく。ってかエプロンあるってことはもともとやる気だったんか。


大きく欠伸をしながら親父が起きて来た。まあよく他人が居るのにぐっすり寝られるもんだ。


「おォ、なんかいつもより旨そうじゃん。」

「いつもより?」

「おォっとォ、誤解だぜ息子よォ。いつも旨いぜェ。」

「落とすならまずは胃袋からって言いますからね。気合を入れさせてもらいました。」


ふふんと得意げである。


「こんな中年落としてどうすんだっての。」

「美人で料理もできるたァ、よっぽどモテんだろ。」

「何度か告白してもらいましたが、全てお断りさせて頂いていますの。」

「ほォん。そりゃまたなんで?」

「どうせ資産目当てですもの。」

「現代にも政略結婚みたいなのなんてあるんだなァ。」

「世の中お金だけではありませんのに。」


父と蓉が会話に花を咲かせているのを横から見る。……。ん、おかしい。なんでこいつら当たり前に会話してんだ? 昨日知り合ったばっかりで、お互い素性もよくわかってないのに。俺がおかしいんか? そんな馬鹿な。


張り合っていたら眠気がふっとんだから起きているが、こいつの話はやはり理解できんな。「お金だけではありませんのに。」なんて金持ちにしか分かるわけないだろうよ。使っても使いきれないだけあるお前にしかな。


 「おッ、そろそろ出るわ。」

「お仕事ですか。行ってらっしゃいませ。」

「いってら。」


時刻は7時。バイトは午後からだから晩飯の用意しなきゃなあと、溜まった家事をこなしながら考えていると、


「そういえば名前を伺っておりませんでし

たね。」

「どうせ知ってんだろ。白々しい。」


まさかリストアップしてるのに知らないことはないだろう。


「いえ、本当に知りませんの。名字以外は。」

「嘘つけ。」

「本当ですって。目隠しして選んだといいましたよね。知っているのは貴方のお父様の名前だけです。」


なんだそれ。聞けば聞くほど行動理由がわからん。とはいえ別に渋る程自分の名前に価値があるわけでもないしな。


「直斗だ。直角の直に北斗七星の斗で直斗だ。」

「誠実そうなお名前ですね。」

「褒めても何も無いぞ。」


少しニヤリとして、


「あら、正直な感想でしたのに。性格はそうでは無いようですね。」


ほぼ初対面にこんなこと言える方がどうかしてんだよ。


「そういや聞き忘れてたが、学校はどうすんだ?まさかずっと家にいるわけじゃないだろ?」

「心配なさらずともちゃんと行きますわ。明城家の人間が無断欠席なんて真似できませんもの。」


まあそうだろう。むしろ家に居続けられた方が困る。


 洗濯を干していると、蓉がそわそわしながら訊いてきた。


「何かお手伝いしましょうか?」

「いらん。朝はアレだったが、家事は俺がやってんだ。この家なりのやり方もあるしな。」


笑顔が消え、不服そうな眼差しをむけてきた。


「泊まり込みですもの、手伝いくらいさせてくださいな。やり方さえ教えてもらえば何でもしますわ。」

「軽々しく『何でも』を使うな。まぁそうだな、まずは妹の相手でもしてやってくれたら助かるかな。」

「あの女性ものの靴は妹さんのでしたか。」


よく見てんな、と思った時ちょうど、のそのそと妹も起きて来た。


「兄さんおはよ。」

 

 時刻は8時半。妹の朝は弱い。


「やっと起きたか。飯はテーブルにあるからちゃっちゃと食え。」

「あ~い。」

「今日もバイトあるから、晩飯は先に食っとけよ。」

「今日もか~。せっかく一日中兄さんとブレイブルーできると思ったのに。帰ったらわからせするからね。」

「って言っていっつも俺勝つじゃん。」


ぷく~って擬音がお似合いな程顔を膨らませて、


「今日こそ勝つんだもん! その天狗っ鼻へし折ってやるから!」

「懲りねぇな。まあ俺帰ってるまでそいつと遊んでろよ。教えれば『何でも』できるってさ。」

「あ、今意地悪言いましたね。」

「へ?」


固まる妹。蓉を4,5秒凝視してから此方を向く。目には困惑の色がありありと浮かんでいた。


「えっ、ちょっ、兄さんっ、なにっ、」


妹の混乱を他所に丁寧に自己紹介を始める。


「おはようございます、妹様。明城蓉と申します。今日から一週間お世話になります。」

「俺も昨日の今日であんまよく分かってねーんだ。」

「え~…。」


まあそうだな。朝起きたら、美人で知らない女が居たらビビるに決まってる。ただ、普通のリアクションを見て少し安心した。やっぱりあいつらがおかしいんだよ。

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