水平線とその向こう

新城ニト

第1話 お前誰だ

 事の発端は12月24日金曜日。町はイヴで浮かれている最中、21時を少し過ぎて鍵の開く音が聞こえた。玄関に出迎えに行くと一人、父の後ろに見知らぬ影があった。

「悪ィんだけど、あったかい飲み物用意してくれや。」




「まァ、なんだ。夜道で俺に話しかけてきたもんだから、俺ァてっきり怪物に目ェ付けられちまったもんかとおもってなァ。」

「でなくとも、今じゃァ話してるだけで不審者呼ばわりされちまうもんだからなァ。まいっちまうよ。」

「その節は申し訳ございません…。」

「あァ待て、別に嫌味で言ったんじゃねェんだ。気ィ悪くしたなら謝る。」

「いえ、元はといえばこちらから一方的に話していたのですから。」


何言ってんだこいつら。まったく状況がつかめん。


「ちょっといいか。」

「はい?」


きょとんとした顔で女は話す。


「はい?じゃねぇ。お前誰だ。」

「なんだァ、その聞き方はァ?」


親父が少し怒ったような面持ちで此方を向く。しかし女がいるせいか、あまり強い口調ではない。


「親父は黙ってて。今はそれより大事な事があんだろ。まず名前を言えや。」


女ははっとしてから俺の目を見て、にっこりと微笑みながら言った。


「申し遅れました、私は明城蓉あかぎようと言う者です。本日から一週間お世話になります。」


妹は親父の帰りを待つ間に寝てしまった。。時刻は23時。親父も親父で明日も仕事だからと早々に床に就いた。


…なんだこの状況は。テーブルを挟んで向こうの女性に目を向ける。会って間もないが、物怖じしない立ち振る舞いと、太目の眉に少し垂れた目尻が、腰まで伸びた艶のある黒髪と相まって和の女性を思わせる。常に微笑みを浮かべているおかげで警戒心が少し緩んでいた。とはいえ、全くの他人を事情も分からず家に居させる程俺は寛容ではない。経緯ぐらい聞く権利はあるだろう。


「お世話になるったって、いったい何が目的で来てんだ。」

「一般庶民の暮らしを身を持って体験する為ですね。」

「一般庶民て。じゃあ何、どっかの令嬢だってのかあんたは。」

「ええ、まあ。」


社会見学ってやつなのか、だとしてもなんでまた…


「で、なんでうちなの。」

「リストアップされた中から私が目隠しで選びました。」

「適当かよ。」


すると、分かってないな、とでも言いたげな表情で


「選択しては面白みがないではありませんか。」


 と言った。正直理解が及ばない。若干眠いのもあるが、大部分は価値観の違いによるのだろう。


「事前通告もなしにか?」

「あらひと月前には旨を伝えた書簡をお届けしたはずですが。」


聞いてな……あ?そういや親父が前に、


「二週間後にかわいい女の子がホームステイに来るぞ!」


って言ってたなぁ…。あれマジだったんか…。酔っぱらいの妄言とばかり思ってたわ。


「あの親父は…。まあ事前通告があったのは分かった。じゃあ受け入れのメリットってなんだ。タダで住まわせて下さい。ってんなら他所でやって欲しいんだが。」

「そのことに関しても予め了承は取っているはずですが…。」

「肝心の情報が分かってないんだ。俺にも知る権利はあるだろ。」


蓉の顔が曇り、少しばかりの沈黙の後、


「………。ここで話すべきではないのかもしれませんね。」

「はあ?なんだそれ。」

「今言ってしまえば、明日からの貴方の態度が変わってしまうかもしれませんもの。それでは意味がありません。でも安心してください、ちゃんと報酬というか、謝礼はさせていただくので。」


んなこと言ったってなぁ…。後で親父にでも聞くか。


「はぁ。わかった。もう眠いからこれで最後にするわ。」

「どうぞ。」

「…。いや止めとくわ。」


すぐに聞くべきではないなと思い直した。相手は令嬢。当然、誘拐対策は取っているだろうし、聞くだけ野暮だろう。

蓉は不思議そうにしたが、すぐに柔らかな表情で、


「そうですか。まあ、気になることがあればいつでもどうぞ。」


時刻は23時半。高2にもなって遅起きができない俺は、いつもならもう寝ている時間だ。


「俺はもう寝るけどお前はどうすんだ?何の準備もしてないし、一回帰ったらどうだ。どうせすぐ迎えも来るんだろ。」

「私はソファーで十分です。」

「馬鹿言え。無理して泊まる必要もないだろうに。」


だが毅然として、


「居候の立場なのですから、お気になさらず。」


なにがこいつをそこまで駆り立てるんだろうか。


「…。そうかよ。ならせめてこれ使え。」


無造作にブランケットを2,3枚渡す。


「シャワーは適当に使っていいから、早いとこ寝ろ。」


するとはにかんだ顔で、


「わかりました。ではおやすみなさい。」

「ああ。」


不思議なことになんだか少し懐かしさを覚えていた。

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