第20話 心の奥の奥
気がつくとアリッサは荒野の中に一人立っていた。
さっきまでは、城にいたはずなのに今は全く違う場所だ。
エライの姿も黒衣の貴婦人の姿も見えない。
これも何かの魔術だろうか?
不安に駆られながらも注意深く周囲を見渡すと、すぐ先に一軒の小屋を見つけた。
ここで立っていても仕方がない。アリッサは、とりあえず小屋に行ってみることにした。
途中、何かの奇声を聞き、空を見上げると灰色の雲の下、奇妙な生き物が空を飛んでいるのが見えた。
羽ばたきはコウモリのようだったが、それにしては随分、高い位置に飛んでいる。
アリッサは、その奇妙な生き物が降りてこないことを祈りながら小屋まで小走りで向かった。
小屋にたどり着き、扉の取手に手をかけてみると、幸いなことに鍵はかかっていない。
アリッサは、扉を開けて中に入った。
「だれ?」
呼びかける声にアリッサは一瞬驚いたものの子供の声と気付き、よく中を見た。
そこにいたのは小さな女の子だった。暗がりに隠れて姿はよく見えない。
「ごめんなさい。誰もいないと思ってた」
アリッサが謝ると女の子の方から近づいてきた。
「だれ?」
外からの灯りに女子の姿が見えた時、その顔を見て驚く。
それは幼い頃の自分そっくりだったからだ。
女の子は不思議そうな顔でアリッサを見上げていた。
「あなた名前は?」
「アリッサ」
少女は、アリッサと名乗った。なんといくことか目の前の少女は自分と同じ名前で、さらに自分の幼い時の姿と同じだ。これもまた別の時間の自分なのだろうか?
「ねえ、あなた、いつからここに?」
「ずっとだよ。すっと前から。外には出たくないの。嫌な奴らがいっぱいだから」
「嫌な奴ら?」
「外にいるやつらのこと」
アリッサは、窓から外を覗いてみた。
突然、顔のない化物が窓に張り付く!
驚いたアリッサは腰を抜かしてしまう。
しばらくすると顔のない化物はコウモリの羽をはばたかせ、窓から離れていった。
「
以前、図鑑で見たことがある夢の国にいるという化け物だ。それが今、外に飛び回っている。
アリッサは、もう一度、窓に顔だけ用心深く近づけた。
数匹の
「大丈夫? おねえちゃん」
女の子がしゃがみこんだアリッサに左手を差し出してくれた。
「あ、ありがとう」
その小さな左手をつかもとした時、手のひらには傷があるのに気がついた。手のひらいっぱいに切られたような傷だ。
その傷を見てアリッサはあることを思い出した。
そういえば、自分の左手も黒衣の貴婦人に短剣で切られたけど……。
見ると切られたはずの傷はなかった。
「……まさか、これって?」
その時、アリッサは気がついた。ここは、現実ではないのだ。
そして、目の前にいる女の子は、黒衣の貴婦人かもしれないと。
小屋の外にいる夜鬼の数が増えていた。
何かを狙っているかのように周囲を飛び交っている。
威嚇のつもりなのか、ときより、恐ろしい奇声をあげながら窓のすぐそばを横切った。
夢にしては現実的すぎる。
でも、この荒野も小屋も現実ではないとしたら、一体……?
魔術儀式が中断されたことを思い出した。
もしかしたらその影響でアリッサの意識が黒衣の貴婦人の精神の中に入り込んでしまったのだろうか?
「ねえ……」
女の子がアリッサの服の袖を引っ張る。
「いいもの見せてあげよっか。わたしの大事な宝物」
アリッサは強引に手をひっぱられて小屋の奥に連れて行かれた。
そこには大きな本棚にあらゆる魔術書がずらりと並んでいた。貴重なものからスタンダードなものまでレパートリーに飛んでいた。
「これが宝物?」
「違うよ。こっち、こっちに隠してあるんだ。でないと、
女の子は、そうゆうと床に備え付けてあった隠し扉を開けた。
「あ……」
中にあったのは、アリッサの好きだったマンガやラノベの本。それにアニメのDVDだ。それにボロボロの古いノートが数冊。
「これは……」
見覚えのあるノートだった。
「
アリッサは、思い出した。。
このノートは知っている。自分が創作した物語が綴ってあるものだ。
御世辞にも良くできたものとはいえないが、アニメを見て、マンガを読んで、ラノベを読んでその物語に感動して、書いたものだった。感動した何かを再現しようとして一生懸命、書き溜めた大事な物語だった。
アリッサがノートをめくると鉛筆で描かれた挿絵が目に入った。見よう見まねで描いたアニメキャラだったがどうにも気恥ずかしい。
「おねえちゃん、顔が赤いよ? どうしたの?」
「べ、別に……」
その時、アリッサは、理解した。
黒衣の貴婦人も、決して全てを手放したわけではなかったのだ。
そしてアリッサ自分も忘れていたことを黒衣の貴婦人は、大事に心の奥にしまっていてくれたのだ。
アリッサはあらためて小屋の中を見渡した。
魔術の本がずらりと並んだ本棚以外は小さな椅子と机しかない
外は荒れた大地と空に飛び交う不気味な顔のない生き物だけだ。
こんな寂しい世界にずっといるというのだろうか……黒衣の貴婦人は、こんな思いでずっと過ごしているのだろうか
アリッサは、やりきれない気持ちになった。
「ねえ、ここから出たくない?」
アリッサは小さなアリッサに尋ねたが返事はなかった。
「ねえ、ここから出ま……」
「嫌!」
小さなアリッサはきっぱりと言い放った。
「でも、ここにいたったって」
「絶対嫌!」
さっきまでの雰囲気とはまるで違う。何かここまで拒否させるのだろう。最初アリッサは、外にいる夜鬼に怯えているからだと思った。だがそれは違うようだった。
「ねえ、なぜ外に出たくないの? よかったら話してくれない」
アリッサは、小さなアリッサの目を見ながら優しく問いかけた。
すぐに返事はなかったが、アリッサは、無言で答えを待つ。
しばらくして落ち着いたのか、ようやく口を開いた。
「だって私の好きなものを馬鹿にするんだもん」
「夜鬼が?」
小さなアリッサは首を振った。どうやら
「別のもの?」
うなずいた。
「それが外にいるの?」
「うん、あいつらが馬鹿にして……それからわたしが大事にしている物を壊すんだよ。それがすごく嫌。みんな壊されて残っているのはさっき見せてあげた宝物だけ」
アリッサは、もう一度外の様子を注意深く見た。だが、
一体、小さなアリッサをこんなにも拒否反応を示す相手とは?
雲を見つめていると何かの顔のように見えてきた。最初、風で変化していく雲が偶然にそんな形に見えているだけだと思った。だが違った。雲の位置は変わらず顔の形も変わっていない。何かを話しているかのように口にあたる部分が動いている。
アリッサは、目を凝らして見直してみたが、やはり雲に顔がある。
「あそこだけじゃないよ」
いつの間にか横に立っていた小さなアリッサが岩を指さした。
「うそ……」
岩も同じく奇妙な顔のような形をしている。それも怒りと侮蔑にみちた長く見ていたくないやつだ。
その時、気がついた。
全体が、そうなのだ。雲に岩、木々、もしかしたら空さえも何か邪悪ともいえる存在が姿を変えた。
風が強くなってきた。小屋に吹き付ける風が小屋を揺らした。隙間風でも入っているのか風の音がうるさい。
小さなアリッサが耳をふさいだ。
「大丈夫だよ。ただの風だし」
「違うよ」
「え?」
「聞いてみて」
ただの風の音だと思うけど……でも何かがおかしい。なんだろう……。
アリッサは、耳を澄ませた。
違う! ただの風の音じゃない!
何かの言葉だ。
それは、アリッサを馬鹿にする言葉、脅す言葉、可能性を否定する様々な言葉だった。
風ではない。これは、外の異物たちのアリッサを罵る声だ。
これを毎日聞かされてきたのか……。
アリッサは、
小さなアリッサは、奥で座り、分厚い魔術書を読み出していた。
アリッサは、隣に座ると肩を抱き寄せた。
「難しいの読んでるね。すごいよ」
「こうしてると怖さが薄れるの。それに魔術が上手になれば、あの声も消せるかも。あいつらだってどこかへ飛ばしてしまえるかもしれない」
小さなアリッサは、そう言ってページをめくった。
「私、立派な魔術師になるの。立派な魔術師になれば、あいつはは何も言わなくなる筈なの。私が立派な魔術師になれば、こんな嫌な思いから抜け出すことができるの」
そう言って魔術書を必死に読み続けた。
「え?」
立派な魔術師……その言葉は覚えがある。
それは自分が000号線やってきた目的だ。
立派な魔術師、立派な魔術師。立派な魔術師になれば奴らがちょっかいだしてこなくなる? こんな嫌な思いから抜け出すことができる……いや?
いや! 違う!
私が立派な魔術師になりたいのはそんな馬鹿な理由ではない!! そもそもあいつらのために立派な魔術師になるわけじゃない! わたしはわたしのために魔術師になるんだから!
私が魔術師になりたいのは
アリッサは、宝物を見た。そして思う。
私が魔術師になりたいのは、エルフが会えるかもしれないから! ドワーフを見れるかもしれないから! ユニコーンに乗りたいから! 空を飛べるかもしれないから! 宇宙に行けるかもしれないから! 幻想の世界を現実で体験したいからなんだ!
小屋が大きく揺れだした。
アリッサを罵る声も大きくなっていく。
「あんたたちの正体がわかったわ……ふざけやがって」
アリッサは、魔術書を読んでいた小さなアリッサを自分の正面に向かせた。
「聞いて。外の連中は全て幻だよ。顔つきの岩も雲も。罵りまくるいけ好かない風の音だって幻想にすぎないわ」
「でも、聞こえるよ」
「聞こえていても私に……私たちには何も危害を加えることはできないたわ言だよ」
「岩は?」
「おかしな形をしてるだけ。手は出してこれない。たって私たちが作り出したつまらない幻想だんだから。雲だった同じだよ」
「幻想?」
「それも最低な幻想。それより同じ幻想でもエルフは見たくない?」
「え? エルフ?」
「それに頑固なドワーフ。動く巨大な人形に、身体の大きなオーク」
小さなアリッサは、興味津々に耳を傾け始めた。
「見てみたい!」
「ここを出れば見れるよ」
「でも、ここを出たらあいつたが……」
「あいつらには何もできない。気がついてないかもしれないけど……」
アリッサは、かがみ込むと小さなアリッサの肩を抱いた。
「あなたは、もう立派な魔術師なんだから」
アリッサはそういって片目を瞑ってみせた。
小さなアリッサは、笑顔になった。
ふたりは扉の前に立った。
大丈夫、怖くない、怖くない
小さなアリッサは、緊張気味だ。
「誰も私たちに手出しできないから安心して……」
「う、うん……」
「そうだ、今、新しい魔術を思いついたわ。それを使えばきっと大丈夫だから」
「ほんと?」
「うん、先輩魔術師を信じなさいって!」
そう言ってアリッサは、胸を叩いた。
小さなアリッサはそれを見てクスクスと笑う。
「私の言葉に続いて」
「うん……」
アリッサは小さなアリッサの手を握った。
「クォッド・デ
「クォッド・ディアボロズ・ノン・タタム・サーカム・ミ」
ふたりは、扉の取手に手をかけるとゆっくりと扉を開いていく。
「
小さなアリッサは、呪文を唱えるように呟き続けた。
扉が開かれ、アリッサたちは一歩踏み出す。
その時、白く輝く光が二人を包み込んだ。
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