第21話 終わり良ければ全て良し

「二人ともしっかりして!」

 先に目を覚ましたのはアリッサだった。

 気がつくと魔法陣からひっぱりだされて石畳に寝かされていた。

「エライ……さん」

「よかった、生きていた」

 喜んでアリッサを抱きしめるエライ。

「ちょ、ちょっとエライさん、苦しいです」

「ああ、ごめん、ごめん」

 謝りながらもエライは、いたずらっぽく笑う


「う……」

 気を失っていた黒衣の貴婦人が目を覚ましそうだった。

 アリッサとエライが心配そうに覗き込む。

 すると黒衣の貴婦人は、そっと目を開けた。

「気が付きましたか?」アリッサが声をかけた。

「あ……」

 黒衣の貴婦人は、しばらくの間、アリッサを見つめていたがやがてある言葉を口にした。

イーゴ・ユート・マギカ・ミッヒ私は私の為に魔術を使う

「え?」

「あれはよい魔術だったな……私も使わせもらいたいのだが」

「もちろんです! だってあれはふたりで作ったも同じですから」

 アリッサは、にっこりとしてそう言った。

「そうか……ありがとう」

 黒衣の貴婦人はそう小さな声で言うと身体を起こした。

 その顔つきは以前とはまるで違う暖かさを感じさせるものだった

 その時だ。

 ぐーっとお腹が鳴り、三人は顔を見合わせた。

 頬を赤くしたのは黒衣の貴婦人だった。

 気まずそうに目をそらす、アリッサとエライ

「あ、そうだ!」

 アリッサは、思い出したようにウエストバッグがら紙包を取り出した。

 包みの中身はポラリスが作ってくれたチーズサンドイッチだ。

「あの、これどうぞ」

 アリッサは、サンドイッチを差し出した。

 黒衣の貴婦人は、戸惑いながらもサンドイッチを受け取ると口に入れた。

「おいしい……」

 一口食べて思わず口にしてしまう。

「それに、懐かしい味のような気がする」

 そう言って嬉しそうな顔をみせる黒衣の貴婦人

「貴婦人さまは、笑顔のほうが素敵です」

 アリッサもサンドイッチを頬張った。




 魔城は止まった。

 大地を揺るがす音も土煙もいつの間にか消えていた。

 ドワーフ市場のドワーフたちも城が止まったことに気づき、避難を止めていた。

 驚異が去ったのだ。

 魔城の中にいたカイジュウもまるで時間が止まったかのように全て動きを止めていた。

 ゴーリは、踏み潰される寸前で止まったカイジュウの足を見上げる

「助かったわい」

 次の瞬間、カイジュウは霧になって消えてしまった。


 その頃、カフェ・アルフヘイムでは、ポラリスが眼前の魔城を窓から見上げていた。

 店内を揺らしていた振動もすっかり止まっている。

 店から見える道はひび割れ、側道にならんでいた木々も多くが倒れている。

 すると、城の方から何人かのコボルトらしき妖精がアルフヘイムに向かってやってきた。

「開いてるかい?」

 コボルトたちはそう言って店に入ってきた。

「いらっしゃい。本日も当店は営業中です」

 そう言ってポラリスはにっこりと笑った。

「それはよかった。少し一服させてくれ」

 コボルトたちは席につくと、メニューを見て思い思いの注文をしていく。

「ところで、お客さんたちはお城の方ですの?」

「ああ、城で仕事してたんだが、急に魔術の契約が解除されたんだ。で、俺たち、ここに残るか、元いた場所に戻るか迷っているというわけさ」

 コボルトはそう言って肩をすくめた。

「けど、ネエサン。こんなところに店があるとは気が付かなかったぜ。あのまま城が進んでいたら押しつぶすか、飲み込んじまっただろうな。知らなかったとはいえ、申し訳ないことをするところだった」

「いえいえ、確かに危ないところでしたけれど、このお店も無事だったわけだし……割れた食器もありますが、結局のところ、"終わり良ければ全て良し"ですね」

 そう言ってポラリスは、沸かしたての熱いお湯を紅茶ポットに入れた。

 熱いお湯が茶葉に染み渡り、深みのある色と香りをかもし出していた。




 ……数日後


 巨城は道を塞いだまま止まっていたが、市場のドワーフやオークやノームたちによって新たな道が造られ始めていた。

 道は巨城のある山を迂回して道が通じるように造られていた。工事中の道を眺めながら測量しゴーリが新しい地図を描いている。

 黒衣の貴婦人の魔術によって呼び出されていたゴブリンやコボルトなどの妖精たちは、半数は契約を解かれたことにより、姿を消していたが、多くは幻想の大地にとどまっていた。

 妖精たちは、城下にあたる丘に建てられていた無人だった大量の建物に住み着き、街を形成していった。

 新しい道が作られる工事の様子を黒衣の貴婦人は、見下ろしていた。

 その服は黒ではなくなっていた。髪も黒くは染めていない。もう"黒衣の貴婦人"とは呼ぶものはいなくなるだろう。

 暗かった城内も変わりつつあった。

 いたるところに、ガラクタの山から掘り起こしたアニメキャラのフィギュアが並べられていた。

 それだけではない。貴婦人の部屋にある本棚には、魔術書だけではなくマンガの単行本が一緒に並んでいた。

 新たに工房が設けられ、そこでは手先の器用なゴブリンたちを選び出し錆びたナイトウォーカーを修理させていた。

「奥様、あのバイク型ホウキですが、パーツの入手に苦労いたしましたが、なんとかレストアできそうです」

 飲み物を運んできたゴブリン執事が報告した。

「ふむ、ご苦労だったな。修理をしてくれた者共にも私が感謝していたと伝えておいておくれ」

「かしこまりました。ですが奥様……本当にお乗りになるおつもりで?」

「もちろん」

「しかし、もしものことがあったらと思うと私、気が気ではありません」

「案ずるな。こうみえても昔から手ほどきは受けておる」

 そう言って黒衣の貴婦人はにこりと笑った。




 アリッサは、ナイトウォーカーに乗ると呪文でエンジンをかけた。

 リアの専用シートではジローが心地よさそうに居眠りしている。

 ドワーフ市場の職人たちが、お礼だといってリアシートをジャッカ・ロープにとってより居心地の良いものに作り直されていた。

 エンジンがナイトウォーカーの車体全体を振動させた

「よし、いい感じ」

 その時、ファオン!とエンジンを吹かす音がした。見ると隣にエライのバイクが並んでいた。

「つめたいなあ、黙って行くつもりだったのかい?」

「い、いやそういうわけじゃ……」

 慌てるアリッサにエライは大笑いした。

「冗談だよ。でも、000号線は長い。気をつけてね」

「はい! でも大丈夫ですよ。だってわたし、一度、000号線の果てに辿り着いてるみたいだし」

「ははは、そうだよね。それより、キミに言いたかったことがるんだ」

「なんです?」

「ありがとう、ボクの友だちを救ってくれて」

「いえ、あれは、なんというか……わたしが自分の問題を自分で解決したというか」

「それでもうれしいんだ。ありがとう、アリッサ」

「わたしこそエライさんに、いろいろ助けてもらいましたから……あのこれお礼です」

 アリッサは、ドワーフから報酬として渡されていた幻想の大地の地図をさしだした。

「これ、キミがもらったものじゃないか」

 アリッサは首を横に振る

「わたしは000号線の果てを目指すだけですから。それに、この地図あれば、エライさんの冒険の旅は、ずっと広がりますよ」

 エライはアリッサを抱き寄せると頬に軽くキスをした。

「うわぁ、エライさん、な、何をいきなり……」

 慌てるアリッサに悪戯っぽい微笑みを見せたエライは、地図をバッグにしまった。

「ありがたく、いただくよ」

 礼を言ったエライが、"ジエス"のアクセルを開けた。

「またいつか会おう、アリッサ」

「はい、いつかまた!」

 エライは、左手を上げながら走り去る

 その後姿が見えなくなるまでアリッサは見送った。

「さてと……エンジンも温まった。天気も良好。空気は暖かく路面は荒れていない、条件はばっちり!」

「おっ、まだ000号線の果てには着いてないのか?」

 エンジン音で目を覚ましたジローが寝ぼけ眼でそう言った。

「呑気だなぁ、出発はこれからだよ」

 アリッサはアクセルを開けた

 ナイトウォーカーは再び000号線を走り出した。


 さて、アリッサはにたどり着けるのだろうか?

 その物語はいずれまた。


 終わり


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