第19話 魔術の儀式

 ドワーフ市場は混乱していた。

 突然、現れた巨大な山が市場の眼前に迫っているからだ。

 山の半分以上は町が広がり、頂上には巨大な城が建っている。

 そして麓は、黒い霧で覆われ、まるで黒い雲海に浮かぶ島といった感じだった。

 ドワーフたちはもちろん、客として訪れていたコボルトやノームなどの妖精たちも目の前に起きていることに動揺していた。

 集まったドワーフの親方衆たちが会議所の窓から山の様子を伺っていると空から一羽のハヤブサが飛び込んできて部屋のテーブルに舞い降りた。

 その足には手紙が結ばれていた。親方衆のひとりが手紙をほどき内容に目を通す。

「エルフのエライからの手紙だ。街から逃げろと書いてある」

 ドワーフの親方衆が顔を見合わせた。



 Gダムの強烈なパンチが壁を突き破った。

 腕を引き抜くと破壊された石壁が崩れ落ち、城の外が見えた。

 そこから遠くの地平線に広がるドワーフ市場が見た。

「なんと、こんなにもドワーフの市場まで近づいていたのか。こりゃ、のんびりしてられんな」

 Gダムは、城の柱に向かってパンチを繰り出した。

「ぬおおおおおおおお!」

 パンチは柱が破壊され、支えていた天上が崩れ落ちていく。

「一度、こんな感じで叫びたかったんじゃ。ああスッキリした」

 ゴーリと巨大化フィギュア軍団は、上機嫌で城内を破壊しまくった。

 巨大化させていない他のグッズたちは逃げ惑うオークやゴブリンたちを襲っている。

 大量のグッズがオークたちを追いつめた時だった。

 強大な足がグッズたちを踏み潰した。

 恐ろしい雄叫びが城内に響いた。

 見ると生物学上ありえない姿の巨大な生き物たちが現れていた。すべて姿が違い、巨大なツノを持つ奴や、中には首が三つもある奴もいた。

「あれはカイジュウではないか! あの魔女っ子、あんなものまで持っていたか。これで勝利は確定じゃな」

 だが、カイジュウは、城のオークたちではなくゴーリの乗るGダムの方に襲いかかってきた。

「おまえたち! 相手を間違って……いや、こやつらは」

 ゴーリは気がついた。

「こやつら敵の方か!」

 突如、現れたカイジュウたちは、巨大化フィギュア軍団が取り囲まれた。

「おのーれ!」

 ゴーリが反撃しようとした時だった。突如、Gダムが動きを止めてしまう。

「どうした? 動け!」

 慌てるゴーリは、操縦桿を動かしながらあることに気がついた。

 アリッサの魔術の効力が切れたのだ。



 黒衣の貴婦人の部屋ではソファに寝かされていたエライは、大きな揺れで目を覚ました。

「よかった! エライのお嬢さん。やっと気がついてくれたか」

 見上げるとツノつきウサギのジローが心配そうに覗き込んでいた。

 エライは、ゆっくりと身体をおこした。

「アリッサは?」

「それが、影から伸びた手に捕まったと思ったら、黒衣の貴婦人と一緒に消えちまった」

「影?」

 エライは、部屋にある燭台を見た。燭台には呪文が刻まれている。

「なるほど……"影遊び"の魔術を使われたんだ」

「一体、どこに行っちまったんだろう」

「どこにいるか、大体、見当はつく……このままじゃアリッサが危ないぞ」

 エライは、疲弊しながらもなんとか立ち上がると、何かを探し始めた。

「何を探してるんだ?」

「場所はわかってるんだ。でも、何か武器を持っていかないと……」

 それを聞いたジローも、何か武器になりそうなものがないか部屋の中を探し始めた。

 エライは、部屋の隅に置かれたコート掛けに目をつけ手に取ってみる。

「ないよりマシか……」

 そうつぶやくと振り回しやすいようにコート掛けの根本をへし折った。   

「エライお嬢さん、来てみなよ。これなんか役に立つんじゃないか?」

 ジローに呼ばれて駆け寄るってみると、引き出しの中に儀式用の短剣が並んでいた。

「こいつは役に立ちそうだ。ありがとう、ウサギくん」

「ウサギじゃない。ジャッカ・ロープだ。よく見ろよ、ツノがあるだろ?」

 不満げに文句を言うジローだった。

「ごめんよ。確かにキミには雄鹿のような立派なツノがある」

「わかればいいさ」

 エライは、微笑みながらジローのツノに触れた。その時、ある事を思いつく。

「ねえ、ジャッカ・ロープ君。ちょっとお願いがあるんだけど……」

 ジローは小首をかしげてエライを見上げた。  



 影の手に捕まったアリッサは、そのまま影の中に引き込まれた。

 気がつくと複数の魔法陣の敷かれた広間に放り出された。

 中央の巨大な魔法陣に落とされたアリッサは、背中をしたたか打ってしまう。

 床の石畳が冷たかくすぐに起き上がりたかっが痛みで身体が言うことを聞かない。

「準備はできたようだな」

 その声の方を見ると暗闇から黒衣の貴婦人がゆっくりと近づいてきた。その手には短剣が握られている。

 アリッサは、なんとか起き上がり、魔法陣から逃げ出そうとしたが、足元の影から再び、影の手が伸びてきてアリッサの手足を掴み、自由を奪われた。

「この広間に置いてある燭台は私の部屋にあったものと同じく、魔術をかけてある。その灯りに照らせれた影は全てそなたを捕える」

「ここは、儀式用に研究して構築させた特別な複合魔法陣。中央の大魔法陣は、そなたと私を同化させる為のものだ。そして周囲を囲む魔法陣は、時を一時的に止めるもの。これによってそなたの心臓を取り出しても未来の私は消滅することはない。そして魔法陣が時を止めている間に私が、そなたの心臓を取り込む」

黒衣の貴婦人は短剣を片手に呪文を唱え始めた。

「ペーター・ミ・プロヒバー・テンパズ……モースト・ディ・ディシプリナム・レポーナー・エーディー・アニマム……」

 周囲が一変していった。床に描かれた魔法陣が青く光りだしていた。

 黒衣の貴婦人は、呪文を唱えながらアリッサに近づいていった。

「近づかないで!」

 アリッサは、魔法のホウキを構えるが、黒衣の貴婦人が手を振るとホウキは、手から離れ、貴婦人の方に飛んでいった。黒衣の貴婦人は、魔法のホウキを片手にすると懐かしそうに見る。

「ふむ、これはだ。返してもらうぞ」

 黒衣の貴婦人は、魔法のホウキを後ろに放り投げると、持っていた短剣の刃を握り締めた。

 手のひらの傷口から赤い血が滴り落ちていく。

 アリッサの手に数本の影の手が伸び、強引に開かせた。

 その手のひらを黒衣の貴婦人が短剣で切り裂いた。

「うっ……」

 痛みでアリッサの顔が苦痛にゆがむ。手から赤い血が流れ出した。

 血で赤くなったアリッサの手を黒衣の貴婦人がそっと握りしめる。

「これでだ」

 二人の血が混じり合い始め、その意識が同化していった。

 アリッサの頭の中に黒衣の貴婦人の思考が流れ込んでいく。

「一時的だが、これで私達は存在は同じになった。次はその心臓を取り出して、取り込ませてもらおうか」

 黒衣の貴婦人は、短剣をアリッサの胸に近づけた。

 その時だ!

 不格好な矢が"影遊び"の術を施した燭台を吹き飛ばした。

 いくつかの影の手が、アリッサから離れ消えていく。

「だれだ!」

 黒衣の貴婦人が怒りの形相で矢の飛んできた方を見る。

 そこには、ジャッカ・ロープのツノを弓代わりにしたエライが二矢目を構えていた。

「痛ててて……なるべく早くしてくれ、エライさん」

「ごめん、ジャッカ・ロープくん。あとで新鮮なキャロットを山ほどあげるから」

 エライは、両手で引き絞った弦代わりの布紐から指を放した。

 短剣を先に巻きて作った不格好な矢が放たれて並んだ燭台を吹き飛ばす!

 アリッサの身体から影の手がさらに離れて消えた。

「アリッサ! 逃げろ!」

 身体の自由を取り戻したアリッサにエライが叫んだ。

「は、はい!」

 手を振りほどこうとするアリッサに黒衣の貴婦人は慌てる。

「ま、待て! まだ儀式の途中だ。今そんなことをしたら……」

 魔法陣から輝く青い光が赤く変わった。

 それと同時にアリッサの目の前が真っ白になり、思わず目を閉じる。


 しばらくしてゆっくりと目を開けると、周りの様子が変わっていた。

 そこは、城の広間ではなく、荒れ果てた荒野だった。

 周りには。エライもジローも黒衣の貴婦人もいない。

 アリッサがたった一人で荒野に立っているだけだった。


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