第18話 告白

 黒衣の貴婦人は、城内の騒々しさに気がついた。

「何事か?」

 様子を見に行っていた妖精ブラウニーの執事が血相を変えて戻ってきた。

「た、大変でございます! 城内で妙なのが暴れまわっていおります」

「妙なの?」

 黒衣の貴婦人は、姿鏡に向かって指を弾いた。

 すると鏡に城内の様子が映し出される。

「なんと……」

 その様子を見た黒衣の貴婦人は目を疑った。

 城内は、ゴーリの乗るGダムを先頭に巨大化したフィギュアやオモチャたちが暴れまわっていた。巨大化した怒りのドトロが逃げ回るオークを捕まえては頭や手足を(ピー)して(ピー)している。その姿に癒やされキャラの面影はどこにもない。

 さらには、手足の生えたマンガ本たちが警備の妖精たちから奪った武器を持ってそのゴブリンやオークたちを追い立てていた。

 その様子を見た黒衣の貴婦人は、一瞬驚いたがすぐに平静を取り戻す。

「魔術の使い方が様になってきたのう……」

 そして部屋の奥の暗がりに行き明りを灯す。

 そこには、両腕を縛られたまま吊られていたエライがいた。

「どうやら、お前のお友達が来たようだ。"天の極星"よ」

 エライは顔を上げた。

「なにやら騒ぎを起こしておるわ。魔術も上達したようだ」

「アリッサ……せっかく逃げ延びたのに」

 黒衣の貴婦人は、持っていた扇子の先をエライの鼻先に突きつけた。

「あの娘は城から逃げても必ず戻ってくると私にはわかっていた。だから追っ手も差し向けずに放っておいた」

 エライは切なそうな顔を向けていたが黒衣の貴婦人は意に介さず言葉を続けた。

「なぜなら、私もそうするからだ。友のためならばな」

 

 その時だ。

 部屋の外で何かの騒ぎが聞こえた。

 ブラウニーの執事たちが騒いでいるようだった。

 黒衣の貴婦人が様子を見に扉のある部屋に戻ると騒ぎが静かになった。

 何かを感じ取った黒衣の貴婦人は、少し扉から離れる。

 すると同時に扉が勢いよく開かれた!

「ほう……城での騒ぎは陽動か」

 そこに立っていたのは、魔法のホウキを手に持ったアリッサだった。

「黒衣の貴婦人さま。髪は今の色の方がお似合いです」

 そう言ってアリッサは、ホウキを穂先を黒衣の貴婦人に向けた。

 背後では、執事たちを捕まえて持ち上げいる俺様オークがいた。

「オークまで手懐けたか。ますます良い」

「エライさんを返してください!」

「"天の極星"は、大事な友人でのう。そう簡単には渡せぬ」


 二人のやりとりは奥の部屋のエライにも聞こえていた。

「アリッサ……」

 その時、両腕を縛られたまま吊るされいるエライの肩に何かが飛び乗った。

 見るとツノつきウサギが必死にロープにかじりついている。

「キミは確か、アリッサの……」

「まってな、エライのお嬢さん。こんなロープなんかすぐに食いちぎってみせるぜ」

 ジローは、そう言うとロープを再びかじり始めた。


 対峙するアリッサと黒衣の貴婦人だったが、余裕のあるのは貴婦人の方だ。

「セクンドゥム・エーディー・インストラクティアネズ」

 先に仕掛けたのは黒衣の貴婦人だった。

 アリッサの周囲を黒い影が覆う。影はまるで生き物のようにアリッサを捕まえようとしてくるかのようだった。

「オーダイト・ディシプリナム・ミーム」

 影がアリッサから飛び散るように離れていった。

「このくらいなら、わたしにだって、できるんですよ」

 アリッサが緊張しながらもニヤリと笑う。

「それでこそだ、"小さき魔術師"」

 黒衣の貴婦人は、扇子を掲げる。

「では、こんどはこちらからいきます! バイター・サイン・ホマイン……」

 アリッサから呪文を唱えると部屋に置かれていたロウソクの炎が人の形になり、黒衣の貴婦人に迫った。しかし黒衣の貴婦人は、その場を一歩も動かない。

「貴婦人さま! 焼けちゃいますから下がって!」

 慌てるアリッサだったが黒衣の貴婦人は平然とその場に立っていた。

「アリクァム」

 黒衣の貴婦人の呪文一発で炎の人は、四散した。

 怪我をさせたくなかったアリッサは、驚くと同時にほっとした。

「お主、私を倒そうという気はあるのか?」

「貴婦人さまを傷つけるのは本意では……それに、あなたは、わたしの未来らしいですから」

 黒衣の貴婦人は、その言葉に一瞬眉をしかめた。

「貴婦人さま、お願いですから幻想の大地や000号線を壊すのは止めてください」

「無理だな。わたしは望みを叶えようとしているだけだ。だから私はこの様な城を手に入れることができた。移動し増築され続ける城は、やがて幻想の大地もその全てにつながる道も飲み込むだろう」

「あなたが、わたしの未来ならそんな事を望むなんてありえません」

「望んだよ。なぜなら、私は000号線の果てにたどり着いているのだから」

「000号線の果てに……?」

 黒衣の貴婦人の言葉にアリッサが絶句する。


「ほんとうだよ、アリッサ」

 奥の部屋からよろけながらエライが出てきた。

「彼女は、とっくに000号線の果てにたどり着いてる。000号線に感情も思考もない。ただ果にたどり着いたも者の望みを叶えるだけだ。自分を滅ぼすことになる望みであっても」

 エライは、かなり疲弊しているようで立っているのも辛そうだ。

「エライさん……?」

「ボクは、十年ほど前に彼女と出会ったんだ。彼女はとても傷ついていた。身体ではなく心がね。ボクは、彼女が気の毒になって寄り添うことにした。そして000号線の果てにたどり着く事に協力した。だけど000号線の果てから戻ってきた彼女は変わっていた。まるで何かを悟ったかのようだった」

 苦しそうな表情でエライはそう言った。

 黒衣の貴婦人は、そのエライにそっと肩を貸した。

「小さき魔術師よ。000号線の果てに行けばすぐに望みは叶えられるものだと思っていた。だがそれは違った。私には膨大な魔術の知識を理解できる能力が備わっていただけだった」

 黒衣の貴婦人は、思い出すように語り始めた。

「それには理由あると考えた私は、自分の世界に戻らず、幻想の大地の町や国にある魔術書を片っ端から集めて勉強して魔術を覚えた。そして今、そなたが構築している魔術も完成させることもできた。この魔城はその結果だ」

「無機物に命を与える魔術を?」

「今、そなたが使っているものより完成したものだ。時間も五分や十分などではなく、そなたが空から見た動力炉に燃料を投入しつづければ理屈上、ほぼ無制限」

 黒衣の貴婦人は、エライをソファに寝かせるとしなだれるその髪を整えてやった。

「でも、それがなぜ、幻想の大地を消すことが望みということになるんですか?」

「気がついたのだ。この幻想の世界こそが私を苦しめるものだと」

「苦しめる?」

「お前は、なぜこの000号線を目指した」

「それは立派な魔術師になるために……」

「違うであろう。思い出すがいい!」

 怒りがこもった声にアリッサが怯む。

「お前が000号線を目指したのは、今の自分が嫌だったからだ。幻想に浸り、現実を見ぬ愚かで浅はかな自分を否定したからだ。"立派な魔術師になりたい"などという中身もない陳腐なことを口に出すのがその証だ」

 黒衣の貴婦人の口調がさらにきつくなる。

「そうだ。よいものを見せてやる」

 黒衣の貴婦人が本棚から一冊の本を取り出すと上に開いた。すると本は勝手にめくれだし、ページから射した光が空中に何かを投影した。

「これは記憶の日記だ。覚えはあるだろう?」

 それは、アリッサが同級生に自分の趣味をバカにされた時の様子だった。かなり前のことだったが今だに鮮明に覚えている。大好きなものを否定されたのがとてもショックだった。忘れたいのに忘れられないでいる辛い記憶だった。

「こんなつまらない行為で、そなたは"立派な魔術師"とやらになる事を決めたのだよ。ああ、思い出したかな?」

 黒衣の貴婦人は、アリッサを睨みつけながら近づいてきた。その目は怒りに満ちている。

「小さき魔術師よ。あの時、そなたは、幻想の世界を愛する自分を恥たのだ! エルフに妖精。ドワーフにユニコーンが存在する想像の世界を愛する自分を無かった事にしたかったのだ! 故に想像の世界を消すことを望んだのだよ。愚かな小娘よ」

「違う! わたしがそんなこと望むわけない! 大好きな世界を消してしまうなんて」

「望んだよ。だからこうなってる」

「なら、絶対望まない! だってわたしがそう望まなければ000号線の果に着いた時の結果は変わる。そうすれば未来のわたしである貴女は存在しなくなるのだから」

「それはどうだろうか? 分岐していた時間が都合よくここで交差しているのだぞ? それを利用してここで、そなたを消してしまえば、私は生き残るのではないか?」

「それも矛盾が生じます! 今の私を殺した時点で、やはり、未来のわたしである貴女も存在しなくなります」

「で、あろうな……だから私は考えたのだ。そして思いついた」

 ロウソクの火に照らされてできたアリッサの影の手が伸び、捕らえてしまった。

「わっ! 何?」

 必死に抵抗するが影の手を振る解くことはできない。黒衣の貴婦人は呪文を唱えていない。おそらく燭台に予め仕込んだ魔術だろう。

「そなたを私に同化させてしまえばよいのだと。さすれば、私は過去の私となり、未来も私のままだ。それが新しい時間軸となる。だからこの幻想の世界を消してしまっても私は私のままだ」

「ややっこしいですが、もしかして、それは私に同化の魔術を使うってことですか」

「そうだ。魔術の儀式を執り行う。そなたも少しくらい魔術書で読んだことがあろう?」

 黒衣の貴婦人は不気味な笑いを浮かべた。

「では、そなたの心臓をもらおうか」






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