第16話 アリッサの潜入作戦

 城の周辺の空は暗雲に覆われていた。

 暗雲の中からは雷の閃光と同時に低い音が鳴り響いている。

 幻想の大地を移動する"黒衣の貴婦人"の居城は、進む先にある森や道を飲み込んでいった。


 アリッサの乗るナイトウォーカーは、城に向かっていた。

 彼方だった城が近づくにつれて大きく見えてくる。

 黒衣の貴婦人に連れられて馬車で乗り入れた時より、倍くらいは巨大になっている気がした。

 黒い霧の中に入ると、途端に視界が悪くなる。

 仕方なくスピードを緩めたアリッサだったが、その矢先に前輪が泥沼にはまり込んでしまう。

「スタックかよ。まだ序盤だぜ?」

 ジローがアリッサの背中から文句を言う。

「仕方ないよ。ここからは徒歩でいこう」

 アリッサは、ナイトウォーカーを魔法のホウキに戻すと肩に担いだ。

「手っ取り早く飛んでいかないか?」

「見つかっちゃうからダメ」

「でも歩くには遠いぞ」

「このくらいなんとか……」

 その時、黒い霧の中から誰かの声が聞こえる。声からすると大人数のようだ。

 アリッサは、慌てて太い木の陰に隠れた。

 近づいた北のはオークだった。手には棍棒や斧を持っている危険な連中だ。

「どうしよう……】心細げにジローが言う。

「しっ! 静かに」

 その声に気づいてのか、一匹のオークがアリッサたちの隠れている木の方を見た。

「あれ? あのオーク」

 アリッサは、オークたちの中に見覚えのあるオークを見つけた。

 それはアリッサたちが底なし沼にハマっているのを助けた俺様オークだった。

 俺様オークは、気になるのかずっとアリッサの隠れる木の方を見ている。

 アリッサは、ひょいっと顔をだした。

「あっ」

 俺様オークは、アリッサに気づいた。

「どうした?」 

 仲間のオークが聞いてきた。俺様オークは、慌てて誤魔化す。

「なんでもない。気のせいだった」

「注意しろよ。黒衣の貴婦人さまは、人間の魔女が必ず来ると言っている。もし見逃したら、俺たち全員罰を受けるぞ」

「わかった」

 俺様オークはとぼけて、そう返事をした。

 アリッサは、俺様オークを手招きした。

 俺様オークは、一瞬驚いた顔をしたが、仲間の目を気にしてすぐに平静を装った。

「ちょっと、俺は、あっちを見てみる」

「あ?」

「ほ、ほれ、手分けしたほうがいいんじゃないかと思うんだ」

「言われてみればそうかもな。わかった、後で合流しよう」

 仲間のオークたちその場から離れていった。

 それを見計らって、俺様オークは、隠れているアリッサの方へ駆け寄った。

「こんなところで何してるんだ! 見つかったら大変だぞ」

「オークさん、助けてください」

「え?」

「わたしたちをお城まで連れて行ってください」

「俺様に捕まるってことか?」

「違いますよ! わたしたちをこっそりとお城の中へ入れてください」

「はあ?」

「黒衣の貴婦人のお城の中には私の友達がいるんです。助け出さないと」

「事情はわかるけど……」

「お願いします!」

「うーん。お前には底なし沼から俺様を助けてくれたしな。わかった! 俺様が城の中へいれてやる」

「ありがとうございます! オークさん」

「でも、どうやって連れて行こうか。俺様たちの仲間はかなりの数がうろついているからな。俺様が捕まえたフリをして連れて行くという手もあるが、バレそうだし……」

 オークは、腕を組んで悩み始める。

「それならいい方法を考えてあります」

 アリッサは、ポラリスからもらった小箱を取り出した。中には、魔法のクスリや道具が収まっている。その中から小さくなるクスリのビンを取りだした。

「これは、物を小さくするクスリなんです」

 そう言って数滴、手のひらに落とす。

「あ、これ持っていてください」

 アリッサは、小箱をリュックにしまうと俺様オークに渡した。

「オーダイト・ディシプリナム・ミーム……」

 呪文を唱え始めるとアリッサが光とともにみるみる小さくなっていく。

「おわーっ! 魔術師さん」

 驚く織様オークは、手のひらに乗るくらい小さくなったアリッサを見下ろした。

「渡しをリュックに入れてお城へ入ってください。これならバレないと思います」

「わ、わかった。だけど魔術はすごいものだな」

 俺様オークは、感心しながら足元のアリッサを見つめた。

「ひとくちサイズになるとは……」

「ひとくち? え?」

 俺様オークは、アリッサをつまみ上げると大きな口を開けた。

「え? ちょ、」

 リュックから這い出たジローが俺様オークを蹴り上げる。

「こらーっ! おまえ、恩を仇で返す帰かーっ!」

「はっ! そうだった。すまん、つい美味しそうだったので」



 こうして、リュックの中に隠れたジローと小さくなったアリッサは、俺様オークに担がれ、城に向かった。

 多くのオークが見回るなか、俺様オークは、平然と城の中へ入っていく。

「うまくいったぞ、魔術師さん」

「ありがとうございます、オークさん」

 小声で話していると、不審そうな目で仲間のオークに見られが、俺様オークは、愛想笑いをしながら通り過ぎる。

「あぶない、あぶない」

「オークさん、次はエライさんとゴーリさんのところへ連れて行ってください」

「エライ? ゴーリ?」

「あっ、いえ、わたしと一緒にいたエルフさんとドワーフさんのことです」

「ああ。あいつらか。俺様、ドワーフの居場所はわかるが、エルフの居場所は知らないんだ。なんでも黒衣の貴婦人の友人とかなんとかで特別扱いらしい」

「エライさん……」

「でも、黒衣の貴婦人を裏切ったからそれないの罰を与えるらしいぞ」

「わたしを助けてくれたからです。だから、わたしが助けないと」

「そうか、お前を助けたのか。あのエルフたちも中々いい奴なんだな」

 俺様オークは、城の地下へ降りて牢屋までやってきた。

 途中にあるわずかな明かりが薄暗い通路を照らしていた。その通路の一番奥に鉄格子が見えた。

「あそこだ」

 リュックの出し口からアリッサとジローが顔を出す。

 牢屋の中にはふて寝するゴーリがいた。

 ゴーリは、俺様オークに気づき振り向いた。

「なんじゃ、飯か?」

「ゴーリさん、助けに来ました!」

「このオークは、魔女っ子に似た声をだすのう」

「いや、こっち、こっちですって!」

 ゴーリは、リュックから顔を出すアリッサに気がついた。

「なんと! 魔女っ子がチビッ子になっておる!」

「魔術です、魔術ですよ。それより、助けに来ました」

「それはありがたい。で、わしもチビっ子にして鉄格子をくぐらすのか?」

「少し、面倒なんで別の手を…… オーダイト・ディシプリナム・ミーム」

 牢屋の錠に向かって呪文をとなると、錠は生き物のようにうねり始めた。

「なんと!」

 驚くゴーリは、動きまくる錠を覗き込む。

「錠さん、お願いだからわたしの言うことを聞いて」

 錠は、まるで返事をするかのように揺れた。

「施錠を外して」

 錠が外れ、牢屋の扉がゆっくりと開いていく。

「おお、やるのう。魔女っ子」

 ゴーリは肩を回しながら牢屋から出た。

「ところで、おまえさん、なんでそんなサイズになった?」

「あっ、そうだ。ゴーリさん、リュックの中の小箱から赤いビンを出してください」

 ゴーリは、言われたとおり、赤い瓶を取り出した。

「それを数滴、わたしの頭につけてください」

「こうか?」

「そうです、ありがとう。オーダイト・ディシプリナム・ミーム……」

 呪文を唱えると、アリッサは、元の大きさに戻る。

「ふーっ、大変だった」

「ずっと担がれて楽じゃったろうに」

「揺られて大変でした。それより、エライさんを見つけないと」

「なんじゃ? メガネっ娘エルフと一緒じゃなかったのか」

「いろいろありまして」

「そこのオークは居場所は知らんのか? どうやら味方のようじゃが……ん? どこかで見たことあるのう」

「俺様はよく覚えてるぞ(絞め殺されかけたし……)」

「まあ、いいわい。メガネっ娘エルフなら、わしが見つけてやるわい」

 そう言って紐でくくられた小さな壺を取り出した。

「それは、ゴーリさんの使い魔の……」

「うまく隠しおおせてのう」

「あの四輪バギーで探すんですか?」

「んなことするか! すぐ見つかっちゃうじゃろ。使い魔らしい使い方をするんじゃ」

「使い魔らしい使い方?」

「メガネっ娘エルフを探させるんじゃ」

 ゴーリは、紐をほどくと、フタをあけた。

「さあ、ブリトニーたち、出ておいでー」

 ガサガサガサ……

 壺の中から、大量の黒光りするブリトニーたちが、触角を揺らしながら出てきた。

「え?」

 アリッサはその姿に戦慄した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る