第15話 向き合う未来

 黒衣の貴婦人の居城

 彼女は成長していく城下の町を見つめていた。

 コボルトや、ファー・ジャルグ、レプラコーンなど様々な妖精たちが、地面から盛り上がってくる岩を削って建物に仕上げていく。またあるところでは、森の木を切り倒し、次々と城へ運び込んでいた。

「いい眺めだろうね」

 黒衣の貴婦人の後ろからエライが言った。

 その腕は、頑丈な鎖で作られた手錠で繋がれている。

「そう思うか?」

 黒衣の貴婦人は、エライの方を横目で見た。

「だって、そうだろ? 手に入れた大きなお城、自分の町は順調に成長している。そして幻想の世界の消滅も順調だ。そりゃ眺めもいいってものじゃないか」

「いじわるいな……」

 黒衣の貴婦人は、そう言うと再び城下の町に目をやった。

「ごめん……言い過ぎだった」

「よい。私も自分の望みが叶えば、そのような気分になるものかと思っていた。だが、なぜかそのような思いにはなれぬ。どうしてだろうか?」

 部屋の本棚には分厚い魔術書がずらりと並んでいる。黒衣の貴婦人は、本棚の方へ行くとその中から一冊の魔術書を手にとった。

「下で働く妖精どもは、自分たちの家を作るために働いているのではない。自分たちの為に仕事をしているわけではないのだ。あの妖精どもは、私との契約に準じて作業をしているにすぎない。私が契約を解除すればすぐさま別の世界に四散するであろうな」

「妖精とはそういうものだよ」

「しょせんは魔術だということだな」

 黒衣の貴婦人は、魔術書をひらくと呪文を唱え始める。

「マテア・ベリム・ドマム……」

 黒衣の貴婦人の城は方向を変えていった。




「"黒衣の貴婦人"は……別の時間軸の私?」

 カフェ・アルフヘイムでアリッサは、ひとつの可能性を導き出した。

「私の将来が黒衣の貴婦人……なんか、想像つかない」

「そういう未来もあり得るということでしょうね。エライと名乗った私が、カフェを捨てて自由に生きているように」

 店主でエルフのポラリスがアリッサにそう言った。

「わたし、最初、すっごく漠然と000号線にくれば立派な魔術師になれると思ってやってきました。でも、最近それは私の本当の望みってわけじゃないかもしれない、って思い始めてもいたんです」

 アリッサは、カップの中の紅茶を見つめた。

「黒衣の貴婦人は、すごい魔術師です。お城や土地さえも動かしてしまうんですもの。立派な魔術師です。けれど、あのひとは、幸せそうには見えなかった。どこか、切なくて悲しそうだった……で、思ったんです。黒衣の貴婦人が私の未来の姿だとするなら、もしかしたら、"立派な魔術師"になるということは私の本当の望みではないのかもしれない」

 そう言うとアリッサは、席から立った。

「わたし、行きます! もう一度、黒衣の貴婦人に会ってきます」

 その時だった。

 カップが微かに揺れだした。

 紅茶の表面に小刻みな波紋が広がっていく。

 振動は、次第に大きくなり、食器棚の投棄や他のカップが揺れだした。

「地震?」

 窓ガラスも揺れだした。

 ジャッカ・ロープのジローも何かの異変を感じとって飛び起きる。

「アリッサ、これやばいかも。何かが向かってる感じがする」

 窓の外には風が吹き荒れていた。砂やホコリが同じ方向へ飛んでいるのが見えた。

 アリッサは、店の外へ出て様子を見た。

「あれは……」

 000号線の彼方に黒い雲と大きな山が見えた。黒い雲からは、ときより雷が光っているのが見えた。まるで何かに怒っているかのようだった。

「黒衣の貴婦人の城だわ……000号線にやってきたんだ! しかも前より大きくなっているような気がする」

「こっちへくるのかなぁ」

 ジローが心配そうに聞いてきた。

「うん、今の所まだ遠いけど、いずれこの店のそばまでやってくると思う」

 アリッサは、店の中に戻ると、ポラリスにお辞儀をした。

「ごちそうさまでした。そして、ありがとうございました! ポラリスさん」

「どうするつもり?」

「わたし、あの城に向かいます。それで黒衣の貴婦人と話してみます。もしかして、城が進むのを止めてくれるかもしれない」

「彼女が話を聞かなかったら?」

「わかりません! でも、オークのゴーリさんは捕まったままだし、エライさんも私を逃したことで捕らえられた。心配です! それにこのまま放っておいたら城はドワーフの市場はもちろん他の街まで食い尽くしてしまいますから!」

「それはそうだけど……」

 心配そうにアリッサを見るポラリス

「それに確かめたいんです」

「?」

「私が最初、この000号線来たときの目的は立派な魔術師になることでした。黒衣の貴婦人は立派といえるほどの魔術が仕えます。きっと希望どおりなんです。でも、黒衣の貴婦人は、笑顔でいてもどこか悲しい感じがしてました。だから私、聞きたいんです。本当に、望みを叶えたのですかって」

 ポラリスは仕方がないといった顔をすると、棚から小箱を取り出した。

「これは今まで来たお客さまが代金代わりにって置いていってものなんだけど、魔法のクスリやら道具やらもあったの。これは物も身体も大きくする。こっちが逆に小さくなるくすり 他にもいろいろとあるんだけど、あなたにあげるわ」

 そう言ってポラリスは、小箱をアリッサに渡した。

「いいんですか?」

「いいわよ。どうせ、ここでは使わないものばかりだしね。その代わりと言ってはなんだけど、お願いがあるの」

「お願い?」

「エライにあったら、聞いて欲しいの。"冒険の旅は楽しいか?"って」

 そう言ってポラリスはウインクしてみせた。

「はい! わかりました!」


 アリッサは、ナイトウォーカーに魔術を施し、なんとか走れるようにまで手直しした。

「これ、黒衣の貴婦人になった私が、乗ってきた"ナイトウォーカー"なんだろうね」

 アリッサは、ジローに言う。

「そうだろうな。にしてもちょっと雑な扱いだよな。ガラクタの山に捨てるなんてさ」

「きっと嫌になったのよ」

「え? 何に?」

「別になんでもない……それより、これからやることはわかってる?」

「えーと、まずやることは……黒衣の貴婦人の城へ乗り込んでエライさんとドワーフのおっさんを助ける」

「そうよね。それから、黒衣の貴婦人に城を止めもらって幻想の世界の消滅を食い止める」

「なんだ、意外と簡単そうじゃないか」

「あんたは、単純でいよね」

 そう言って力なく笑うアリッサ

「うまくいくか……心配です」

「起こる可能性のあることは起こる」

「ポラリスさん……?」

「はい、お弁当」

 ポラリスは、サンドイッチとニンジンの入った包をアリッサに渡した。

「ありがとうございます!」

「あなたならやれるわよ」

 そう言ってポラリスはニッコリと微笑んだ。

「そうだ! アリッサ。どんな困難なことでも、やれるか、やれないかの二択しかねえ! 勝率は五割だぜ!」

「あはは、その確率はちょっと変かも……」

「だって、やれるか、やれないかじゃん? やっぱり五割だろ」

「うーん、まあ、いいか。そうよね! よーし! やったるか!」

「その意気だぜ! アリッサ」

 アリッサは、ぴょーんと高く跳ねたジローとハイタッチした。



「マテア・ベリム・ドマム……オーダイト・ディシプリナム・ミーム……」

 ナイトウォーカーのエンジンが掛かる。

 黒衣の貴婦人の城から逃げ出した時よりかは調子はよさそうだ。

 アリッサは、リュックにポラリスからもらった小箱とお弁当を、そしてジローを入れて背負った。リュックの開け口部分からジローが顔だけ出す。

「あんた、結構、重いのね」

「失礼な! これでもダイエットしていますって!」

「はいはい」

 アリッサは、ナイトウォーカーの乗るとゴーグルをかけた。

「それじゃ、ポラリスさん。行ってきます」

「がんばってね」

「はい! あ、ところでですね……次に私に会った時も、無料にしてもらえますか?」

「はい?」

「私はコーヒー、このツノつきウサギは、ウイスキーを注文しますから。コーヒーは好きじゃないけど必ず注文しますから!」

「変なこと言うのね? わかったわ。次に会うまでに用意しておくわ。無料の件も考えておく」

「よろしくです!」

 アリッサは、彼方に見える黒衣の貴婦人の城に視線を向けた。

 クラッチを切り、ギアを入れてからアクセルを回すとクラッチを一気に放した。

「おわあああ!」

 バイクに姿を変えた魔法のホウキ・ナイトウォーカーは、前輪を浮き上がらせて急発進した。

「真面目にやれ! アリッサ!」

 背中のジローがツノでアリッサの頭を小突く。

「ご、ごめん」


 走り去る、アリッサのナイトウォーカーを見送るとポラリスは、店に戻る。

「うちは基本、喫茶店だからウイスキーは置かないんだけどなぁ……ま、いいか」

 扉を開けて中に入るといつもの静かな店内に戻っていた。

 ポラリスは、いつものようにカウンターに入るとポットの湯を沸かし始めた。

 そうしながら次は、茶葉のブレンドを始めようとしたその時だった。 

 何かを思い出して、作業を止めてペンと便箋を取り出した。

 そして、少し考えた後、手紙を綴り始めた。

 

 親愛なるドワーフ市場の親方衆の方々へ

 私、カフェ・アルフヘイムの店主ポラリスは、誠意と真実をもってご紹介いたします。

 この手紙を持ってドワーフ市場を訪れた少女は、人間の魔術師の中でも、もっとも偉大で、もっとも素晴らしい魔術師です。

 必ずやドワーフ市場の危機、及びこの世界を危機を防ぐでしょう……


 手紙は、ポットのお湯が沸くまでまで書き続けられた。

 ふたたびアリッサが、カフェ・アルフヘイムに訪れる時のために。




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