第14話 時間の道は交差する

「ごめんなさい。それはきっと、私であって私ではないと思うわ」

 ポラリスは、申し訳なさそうにそう言った。

「……ちょっと何言ってるかわからないです」

「それは別の時間の私」

「え……?」

 ポラリスの言葉に呆気にとられるアリッサ。

「私は、あなたを知らないし初めて見る。ということは、あなたが会ったのは、今より未来の私でしょうね」

 戸惑うアリッサにポラリスは、説明を始めた。

「このカフェ・アルフヘイムは、いろんな時間に存在しているの。過去にも未来にも当然、現在にも。000号線から立ち寄るお客様たちは、皆それぞれ自分の時間で000号線を進んでいる。それにたまたま交差するのがこのカフェ・アルフヘイム」

「わかるような……わからないような」

「ゆっくり考えて。時間はあるし」

 アリッサはハッとした。

「それが、私には時間がないんです! もしかしたら000号線にも……いや、この幻想の大地にも」

 ポラリスは小首をかしげる。

「それこそ、言ってることがわからないわねぇ。よかったら。最初から事情を話してくれないかしら?」

「実は……」

「あっ、ちょっとまって」

 ポラリスは、茶葉が入ったフィルターに熱いお湯を注いだ。

 柑橘系のさわやかな香りが一瞬で漂う。

「自分で頂こうと思っていたのだけれど、あなたも一杯いかが?」

「あ、ありがとうございます」

 カップへ紅茶を注ぐとアリッサの前に差し出した。

「さあ、召し上がれ」

「透明感のある爽やかな、いい香り……」

 アリッサは、紅茶の香りをしばし楽しんだ。

「ベルガモットの香りは、リラックス効果や気分を高める効果もあるのよ」

「へえ……」

 感心しながら一口飲む。アリッサは、少し甘みを感つつも上品な味わいがますます気に入ってしまった。

「それは無料サービスだから気にしないで」

「あ、ありがとうございます。ところで、このお店ってお金取りましたっけ?」

「そりゃ、お店なんだもの。あたりまえでしょ。おかしなこと言うのね。それとも人間のカフェではお金は取らないの?」

「いえ、ちゃんと払いますよ」

「そうよね。それが普通よね」

「前に入ったとき、趣味でやってるからお金、いらないって言ってのに……ブツブツ」

 その時、アリッサのお腹が鳴った。

「あ……」

 アリッサは、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。

 ポラリス、クスっと笑う。

「仕方がないわねぇ。待って、今なにか作ってあげるから、カウンター席にでも座っていて」

「あ、でも、今、お金がないんです。実は、さっきまでいた場所に置いてきてしまって……」

 ポラリスは、仕方がないとでもいう風にクスリと笑う。

「いいわよ。これもサービスにしておくから」

 ポラリスは、そう言ってニコリとすると支度を始めた。

「ありがとうございます! ほら、あんたもお礼を言いなさい」

 そう言って足元のジャッカ・ロープのジローを促した。ジローは、咳払いするとカウンターの上にピョンと飛び乗った。

「麗しの君、天上に輝く星の名を持つひとよ。ご好意に感謝いたします」

大笠な身振りでそう言ってのけた。

「それと……ついでといってはなんですが、エルフのお嬢さん。この孤独なジャッカ・ロープめに、ウィスキーをハーフロックで一杯追加していただけたら幸いなのですが」

「こらーっ! ジロー!」

 アリッサは、慌ててジローをカウンターから引きずり下ろす。

「おかしなウサギさんね」

 ポラリスは、笑いながら料理を続けた。


 しばらくするとチーズとレタスを挟んだ野菜サンドがきれいに皿に盛られてアリッサの前に出された。

「おまたせ。さあ、どうぞ」

「わぁ……美味しそうです。ありがとうございます!」

「そちらのオチビさんにはこちらね」

 隣には、切り分けされたニンジンが皿に盛られて置かれていた。

「いただきまーす!」

 二人は元気よくそう言うと食事をぱくついた。

 


 食事も済ませて落ち着いたころでポラリスがもう一杯、紅茶を入れて出してくれた。

「さあ、事情を話して」

 空の皿をさげながらポラリスは言った。

「そうだった! 実は……」

 アリッサは、これまでの経緯を話し始める。

 一通り、話し終えて喉が渇いたアリッサは、紅茶を飲む。

「なるほど、事情は、大体わかったわ……でもね、気になることがひとつあるのよね」

 ポラリスは、そう言って自分が飲むための紅茶をカップに注ぐ。

「気になること? なんでしょうか」

 紅茶の香りが広がったが、さきほどのものとは違う香りだった。

「私に妹はいないのだけれど……」

 そう言ってポラリスは、受け皿で支えながら紅茶カップを持った。

「ぶっ!」

 アリッサは、飲んでいた紅茶を吹きだした。

「だから、私に妹は、いないと言っているの」

 ポラリスは、落ち着き払ってそう言うと紅茶を一口飲んだ。

「顔はそっくりだけどメガネをかけて髪は縛ってました。ジエスっていう名のハヤブサを使い魔にして……」

「その娘のかけていたメガネってこんな?」

 ポラリスは引き出しからメガネを取り出した。それはエライがしていたものと同じメガネだった。アリッサには見覚えのあるメガネだ。

「あっ、そうです。そのメガネです」

「ジエスは、昔飼っていた小鳥の名前だけど、ハヤブサではなかったわ」

「なんで、ポラリスさんの妹なんて言ったんでしょうか?」

「その方が、説明に困らないからでしょう。顔が似ていいることの説明もできるしね。もし私ならそうする」

 ポラリスは、そう言いながらそのメガネを掛けてみる。

「そうーです。そう、そう。エライさんに瓜二つです! そのままボクって言ってみてください、ボクって!」

「え、え? なんで?」

「いいから!」

「ぼ、ボク……」

「うわっ、エルフのボクっ娘やばい! 本気でやばい」

「いや、あなたもかなりヤバそうなんだけど」

 アリッサは、ハッと我に返る。

「つ、つい……趣味が」

「変わった趣味ね。で、私が話してもいい?」

「ど、どうぞ」

 落ち着きを取り戻したアリッサは。椅子に座り直すとポラリスの話に耳を傾けた。

「私、ずっと昔に、どこか別の世界へ冒険に行きたいと思っていた時期があったの。その時、飼っていたジエスという小鳥で、ジエスと一緒にいろんな世界のいろんなところで、いろんな発見をするんだって。でも結局は冒険に出発せず、今もこのまま……そう、今までずっとこのままだった」

 ポラリスは悲しげな表情を見せた。

「ポラリスさん……」

 アリッサは、ポラリスを見つめた。

「たまに思うの。あの時、勇気を出して外の世界に出たら何かが変わったかもって……なぜ、旅立たなかったのかって……ね」

 そう言ってポラリスは、アリッサに笑いかけた。けれど、その笑顔はとても悲しげだ。

「わたし、わたし……ポラリスさんの入れくれた紅茶が大好きです!」

 唐突にそういうアリッサにポラリスが驚く。

「作ってくれたサンドイッチも美味しかった。また食べたいと思いました!」

「そ、それはどうも……」

「だから、なんというか、ポラリスさんに会えてよかったと思うんです。でも、もし、ポラリスさんがここにいなかったら……紅茶も飲んで落ち着けなかったし、サンドイッチを食べて幸せな気分にもなれなかったはずです! つまり、なにを言いたいかというと……」

「え、ええ」

「ポラリスさんは、後悔しないでいいです! だって、私がポラリスさんに会えたことが最高にうれしかったんだから!」

 ポラリスはアリッサの熱弁にしばらく呆気にとられた後、クスっと笑う。

「ご、ごめんなさい! なんか支離滅裂で。勢いでつい……」

「いえ、いいわ。だって、私もあなたに会えたことがとても嬉しいんだもの」

「ポラリスさん……」

「それに私は、冒険の旅に出れなかったけれど、別の時間軸の私は、ちゃんと冒険に出たようだから」

「えっ?」

「さっきも言ったけれど、カフェ・アルフヘイムは、いろんな時間に存在している。理由はわからないけど、たぶん000号線に建っているからでしょうね。はっきりと言えないけど、どこかの時間軸の私が"冒険に旅立つ"という選択をしたんだわ。その私は、"エライ"と名乗り、あなたに接近した。友達のためにね」

「つまり、エライさんは、ほんとうにポラリスさん?」

「ええ、そう。そして、その別の時間軸の私の"友だち"だという"黒衣の貴婦人"という人物は、あなたに顔が似て魔術も使える。どういうことだと思う?」

 アリッサにはおぼろげながらも理解できた。

「"黒衣の貴婦人"は……別の時間軸の私?」



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