第13話 城からの脱出

「魔法のホウキは、魔法のホウキらしい使い方をするのよ」

 そう言って、アリッサは、ガラクタの山から突き出たホウキの柄を掴むと思い切り引っ張った。ホウキはかなり痛みが激しい。

「ちゃんと使えればいいんだけれど……」

 アリッサは魔法のホウキを両手で抱えると別の呪文を唱え始める。

 魔法のホウキは一瞬、輝いたかと思うと穂先の部分が静電気を纏ったかのように広がった。

「よしっ!」

 アリッサは、そっと魔法のホウキを手放した。するとホウキはそのまま風船のように宙に浮いたままでいる。

「おお……浮いてる」

「よかったぁ、ずいぶん古そうだったからうまくいくか心配だったのに」

 そう言ってアリッサは、魔法のホウキにまたがった。

「おいで」

 呼ばれたジャッカ・ロープのジローは、アリッサの前にぴょんと飛び乗る。

「さあ、飛ぶよ」

「その前にちょっと聞きたいんだけどさ……」

 そう言ってジローはアリッサを見上げる。

「ナイトウォーカーを魔法のホウキに変えて飛べるんなら黒い霧の森の中でぬかるみに苦労することなかったんじゃん。飛んでしまえば関係なかったわけだし」

「……そうしたかったのは山々だったんだけど、実は問題が」

「もんだい?」

「私、この魔術が苦手でさ、魔法のホウキで長く空飛べないんだよねぇ……」

 そうバツの悪そうな顔で言うアリッサ。

「長く飛べないって……どのくらい?」

「だ、だいたい三分か……五分くらい」

「みじかっ!」

「と、とにかく行くからね」

 アリッサとジローを乗せた魔法のホウキはガラクタの山から飛び立った。

「おっととと」

 だが、せっかく飛び上がったもののアリッサは思う通りに方向を定められない。

「真面目にやれーっ!」

「やってる! やってるって! でも、ひさしぶりでさ……っと!」

 魔法のホウキの操縦に悪戦苦闘してなんとかゴミ集積場の投入口から外に飛び出すと、空へ急上昇した。ジローは何度も振り落とされそうになった。

「ちょ、ちょっと速すぎないか?」

「だって時間がないし」

 ある程度の高さに達してようやく速度を落とすと、方向を見定めるために城の上空を旋回を始めた。上から見ると城は無計画に増築を繰り返したようにいびつな形をしていた。

 中心には焼却炉のような施設があり、そこからは黒い煙が立ち上っている。

 異様なものを感じたアリッサは、高度を下げて近づいた。それは焼却炉ではなく。何かのエンジンのものだった。左右の斜めに飛び出た巨大なピストンが規則的に動いている。

「なんだこりゃ?」

 ジローが目を丸くして驚く。

 巨大なエンジンの根本には、太いパイプがいくつも繋がっていた。そこから燃料となるものを供給しているようだったが、何を送り込んでいるのかアリッサには想像がつかなかった。

「おい、下みろ、下」

 ジローが何かに気づき騒ぎ出す。

 城の中庭に続く道にゴブリンたちと歩くエライの姿が見えた。

「エライさん?」

 よく見るとエライは腕を縛られている。

「きっと私を逃したのがバレたんだ」

 アリッサは、エライを助けようと方向を変えた。

「ちょっとまて! ちょっと! もう時間がない! グズグズしてると墜落しちまうぞ!」

「だって、エライさんを見捨てられないよ!」

「今は無理だ! 時間がない。それに、お前がここで捕まったらエライさんのしたことが無意味になるんだぞ」

「でも……」

「あとで助けにくればいい! 今は我慢! 我慢だ!」

「あーっ! もーっ!」

 アリッサは、やりきれない気持ちで魔法のホウキを正門の方向へ旋回させた。

 ブロンドの短い髪が風であおられる。

 猛スピードで宙を飛ぶ魔法のホウキは、城の正門の上空を越えた。

 正門より先は、荒れ地だったはずだが、上空から見る城につながる道がいくつもできている。森だった場所には何かの建物や石垣が造られ、街のような形を形成していた 黒い霧はアリッサたちが来たときより、さらに広範囲に広がっているようだ。

 上空から、それら見たアリッサは、晩餐での黒衣の貴婦人の言葉を思い出した。


『この城にとっては道も街も成長する為の糧だ』


 黒衣の貴婦人の言うとおりだ。

 この城……いや、土地自体が成長している。

 城の周りに町ができ始めた。町は都になり、やがて国になるかもしれない。

「これが、黒衣の貴婦人の魔術……」

 アリッサは思わずつぶやいた


 黒い霧から遠ざかったころだ。魔法のホウキは徐々に降下し始めた。

「あれ?」

 急速に失速した魔法のホウキは。大きく揺れだした。

「ディシプリナム・カストッディー!」

 墜落寸前のところで魔法のホウキがバイクに姿を変えた。

 地面にリアタイヤから着地し、リアサスペンションが大きくしなる。

 それでもなんとか着地できたアリッサは、ナイトウォーカーをゆっくりと止めた。

「た、助かった……」

 無事に着陸できたアリッサは、ほっと胸をなでおろした。

 ナイトウォーカーは、なんとかまだ動くようだ。

 アリッサは、ギアを入れてアクセルを回した。ゆっくりと進み出すナイトウォーカー。

 しかし、ガタガタとおかしな振動をおこし、今にも止まりそうだ。

 

 やがてボロボロになるつつもナイトウォーカーは、なんとか000号線にたどり着いてくれた。

「ドワーフの市場はどっちだ? アリッサ」

「太陽の昇る方向から走ってきたはずだから……あっちね」

 アリッサは、もと来た道をドワーフ市場目指して走り始めた。

 しばらく走ると、空中に浮かぶ奇妙な看板が見えた。

 それは見覚えのある看板だった。光に照らされた看板に店の名前が書かれていた。

 店の名前を見たアリッサは、思わず眼をこする。

「カフェ……アルフヘイム……って、うそっ?」

 それは、アリッサが最初に立ち寄ったエルフの喫茶店だった。

「あれ? この店……ってことはドワーフの市場を通り過ぎたのか?」

 ジローがそう言って元来た道を振り返った。

「絶対……とは言い切れないけど、ドワーフ市場への分かれ道を見落とすことはないと思うんだけどなぁ」

「もどってみる?」

「そだね……」

 その時、アリッサのお腹がぐーと鳴った。

 無言でアリッサを見つめるジロー」

「ね、ねえ、ジロー。なんかお腹空かない?」

「俺は別に……」

「そうだ! ポラリスさんにいろいろ聞きたいことあるし」

「それより、早くドワーフ市場へ戻って報告した方が……うわっ」

 ジローのツノをつかむとアリッサは、エルフのカフェ・アルフヘイムの扉を叩いた。


「いらっしゃいませ」

 中に入るとポラリスがカウンターの内から挨拶した。

「ポラリスさーん。ひどいじゃないですかー! ポラリスさんの書いてくれた紹介状からとんでもないことになってんですから」

 入店早々、早口でまくし立てるアリッサにポラリスは、キョトンとした顔をする。

「失礼ですけど、どちらさま?」

 ポラリスの言葉にアリッサは、唖然とした。

「わたしここでコーヒーを頂いて、こっちのバカウサギは店からウイスキーを瓶ごと持ち出して……」

 ポラリスは、困ったような表情でアリッサの話を聞いている。

「……って、覚えていないんですか?」

「ごめんなさい。人間のお客さま」

 ポラリスは、すまなそうな顔でそう言った。

「ポラリスさんにドワーフ市場に入れる紹介状まで書いてもらったんですよ?」

「そんなことまで……でも、ごめんなさい。それはきっと、私であって私ではないと思うわ」

「はあっ?」

 な、なめとんのか! このエルフは!

 ……と口には出せない言葉を心の中で叫ぶアリッサだった。



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