第12話 アリッサの受難

 足元に流れていく湯が黒く変わっていった。

 湯の雨で漆黒の黒髪は洗い流されいくごとに美しい金髪に戻っていった。

 身体をほどほどに洗い流すと黒衣の貴婦人は、呪文を唱えた。

 すると湯の雨は止まり、風呂の湯が底から湧き上がり始めた。

 ある程度、湯が溜まると湧きも自然と止まる。

 それを見計らって黒衣の貴婦人は湯に浸かった。

 温かい湯に身体も心も癒やされていく。

 ほどよく温まったこと黒衣の貴婦人は、小さな魔術師の少女のことを思い出していた。


 私もあんな心持ちだったことがあったのだろうか……


 そんなことを心の中で呟いた。

 その時だ。ふいに誰かの気配を察した。

 気配はゴブリンではない。

「だれか?」

 湯船から出るとタオルを身体に巻き、風呂場を出た。

 暖炉に陽が焚かれ部屋は暖められていた。

 そこにいたのは親しい友人だった。

「そなたか……」

 壁に寄りかかりエライが立っていた。

「椅子にでも座っておればよいものを」

「話はすぐ済ますつもりでいたから」

「要件はなにか?」

「アリッサをどうするつもりか聞きたい」

「別に」

「そんなわけないだろう。ずっと待っていた者が現れたっていうのに」

 エライは険しい表情で黒衣の貴婦人を見た。

 貴婦人は、タオルを巻いたままゆったりとした長椅子に座り用意されていた茶を飲んでいる。

「あの娘は、身代わりになってもらう」

「そんなことだろうと思ったよ。ねえ、やめるわけにはいかないのかな? 別の何かを代用にでもして。魔術ならそういったことも……」

「同情したのか?」

「そういうわけじゃ……いや、してる。あの娘は良い子だ」

 黒の貴婦人は、カップを置くと椅子から離れ、壁により掛かるエライの横に立った。

「私とは長い付き合いだろ? いまさら見捨てるのか?」

「見捨てるなんて……そんなこと言わないでよ」

「なら、このまま……な?」

 黒衣の貴婦人はエライの首に両腕をまわした。

「やめてくれ!」

 エライは、それを振りほどくと部屋から出ていった。

 部屋に残された黒衣の貴婦人は、姿鏡に映る自分の姿に目をやった。




 アリッサが目を覚ましたのは、薄暗い物置小屋のような場所だった。

 部屋の隅々にガラクタが山積みになっている。

 アリッサは、その部屋の中央で椅子座らされ縛り上げられていた。

 足元にはなにかの魔法陣があったが、アリッサが見たことのない組み合わせで描かれていた。

 おそらくアリッサの魔術を無効にするための何かだろう。

「大丈夫か、アリッサ」

 ジャッカ・ロープのジローがぴょんと飛び乗った。

「あんた、どこへ行ってたのよ!」

「仲間を見つけたと思って駆け寄ったら剥製だった。まったく、そんなことするからジャッカ・ロープの数が減っていくんだ。まったく……いや! そんなことより、何されてんだよ!」

 ジローが膝の上で跳ねた。

「お前たちを探してうろついていたら、ゴブリンたちに運ばれているお前を見つけて、こっそりついてきたんだぜ。俺がいないあいだに一体なにがあった?」

「捕まった……黒衣の貴婦人に」

「なにか、怒らせるようなことした?」

「そんなことないと思うけど……それでエライさんにも裏切られた」

「ぜったい、怒らせたよ。お前、なんかそういったとこあるもん!」

「知らないわよ。もう、わけわかんない! おまけに黒衣の貴婦人は、私に顔が似てたし」

「ん?」

「顔が似てたんだよ、わたしに」

「想像つかないなぁ……」

「ほんとだってば」

「もしかしたら姿を真似るすシェイプシフターってやつじゃないか?」

「怪物ではなかったよ。でもあの人、魔術師だった。この城を土地ごと移動させてるらしいの」

「そんなことできるの? できるとしたら、そりゃ、かなりの魔術使いだな」

「そんなことより、早く助けてよ」

「お? ああ、悪い悪い」

 ジローはロープをかじり始めた。

「ありがとう」

「感謝は、ニンジンの数で示せ」

 ロープが取れて自由になったアリッサはすっくと立ち上がる。

「よっしゃ!」

 ジローが扉に向かおうとしたが途中、小箱にぶつかった。その拍子に大量の荷物が崩れてくる。

「ちゃんと片付けておけーっ!」

 崩れた荷物の山から顔を出して怒るジロー。、

 足元に転がってきた小箱を拾い上げたアリッサは目を疑った。

 見覚えのあるその小箱は、アリッサの物だった。だがしかしそれは、家の自分の部屋に置いてきたものだ。

「さあ、早く逃げようぜ」

 荷物の山から這い出たジローはアリッサを急かした。

「ちょっとまって……」

 アリッサは部屋をあらてめて見渡した。

「どうしたんだよ?」

「この部屋……覚えがある。中に置いてあるものも」

「はあ?」

「ここ……私の部屋だ」

「なにいってんだ? 頭でも打ったか? 黒衣の貴婦人の城の中になんで、アリッサの部屋がああるんだよ。ここはお前の家じゃないだろ?」

「そうなんだけどさぁ……」

 アリッサの頭は混乱した。もしかしたら、魔術か何かが仕込まれているが為の幻覚なのかもしれなかったが、なぜんなことをするのかが理解できない。

 そうするうちに扉の向こうから物音が聞こえてきた。騒いでいたのを誰かに聞かれたのかもしれない。

「ほら、おまえが大声だすから……」

「そんなことより、どこかへ隠れないと」

 慌てたアリッサたちだったが、隠れる前に扉が開けられてしまう。

「あっ……」

 扉を開けた者の姿を見てアリッサとジローは驚いた。

 なんと入ってきたのは、エライだったのだ。

「エライさん?」

「やあ、アリッサ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないです! すっごいショックでした! なんで私たちを裏切ったんですか!」

 アリッサは、涙目で訴えた。

「ごめん……君は友達だけど、彼女も大事な友だちなんだ」

「それは聞きました。でも、ひどいです! おまけに人間の顔は見分けがすかないとか言うし」

 アリッサは、泣きながらエライにだきついた。

「ごめん、アリッサ。あれは嘘だ。君の顔は好きだし、ちゃんと見分けくらいつくから」

 そう言ってエライは子供のように泣きじゃくるアリッサの頭を撫でる。

「ほんとにごめんよ」

「うええーん、エライさーん」

「もう泣かないで、アリッサ。このままここにいたらまずいんだ。黒衣の貴婦人は……彼女は、キミの命を魔術の道具に使う気なんだから」

 アリッサは、涙を拭いながらエライを見上げる。

「魔術の道具?」

「そうだよ。だからキミをここから逃す。ボクについておいで」

 エライはアリッサの手を引いて部屋から連れ出した。


 二人と一匹は、長い廊下をうろつくゴブリンの召使いたちの目を盗んで通り抜けていく。

 炊事はを通り抜けて、アリッサたちは場所へだどりついた。

 そこにはゴミを捨てる為のごみ棄て装置ダストシュートあった。

「正面の出入り口は通れない。窓のある場所に行くにもゴブリンどもがうろついて難しい。だから、このごみ棄て装置ダストシュートを抜けて外へ出るんだ」

「ゴミ捨て場ですね……ここ」

 アリッサの脳裏には嫌な予感しかしない。

「そうさ。捨てられるゴミやガラクタは、ここのチューブを通って地下のゴミ集積場におツルンだ。集積場に溜まったゴミを外へ運び出すための出入り口があるはずだ。そこから外へ逃げ出せばいい」

「あの……危険ではないでしょうか?」

 エライはアリッサの質問には答えず、そのままダストシュートに放り込んだ。

「え? エライさん? え?」

 私のこと好きっていっていませんでしたか? なのにこの仕打は何でしょうか?

 ごみ棄て装置ダストシュートのチューブをすべり落ちていく最中、アリッサは心の中でそうつぶやいていた。

「さて、つぎは君だ」

 エライはジローの方を見る。

「い、いえ。俺は自分で行きますので……」

 エライは、ジローのツノを掴むと躊躇なく持ち上げてダストシュートに放り込んだ。

「きゃああああああ」

 遠ざかる叫び声がシューターから響いていく。


 ゴミの集積場に落ちたアリッサは、ゴミの山から、さながらゾンビのようにはいだした。

「ふええ」

 一息ついていると時間差でジローが落ちてきた。

「ふげっ! おい! あれ、本当にエライさんか?!」

「わかんない。もしかしたらエルフってそういう種族なのかも……ってゆーか、さっきの涙の再会の後でこれぇ?!」

「異種族間のコミュニケーションって難しいのな」

 ジローはゴミ山の中ため息をつく。

「でもな、アリッサ。今はここから逃げ出すことの方が大事だぜ」

「そ、そうだよね」

 アリッサは、動揺を押し殺し出口を探し始めた。

 しかし、見渡す限り、ゴミとガラクタの山しか見えない。

 途方に暮れたその時だった。どこかから光が差し込んでいる場所が見えた。

「ジロー、あれ、見て!」

 おそらく外部からゴミを捨てる用の口なのだろう。光は城の外からのものらしい。外に逃げ出すには最適だった。問題なのは、それがずいぶん高い位置にあるということだった。

「ちぇっ! 高すぎるぜ。エライお嬢さんは、わかっていて俺たちをこんなとこをに放り投げたのかよ」

「おそらく、わたしが魔術を使う前提なのよ」

「魔術でなんとかなるのか? あそこって、ちょっと高すぎないか?」

「何かを利用すればいいよ……なにかないかな」

 アリッサは、物色を始めた。

「ハシゴでも探そうってのか?」

「ハシゴの代わりに変化させらるようなものだよ。これだけガラクタが何か役に立つものがありそ……ん?」

「どうした?」

「このマンガ私、持ってる」

「こんな時、マンガの話? 呑気すぎだろ」

「このマンガだけじゃない。こっちのラノベも。私、全巻持ってたもん。それに、このキャラタオルせっかく買ったのに色落ちがいやで結局つかわなかったのと同じ。このフィギュアは、ガチャでお目当てのキャラが中々出なくって、結局、同じのばっかり15体持つことに……あれにはへこんだわ」

「なあそれ、こんな時にカミングアウトすること?」

 アリッサは、ハッと我に返った。

「わ、わたしの言いたいのはねえ……さっきの部屋といい、何かおかしいってこと。だって、このゴミ集積場には見覚えのあるものが多すぎだもの」

「たまたまだろ……ん? なあ、あれは?」

 ジローが何かに気づいた。アリッサは促されてジローが見ている方を見る。

「あ……」

 それは、ガラクタの山の中に埋もれるナイトウォーカーだった。しかし。アリッサの乗っていたものと違い、サビて塗装も色落ち、見た目のずいぶんくたびれている。

「アリッサのかな?」

「預けた私のナイトウォーカーは、ホウキの状態に戻してあったし、ここにあるのは私の乗っているのより、ずっと古いものみたいだし」

 アリッサは、ナイトウォーカーの埋もれているところまで這い上がり、状態を確かめた。

「同じ型のナイトウォーカーでも、私のよりずいぶんくたびれているなぁ……けど、これで逃げられるかも」

「バイクで壁は登れないだろ」

「ばかねえ。これは魔法のホウキがバイクの形を模しているだけなんだから」

「ばかっていう奴が馬鹿だ! でっ? どういうこと?」

「レバータ・エーディ・フォメア……」

 呪文を唱えるとナイトウォーカーは、バイクからホウキの姿へ変化した。

「魔法のホウキは、魔法のホウキらしい使い方をするのよ」




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