第11話 城塞での晩餐
アリッサたちは馬車から降りると周囲を見渡した。
高い城壁に囲まれ外は見通せない。
エライが左手を上げると空から馬車についてきていたハヤブサのジエスが舞い降りて、その腕に止まる。
黒衣の貴婦人は、"屋敷"と言ったが、屋敷というよりむしろ城だった。
ゴーリの言うとおり、これはまさに城塞といえた。
アリッサたちが、荷馬車から荷物を降ろそうとすると馬車に乗ったままの黒衣の貴婦人が声をかけてきた。
「荷物は、使用人どもに運ばせておこう。そなたたちは、そこのゴブリンに案内させるのでついて行くがよい。では、晩餐で会おう」
黒衣の貴婦人が御者に指示すると馬車は、さらに奥にある内門に向かった。
すると、いつのまにか執事姿のゴブリンがアリッサたちの後ろに立っていた。
「お客人の方々。こちらへどうぞ」
ゴブリンの執事に案内され、アリッサたちは屋敷の中に入った。
長い廊下をにはそれと交差する幾つもの廊下が通っていた。
そのことからもずいぶん広いことがわかる。
「大きなお城ですね」
「ええ、常に増築していますから」
前を歩く案内の執事ゴブリンがそう言った。
後ろからついてきていたジローは、交差する廊下を通るたびに鼻をひくひくさせ興味深げに覗き込む。そしてある廊下を通りがかった時だ。廊下の突き当りに自分に似た影を見た。
直感的に仲間かと思ったジローは、その影に向かって跳ねていく。
アリッサたちはジローがどこかへ行ったのも気づかずに歩き続けた。
しばらく歩くと一行は、広い広間にたどり着いた。
そこにはこれまた長いテーブル。まわりには背もたれの高い椅子が並んでいたが、特に背の高い椅子が上座に置かれている。
アリッサたちは上座から右手側に座らされた。
気を利かせたゴブリンがハヤブサの止まり木代わりとしてのT字型の長棒を持ってきてくれた。エライは、ゴブリン執事の差し出したT字型の長棒にジエスを移した。
「頑固な造りをした壁じゃ。屋敷というより完全に城じゃな」
ゴーリが広間を見渡してそう言った。
他の執事たちが、食前酒を持ってきた。
「あれ? ジローは?」
「はあ……?」
ゴブリン執事は首をかしげる。
「私と一緒にいたジャッカ・ロープです。あの……ツノのあるウサギ」
「ああ、あの希少種ですか。そういえば見当たりませんねえ。おそらく、来る途中でどこかに迷ってしまったのでしょう。ここはとても広いですし、それに獣は気まぐれです」
「私、探しにいかないと」
席を立とうするアリッサをゴブリン執事がそれを制止する。
「お客人の方々にお手を煩わせることはできません。ここは、私共にお任せください」
「でも……」
「ここは広すぎます。初めていらっしゃったお方には入り口に戻ることでさえままなりません。その点、日々ここにいる私どもにはお客様が迷い込むような場所も見当がつきます」
「おい、魔女っ子。そのゴブリンの言う通りだ。ここは広すぎる。好意に甘えておけ」
ゴーリは、そう言うと出された食前酒を飲みだした。
「はあ……」
アリッサは、席に座り直した。
しばらくすると着替えをした黒衣の貴婦人が入ってきた。
テーブルの上座まで来るとゴブリン執事が席を引いた。
「おまたせしたな」
相変わらず服装は黒かったが、よりシックで上品なものになっていた。
馬車でかぶっていたヘッドドレスははずされていたが、そのせいか束ねられた黒い髪のサイドヘアがより引き立って見えた。
黒のベールだけはいまだに外されていなかった為、いまだ素顔は見えない。
貴婦人の着席に合わせて料理が持ち込まれ始めた。
美味しそうな料理がゴブリンの給仕たちによってテーブルに並べられていく。
「さて、まずは今宵の宴の乾杯をしようぞ」
黒衣の貴婦人がそう言うとアリッサたちの前に乾杯用の新しいグラスが用意され、飲み物が注がれた。
「ああ、私はジュースか水で」
アリッサが注がれようとしていたワインを断ると、ゴブリン執事は備えよく用意していた水を注いでくれた。
飲み物がそろったところで乾杯がされ、晩餐が始まった。
アリッサたちは、思い思いの料理に手をつけ始めた。
ゴーリなどは、すでに何枚も皿を空にしている。
アリッサは、真っ先に大好きなチーズに手をつけた。
「美味しい! これどこのものでしょうか?」
チーズを口にして思わず声に出してしまう。
「それは何より。それは北方に立ち寄った際に見つけたものだ。美味なのでつい多く仕入れてしもうた」
「貴婦人さまは、お食べにならないのですか」
「今日は食が進まぬのだ」
「どこかお体でも?」
アリッサは心配そうに貴婦人を覗き込む。
「いや、そうではない。だが迂闊であった。お客の方に気を使わせてしまうとはのう。食事に招いておるホストが何も食を取らぬのも失礼というもの。せめてワインくらいは口にしようか」
そう言うと黒衣の貴婦人は、黒のベールをはずしはじめた。
「そんな、無理になさらなくても……え?」
ベールを取った貴婦人の素顔を見たアリッサは、驚いた。ゴーリでさえも、黒衣の貴婦人の素顔を見て食事の手を止めてしまった。
なぜなら、その顔立ちはアリッサにとてもよく似ていたからだ。
髪こそ金髪のアリッサとは違う美しい黒髪で、化粧もしてはいるが、瞳の色といい目元や口元はアリッサに驚くほど似ていた。まるでアリッサが十年ほど齢を重ねたような容姿だった。
だが、エライだけはは気づかないのかカップのワインを飲み続けている、
「いかがした?」
黒衣の貴婦人は、見惚れるアリッサに気づき、にっこりと微笑んだ。
「いや……その……」
ドギマギしてしまうアリッサは言葉につまる。
「失礼ながら、御婦人。あんたは、そこの魔女っ子の遠縁にでもあたるのか?」
ゴーリが尋ねる。アリッサも聞きたかったことだ。
「はて、心当たりはないが。なぜそのようなことを?」
「魔女っ子の顔を見てれば気づきそうなものだが、あんた、この魔女っ子とよく似た顔立ちじゃぞ?」
「私が? 確かにこの小さき魔術師には好感を抱いておったが、なるほど。そのようなわけであったか」
そう言って黒衣の貴婦人は笑った。
「似てるも似てる。姉さんか母親かと思ったくらいじゃぞ。なあ? メガネっ娘エルフもそう思うじゃろ?」
「ボクには、人間の顔なんて全部同じに見えるけどね」
エライは意外にも素っ気なくそう言った。
「私もこのような可愛い娘に似ていると言われて悪い気はせぬ」
「そ、そんな、可愛いなんて……」
照れたアリッサはうつむいてしまう。
「ああ、ところでそなたらは、消えてしまう道の原因を知りたかったのだったな」
黒衣の貴婦人は、思い出したように切り出した。
「実はあれは、この屋敷……いやこの私の城塞が原因なのだよ」
「え?」
「この城塞は、生きておる。そなたにも薄々感じていたであろう?」
確かにここに来た以来、何かの違和感を感じてはいた。
「ここは最初、小さな屋敷にすぎなかった。幻想の土地を喰い続け、今は城にまで成長した。そして、この城にとっては道も街も成長する為の糧だ。この瞬間も新たな糧を求め、幻想の土地を移動しているのだよ」
「そんな……それじゃ生き物じゃないですか」
「まあ、そうとも言えるな」
黒衣の貴婦人は薄笑いを浮かべた。
瞳の色はアリッサと似ていても、その眼は冷たい。
「今もどこかへ進んでいるぞ。もしかしたら000号線へかもしれんな」
「魔術……これは貴婦人様の魔術でなんですか?」
「私の魔術であろうと、何であろうと、どうでもよかろうが」
「でも、何故こんなことを? こんなことしたらいろんな人達が巻き添えになっちゃうのに」
「そういえば何故かな……この私のための城を欲していたというのもあるのだが……」
黒衣の貴婦人は、グラスに注がれたワインに口をつけた。一口飲むと言葉を続ける。
「それよりも、この幻想の土地を消してしまいたかったのかもしれぬな」
「ダメですよ! そんなの」
「どうして? 私が私のしたいことをする事が何故だめなのだ?」
「だって、ここにはいろんな人達が暮らしているんだし、そこのゴーリさんのようなドワーフさんたちだって……」
そういえば、一番騒ぎそうなゴーリが何故かおとなしくしている。アリッサは慌ててゴーリの席を見た。
「ゴーリさん?」
見るとゴーリは、テーブルに顔を伏せたまま動かない。
「どうしたんですか!」
ゴーリの異変に構わず、隣に座るエライは平然としていた。
「眠り薬が効くのに意外と時間がかかったな。調合を間違えたのかな」
「エライさん? 何を言っているんですか?」
エライは、アリッサの言葉を無視したまま立ち上がった。
「ごめんね、アリッサ」
そう言うとアリッサは、エライは席から離れ、黒衣の貴婦人の横に立った。
「ボクは、キミの監視役で、ここへちゃんとたどり着くように見守っていた」
突然のエライの言葉に唖然とするアリッサ。
「えっ?」
「キミのことは気に入っている。だけど、こちらの黒衣の貴婦人はボクの大切な友人なんだよ。友人の頼みなら断れないさ」
「そんな……エライさん。わけがわからな……いです」
アリッサの意識はそこで途切れた。
ゴブリンの召使いたちが意識を失ったアリッサとゴーリを運び出しはじめた。
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