第10話 不穏な招待

 アリッサたちを乗せた馬車は、黒い霧の中を黒衣の貴婦人の屋敷目指し進んでいた。

「さきほどの魔術は見事じゃったのう」

「あれは、その……」

 アリッサが言葉につまる。

「この魔術は、アリッサが自分で構築した魔術なんです」

 ジャッカ・ロープのジローが代わって口出した。

「ちょっと、私が話してるんでしょ」

アリッサは、ジローのツノを小突く。

「それは素晴らしい」

「それが、そうでも……実は、あの魔術はまだ未完成で、無機物に命を与えても長くは持たないんです。大体、五分くらいで元にもどっちゃうんです。それに……」

 黒衣の貴婦人は、アリッサの口元に指を差し出した。

「屍体は無理なのであろう?」

 アリッサの言おうとした事を言い当てられ驚いた。

「は、はい……木とか植物はなんかは、なんとかいけるんですけど、死んだ動物は無理なんです。でも、なんでわかったんですか?」

「私も多少、魔術をかじっておる。だから問題点も見えてくるぞ」

 黒衣の貴婦人は広げた扇子で口元を意味ありげに隠す。

「え? それってなんでしょうか?」

 アリッサは、身を乗り出した。

「本来は自分で見つけるべき事と思うが、これも何かの縁じゃ。答えではないが手掛かりは話そうか」

 そう言って黒衣の貴婦人は、扇子を閉じて話を続けた。

「魔術とは望みを叶える手段。炎を燃やすこと、物を動かすこと、変化させること……その目的に対して呪文という手段がある。つまり、魔術の理論は、願望という目的へたどり着く道標と同じようなものよ。もしそれが正しく構築されていないのであれば当然、たどり着く先は望むものと違うよのう」

 アリッサは、ため息をついた。

「わたしも組み合わせをどこかで間違えているとは思っているんです。何かしっくりしていないって感じがしてたし。何度も確かめたんですけど」

「ふむ、そうであろうよな……」

 黒衣の貴婦人は、顔をアリッサに近づけた。

 香水の甘い香りが漂ってくる。

「だが、そなたはその魔術を完成させてなんとしたい? 完成させるのが目的か? それとも目的のために使いたいから魔術を完成させようとするのか?」

 アリッサは、小首をかしげる。

「そ、それは……えーと」

 黒衣の貴婦人は、組んでいた足を組み替えた。

「魔術のうわべだけを追っていないか? その魔術理論は、目的に対して本当に正しいものを選んでいるか?」

 アリッサは言葉につまる。

「物事の表面だけなぞっても本質が同じになるとは限らないのものなのだぞ」

 そう言うと黒衣の貴婦人は、アリッサから顔を離し席の背もたれにふたたび寄りかかった。

 目が笑っているのが分かる。嘲笑……というものだろうか。

「ごめんなさい……」

 責められている気分になり、つい謝ってしまうアリッサに黒衣の貴婦人は首を横に振った。

「いやいや、謝ることなどない。別に否定しているわけではないのだ。ときに模倣とて、とても大事なことだ。技術を上げようという意思がある時は特になぁ。だからそれを恥じることなどないぞ。だが……」

 アリッサは、貴婦人の言葉に聞き入った。

「だがな、小さな魔術師よ。それも最初のうちだけ。本質を追求せずに模倣を続けても時間の無駄というもの」

 黒衣の貴婦人は、そう言って開いていた扇子を閉じた。

 深緑色の瞳がアリッサをじっと見つめている。

 横で聞いていたゴーリがうんうんと頷く。

「おっさん、意味わかってるの?」

 エライの膝に乗っていたジャッカ・ロープのジローが言う。

「地図作りも同じことよ。最初は好奇心や興味、素晴らしい地図を目にした時の感動から始まったとしても、モノマネだけでは限界などすぐやってくる。すべてに理由があるものじゃ。理由がなくて存在するものなどペッラペラじゃからの。ところでジャッカ・ロープ、お前もおっさんの声じゃろうが!!!」

「ゴーリさん……」

 アリッサがゴーリの方に顔を向けているとエライがアリッサを抱き寄せた。

「大丈夫、アリッサのあの魔術だって十分素晴らしいじゃないか。エルフの魔術師でもあんな魔術をやってのける者を見たことはない。きっと、ほんの少しボタンを掛け違えているだけだよ。アリッサならなんとかできるさ。ほら、バイクだってすぐ上手くなってろ?」

「あれは、バイクの話だし……それにあれ上手くなったっていうのでしょうか?」

「なったさ。少なくとも黒い霧の森に入る前よりね。はら、自分を自分で認めてあげるのも大事なことだよ。自分を褒めてみて」

そう言ってエライはにっこりと笑いかけた。

エライさんに出会えてよかった、とアリッサは心から思えた。

思えば、魔術学校時代は、ヲタク趣味をいじめっ子に馬鹿にされ続け、何か考え方まで変わってしまった気がなんとなくしてた。

反動なのか魔術の勉強に打ち込んで、そのおかげか成績も上がったものの、何か満たされることにはならなかった。もしかしたら、その気持は、自分を自分で否定し続けていたから起きていた事かもしれない。そしてそれは、魔術の勉強にうちこむ自分か。それともヲタク趣味を我慢するようになった自分なのか。どこかでボタンを掛け違えたのか……。

アリッサは、ぼんやりとそんなことを考えていた。


「そういえば、そなたは000号線をたどって来たのだったな? 000号線の果ては望みが叶うという噂がある。とすると、そなたは、魔術の上達をさせるために000号線にきたのか?」

「それが、そのあたりが私にもよくわからなくなってきていて……」

「ほう?」

「偉大な魔術師なって、みんながすごいって言うような魔術を身につけたいって思って来たはずなんですけど、何かそれも違うかもなぁ……て」

そう言って、アリッサは。車内の天井を仰ぎ見た。

「私から言わせてもらうと……」

 その言葉にアリッサが再び黒衣の貴婦人に目をやる。

「魔術を極めろ。そなたは偉大な魔術師になれる才能を持っていおる」

「才能?」

「魔術は理論に基づき構成される。だが、新しい魔術を生み出すにはそれだけではだめだ。それには独創性とセンスが必要だ」

「独創性とセンス……」

「そのとおり。さきほどの魔術にはそれを感じるわ。センスと独創性のな」

 そう言って黒衣の貴婦人は、笑った。ベール越しで表情ははっきりつかめないが笑顔を見せているのは目の感じから分かった。



 馬車は、目的地に近づいてきた。

 坂を登っているようで、背中が少しばかり傾く。

 外も騒がしくなっているようで、アリッサは気になって窓から覗いてみた。

 黒い石垣が延々と続いている。黒い森は、すでに遥か彼方だった。

 どうやらとっくの昔に黒衣の貴婦人の領地に入ったようだ。

「おお、いつのまにこんなものを造ったのじゃ」

 ゴーリが外の様子を見て驚いていた。

「どうしてですか?」

「黒い霧に覆われてしまったとはいえ、だいたいの位置は把握していたんじゃが……」

 そう言ってゴーリは、手帳を開いた。

「この場所は以前はゴブリンの小さな集落に続くだけの道だった。今は、巨大な城塞の一部みたいになっておる」

「城塞?」

「見ろ」

 ゴーリは、馬車の先を指さした。

 そこには巨大な城壁が見えた。ドワーフの市場の壁よりずっと大規模で頑丈そうだ。

「さて、もうすぐ、館へつく。少しくつろいだらそなたらを食事にご招待しよう」

 黒衣の貴婦人は、静かにそう言った。

「その時に消える道や街のことも話そう……」


 馬車は、坂道を上り来ると速度を落とした。

 アリッサがふたたび進んできた道を見ると丘のような高い位置にいるのか黒い霧の森の全体が見渡せた。違和感を感じたアリッサは、目を凝らして黒い霧の森の方を見つめてみると気のせいなのか、少しずつ移動しているような気がした。

「どうしたの? アリッサ」

 その様子に気づいたエライが声をかけてきた。

「いや、何か変な気が……なんだかこの土地全体が動いているような気がして」

「長旅で疲れているんだよ。だって土地が動くわけないじゃない?」

「そうですよね……ははは、疲れてますよね」

 とは言ったものの、その違和感は拭えなかった。

 やがて馬車が、城塞に近づくと門の扉がゆっくりと開き始めた。

「ようこそ、私の館へ」

 黒衣の貴婦人はそうアリッサたちに言った。

 馬車は開かれた門をくぐっていく。

 瞬間、恐ろしいほどの冷たい空気を感じた。

 それはまるで何か別の世界に迷い込んだような感覚だった……。



 




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