第9話 黒衣の貴婦人

「なぜなら、私は消える道の原因を知っているのだから」

 黒衣の貴婦人はそう言って深緑色の瞳をアリッサに向けた。

 アリッサの瞳もグリーンだが、よく見ると貴婦人ほど濃くはない。

 その視線にアリッサは、思わずドキッとして視線を外す。

「あの……本当ですか? そのお話」

「本当だとも。そなたらが私の屋敷にてもてなしを受けてくれれば、知っていることは全て伝えよう」

 アリッサは、チラリとエライやゴーリを見た。

 エライがゴホンと咳払いをするとアリッサに片目を瞑ってみせる。

「丁度いいんじゃないかな。情報を知っている人に会えたのは幸運なことだよ。それにゴーリは、ともかくアリッサやボクは、この先、ぬかるんだ地面は進めなくなるだろうし」

 そう言ってエライは、招きを受けることに賛成した。

「わしはオークを助けた報酬をもらいたい。絶対もらいたい」

「わ、わかりましたから(二度言うんだ……)」

 どうやらゴーリも賛成のようだ。

 アリッサたちは、黒衣の貴婦人の申し出を受けることにした。

「招きに応じてくれて感謝する。ところで、そなたらがつけておるその不格好なマスクな……」

「え? ああ、はい。黒い霧が身体に何か悪い影響を与えるのかと思いまして」

「霧は大丈夫だ。呼吸はちゃんとできる。私を見てみるがいい。マスクなどはしておらんだろ?」

 確かに黒衣の貴婦人は、黒いベールはしているもののアリッサたちのような厳重なことはしていない。

「そなたらが助けてくれたオークもなにも付けていないが不調なところはない。私を信じて、マスクを外してみろ。私も恩人の顔をしっかりと見たい」

 貴婦人の話を聞いたエライがマスクを外しはじめた。

「確かにこの方の言うとおりだ。霧はただ黒いだけで普通の霧と同じだけなのかもしれない」

 そう言ってエライはマスクを外すと大きく深呼吸をした。

「ああ……このほうが息がしやすい」

 アリッサとゴーリは顔を見合わせると、同じくガスマスクをはずした。


「そなたらは、私の馬車に乗るとよい。だが、そなたらのエクィテアンをそのままでは持っていくにな難儀するのう。さきほどエルフの娘が言ったとおり、この先の道は、そなたらのエクィテアンでは、進めぬぞ。さしでがましいようだが、この馬車に乗っていかれてはどうか?」

「エクィテアンって?」アリッサがエライに尋ねる。

「いま、ボクたちが乗っているバイク型の使い魔や魔法のホウキの幻想の土地の一部で使う総称なんだよ」

「へえ……」

 000号線にはたどり着いたものの、幻想の土地についてはあまり知っていることは多くない。

 アリッサは早速、手帳を取り出してメモを取った。

「うん、確かに貴婦人の言われるとおりだ。エクティアンはこのままでは持っていけないね」

 エライは、小声で何かをつぶやきながら指をパチンと弾き、バイクをハヤブサの姿を変えた。

「おいで、ジエス」

 エライが左腕を水平にかざすと、そこへジエスと呼ばれたハヤブサが止まった。

「なら、私も……と」

 アリッサは、ナイトウォーカーからサイドバッグと強引にくくりつけてあったキャリーバッグや毛布などの他の荷物を外すと呪文を唱えはじめた。

「レバータ・エーディ・フォメア……」

 アリッサの呪文でナイトウォーカーは、本来の魔法のホウキに姿を戻した。

 魔法のホウキは、柄の部分だけでもアリッサの身長ほど長く、穂先の部分を入れるとアリッサの頭を越してしまう大きさだった。柄には長々とラテン語やそれ以外の古代語の呪文が延々と彫り込まれているた。

「すごいな」

 エライは、魔法のホウキに変化したナイトウォーカーを興味深げに見た。

「わたしのは、ホウキに戻してもかさばってしまいますけど……へへへ」


 ゴーリはトランポ・トレーラーの連結器を四輪バギーから外していた。

「わしは、トレーラーと大きな荷物は一時ここへ置いていくことにするわい」

 ゴーリは、トレーラーを外した四輪バギーを木の裏に引いていこうとした。

「ゴーリさん? どこへ行くんですか?」

「前も言ったが、わしの"使い魔"は、お前らみたいなお嬢ちゃまにはきついだろうから、気を使ってやっておるじゃ!」

 そう言って木の裏に回り込むとアリッサたちの視界から消えた。

 すると木の裏から青白い光が輝く。輝きが収まったかと思うと、次はガサゴソと何かが動く音が聞こえてきた。

「さあ、ブリトニー。おとなしく入るのじゃぞ」

 ブリトニー?

 使い魔の名前らしかったが太い木に隠れて姿は見えない。

 しばらくすると小さなツボを抱えたゴーリが戻ってきた。ツボはフタ厳重に縛られるとバッグにしまわれた。

「さあ、報酬をもらいにいくぞ!」

 準備を終えたゴーリがはりきって言う。

「ゴーリさん、しつこくて申し訳ないんですけど、ゴーリさんの使い魔って一体なんなんですか?」

「知らんほうが幸せということもある……」

 そう言ってゴーリは不気味な笑みを浮かべた。

 アリッサは、それ以上何も聞けなかった。


 こうして一行は、"黒衣の貴婦人"の馬車に乗り込んだ。

 アリッサたちが助けたドワーフは、馬車が出発するのを頭を下げながら見送った。

 アリッサの魔法のホウキや荷物は、かさばるので随行していた荷馬車に積み込まれ、エライは、使い魔のハヤブサ、ジエスを空に羽ばたかせ、馬車についてこさせることにした。

 ゆったりとした車内の椅子にはゴーリ、アリッサ、エライの順で座った。

 アリッサの膝の上にはジャッカ・ロープのジローがちょこんと座っていたがしばらくすると、エライの膝に移動した。

「ちょ、ちょっと! ジロー! エライさんに迷惑でしょ!」

「やっぱり座り心地がぜんぜん違うな。アリッサの膝はクッションがあまりよくないというか……物足りない」

「あんたねえ……」

「ボクは構わないよ。このジャッカ・ロープの毛並みはふさふさして触り心地もいいし」

 そう言ってエライは、茶色い毛並みを触る。

「ほら、みろ、アリッサ。ジャッカ・ロープは、どこへいっても人気者なのさ」

 得意げにそう言うジローをじっと睨みつけるアリッサだった。

 そのやり取りを見ていた黒衣の貴婦人の貴婦人が笑った。

「面白い組み合わせだのう。人間にドワーフ、それに……」

 黒衣の貴婦人は、チラリとエライを見た。

「エルフとはのう……ほんに珍しい組み合わせ」

 視線を向けられたエライは、さり気なく外す。

 その様子を偶然目にしたアリッサは、何故かそれが気になった。




 車内はとても広く、3人が並んで座ってもまだ余裕があった。

 中央に座ったアリッサは、黒衣の貴婦人と真正面で向かい合わせになった。

「あ、あの……どうもありがとうございます」

 黒衣の貴婦人は、何故礼を言う?とって風な表情をした。

「礼を言うのは私の方だぞ? 使用人であるオークを救ってもらったのだからのう」

「それもそうなんですけど。道や町が消えていしまう原因を教えていただけるということもありますし……」

 アリッサは、遠慮がちにそう言った。

「それより、なぜ、そなたらは道や町が消える原因を知りたがる?」

「実は、私、ドワーフさんの市場へ立ち寄ったときにドワーフさんたちに頼まれまして」

「ドワーフに?」

「ああ、わしらのとこの親方衆が頼んだ件じゃ」

 ゴーリが口を挟んだ。

「わしらは道や街が消滅する現象は、魔術か呪いではないかと考えておった。そんな時に、この魔女っ子がやってきたんじゃ。それで我々の親方衆が調査を頼むことにしたんじゃよ。こうみえてもかなり優秀な魔術師らしいからのう」

 ゴーリが説明した。

「ほう……魔術師か」

 黒衣の貴婦人の貴婦人が興味を示す。

「や、やめてください。あれは、エルフカフェのポラリスさんが勝手に書いちゃったことなんですから!」

 慌てるアリッサに黒衣の貴婦人は、持っていた扇子を向けた。

「そなた、どのような魔術を得意とするのか?」

「得意な魔術ですか……? えーと」

「アリッサ、あれ教えてやれよ、あれ」

 ジローがそう言ってアリッサの肩を鼻で突いた。

「嫌よ……あれはまだ……」

「ほう、何かあるのか?」

 黒衣の貴婦人も興味深げに言う。

「いや、そんなにすごくは……」

 その時だ。馬車が突然、止まった。

「どうした?」

 黒衣の貴婦人が不機嫌そうな声で言った。

 ゴブリンの御者が小窓を開け、すまなそうな顔を見せた。

「申し訳ございません、奥様。行く手に大木が倒れ道を塞いでおりまして」

 窓から顔を出して外の様子を見ると御者の言うとおり、白くなった枯れた大木が横倒しになり、行く手を塞いでいる。

「なんとかしろ」」

「そう言われましても……」

 ゴブリンの御者が困り果てていると、突然、ジャッカ・ロープのジローがエライの膝からアリッサの膝へ飛び移った。

「アリッサ。出番だ」

「え?」

「黒衣の御婦人、このアリッサは、命なき物に命を与える魔術理論を体得しております」

「命を? ほう……それはまことか」

「ちょっと、ジロー」

「ここまで、乗せてもらったお礼だ。やってみせろよ」

「私もその魔術を見せてもらいたい。だめか? 小さな魔術師よ」

 黒衣の貴婦人にも懇願され、アリッサは観念した。

 馬車から降りると倒れた大木の前に行き、片手をかざして呪文を唱えはじめる。

「バイター・サイン・ホマイン・インミー・インテンティオ……」

 白く枯れた木が振動を始め、樹皮がボロボロとこぼれ落ちていく。

「コモデア・バイターミー・ディシプリナム……」

 呪文を続けると枝の分かれ目が関節のよう変化していき、それはやがて昆虫の脚のようになっていった。

 その様子を黒衣の貴婦人は、興味深げに眺めている。

「カピディタズ・プラエミアム・スーム・エスト……」

 枝は数本の脚に変化し終えると大木は、ゆっくりと歩き始めた。

 その姿は、まるで巨大なバッタだ。バッタは、歩いて道から出ていくと黒い霧の中に消えていった。

 その後姿を見送るとアリッサは、ホッとため息をついた



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