第8話 霧の中で
ガスマスクを装着した一行は、黒い霧の中へ入っていった
ただでさえ視界は悪いのに、ガスマスクのせいで、さらに見通しが悪い。
「方向がわからなくなりそうだ」
エライが辺りを見渡して言った。
「大丈夫じゃ、方位磁石を見ながらすすんでおる」
「さすが、地図名人です」アリッサが感心する。
さらに奥に進むと荒れ地に木々が目立つようになってきた。
けれど緑の豊かな木々ではなく、異様な曲がり方をした枯れ木ばかりだ。元は森だったようだが、今は死んだ森と化している。
そして地面には、水気が増してきてしまった。ゴーリの四輪バギーはともかくアリッサやエライのバイクは走りにくくてしかたがない。
「むう……もしかしたらこの先は、魔女っ子やメガネっ娘エルフにはきつくなるかもしれんのう」
その時だ。アリッサの耳に誰かの声が聞こえた。
「ちょっとまって! 止まってくださいーい」
アリッサは、ナイトウォーカーを止めてエンジンを切ると耳を澄ました。
「なんだ? 魔女っ子」
「何か聞こえるんです」
「わしにはなんも聞こえんぞ」
「しっ……」
アリッサは耳を澄ました。
「やっぱり聞こえるよ。向こうかな……」
ジローが何かに気づいた。
「なんだあれ?」
その方向にでは、何かが蠢いている。
「迷い込んだ旅人かなぁ?」
「どうじゃろう……それにしても少し奇妙な動きじゃのう」
「行ってみましょう」
人影に近づくと、なにやら大げさに手を振りだして叫びだした。
「待って、待って! それ以上、近づくと沈んでしまう!」
一行は、人影の忠告のとおりバイクを止めた。
アリッサが、バイクのスタンドを下ろして立てかけるとスタンドの先が地面に沈み込む。
「ずいぶん、地面がやわらかいみたいです」
「そうじゃな。元々、沼だった土地なのかもしれんな。油断してるとハマってしまうぞ」
「だれだか知らないけど、言う通りに止まってよかったかもしれませんね」
「そうじゃな……ん?」
一行は、相手の正体を見て驚いた。なぜならそこにいたのは緑の皮膚をしたオークが地面に下半身を埋めてじっとこっちを見ている。
「げっ! オークじゃ!」
オークは、この黒い霧の中でもアリッサたちのようにガスマスクなしでも平気なようだった。
おそらく、底なし沼だったのだろう。しかし地面の水気は目立たなく、ましてはこの霧の中では、落ちてしまってもしかたがないといったところだろうか。屈強な身体だったが、その力でも虚しく抜け出せずにいるというわけだ。
オークは、アリッサたちに両手を振って呼びかけはじめた。
「おーい! そこの人たちーっ! すまないが、俺様をここから助けてくれ」
そう言っておもいっきりの愛想笑いで助けを求めるオークは、口から鋭い牙が見えていた。
「悪い人じゃないみたいですけど……」
アリッサは、ゴーリたちの顔を見てそう言ったが。
「魔術師よ、こう言ってはなんだが、わしは良いオークなど見たことがないぞ」
「でも、困っているみたいだし」
「まったく、お人好しの魔術師じゃ。オークなどに近づかない方がいいぞ。油断すると食われてしまうわい」
そう言ってゴーリは、荷物の中からスコップをひっぱりだした。持ち出して身構えた。
「助けてあげるんですね」
「いや、埋めてしまうんじゃ」
「まって! まってください! ゴーリさーん!」
「まったく、魔女っ子はうるさいのう」
「あんたら、旅人?」
埋まったオークが言った。
「わしらは、道や町が消えているのを調べに来たゴーリとその仲間たちじゃ」
「誰がその仲間たちですか……」
アリッサは、小声でそう言った。
「ゴーリとその仲間たちよ。どうか、俺様を助けてくれ」
オークは、せつなそうな顔でアリッサを見た。
「オークさん、助けたら、わたしたちを襲って食べるってことはないですか?」
アリッサが尋ねるとオークは首を一生懸命横に振った。
「いやいや、そんなことはしない。なぜなら俺様は、人間もエルフも大好きだ。ドワーフだって好きだぞ」
「きっと、こいつの言う好きっていうのは食べ物の好き嫌い的なことじゃぞ」
そう言って疑いの眼でオークを見るゴーリ。
「そうそう、人間の肉はやわらかくっておいし……って! 違うわっ!!」
「オークのノリツッコミは初めてみたのう。お主、関西系か?」
ゴーリが変なところで感心した。
「誤解をしないでくれ。俺様は、ベジタリアンだから肉は喰わないんだ。ほら、肌の色だった緑だし」
いや、そうじゃねえだろ……
アリッサは、思った。
「ところで、オークさん。なんでそんな事になっているの?」
「それは、その……ご主人様の命令で見回りをしていたら、うっかりしていて底なし沼にハマってしまったのだ」
オークは、そう言ってぺろっと舌を出すも、慣れていないのか引きつっていて怖い。
「魔女っ子よ、あんなオークに関わっても時間の無駄じゃ」
「でも……そんなに悪いオークじゃなさそうですよ」
「死んだオークだけが良いオークじゃ」
「ひどいことばかり言うなぁ。このドワーフは」
明らかに不機嫌そうにゴーリを睨みつけるオーク。
「ふん、お前なんか知らんわ」
「まあ、まあ。ゴーリ。そんなに冷たくするなよ」
エライが、口を挟んだ。
「なんじゃ、メガネっ娘エルフもオークの肩を持つのか」
「そんなんじゃないよ。どうだろう。助けるのを条件にここで起きてること聞いてみたら?」
「そ、そうですよーっ! 多分、このオークさんは、この森のことに詳しいですよ。ねっ? オークさん」
「ん?」キョトンとした顔をするオーク。
「この森に詳しいですよねー! 詳しくないと死んじゃいますよ!」
オークはハッとした。
「もちろんだ! 俺様は、この森にとっても詳しい」
「なんか、嘘くさいのう……」相変わらず疑った目つきでオークを見るゴーリ。
「本当だ。俺様、この森のことをなんでも知ってる。もちろん、今起きていることもだ。それに俺様を助けてくれたら、俺様のご主人さまがからお礼を貰えるぞ」
「なんじゃ、お前、誰かに仕えておるのか」
「ああ、大きな屋敷を持ったすごい方だ。きっと、お礼もずっごく良いものをくれるぞ」
「仕方がないのう」
「え? 助けますか?」
「ああ、助けてやる。だが勘違いするなよ。わしはオークに同情など、これっぽっちしとらん。謝礼が欲しいからするだけじゃ」
「すっごく感じ悪いですけど、見損ない……いえ、見直しました、ゴーリさん」
アリッサは、ゴーリに抱きついた。
「助けてくれるのか?」
オークが嬉しそうにそう言った。
「ああ、絶対謝礼よこせよ」
ゴーリは、トレーラーの荷物をゴソゴソと探りだした。
「何か、いい方法がありますか?」アリッサが覗き込む。
「こんなこともあろうかと……」
ゴーリは、荷物から頑丈そうなロープを取り出した。
「タララったら~どこでもひも~」
あんた猫型ロボットか……アリッサは思った。
「近づくとわしらも底なし沼にハマってしまう。ここは投げ縄をあいつに引っ掛けて引っ張り出すのが懸命じゃろう」
ゴーリは、慣れた手つきで投げ縄を結ぶと、埋まっていたオーク投げた。
投げ縄の輪は、オークの首にひっかかる。
「よし、いいぞ。ひっぱれ」
「ちょ、ちょ! 死ぬ、俺様が死んでしま……ぐげう!」
「ダメ!ダメ! ゴリさん、引っ掛けるとこ間違ってるぅ!」
慌ててアリッサは、ロープを引っ張るゴーリを止めた。
「なんだ、もう少しじゃったのにのう」
「何がですかーっ!」
投げ縄は、一旦戻され、今度は、エライが投げた。輪は、うまくオークの胴体にはまった。
「うん、こんどはいいみたい。さすがエライさんです」
アリッサは、ホッと胸をなでおろした。
ロープの端は、ゴーリの四輪バギーに縛り付けられた。
「いいですよーっ! 引いてください」
アリッサの合図で、ゴーリは、四輪バギーのアクセルを開ける。バギーに繋がれたロープがピンと張ったかと思うと、すんなりと埋まっていたオークを地面から引っ張り出した。
「俺様、助かったよ。どうもありがとうございます」
助け出されたオークは、意外にも礼儀正しかった。
「よかったですね、オークさん」
「ありがとうございます。美味しそうな人間さん。本当に助かりました」
「え? 今、美味しそうとか言いませんでした?」
「いえ、おおーやさしそーな人間さん、って言ったんですよ。やだなー。ははは……」
そう言ってオークは舌をペロっと出してみせた。
やっぱり、助けなかった方がよかったかもしれない……。
アリッサは、そう思った。
その時だった。背後から蹄の音が聞こえてきた。
「あれは……」
黒い霧の中から現れたのは見覚えのある六頭立ての馬車だった
「黒衣の貴婦人……さま?」
アリッサは、ドワーフ市場の門で見た馬車を思い出した。
馬車は、アリッサたちの前で止まると窓が開いた。
そこにいたのは、黒いベールで顔を隠した"黒衣の貴婦人"であった。
黒の貴婦人は、アリッサたちの様子をしばらく伺ったあと、口を開いた。
「そのロープで縛られているオークは私に使える者。そなたらに、なにか迷惑をかけたのなら私が代わりに詫びよう」
黒衣の貴婦人の言葉にアリッサは、焦りまくる。
「い、いえ。そんな……それこそ、誤解です。わたしたちは底なし沼に落ちて困っていたオークさんを助けただけなんです」
「それはまことか?」
黒衣の貴婦人は、オークに確かめた。
「はい、奥様」
オークは、うやうやしく答えた。
「それはかたじけなかった。私からも礼を言おう」
「え、いや、そんな。困っているときはお互い様で……」
「そなたらに、あらてめて礼をしたい。どうだろうか、我が屋敷にてもてなしたいのだが」
「お申し出はありがたいのですが、私達は消えてしまう道の原因を調査にきていますので……」
「ならなおさら、そなたらは私の屋敷にくるべきだな」
「え?」
「なぜなら、道が消える原因を私は知っているからだ」
黒衣の貴婦人の言葉に一行は、唖然とした。
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