第7話 外れた道

 アリッサは、ドワーフ市場の親方衆から消えた道の謎を調べるように頼まれた。

 幻想の土地の地図をもらう条件で、依頼をうけたもののあまり気乗りはしなかった。

 半ば強引に道案内のドワーフのゴーリに連れられ、ドワーフ市場を出発したアリッサだったが、不安で一杯だ。市場で出会ったエルフのエライが付き添ってくれることになって多少は心強かったがそれでも気持ちは落ち着かない。

 ドワーフの親方衆たちは、魔術か呪いが原因ではないかと疑っているようだが、もしそれが事実なら、幻想の土地の道を消してしまう大規模な魔術など、アリッサに手に負える気がしなかった。

「ゴーリさん、まだですかー?」

 市場に通っていた幾つかの道のうちの一本をひたすら走り続けて数時間。

 アリッサが四輪バギーに乗り、先頭を走るゴーリに呼びかけた。

「もうすぐじゃよ、魔術師」

 ゴーリは呑気にそう言いながらパイプたばこを吹かした。

 横に並びながらアリッサは、ゴーリの乗る四輪バギーをチラリと見た。

「ねえ、ゴーリさん。それなんていう乗り物なんですか?」

「気になるのか? 魔術師」

「とっても。だってバイクのハンドルにシートなのに四本のタイヤがついてる。しかも後ろに台車みたいなやつを引っ張っているし」

「これは四輪バギーというんじゃ。悪路も走破できるぶっといタイヤに頼りになるバイクじゃぞ。後ろにつなげてあるのはトレーラーというものだ。荷物を大量に積めるから旅には便利じゃろ?」

「確かにそうですよね……」

 長旅するならこういうのもありだなぁ……とアリッサは思った。

「おまえの乗ってるのは、魔法のホウキがベースのバイクで、メガネっ娘エルフは、使い魔に何かの術をかけてバイク化させておる。わしののメガネっ娘エルフのと同じ様に使い魔に術をかけて、これに変形させておる」

「エライさんのは鳥でした。ゴーリさんのは何ですか?」

「いや」

「犬とか?」

「いや」

「何ですか? 教えてくださいよ」

「ふふふ……本当に知りたいか?」

「あ……? はい、できれば」

「おまえやメガネっ娘エルフのようなのが、悲鳴を上げるようなやつじゃよ……」

「ひめいっ……?」

 ゴーリは不気味に笑う。

「やっぱり、けっこうです」

 その時だった。

「ん?」

「どうしました? ゴーリさん」

 突如、ゴーリは、ハンドルを左に向け、道路から外れた。

「ちょ、ちょっと! そっちは道ではないですよーっ!」

 呼び止めるアリッサを尻目にどんどんゴーリは進んでいく。

 エライのバイクがアリッサの横に並んだ。

「どうやら、ついて行くしかないみたいだね」

 そう言うとエライは、ゴーリの後を追った。

「どうするんだ? アリッサ」

 ジャッカ・ロープのジローが背中越しに聞いた。

「もうっ! 行くしかないよ。」

 しかたなくアリッサも後を追った。

 荒れた路面は、ゴーリの四輪バギーは難なく進んでいったが、アリッサのナイトウォーカーにはなかなか苦戦する道だ。

 アリッサは、運転に苦労していたが、同じロードタイプのバイクのはずなのにエライは、器用に荒れ地走らせている。

「エライさん、上手だなあ」

「アリッサも見習えよ」

 後ろからジローが言った。

「もう、うっさいな……あたしだって、おわっ!」

 転けそうになったアリッサは、ハンドルを抑え込もうと必死になった。

「へたくそ」

 後ろのジローが追い打ちをかける。

「あんたが、うるさいからだよ!」

「えーっ、俺のせい?」

 前を走るエライが手こずるアリッサに気がついて、アクセルをゆるめて横に並んだ。

「大丈夫?」

「あ、エライさん。なんか、こう……舗装されていない道ってなかなか難しいですね」

 アリッサは引きつった笑いをエライに向けた。

「アリッサ。大変なら、こうしてみるといいよ」

 そう言うとエライは、シートから腰を高く浮かせた。

「なんか危なそう」

「逆だよ。とにかく真似してみて」

 言われたとおり、シートから腰を浮かせてみた。思いの外、ナイトウォーカーは安定して怖くない。

「思ったより怖くないです! エライさん!」

「いいよ、その調子。じゃあ、足でしっかりシートに挟みこむんだ。腕には力を入れないで」

 アドバイスどおりにするとさらに乗りやすくなっていた。さっきまでおっかなびっくり乗り越えていたギャップでもこの走り方だと、うまく乗り越えられた。

「そうそう、上手、上手!」

 エライは、左手をサムアップしてみせた。

「えへへ……」

 照れくさそうに笑うアリッサ。

「あとは視線を遠くにおけば完璧」

 驚いたことに視線を先に置くと、より恐怖心も薄れて走る事ができた。

「コントロールしやすいでしょ?」

「はい、なんか全然違います」

「ハンドルで曲がろうとしちゃだめだ。足全体でグリップをしっかりすればするほどコントロールできるからね」

 エライは、そう優しく説明してくれた。

「ありがとうございます! エライさん、なんか、いける気がします」

「アリッサなら大丈夫」

 そう言うとエライは、ふたたび前に出た。

 エライさん、なんか頼りになる先輩みたい……

 アリッサは、エライの事が好きになっていた。


 先頭を行くゴーリがクラクションを鳴らした。

「魔術師にエルフのメガネっ娘! もうすぐじゃぞ」

 ゴーリが大声でそう言った。

 そして丘を越えたところでゴーリは、四輪バギーをストップさせた。

「あれじゃよ」

 そう言ってゴーリが指差す先には、いくつかの道がまっすぐに進んでいたがその先は黒い霧が道を吸い込むかの様に覆い隠していた。

「あれは、隣町に続く道じゃった。あんなになってからは町と連絡もとれん」

「どうなっているの?」

「それをお前さんに調べてほしいんじゃないか」

 アリッサは、サイドバッグから双眼鏡を取り出すと霧を見た。しかし、黒い霧の中の様子は、よくわからない。

「なんだろう……」

「わかるか?」

 アリッサは、人差し指に唾をつけてかざしてみると風は北から吹いているのはわかった。

 双眼鏡であらためて霧の様子をみるても風に流されている様子はない。

「ただの霧じゃないね。風の影響も受けていないし、煙ってわけでもない……気味が悪いな」

「やっぱり呪いか何かか?」

「うーん、どうだろう……ん?」

「どうした?」

 アリッサは黒い霧の中に何かが動いたような気がした。

 よく見ると気のせいではなく、誰かがいた。

「霧の中に誰かいる」

「旅人が迷い込んかのかのう」

「もっと、近づいたらどうかな」

「なんか危なくない? よしましょうよ。ここで観察してればいじゃない」

「こんなところにいても、なんもわからんじゃろ。ほら、いくぞ。あっちの道から下れるわい」

 そう言うとゴーリは、四輪バギーに乗り、どんどん道を降りていく。

「ちょ、ちょっと! ゴーリさん」

 アリッサとエライはその後をついていった。


 黒い霧のそばまでやってきた。

 遠くで見るより不気味な雰囲気が漂っている。

 ドワーフの会議場で説明されたとおり道は消えていた。

「うわぁ……ほんどうにひどい」

「道がなくなっているな」

「一体どうしてこうなったのかしら」

「それをあんたに調べてもらうために連れてきたんじゃないか。これは絶対何かの呪いか魔術の類だろ?」

「と言われても……」

 アリッサは、バイクのサイドバッグから分厚い魔術書を取り出すと調べだした。

 ゴーリとエライが興味深げに覗き込む。

「なんじゃ? これは」

「これは、大体の魔術が載っている魔術の辞書とか図鑑みたいなものだよ」

 しかし一向に目の前の状態にピッタリ該当する魔術は見つけられなかった。

「もう少し、調べれば何か分かるか……も」

 荒れた状態は何か不気味さを感じさせ、遠くには黒い靄のようなものがかかっている。

 入ったら体に悪そうな雰囲気が嘘みたいににじみ出ていた。

「……と、思ったけど今日は出直しましょうか」

「まてぃ!」

 その場を離れようとするアリッサの襟首をドワーフがむんずと掴む。

「ちゃんと調べなければダメじゃろが」

「だって体に悪そうなのが漂っているんだもん」

「それなら大丈夫じゃ」

 ドワーフは、トランポ・トレーラーに積んである山積みの荷物をガサゴソと漁ると何かを取り出した。

「ほれ、こんなこともあろうかとガスマスクを用意してある」

「こんなこともあろうかとって、あんたこの状況を想定てきてたのぉ??」

 ドワーフは無視して、ほれっとガスマスクを差し出す。

「え? これを……」

「かぶるに決まってるじゃろうが! 

「……いや、ちょっとサイズがね」

 ドワーフは大きさのマスクをさらに取り出した。

「S、M、Lいろいろ取り揃えてあるぞ」

「なんでそんなに!」

 エライとジローは、すでにガスマスクをかぶってやる気スイッチ満々だ。

「こらーっ! ジロー! エライさんまで!」

「なんだよ。面白そうじゃないか」

 マスクをかぶったジローは口ごもった声でそう言った

 隣でエライが頷く。

「あ、あんたたちはもう……」

 アリッサは、もう黒い霧の中に入るしかないと、観念した。

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