第6話 ドワーフの商工会議所

 

「親方、連れてきました」

 部屋の中に入れられたアリッサは、緊張しながら周囲を見渡した。 

 部屋は、意外と広く中央にはテーブルがあり、そこに何人かのドワーフが席についていた。

 タバコを吸う者。置かれた果物をかじっているも者。何かの書類を読んでいる者と様々だ。

 立場的に上なのか、アリッサを連れに来たドワーフや門番のドワーフたちより服や飾りが凝っていた。その中のひとりが口を開いた。

「お前がポラリスの紹介状に書いてあった魔術師か?」

 そう言ってじっとアリッサを見つめるドワーフは、中でも一番偉そうだ。

「は、はい。アリッサといいますが……」

 控えめにそう言うと、それを皮切りに横に並ぶドワーフたちが次々と話し出した。

「やっぱり、魔術師か」

「思ったより小さいな」

「ツノが生えているぞ」

「あれは違う。ウサギだ」

「ウサギにツノはないだろう」

「ウサギっぽい何かだ」

「そんなことより、この人間は、本当に魔術を使えるのか?」

「エルフの紹介状にはそう書いてある」

 ドワーフたちは口々にそう言った。

「あの……」

 ずっとドワーフたちの会話を聞いていたアリッサが遠慮がちに切り出す。

「一体どういうことでしょう? こんなところに連れてこられて……私なにか悪いことでもしましたか?」

 一番偉そうなドワーフがコホンと咳払いすると話し出した。

「わしらはな、このドワーフ市場の親方衆だ。この市場と町を仕切っておる」

「つまり、偉い人ってことなんですよね」

「そんなところだ。で、わしは、それを取りまとめている親方頭。周りに座るこいつらは、いろんな工房の親方たちだ。まず聞くが、お前が魔術師というのは本当か?」

「一応……ですが」

 その答えにドワーフの親方たちがざわめく。

「エルフのポラリスからの紹介状によると、とても立派な魔術師だと記されておるんじゃが」

 親方頭がポラリスの紹介状をヒラヒラさせた。

「ポラリスさんたら、そんなことを……へへ、照れるなぁ」

 アリッサは、照れながら頭を掻いた。

「それと、あんたが、このドワーフ市場の危機を救う逸材であるとも書かれている」

「えっ?」

 紹介状の内容を聞いたアリッサは、戸惑う。

「そこで、あんたが立派な魔術師ということを見込んで頼みがあるのじゃがの……」

 アリッサは、小首をかしげて親方頭を見た。

「実は、最近、市場へ続く道が消えておるのだ。道だけではなく道が通る町も消えてしまっておるのじゃ。おそらく000号線に続く多くの道がのぅ」

「それって重大なことじゃないですか!?」

「そうじゃ。道が消えれば旅人や商人、多くの者や品物が、この市場にたどり着くことができない」

 タバコをふかす親方が言った。

「最近は、立ち寄る旅の客たちや商人たちの数もめっきり減った。入ってくる物資や食料もな」

 メガネの親方が続けて言った。

「何かが起きているのは間違いない。警戒したわしらは念の為、中に入る者を制限したんじゃ」

 それで、市場の門があんなに厳重だったんた……アリッサは、思った。

「どうやら魔術か呪いの類らしいが、そういったものにわしらは疎い。だから魔術師のあんたを見込んでこの件を調べてほしいんじゃよ」

 ドワーフの親方頭がそう言うと並んで座っていた親方衆が一斉にうなずいた。

「それにこの魔術師ならなんとかなるとエルフの紹介状にも書いてあったしのぉ」

 え? ポラリスさん? 何を根拠に?

 アリッサは、さらに戸惑う。

「ただでとは言わんよ。ちゃんと報酬をも支払おう。地図をやる」

「地図?」

「そう、地図じゃ」

「地図って?」

 アリッサが食いついた。

「地図があれば、この世界のどんなルートへも、たどり着けるぞ。ドワーフの町やエルフの町。どこへ行く道も載っている。夢の国にだっていけるぞ」

「えっ? 夢の国にも?」

 アリッサはさらに食いついた。

「ミッキーやドナルドがウェルカムじゃ」

「まじでか!」

 目を輝かせるアリッサ

「おいおいおい! なにやる気になってんだ? これ絶対やばいって。絶対やめておけ!」

 足元にいたジローが必死に飛び跳ねて忠告する。

「聞けば、000号線で旅をしている途中という話じゃないか。旅の者にはこれは便利なグッズじゃが、どうじゃ?」

「確かに旅には便利だなぁ……」

 アリッサは腕組みして考えた。

「ともかく、なぜ道や町が消えているのか原因を調べてほしい。案内人もつけてやる。うちの組合に地図作りの名人がいるから、そいつに道や町が消えた場所に案内させる」

 親方頭が合図すると扉が開き、右目に黒いアイパッチをした厳ついドワーフが入ってきた。

 パイプタバコを咥え、でかいリュックを背負っている。

「わしが地図作りの名人のゴーリ・キア・ヤーメじゃ」

 聞き覚えがあるような気がしたがアリッサには思い出せなかった。

「アメリカ大陸の地図もわしが作った」

「まじで?」

「ジャポンの伊能忠敬に地図作りの心得を手ほどきしたのもわしじゃ」

「ほんとに?」

「……嘘だよ、アリッサ。信じるなよ」

 ジローが胡散臭いものを見る目つきでそう言った。

「とにかく、わしが責任持って現場に案内してやるぞ!」

 そう言ってゴーリは、胸をドンと叩いた。

「いや、ゴーリ・キア・ヤーメさん。私、まだお話を受けるとは言っていないのですが……」

「さあ、冒険へ出発じゃ! お前に地図作りの奥深さも教えてやる。ついてこい!」

「私の話、聞いてます? 目的も若干変わっていませんか? ちょっと、ねえーっ!」

 こうしてアリッサは、強引に腕を引っ張られて広間から連れ出されていった。

 やれやれと首を横に振るとジローは、二人の後を追いかけた。

 


 ドワーフ商工会議所の外では、エライがアリッサを待っていた。

 すると扉が開き、右目にアイパッチをしたドワーフがアリッサをひっぱって出てきた。

 それに気がついたエライは、急いで行く手を阻む。

「ちょっと、ボクの友達をどこに連れて行くんだい?」

 エライは、腰に手を当ててゴーリを見下ろして睨みつけた。

「なんじゃ? このメガネのボクっ娘エルフは?」

 ドワーフのゴーリも負けじと、背伸びしてエライを睨み返す。

 アリッサは、慌てて間に割って入った。

「ご、ゴーリさん! このエルフのエライさんは、私の友達なんです。ポラリスさんの妹さんなんですよ。ポラリスさんは、あなた方も知ってるエルフさんでしょ?」

 それを聞いたゴーリは、眉をしかめた。

「ああ、ポラリスの身内か。あの000号線沿いに店を構えている変なエルフな」

 ゴーリさん! ダメですって! エライさんのお姉さんをディスっちゃ! エライさんは、ああみえてガチなエルフさんなんですからーっ!

 アリッサの心の叫びをよそに片目のドワーフとメガネっ娘エルフは睨み合い、険悪なムードを漂わせている。

「どおりでどこかで見たことがあるような顔をしていると思ったわい」

 フンっとそっぽを向くゴーリ。

「そういうあんたは?」

 いかにも不機嫌そうな顔つきでエライが言った。

「わしは、ドワーフの中で一番の地図作りの名人ゴーリ・キア・ヤーメじゃ」

「どこかで聞いたような名前だなぁ……」

 エライは首を傾げた

「よく言われるが何故かのぉ」

 ゴーリは、ひげをさすりながらそう言った。

「そんなことより、地図作りの名人さん。アリッサをどこに連れて行く気なの? 」

 ゴーリは、やれやれという風に肩をすくめた。

「エルフでも最近、道や町が消えている噂は聞いたことがあるだろう。きっと魔術や呪いの類だろうから、この人間の魔術師に原因を検べてもらうことになったんじゃ。それでわしが、現場まで案内することになったというわけじゃよ。おわかりか?」

「本当なの? アリッサ」

「なんか、成り行きで……でもあんまり乗り気では……」

「最高だよ! アリッサ」

 突如、エライの態度が変わった。

「へ?」

「ボクが幻想の大地を旅してるのは、こんな冒険を待っていたんだ! 君に会えてよかったよ! アリッサ」

 先程まで怖い雰囲気だったエライが、うって変わってオモチャを見つけた子供のように目を輝かせている。

「いや、私はあんまり行きたくは……」

 アリッサの言葉を無視してエライは、興奮気味にゴーリの肩をガシッと掴む。

「ねえ、片目のドワーフさん」

「あのですね、エライさん、私はあんまり……」

 今のエライには、アリッサの声は聞こえていないようだ。

「ボクもご一緒させてもらうわけにはいかないかな?」

「なんじゃ、ボクっ娘エルフは、危険に飛び込みたいのか?」

「えっ、やっぱり危険なんですか?」

 危険という言葉を聞いたアリッサの顔色が変わる。

「望むところさ! ボクはこんな冒険にすっごく憧れていたんだよ」

 いや、エライさん、そんな目を輝かせなくても……

「仕方がないのう。だが、足手まといになるようなら途中で置いていくぞ」

「上等だ」

 そう言ってエライはウインクしてみせた。

 こうして三人と一匹は消えていく道と町の謎の調査に向かうことになった。

 アリッサの思いとは裏腹に……



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