第4話 ドワーフの市場へようこそ
ドワーフの市場は、高い塀で囲まれていた。
案内の看板がなければ、きっと砦かなにかと勘違いしていただろう。
それほど、強固で頑丈そうに見えた。
あるいは、元々城塞だったのを市場に作り変えているのかもしれない。なにしろドワーフは、何かを造ることに関しては専門家なのだ。
アリッサは、大きな門の前にやってくると、ナイトウォーカーを停めた。
そして掛けていたゴーグルを外し、閉じられたままの門の扉を見上げてみる。
よじ登るには高すぎるし、押し開けるには重そうだ。身につけている魔術のどれかを使って侵入ができる気もしたが、でもそれでは泥棒みたいで嫌だった。
いろいろ考えたが、とりあえず門に向かって呼びかけてみた。
「誰かいませんかーっ!」
門から返事はしない。
「誰もいないんじゃないか?」
ジローが、アリッサの肩越しに門を見上げてそう言った。
「もう一度、言ってみるよ。誰かい……」
そのときだった。
「何か用か?」
誰かの声がした。
「え? どこですか?」
「ここだ、ここだ」
見るとアリッサの胸あたりに小窓があり、そこからヒゲ面のドワーフが顔を出していた。
「何か用かと聞いておるんじゃ?」
顔だけとはいえ、初めて見た本物のドワーフに、アリッサは、少し感激した。
「わ……本物のドワーフさん」
思わず、ドワーフのヒゲを触ろうとするアリッサ。
「……なにをしようとしとるんじゃ? おまえ」
「あっ! すみません!」
アリッサは、我に返った。
「おい! 人間。おまえ耳が悪いのか? わしは、何か用かと聞いてるんじゃぞ!」
「あ、あの私、このドワーフ市場に入りたいんですけど」
「今はだめだ。よそ者は入れられなーい!」
「えーっ、せっかく立ち寄ったのにーっt」
そう言って頬を膨らますアリッサ。
「今は、ダメなの! いい子だからおとなしく、お家に帰りなさい」
「嫌ですよーっ あっ! 私、紹介状を持っています!」
アリッサは、小窓に目一杯、顔を出しているドワーフにエルフ喫茶のポラリスに書いてもらった紹介状を見せた。
紹介状を見たドワーフは一旦、顔を引っ込めると、入れ代わりに小さくてごっつい手を出してきた。
「よこせ」ドワーフの手が手招きするように動く。
アリッサは、紹介状をドワーフの小さくてごっつい手に渡した。ドワーフは、ひったくるように紹介状を取る。
しばらくすると門の方からヒソヒソと小声で何か聞こえてくる。
アリッサは、それを聞き取ろうとそっと扉に耳を当てた。
「おいおい、この紹介状はポラリスの姐さんからのだぞ」
どうやら、エルフのポラリスは、ドワーフ市場でも知られた人物らしい。
「なんて書いてあるんだ?」
「エルフの文字は、さっぱりわからん」
わからないのかよ! アリッサは、心の中で思わず叫ぶ。
「どうするか?」
「姐さんの紹介だからなぁ……○▲■○☓」
後は、ドワーフ特有の訛りが混じった会話でよく聞き取れない。
しばらく続いた会話が突然終わった。どうやら話が決まったようだ。
アリッサは、慌てて扉から耳を離すと一歩下がった。
すると門の扉がわずかに開きドワーフが顔をだした。
「おい、人間。とりあえず入れてやる。入れ」
頑丈な門の扉がゆっくと開きはじめ、市場の様子が見えてくる
目の前にドワーフの市場の全景が広がった。
門から続く広い大通りの道沿いに露店や店の看板が見える。
建物の形は、人間の町と変わらないようだったが高さが幾分低く感じだ。よく見ると建物の扉はすべて小さく作られている。きっとドワーフの平均的身長に合わせているからだろう。
「これがドワーフの市場か……」
感心していると門番のドワーフが、アリッサのポンチョを引っ張った。
「おい、さっさと行ってくれ。早く門を閉めたいんだ」
「ああ、ごめんなさい」
アリッサが、ナイトウォーカーを押して急いで中に入ると、すぐに門は閉められた。
「ところでこんなに厳重にしているの? ここ市場なんでしょ?」
アリッサを入れたドワーフの門番にが尋ねてみた。
「それが、いろいろあってな。実は、わしらも門は開けておきたいのじゃが」
ドワーフの門番は、そう言ってため息をついた。何か事情がありそうだったが、アリッサが特に首を突っ込むようなことでもない。アリッサは、それ以上、深く聞くことはしなかった。
「おい、急いで門を開けるぞ!」
他の門番のドワーフが慌ててやってきた。
「なんじゃい、閉めたばかりなのに。一体どうした?」
「"黒衣の貴婦人"様がやってきたんじゃ」
「なんだって!? そいつは大変だ。おい、人間。ちょっと道から離れろ。いますぐにだ」
「あ? はい!」
ドワーフの門番に促されてアリッサは、ナイトウォーカーを端に寄せる。
扉が再び、開かれると、馬車の一団が門をくぐりはじめた。
「ひゃあ、ずいぶん豪華だなあ」
馬車の列を目にしたジローが呟いた。
何台目かに一際、豪華な六頭立ての馬車が姿を現した。
「見ろよ、アリッサ。すごい豪華な馬車だぜ」
ジローは珍しく興奮気味に騒ぐ。
アリッサも物珍しげに眺めていると馬車に乗っていた黒いベールで顔を覆った女性と目が合った。
瞳は、アリッサと同じ深緑色でとても印象深い。ベールで顔はよくわからないが、なぜだかアリッサを見て微笑んでるような気がした。
やがて、馬車の一団は、門を通り過ぎていき、遠ざかる馬車の列をアリッサは名残惜しそうに見送った。
「あの人たちは、咎められずに入れるんですね。どちらの方なんですか?」
気になったアリッサは、ドワーフの門番にそう尋ねてみた。
「あれは、"黒衣の貴婦人"さまの御一行だ」
「黒衣の貴婦人さま?」
「度々、この市場に来られて買い物をしてくださる。なんでも何か目当ての品をお探しのようだが、いまだそれは見つかっておらんらしい。でも、その代わりに他の品々を大量にお買い上げくださっている。いわばドワーフ市場の大得意様じゃよ」
「お金持ちなんですねえ」
「魔術師ではないかと言ってる者もいるが、そのへんは誰にもらわからん。いつも黒いベールでお顔を隠しておられるが、たいそうな美人であるという噂だ」
「へえ……」
足元いたジャッカ・ロープのジローがせわしなく鼻をひくひくさせだした。
「どうしたの?」
それに気がついたアリッサが尋ねる。
「なんだか、あの"黒衣の貴婦人"とかいう人、どこかであったような気がする」
「あんたも私もここへ来たのは初めてでしょ?」
「そうなんだけどさぁ……なんか、変な感じだなぁ」
「気のせいだよ」
そんな言葉を交わしているとドワーフの門番がちょんちょんとアリッサの肩をつついてきた。
「ところで、お前さんは市場に行くのか、行かんのか? 市場へは、そこの大通りにずっと続いておるが、客が少ないと早じまいしまう店も多いぞ」
「あ、いえ、行きますとも! ありがとうございました! ドワーフの門番さん」
そう礼を言うと呪文を早口で唱え、ナイトウォーカーのエンジンを動かした。
門を通されたアリッサは、市場の大通りを見物しながら、ゆっくりとナイトウォーカーを走らせた。
通りには、見たこともない物を扱う様々な店があったが、門番の言うとおり、賑わってはいなさそうだ。お客もまばらだったが、興味をひいたのは、ドワーフだけではなく、様々な種族を見かけることだった。
見分けはつけにくいがコボルトやレプラコーンという類の妖精だろうか、微妙に違うとんがり帽子をかぶった小振りな人たちが商品を見定めている。
店舗らしきものが入った建物の多くは閉められたままだった。露店も転々していて市場というには、寂しすぎた。とはいえ、初めて見る種族、見たこともない装飾品や道具を目にしたアリッサは興味津々。ああ、幻想の大地に来たのだと実感を噛み締めていた。
「見て見て、ジロー。あんな道具みたことない。一体、何に使うんだろうね」
興奮気味なアリッサに対して、ジローは興味なさげに生返事をするだけだった。
「へんな土産物を買おうとするなよ。そんな無駄遣いより、まずは食料w。そしてニンジンだからな」
「わかってるわよ。そうゆうのは厳しいのね。他はゆるい感じなのに」
アリッサは、ナイトウォーカーをゆっくりと走らせながらドワーフの町を堪能していた。
「きゃーっ、すごい、すごい。来てよかった!」
「よそ見してぶつかるなよ」
「え? 何か言った?」
その矢先、目の前に何かが横切った。どうやら野良猫が何かを追って飛び出したようだ。
「あぶない!」
慌ててブレーキをかけながらナイトウォーカーのハンドルを切った。
「あわわわ……」
暴走するナイトウォーカーに歩いていたドワーフたちが驚いて道から避けていく。
「ご、ごめんなさーい!」
コントロールを失ったナイトウォーカーの前に一台のバイクが停まっていた。
アリッサは、衝突を避けようと急ブレーキをかけたがバランスを崩し、転倒してしまう。
ガッシャーン!
ナイトウォーカーから投げ出されたアリッサは、地面に転がった。
気がつくと空が見えていた。
や、やってしまった……
「大丈夫?」
仰向けに倒れていたアリッサに誰かが心配して声をかてくれた。
おそらくアリッサがぶつけそうになったバイクの持ち主だろう。
「は、はい……なんとか」
力なさげに返事をしたアリッサを相手は引っ張り上げてくれた。
「ありがとうございます」
アリッサは礼言った。
親切な誰かは、スモークシールドのフルフェイスヘルメットで顔は見えないが、声からすると女性のようだ。
「あの……バイク、当たりませんでしたか?」
アリッサは、申し訳なさそうに言うと持ち主はバイクをチラリと見た。
バイクは、レースでもできそうなデザインでパールホワイトが美しい車体だった。幸い、傷はついてなさそうなのでアリッサはホッとした。
「大丈夫みたいだよ。それに危なかったが、この子が勝手に避けただろうし」
そう言うと彼女は、パチンと弾く。すつと置かれていたバイクがハヤブサに姿を変えた。
「わぁ……」
鳥のことはよく知らなかったが、羽の艶や、形の美しさからすると良い鳥であるという事は分かった。この鳥が、持ち主の"使い魔"の類であることも理解した。
ハヤブサは、翼を数回、羽ばたかせるとアリッサの肩に止まった。
「この子、キミを気に入ったみたいだ」
ハヤブサがアリッサの頬を軽く突く。
「あはは……餌と間違えているのかな」
「そんなことないよ。キミが好きなんだ」
アリッサは、しばらくハヤブサの様子を見ていたが、途中、ハッとして我に返った。
「そ、それより、ごめんなさい! つい、わたしよそ見していて」
深く頭を下げるアリッサ。
「ぶつからなかったし、別にいいよ」
なんと良い人だろう! アリッサはちょっと泣きそうになる。
「それより、君のバイクの方が……」
そう言って相手が気を使いながらアリッサの背後を指差す。
嫌な予感を感じつつ、ゆっくとその方に振り向くとナイトウォーカーは出されていたゴミ袋の山の中に突っ込んで埋まっていた。
「うそーっ!」
アリッサが涙目になっていると、ゴミ袋の山の中からジローが顔を出した。
ツノにはゴミ袋がぶら下がっている。
「だから言ったろ! よそ見するなって!」
不機嫌に怒鳴るジロー。
「へえ、もしかしてジャッカ・ロープ? 初めて見た」
バイクの持ち主は、そう言うとバイクのカラーに合わせた白いヘルメットを脱いだ。
「あーっ!」
アリッサは、その顔を見て驚いた。
ヘルメットの下のその顔は、エルフの喫茶店アルフヘイムで会ったポラリスだったからだ。
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