第3話 目覚めたら出発

 眠りについたアリッサは夢を見ていた。

 夢の中のアリッサは、寝転がって何か描いている。

 今より少し幼く、お気に入りの部屋着を着ていた。

 そこは、アリッサの部屋。

 部屋の中には彼女の大事なものが沢山置かれている。

 アリッサは、ここで長い時間を過ごすのが好きだった。絵を書いたり、マンガを読んだり、時にはノートに鉛筆で物語を書き綴った。

 絵がもう少しで完成しそうなときだった。部屋の扉を乱暴に叩く音がした。

 驚いて振り向くと勢いよく扉が開かれた。

「おやおや、オタクの魔術師がこんなところで何してるんだ?」

 いたのは二人。知った顔だ。アリッサと同じく魔術を勉強していた同級生だ。

 どちらもアリッサが二度と会いたくない相手だった。

 一度も家に招いたことはないし、招くつもりも絶対ない。それが今、目の前に図々しくも部屋に上がりこんでいる。

「なんだよ、これ」

 体の大きな方がアリッサの描いていた絵を取り上げた。

「返してよ」

「おまえ、魔術師なのにこんなもん好きなのか? 笑っちゃうよな」

 相手はせせら笑う。

「返してよ」

「やだね。おっと、他にもあるみたいだな」

 同級生は、ベッドの下に箱を見つけると引っ張り出してきた。

 箱の中には書き溜めた物語や絵やノートが束ねられていた。それは大好きなアニメやマンガを描いたものだ。感動したこと、楽しかったこと、嬉しかったことがたくさんつまった大切なものだ。それは他人にとっては、どうでもいいことかもしれないが、彼女には違った。

「ダメだってば!」

 アリッサの制止も虚しく、宝物たちが弄ばれ、踏み潰されていく。

「やめてよ!」

 大きな声を上げたとき、そこでアリッサの夢が醒めた。


「大丈夫か?」

 横でジャッカ・ロープのジローが心配そうに見つめている。

「なんか、嫌な夢みた……」

「すっごく、つらそうだったぜ。いきなり大声上げるし」

「ごめん……なんかはずかしい」

 アリッサは、両手で目をこする。

「謝る必要ないさ。で? 一体、どんな夢だったんだ?」

「何か、昔のいじめっ子たちが勝手に部屋にあがってきた」

「それはムカつくな」

「で、宝物をダメにされた」

「それもムカつく」

「うん。ムカつく」

「でも、それは夢だ。そいつらは何も手出しはできないさ。そのまま忘れちまえ」

「うん……あんた、たまにいいこと言うんだね」

 魔術でおこした火はまだわずかに燃えていた。

「キャンシル……ベアバ・ミ」

 アリッサは、炎の上に手をかざすと呪文を唱えた。呪文を残しっぱなしにすると後でとんでもことになる場合がある。たとえば小さな魔法が暴走してしまうとか、偶然通りがかった人に影響を与えてしまうとかだ。かけた魔術は、消しておくのは最低限のマナーというのが常識だ。

 呪文で小さな炎は消え去った。

 まだ寝ぼけているか、夢の余韻が気分を憂鬱にさせる。

 二度と見たくないなとアリッサは思った。

「私、何のために000号線に来てるのかな……」

 アリッサは、なんとなく独り言のようにつぶやく。

「あん? さっき立派な魔術師とかになるとかなんとか、言ってなかったか」

「え! あ……そうそう、そうよね。忘れて、忘れて! あははは」

「変なやつ」

 アリッサは、起き上がって身支度をはじめた。

 毛布や小袋をしまおうとしているとした時、サイドバッグからに分厚い魔術書が落ちた。

「おいおい、そんなの荷物になるもんを持ってきたのか? そんなのより食い物いれとけよ、食い物」

 足元のジローが嫌味を言う、

「立派な魔術師になるには常に魔術の勉強は、大事なことなの!」

「いや、だからこのまんま000号線、走って行きゃ、偉大な魔術師にもなれるって」

「そうだけど、習慣というかなんというか……」

 そう言ってアリッサは、魔術書をバッグの中に押し込んだ。

「なんだよ、まったく……」

 ジローは、ブツブツ文句を言いながらリアシートに無理やり取り付けたパイプ製の荷台に飛び乗った。荷台の上は、アーム付きソファの様に改造されており、ツノ付きウサギのジローが落ちないよアームが柵代わりになっていた。鹿のようなツノが身動きするのに邪魔だったので屋根はない。

 ある時、日差し避けが何もないとジローが文句言った時だった。

「ツノを切れば? そしたら屋根を取り付けられるし」とアリッサが言ったことがあった。

 その時、ジローはありえないほど大激怒した。それ以来、アリッサは、その話題に触れなかったし、ジローも日差しの文句だけは言わなくなった。


 アリッサは、ナイトウォーカーのタンク部分に手を当てると目を閉じて静かに呪文を唱えはじめた。バイクの形をしているといっても基本は、魔法のホウキだ。動かすには、キーではなく呪文を使った。バイクの心臓もしくはエンジンの中に火をつけるイメージをして呪文を唱えるのがコツだ。アリッサは、これが最初、なかなかできなくて苦労した。今では一発で大丈夫。

「サビサー・フラマム・コーディス……」

 ナイトウォーカーのエンジンに火を入り、車体全体が振動を始める。

「OK。出発するよ」

 アリッサは、再び"000号線"を走り出した。

 肌にあたる風が心地よい。

 しばらくすると道沿いに大きな看板が見えてきた。


〈ようこそ! ドワーフの市場はこちらです〉


 看板にはそう書かれていた。

 一緒に描かれた矢印は、000号線から枝分かれしている道を指している。

「ジロー、見て! ドワーフの市場だって」

 アリッサは、看板の下に停まると、興奮気味に言う。

 そんなアリッサに比べてジローは白け気味だ。

「ほんとに行くのかぁ?」

「あったりまえじゃない! ドワーフなんて本でしか見たことないし、食料だって手に入れたいでしょ?」

「ドワーフなんて見なくてもいいと思うぞ」

「まったく、あんたってば本当に一言多いよね」

「それに気になることもある」

「なによ?」

「市場に入るのに紹介状が必要ってどうなのよ? それってなんかおかしくないか?」

 ジローがアリッサの肩に顔をちょこんと乗せてそう言った。

「さあ、知らない。きっと、種族が違うと必要なのよ。そういうものなんでしょ?」

 正直、000号線が通るこの幻想の大地は、アリッサにとっては未知の場所だった。

 本や、ガイドブックで仕入れた知識だけだ。書かれていたん習慣や、幻想の大地ならではの常識だってあるかもしれない。

「ドワーフは用心深いってか? 市場なのに客を入れないでどうするってんだよ」

「そんなの知らないし」

 行く気満々のアリッサにジローの忠告を聞く気はない。

「まったく……もう少し下調べくらいしてくればいいのに」

「あんたねえ……忘れているかもしれないけど、私、ご主人さまなんだよ」

 だが、ジローの言うことにも一理ある。

 市場に入るのに、なぜ紹介状が必要なのだろうか?

 これは特別なことか、それとも普通のことか……。

 アリッサは少しばかり迷ったが、エルフの店主が書いてくれた紹介状があれば、トラブル回避も容易であろうと思った。その時点でアリッサは、深く考えるのはやめた。

「とにかく”ドワーフの市場”には寄るからね」

「"忠言耳に逆らう"とは昔の人はよく言ったもんだ……」

「はあ?」

「忠告の言葉は、素直に受け入れられないってこと。なあ、この先にもきっと町はあるさ。ドワーフ以外の町がさ。そっちへ行こうぜ?」

 ジローはまだ食い下がる。

 アリッサは、しばらく看板を見つめた後、口を開いた。

「そうだよね」

「おお、わかってくれたか!」

「ちょっと思い出したんだけど」

「え?」

「うちのじいちゃんが言ってたんだ……」

 アリッサは、そう言うと足先でギアペダルを踏み込みアクセルを開いた。

 アクセルに反応して、エンジン音が上がっていく。

「"寄り道こそが人生"」

 アリッサは、ハンドルを矢印の方向へ切るとクラッチを一気に放した。

 ナイトウォーカーは、急発進し、後ろに乗っていたジローが振り落とされそうになる。

「うわっ! アリッサ! このやろー」

 アリッサは、"ドワーフの市場"に向かって走り出した。



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