マジカルルート000

ジップ

第2話 マジカルルートで朝食を

 道を照らしていた月明りは消えていた。

 エルフの喫茶店アルフヘイムから出てからどのくらい走っただろうか。

 地平線は次第に明るくなり、夜空との堺に美しいグラデーションをつくっていた。

 アリッサは、その光景をしばらく楽しんでいたが、やがて夜空は消え、星も見えなくなる。

 代わりに地平線から朝日が上り、陽の光が射し始めると、夜風で冷えた体も温まる。

 前もよく見えるようになり、ライトの必要もなくなっていた。


 暖い道のりの中、アリッサは、エルフの喫茶店アルフヘイムでのことを思い出す。

 綺麗な人だったなぁ

 あの時は、初めて見るエルフに緊張してしまい、そのせいか大人ぶって普段は飲まないコーヒーを頼んでしまった事を今頃後悔していた。飲み慣れないコーヒーの苦い味がまだ口の中に残っているし、なんだか胃も痛む。

 たぶん、私はコーヒーが苦手だ。それより、温かいスープを頼めばよかった。

 今頃になってアリッサは後悔した。

 ああ、それにしても……。

 朝陽の暖かさと夜通し走っていたこともあって次第に眠くなってくる。

 おまけに単調な一直線の道を走っている。ともすれば、うっかり道を外れてしまいそうだ。

 アリッサは、首を振って眠気を吹き飛ばそうとしてみたが無駄だった。

 こんなときに限り、あのお喋りは静かだった。

 少しくらい喋ればいいのにとアリッサは思う。

 たまに癪に障る事を口にするが、眠気覚ましの話し相手にはピッタリだったが、どういうわけか、いつもの憎まれ口も、他愛のない馬鹿話もしてこない。

 きっと呑気に寝こんでいるに違いない。アリッサは、思った。

「ジロー?」

 呼びかけてみたが予想通り、無反応。

 バックミラー越しに後ろを見てみるとジローは、ウィスキーの瓶を器用に両手で抱えてラッパ飲みしている。

「あーっ!」

 驚くアリッサに、ミラー越しに怪訝そうな顔を見せるツノ付きウサギのジロー。

「あんた、それ、店から勝手に持ってきちゃったの!?」

「別にいいじゃやないか。自分が注文したものを頂いてきただけだし。それに朝はまだ冷える。ウイスキーで体を温めたい」

 ジローは、そう言ってウィスキーの瓶の飲み口を咥えこんだ。

「まったく、あんたって奴は……」

 アリッサはジローの屁理屈に、ため息をついた。

「なあ、お腹すかないか?」

 ウィスキーを飲み尽くしたジローは、そう言って、アリッサの背中に飛びついた。突然、体を揺らされたアリッサがハンドルを取られ、ナイトウォーカーを大きく振らせてしまう。

「ちょ、ちょっと! 危ないでしょ!」

「朝飯にしよ、あ・さ・め・し」 

 ジローがアリッサの背中にすり寄る。

「わ、わかったから揺らさないでよ! あぶないから!」

 しばらく走った後、適当な場所で、ナイトウォーカーを停めた。



 陽が当たり、座るのにちょうど良さそうな岩を見つけると、積んでいた毛布を敷いた。

「さて、朝食の準備するからね」

 ジローは、ナイトウォーカーの後ろから飛び降りるとひょこひょことアリッサのそばに跳ねてきた。

 アリッサは、地面に拾い集めた小石でリング状に並べた後、呪文を唱えはじめた。

「オキュラス・ミューズ・アエスツアト……」

「火を使うなら簡易コンロのほうがラクじゃない?」

 足元のジローがアリッサを見上げてそう言った。

「うるさい……アニマス・プリアリバズア……」

 アリッサは、呪文を続けた。

「ドーレビトクェ!」

 円に並べた中央から小さな炎が上がった。

「よっし、うまくできた」

 そう言うとアリッサは、手を払い立ち上がった。

「小さなことでも頻繁に魔術を使うことに意味があるの」

 アリッサは、不機嫌そうにそう言いながら、ナイトウォーカーからサイドバッグとを外す。

「私は、そうやって少しずつ魔術の腕を磨いているんだから」

 小さな炎の前に毛布を敷いて座り込むくとバッグから小さなフライパンと小袋を取り出した。

 ジローは、炎のそばにやってくると小さく丸まった。

「000号線の果てに到着すれば、そんなチンケな訓練は必要なくない?」

 そう言ってジローはアリッサを見上げる。

「そうかもしれないけど、私は……」

 小袋から取り出したパンをフライパンの上に置いくと、すぐにパンの香りが漂ってくる。

 さらにその上にチーズを置くとさらにいい匂いが重なった。

「うーん、いい匂い。チーズがあればご飯何杯でもいけるわ」

「パンだけどね」

「たとえよ、たとえ! いちいち突っ込まないでよ」

 パンの表面が固くなったところでフライパンを火から外し地面に置いた。

「俺のもくれ」

「はいはい」

 小袋から、さらにニンジンを取り出し、半分に折ってジローに差し出した。ジローは、嬉しそうにニンジンを受け取った。

「いただきまーす」

 ふたりそろってそう言うと朝食を頬張りはじめた。

 パンの甘みにチーズの味が重なって旨さが倍増してアリッサは幸せな気分になる。

「なあ、本当に"000号線"の果にたどり着けば、立派な魔術師になれるのかな?」

 ジローは、ニンジンをかじりながら尋ねた。

「なれるよ。だって"000号線"だもん」

「で、"立派な魔術師"になってどうするの?」

「え? あ……えーと」

 アリッサは、答えにつまる。

「あれ? もしかして特に理由なし?」

「っさいなぁ……それより気をつけな。あんまり、近づくとツノが燃えちゃうからね」

「大丈夫、大丈夫」

 ジローはジャッカ・ロープ特有の鹿の様なツノをヒョイっと横にずらせた。

「ところで……あんたには何かないわけ? もし、"果て"に辿り着いたら、あんたの望みも叶うかもしれないんだからね」

「俺は、仲間に会いたいな。これまで同族に会ったことないし」

「そうだよね。ジャッカ・ロープは、希少種だものね……ねえ、他のジャッカ・ロープもあんたみたいにおしゃべりさんなのかな?」

「知らないよ。会ったことないし。なんで?」

「いや、ジャッカ・ロープが集まってたらさぞうるさいだろうな……と思って」

「軽くディスってる?」

「別にーっ」

「ふん! なあ、それより、もっとニンジンくれよ」

「ダメだよ。朝は、それで十分でしょ。先は長くなるかもしれないから今のうちから食料は節約しとかないと」

「えーっ、育ち盛りなんだぞぉ」

「声、おっさんじゃん」

 ジローは不満そうに体を丸めた。

「この先にあるらしい"ドワーフの市場"で食料を仕入れましょう。そしたらお腹いっぱい食べていいよ」

「うーん、ニンジンを食べることができるのはいいんだが……ドワーフの市場に寄らないとダメか?」

「そうだよ。食料も調達したいし、見てみたいじゃない? ドワーフって」

「おいおい、ドワーフなんて野暮ったくて、むさ苦しいだけだぜ? それが集団なんて考えただけでもうんざりだ。エルフの市場なら大歓迎だけどな」

「仮にエルフの市場があったとしても、向こうが、おしゃべりジャッカロープなんて、お断りだって言うわよ」

「はっ! 知らないのか? キュートで貴重なジャッカロープは、どこへ行っても人気者だぞ」

 そう言いながら、ジローは、後ろ足で耳の後ろを掻いた。

 くっ……生意気なツノつきウサギ!

 アリッサは、そう思って睨みつけたが、ツノ付きウサギは、そんなことはどこ吹く風と、小さな炎の前で心地よさそうにくつろいでいる。

「さっきのエルフの美人さんの店で何か食料を分けてもらえばよかったなぁ、アリッサ」

 確かにそうだった……

 アリッサは、いまごろになって後悔する。

 まったく、コーヒーといい、食料といい、何事も間が悪いというかなんというか

 アリッサは軽く自己嫌悪に陥る。

「そういえば、あの美人さん、おかしなこと言ってなかったか?」

「あ? エルフのポラリスさんが何か言ったかなぁ?」

「そうそう、そのポラリスが帰り際にさぁ」

 アリッサは、小首をかしげた。

「"たぶんもう会うことはないだろうけど……でも、またね"って」

「それが何か?」

「でも……それって別れの挨拶にしては、変じゃないか?」

 そんなことか、とアリッサは思った。

「うーん、人語に慣れていないエルフさんだからじゃない?」

「そうなのかなぁ……でも何かひっかかるんだよなぁ」

「挨拶なんて曖昧なときがあるものよ。初めて会った人だし。それより、もう少ししたら出発だからね、体を休めときな」

「はいよ……」

 ジローは、炎に少し近づくと目を閉じた。

 アリッサは、それを見届けると座っていた毛布を広げるとそこへ横になった。

 魔術でおこした炎もあと少しで消える。

 わずかな間だけど、それまで眠ろうか。

 ああ、火が温かい……


 アリッサは、浅い眠りについた。



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