ラブレター

@mohei

ラブレター

 7月。終業式前日。朝から早々、ぼくは職員室へ行った。

「先生。おなかの調子が悪いので、薬をください」

 これは作戦の始まりである。授業の途中で抜け出すには、それなりの理由が必要だった。

 ぼくは4月にこの高校へ入学して以来、彼女への思いがつのり続けている。あこがれのK子さん。彼女は3組。ぼくは7組。知的で気品があふれている。廊下ですれ違うたびにそう思う。最近知ったが、彼女はこの高校の理事長の娘だという。つまり令嬢だ。

 携帯やスマホがはんらんする現代だけど、あえてラブレターを書くことにした。古くさくも意表をついて逆に新鮮な印象をあたえられるはずだ。生まれて初めてラブレターを書いた。2カ月も前から何度も書き直して清書した。文章にしてわりと短めだが、我ながら名作。

―そして、ひとつ、問題が―

そう。ぼくには直接渡す勇気がないのだ。照れくさい。恥ずかしい。周りの目もあるし。そこで考えたのは、授業中に抜け出して、ひそかに彼女の下駄箱に置いてくるというもの。これなら誰にも目撃されることはない。ま、そこそこの名案。

さて、いつにしようかタイミングをねったが、終業式直前の授業の日、つまり今日に決めた。明日から夏休み突入だから、彼女にはゆっくり検討していただこうというわけだ。


 授業1時間目。いよいよ作戦開始。

「先生。トイレ行ってきてもいいですか」

 おなかをさすりながら言った。先生はすぐに許可してくれた。誰もぼくのウソ腹痛を疑う者はいない。今朝しかけた伏線がかなり効いている。廊下へ出ると、トイレに行くふりをして階段を忍び足でおりていく。5階から1階へ下りるのが一苦労。入り口近くの下駄箱へと向かった。順調、順調。

 誰もいない静かな下駄箱コーナー。ちょっとスリリングで犯罪的な雰囲気…。

―おっと、いけねえ―

そんな気分にひたってる場合じゃない。用務員のおじさんとかに見つかったらめんどうだ。探すとすぐにK子さんの下駄箱が見つかった。

我が名作に一度おじぎをし、音をたてないようにゆっくりとびらをあけた。彼女のきれいなクツ。それだけでなんかどきどきする。いけねえ、いけねえ。さっさとラブレターを置いて、この場を去ろう。

―おや―

彼女のクツの奥に、四角い封筒が…。

―まさか、こんな偶然があろうとは―

 それは、ぼくとは別の人が、K子さんへあてたラブレターだった。

 とりあえずいったんとびらをしめた。思えば、彼女は大人気。ライバルが多いのは当然と言える。

―どうしよう。日をあらためようか―

でも、先着がいて、2番手のぼくが夏休み明けでは、いかにも不利だ。だとすれば、そいつのラブレターを今取り出して捨ててしまい、そこへぼくのを入れておいたらどうだろう。誰にも分からないことだし…。

 いや、それはちょっとフェアじゃないよな。正義感はぼくのとりえだ。それに、一人や二人のライバルをけったぐらいで、彼女の心を射とめるなんて、とても無理に決まっている。普段のさえない自分をよく知っている。

―あきらめよう―

 ぼくは、自分のラブレターはポケットにしまいこんで教室に戻った。

 

 授業2時間目。

思いは振り切った……つもりだった。すてきなK子さんのことが頭から離れない。なんだかあの下駄箱も気になってしょうがない。考えまいとするとよけい神経にからみつく。ポケットにおしこまれたラブレターがかわいそう。なんのために書いたラブレターだ。彼女に読んでもらうためだろう。ダメならダメでもともとじゃないか…。

―う~ん。よし!―

「先生。またちょっと、トイレへ行きたいんですけど」

 再び彼女の下駄箱の前に立ち、先着ラブレターを持ち去る気でぼくはとびらを開けた。そして、それに手をのばした。

―あれ―

つかんだその手に違和感が…。すぐに気がついた。さっき見たラブレターとは明らかに違うものだったのだ。これはつまり、別の誰かがここへ来て、さっきのラブレターを持っていったんだ。ぼくと同じことを考える奴がいたとしても、決して不思議じゃない。いったんまたとびらをしめた。思ったよりライバルは多いぞ。普段目立たない自分を思うとますます自信がない。だいたいK子さんとクラスが違うこと自体圧倒的に不利なんだよ。

―やっぱり、あきらめよう―

結局また、そのままにして教室へ戻った。


 授業3時間目。

もはや授業は上の空。考えることはあの下駄箱のことばかり。告白しないと確率はゼロ。でも、せめて応募だけでもすれば、何十分の一という確率にはなるんだよな。いどまずに引き下がるのは男らしくない。「当たって、くだけろ」っていう格言もある…。

―こんちくしょう。よし!―

「先生。度々すみませんが、トイレへ」

 彼女の下駄箱の前に立つのはこれで3度目。何やっとんじゃ。深呼吸をしてとびらをあけた。

―おわっ!?―

 ぼくはがくぜんとした。なんていうことだ。ラブレターが4通に増えている。これは、先着ラブレターに続いて「オレもよろしくね」みたいな感じでそこへ置いていった者たちがいるのだ。偶然にもほどがあると思ったが、現にそうなのだからしょうがない。ライバルの多くが今日この日にねらいをつけていたというのか。しかも先着の方にはよごれやシワがつき、開封された後もある。ひでえ奴がいたもんだ。悪質な恋ライバルはおそろしい。

―こりゃあ、本当にだめだな―

ぼくは、その4通をそのままに、そして自分のをそこへ置くこともなく戻った。


 本日最終授業。これで今日は終わり。明日からは夏休み。ぼくはもう行かない。もういいんだ。

 授業終了後、下駄箱を開けるK子さんの反応が見たくなり、少し離れた所で様子をうかがった。とびらを開けた彼女は、周りの様子を気にしてからラブレター群をカバンの中へとしまい、そして帰っていった。

―はぁ~あ―

ため息まじりになんとなく目線を天井へうつすと、真新しい装置が目にとまった。

そういえば、最近学校周辺に不審者が多いということで、入り口等に防犯カメラを設置していたっけ。間もなく校内アナウンスが流れ始めた。

「ピンポンパンポ~ン。1年7組のY君。大至急、職員室へ来るように」

 ぼくの名前…。

―あ、やっべぇ―

他人の下駄箱を何度も開けるぼくの姿を、あのカメラがとらえている…。

―どうしよう。いいわけが思いつかない―

 自首するようにして職員室に入ると、担任の先生が低い声で言う。

「どうだ、おなかの調子は?」

やっぱり何もかもすべてお見通しのようだ。ここはごまかしてもしょうがない。いさぎよく、洗いざらい白状した。仮病で何度も授業を抜け出したことなどを正直に話した。

ところが、これは早とちりだった。実は、保健の先生がぼくの体調を心配し、ドリンク剤と消化の良い豆乳クッキーを用意してくれたらしく、それをぼくに渡そうと呼んだだけだったのだ。

「ほほう、そうか。ウソだったのか。このバカタレ」

さんざんしぼられた上、夏休みの宿題増量の刑。

―どうしてこうなるんだろう―

職員室から出る際、用意されていたクッキーが目にとまった。

「あ、あの、そのクッキーはもらえ・・・」

「ふざけるな。さっさと帰れ」

最悪の日だった。たぶんこのことは理事長から彼女へも伝わってしまうだろう。かっこわるい。敗者の極み。負け組は負け組らしく、夏休みはせいぜいおとなしくするとしよう。


 2学期初日。登校したぼくは自分の下駄箱を開けた。

―あれ―

手紙が一通入っている。開封してみた。


父からお話は聞きました。父いわく「人の手紙を捨てたり無断で読んだりせず、また、自ら言い訳をしない誠実な人がいる」とのこと。私もそう思います。よければあなたのお手紙、ぜひ拝見したいんですが。

              K子より


 し、信じられない。K子さんからだ。

あの手紙はまだ捨ててはいないぞ。ていうか、あの日以来ポケットに入れっぱなしだった。

 ようし。敗者復活戦の始まりだ。

 こうなったら、ぼくはもうコソコソしない。

 せいせいどうどう直接渡したる。

 いくぜ! お~っ!


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