Ep.01:こんな夜更けにバニラかよ
結衣の昼食を用意し、余りの食材を弁当箱に詰めて登校する。
教室に入るなり、
「よっ」
悪友――
「おう、おはよう」
「おい恵太ぁ、聞いてくれよ、また妹がさぁ……」
悠斗の家は四人家族で、俺と同じく
どうやら榊原家は兄妹関係がうまくいっていないらしく、最近朝一番に聞かされる愚痴は大体こいつの妹――
「しかもよぉ、髪染めやがったんだよあいつ。よりによって金髪だぞ」
「和奏ちゃんが金髪!?」
和奏ちゃんと俺は一応面識はあるが、金髪に染めるような、所謂ギャルっぽい子ではなかったと記憶している。どちらかといえば大人しい性格だったはずだが――。
「何かあったの?」
「それがわからねぇんだよ……。親父も和奏には甘いから許しちまうし」
反抗期ってやつじゃないか?――そう返した俺に、悠斗がうなだれた。
「俺……金髪嫌いなんだよぉぉ!!!」
そういえば、こいつの嗜好は黒髪ロングだったか……。
曰く、”自然な清楚さがイイ!”らしい。
どうでも良いことなので忘れていたが、こいつにとっては死活問題のようだ。
「今日帰ったら和奏に問い詰めてやる」
「まあまあいいじゃん、一時の気の迷いってあると思うし」
ウチの校則には染髪禁止の規則は無い。ヘタに問い詰めると、余計に兄妹仲が悪くなる可能性だってある。
「恵太、おまえんところはどうなのよ」
「俺? まあ結衣はなぁ、俺には出来過ぎた妹だよ」
「くぅぅぅッ! いいよなぁ。可愛いとは聞いてるんだけど――今度紹介してよ」
「ぜってーヤダ」
「じゃあ写真! 写真だけでも」
悠斗は結衣と面識がない。
写真くらいなら失う物は無い――か。
仕方ないので、この前ひきこもり解消を狙って水族館に連れて行った時に撮ったツーショット写真を見せてやることにした。
「うっわマジか、チョーかわいいじゃん! しかも黒髪ロング――。ねえお義兄さん、妹さんを僕に……」
「やらねぇよ」
「ケチ! このシスコンが」
シスコン――ねぇ。やっぱりそうなんだろうか?
不意に、”結衣(反抗期バージョン)”が頭に浮かぶ。
「(おにぃの作ったご飯? ……えぇぇ、コンビニのがいい)」
「(え? おにぃ先にお風呂入ったの? ……じゃあお湯、張り替えて)」
…………
……
耐えられる気がしなかった。
やはり俺はシスコンらしい。
* * *
放課後、駅前の本屋でのバイトを終え、帰宅する。
本来は六時に上がれる予定だったのだが、急遽欠員のシフトをねじ込まれ、予定より二時間も遅くなってしまった。
「疲れた……」
しかし、我が家の炊事担当は俺だ。コンビニ弁当で済ませようかと思ったのだが、帰りがけに寄った近所のコンビニには弁当が残っていなかった。
「作るしか無いか……」
今から遠いスーパーまで残っているかも怪しい惣菜を探しに行くのも馬鹿らしいので、仕方なしに夕飯を作ることにした。
今夜は有り合わせの食材で、下準備のいらないメニューにするしかない。
おかずは適当に用意するとして、ご飯はレトルトで済ませたほうが良さそうだ。
「結衣待たせてるしな」
まもなく夕食ができあがるという頃合いに、結衣がリビングにやってくる。
「ごめんな、こんな時間になっちまって」
「……ううん。おにぃ、いつも頑張ってるから」
ウチは両親が共働きということもあって、こうして二人暮らしになる前から”家族の団らん”が少なかった。
だからこそ二人きりになった今は、せめて晩ご飯はそろって食事を摂ると決めているのだ。
何より、俺は自宅にいながらボッチ飯というのが耐えられない。
この習慣も、半ば結衣に押しつける様にして始めたものだったが、今ではこうして帰りが遅くなっても嫌みひとつ言わないで待っていてくれるので有り難い。
「……ごちそうさま」
「お粗末様」
食べ終えた食器を洗い物を終え、会話のない――けれども不思議と居心地の悪くない時間を過ごす。
ふとテレビを見ると、カップアイスの宣伝が流れていた。
「結衣、あとでアイス食うか?」
「うん」
「何味がいい?」
「……バニラ」
バニラか……。大体こう、”他人のカネ”で食える時って「ハー○ンダッツのクリスプチップチョコ!」とか頼むもんじゃないか?
遠慮を知らないのは困るが、逆にこうも欲がないと心配になってくる。
もしかしなくとも、俺が相当バイトを入れまくってるのを気にかけてくれているんだろうと思うのだが……。
「そんなの心配しなくても良いのにな」
それよりは学校に行ってくれたほうが、お兄ちゃん的には嬉しいわけですよ。
独りごちながら、3分ほど歩いた先にあるコンビニへ向かった。
冷凍ショーケースから、ハー○ンダッツのバニラと適当な棒アイスを見繕って精算する。
ああ、やっぱり悠斗達の言う通り、俺はシスコンなのかもしれない。
「まあでも、たまには妹孝行しておかないとね」
そのうち俺がニートになったら助けてもらえるかもしれないし。
「いや……無理か。両方ニートっていう救えない未来が見える」
末梢的な思考を隅に追いやって、アイスが溶けないように、小走りで家に戻った。
―――ハー○ンダッツ片手に笑顔を見せる結衣の姿を想像しながら。
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