第15話 オルフェナ無双
「あ、アツシさんごめんなさい……」
ユリネさんとサラティナさんの話がようやく終わったようだ。
女性の世間話は、どこの世界でも長いらしい。そんなことを考えながら抱きかかえたオルフェナをもふもふしていた。
『して篤紫よ、ユリネ殿が呼んでおるぞ。
ここの組合員とやらになって、我の倉庫の物を売るのではないのか?』
オルフェナが篤紫の腕から抜け出すと、下から見上げてきた。
呼ばれた篤紫はそれどころではない、そもそも頭がパンクしている。
話の流れから推測すると、どうやらオルフェナは異次元収納のような機能を持っているようで、さらに道中でヘルウルフを含めた、魔獣か動物を複数狩ってきたらしいのだが……。
そもそも倉庫ってなんだ? 車内にある箱状のものは、灯油タンクが2つ入るベランダボックスと、あとは工具箱くらいのものだぞ?
車が羊になっただけで思考の整理が大変だったのに、おまけで謎収納まで付いているとか……何故なのか。
「あの……アツシさん、大丈夫ですか?」
はっ、と篤紫は我に返る。
「いえ、大変長らくお待ちいたしました……」
「ふふっ、何ですかそれは……ふふふ」
『ふむ、さすがに篤紫それはないぞ』
「あははははっ、言えてる」
とっさに口から出た言葉で怪しかった場の空気が和んだ。
「あらためまして、探索者組合北門支部へようこそ。本日担当をさせていただきます、サラティナです。
さっそくですが、探索者の登録を進めますね」
緑髪のエルフ、サラティナさんが笑顔で話を始めた。
「まず、ソウルメモリーをこちらの登録端末にかざしてくださいね」
篤紫がスマートフォンを黒曜石板にかざすと端末が淡く光った。
「登録自体はこれで終わりになります。
お手持ちのソウルメモリー内に『スワーレイド湖国探索組合員』の表示が出ていれば、問題なく登録が出来ています」
篤紫は端末を起動してステータスを確認する。
……確かに、組合員の項目が追加されていた。どうやらこの世界では色々な手続きが簡単に出来るようだ。
この点は、転移前の日本よりも若干進んでいるのだろうか。
日本なんて、個人情報の保護を謳いながらあちこちで自分の情報が漏れていたし。さらに紙文化と電子文化が混在していたため、手続きがやたらと煩雑だった記憶がある。
「これで登録は完了となります。簡単に説明をしますね。
こちらは、国壁の外で活動する探索者をサポートする国営の組織になります。
国壁の中で栽培されていない薬草や霊草をはじめ、魔獣や動物などの素材を買い取らせていただきます。ダンジョン産の素材は同じ素材でも魔力密度が変わるので、別途、申し出てくださいね。
素材の買い取り価格は、この受付カウンターの向かい側にある掲示板に掲示してあるますので、確認してください。
持ち込みの際には、まずこちらの受付カウンターで素材の申告をしていただき、奥の査定担当職員が査定します。
査定が終わり金額が確定したら、またこちらの受付カウンターでお金を支払う仕組みとなっています」
「ちなみに今日は査定と買い取りをお願いすることは?」
「査定担当が奥にいるので、査定はできますが……。
その……素材をお持ちでいないようなのですが……」
「いえ、持っているのは俺ではないのです」
『我が持っている、そこの広いところに出してよいのか?』
「……え? ……どこから声が聞こえるの?」
あぁ……そういえばオルフェナは足下にいるから、カウンターの中からじゃ見えないのか。
オルフェナをカウンターに抱え上げる。
「うちのペット? のオルフェナです。こいつが狩ってきた物も買取の対象になりますか?」
「ペット登録されていれば問題ありません。
確認しますね……はい、登録が確認できました。大丈夫ですね」
オルフェナの首にあるタグを端末に読み取らせて、サラティナさんはうなずいた。魔法は本当に便利だな。オルフェナが何か騒いでいる気がするけど、気にせずに床に下ろした。
そのままオルフェナは査定場の真ん中まで駆けて行った。
「えと、少し聞きたいのですが……」
カウンター脇から出て、査定場に歩き始めたサラティナさんと並んで歩きながら、篤紫はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「はい、何でしょうか」
「みんなオルフェナに当たり前のように対応しているのですが、喋る羊って珍しくないのですか?」
「いえ、珍しいですよ」
まじかー。思わず引きつり笑いが出る。
「ドラゴンなども、進化すると知恵を持って喋るようになるケースがあるので、話しかけられた場合もきちんと対応するようにしていますよ」
「えっと……そうなんですか?」
オルフェナや、さらりとドラゴン何ちゃらと比較されていますよ。
「ところでアツシさん、素材は誰が持ってくることになっているのですか?
モモカさんは買い物に行っているようですし、まさかカナちゃんが持ってくる訳ではないですよね?」
後ろから着いてきていたユリネさんが聞いてきた。
そもそも、自分も含めて桃華も夏梛も素材すら持っていない。森で助けて貰ってその足でこの国に来たのだから、ユリネさん知っているはずなのに。
「あー、オルフェナが持っている?」
「そうなのですか」
「稀に、移転の魔道具で倉庫から直接こちらに送る方もいますから、職員が見ている前で魔道具を設置していただければ問題ありませんよ」
首を傾げるユリネさんに、すかさずサラティナさんが説明した。
いやたぶん、全然違うと思う。そもそも、倉庫なんて持っていない。
あと、魔道具ってどこで売ってるのだろう?
「ちなみに、移転の魔道具ってどういう物なのですか?」
「キューブ状の魔道具で、8つ一組になっています。あらかじめ送信側である荷物の四隅に設置して、受信側はやや広めに設置することで空間ごと入れ替える形で荷物の移動ができます。
範囲はそれほど遠くまで届きませんが、当組合の裏の通りが倉庫通りになっていて、そこからであれば届くので、使われる探索者の方が多いですね」
やっぱり、倉庫なんて借りてないぞ?
どうも認識の違いがあるようだけれど、とりあえず流れに身を任せることにした。
『ここらでよいな、では全部出すぞ』
真ん中辺にいたオルフェナが、おもむろに宣言する。
オルフェナの前の空間がゆらぎ、何かが顕現した。
額に穴を開けたヘルウルフを筆頭に、何もない空間から次々と魔物の死骸が現れ出てくる。全員が固唾を飲んで見守る中、あっという間に、広かった査定場が魔物の死骸……もとい素材で埋まった。
オルティナや、さすがにやり過ぎではないか……。
サラティナさんはあまりの光景に絶句したようだ。目を見開いて、口を大きく開けている。美人が台無しですよ。
「そ…それは……、もしかして異次元収納魔法ですか?」
『いかにも。車内にちょうどいい箱が2つほどあったから、我が無限収納箱化させたものだな。
時間が止まる物と、時間は流れるが冷蔵庫に近い物と2種類あるぞ』
「え? シャナイ? 時間が止まる? レイゾウコ??」
言いながら目を白黒させている。
サラティナだけでなく、ユリネと篤紫までも動きが止まった。
少なくとも、異次元収納というのは希少な魔法のようだ。その場にいた全員が、呆気にとられてしばらく固まっていた。
しばらくして査定職員が慌ただしく動き始めた。
2階からも、追加の職員が駆けつけてきて、大査定大会が始まった。
混雑していない時間帯でよかった。
次々に査定されていく魔物素材を眺めながら、篤紫は胸をなで下ろした。
おや……サラティナさんが怪しい動きを始めたぞ……。
「オルフェナさん、少しいいですか。
無限収納魔法をこの素材収集袋にかけることってできますか?」
『ふむ、魔方陣を刻んで魔道具化するならば可能だぞ。ただ、魔術の維持にたくさんの魔力が必要だがな。
例えば我が持っている2つの箱で、1時間に2千万ほど魔力を喰っているから、無限収納は現実的ではないぞ』
「そんなに……」
『だが、倍の容量から10倍容量程度であれば、消費も少ないから何とか大丈夫だろう』
「詳しいお話をお聞きしたいのですが……」
なにやら、飼い主? そっちのけで商談が始まったようだ。
だが考えてみてほしい。
エルフと羊の商談だぞ。
方や身長170センチ、スレンダー美人のエルフ。
もう方や体高20センチのまん丸い羊。
さすがに絵的にないわー。
篤紫は目を細めながら、大きなため息をついた。
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