2
日なたの道をゆるゆると歩いて、ほとんど無意識のうちに
昨夜は雪衣に忠告されたし、今朝はソフィアにも厚着していくよう勧められた。去年のカーディガンを譲ってくれるとまで言われたけれど、断った。部屋に泊まってご飯をもらうまではいいが、施しを受けるのはあまり気持ちよくないし、ソフィアの服は細身の理楽にさえちょっと小さいのだ。
結局、昨夜と同じ服で、彼女は駅のロータリーを一望する広場のベンチに腰を下ろした。土曜日は普段より人出が多くて、その健やかなにぎわいは理楽には居心地が悪い。
平日の、真昼から斜陽の趣を持つ景色の方が、彼女の好みだ。年寄りと無職と夜の住人がまばらに行き交う地方都市の駅前は、そのまま石化してしまえば見映えするオブジェになるだろう。足の下に敷き詰められたカラフルなタイルも、むなしさを逆に引き立てている。
噴水の向こうにそびえるビルの最上階、受験予備校のロゴが陽光を反射して理楽の目を射る。じっと腰を下ろして前髪をもてあそんでいるだけの理楽は、色とりどりの人の流れが眼前を行き過ぎていくのを、路傍の石になった心地で見つめていた。
「あ、リカさん。ちっす」
「や、オリちゃん」
ベンチの横から声をかけてきたのは、以前知り合った
「ネオンちゃんもおひさ。ソフィちゃんに聞いたよ、勝ったって?」
「あ、ひゃ、はい!」
うわずった声を上げながら音々はぺこぺこ頭を下げる。出会ったときから、彼女はひたすら恐縮している印象だった。”楽苑”での試合も、彼女はこうやって萎縮しながら勝ちを拾ったのかもしれない。
「儲かってるみたいっすね、向こう。うらやましーなー」
織子はスマホを操作しながら言う。暇さえあればSNSで他人とつながりたいのだ。そんな彼女の態度はぶしつけではあるが、理楽にとってはありがたい情報源でもある。理楽自身の持っているスマートフォンはあくまで借り物で、電話以上の機能を使うつもりはなかった。
「そっちはどーなの? 変わったことある?」
「うまくやってますよ。そいや、新しい子どうでした?」
「アイちゃん? とりあえず落ち着かせたよ。そっちでケアしてくれる?」
「ラジャっす」
昨夜の路地裏の彼女、アイのことも織子から教えてもらったのだった。織子の友人のネットワークは街のあちこちに及んでいて、”花宿り”の疑惑のある女の子のこともすぐに伝わってくる。そういう相手をうまくつかまえて、助けをさしのべるのは理楽の役目だった。
”花”の影響が小さければ、うまく日常に戻してあげればいい。危険な兆候が出るようなら、ふたたび理楽がケアをする。
もしも強すぎる力を持つのなら、”楽苑”に勧誘するのだ。ソフィアの管理下に置くことで、過剰な”花”の力が周囲に害を為すことのないように、悪意に誘われて道を踏み外すことのないように。
織子は顔を上げて、あたりを見回す。
「せっかくだし、その辺でご飯でもどうです? どーせリカさん、おなか空かしてんでしょ?」
「昨夜のファイトマネー、あるから、おごります」
「悪いよ、そんなの」
とはいうものの、昼ご飯につきあう程度なら断る理由はない。理楽が立ち上がると、織子は肩をすくめてスマホをいじりながら、音々はすこし残念そうに、昼下がりのターミナルをゆるゆると歩き出した。
みんながみんな、理楽とみるとやたらに優しくしたがる。
薄汚れてシミの抜けない服、いつもどこかに寝癖の残っている髪の毛、化粧っけのない顔、薄っぺらなソールのスニーカー、みんなが理楽をかまいつけたくなるのはそんな風貌のせいだと、自分でも承知している。
だからって、しじゅう施しを受けて生きるのは気分のいいことではない。四六時中腹ぺこで、頭にほんのり霧がかかっていながらでも、理楽はひとり立って生きたかった。それが出来なくなるなら、霞のように消えてしまいたかった。死んだ都市といっしょに、彼女も石になりたかった。
人でにぎわう駅ビルへと、歩を進める。と、ビルの回転ドアをくぐって、見覚えのある顔が陽射しの下に歩み出てきた。つかのま、目があったような気がした。
「リカさん、こっち」
織子の声が遠くから聞こえて、理楽は足を止めて振り返る。織子と音々は、駅ビルの裏に抜ける横道の入り口で理楽を待っていた。
「どしたの、そんな隠れるみたいに」
「追われる身でしてね」と織子は笑いながら口にする。
「つかリカさんがぼっとしてるからすよ。どうせちゃんと食べてないんしょ?」
「やめてよそーゆーの」
裏道には昼間から酒の臭いがただよっていて、なんだか理楽は頭が痛くなる。織子は苦笑しつつ、これからゆく店の情報をぺらぺらと説明する。それを半分聞き流しながら理楽は、さっき見かけた雪衣の姿ももう忘れかけていた。昼日中の日射しの下では、彼女の姿がうまく見分けられなくて、すこし寂しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます