205-53 開式まで

 アラヘラさんのお葬式に出席する──とエイラさんに承諾を伝えたのは良いのだけれど、あとで落ち着いてから、困ったことに気がついた。


「こっちのお葬式って、どんな準備すればいいんだろう……?」


 こちらの世界のお葬式について、わたしは何も知らなかった。

 明日のお昼頃に村の教会にてお葬式を行う、とは聞いたのだけれど、どんな準備をしておけばいいのかなどは、すっかり聞きそびれてしまっていた。

 まさかお数珠は必要ないと思うけれど……

 一番気になるのは、服装だった。喪服なんて持ってないけれど、真っ黒な服が必要になるなら急いで用意しないと。

 あとは、お香典的な、なにか包むべきものがあるのか、かな……

 椅子に座り天井を見上げて考え込んでいたのだけれど、しばらくして、考えて答えが出るものでもない、と立ち上がる。

 後を追ってミウタさんに直接訊く手もあるけれど、明日の準備とかもあるだろうし、それはやめておく。

 そして、こういう時はやっぱりクライアさんだろう、と頼もしい顔を思い浮かべながら、わたしは山を降りるべく家を出たのだった。



 畑にいたクライアさんに声を掛けて、少しだけ時間を作ってもらう。


「実は、アラヘラさんという方のお葬式に呼ばれたんですけど、服装とか、どんな準備をしておけばいいのか分からなくて……」

「あぁ、アラヘラさんね。あたしも聞いてるよ。それにしてもサクラ、呼ばれたのかい?」

「はい。ご遺族の、お孫さんにお願いされて…… クライアさんは、アラヘラさんとは知り合いだったんですか?」


 ふんふん、と頷いていたクライアさんが、わたしの問いで顎をさすった。


「知り合い、ってほどの付き合いはなかったけどね…… もともと身体が弱かったのか、越してきてからこっち、あんまり人付き合いとかもなかったみたいだし」

「そう、ですか……」


 お葬式に呼ばれただけのわたしが気にすることではないのかもしれないけれど、あんまり人付き合いはなかった、という言葉が少し気になった。

 それが、亡くなったアラヘラさんのことなのか、あるいはエイラさんも含めてのことだったのか……

 もし後者なのだとしたら、エイラさんは今後どうするのだろう、といらぬお世話かもしれないけれど、思った。


「あぁ、それで、葬儀式への準備だったね」


 クライアさんの言葉で、わたしは一旦考えごとを中断して、向き直る。


「服装は地味な色味ならなんでもいいと思うよ。……サクラなら、ほら、こっちに帰ってきたときに着てた、魔法使いらしいローブの、あの服装でいいと思うけどね」

「んぇ。あれ、なんかすごく魔法使いっぽくなっちゃうんですけど、それで教会に行ってもいいんですかね?」

「え? 良いんじゃないかい?」


 マリューに聞いた、不死の魔法使いと教会はあまり積極的に関わらない方がいい、との言葉を念頭にした疑問だったのだけれど、クライアさんはなにも気にしていない様子だった。

 良いのかな? とちょっと思ったけれど、そもそも教会のミウタさんが直接うちに来ていたし、気にしすぎかな、と思うことにする。


「他には特に用意するものはなかったと思うよ」

「……お香典とか、その、お見舞金みたいのは、ないんですかね……?」

「オコーデン……? それはよく分からないけど、お見舞金だって? そういうのはここらじゃ聞かないねぇ」

「なるほど…… 分かりました、ありがとうございます!」

「あぁ、どういたしまして!」


 クライアさんから話を聞いた感じ、あまりややこしいことはなさそうだ、と思えた。

 クライアさんの仕事の手を止めてしまったことにお詫びもしつつ、相談に乗ってくれたことに重ねてお礼も言って、先に明日の用意もしておこう、と考えながら、わたしは家に戻った。



 翌日はいい天気だった。

 浮かぶ雲は濃いけれど、量はなく、雨の気配は全くない。

 気温も上がり、実に穏やかな日だった。

 でも、わたしはと言えば、起きてからずっとそわそわと落ち着けなかった。

 薬草の下処理を少しだけやって、あとは度々空を見上げて太陽の位置を確認している。

 ミフロの村に時計は多くない。もちろん、うちにもない。

 なので、お昼頃、といったら大体、太陽が南に一番高く昇る頃のことだ。

 エイラさんやミウタさんから直接出席を求められているから、遅れるわけにはいかない。でも、あんまり早く着きすぎても、わたし──と言うより、お互いに、準備が整うのを気まずく待つことになってしまいそうなので、早すぎてもいけない。

 そうやってタイミングを伺うにも落ち着かなかったし、それ以前に、未知のお葬式に出席する、という不安でも落ち着けなかった。

 立って座って、空を見上げて身だしなみを確認して……

 何度となく同じ動きを繰り返して、逸る気持ちを抑えた末に、おおよそ太陽が昇りきったのを確認したわたしは、いざ、と教会に向かった。

 山を降り、ミフロの中心へ向かって、少し外れた場所にある教会へ。

 さて、遅くもなく早くもなく、ちょうどいい頃合いでしょう! と思いながら教会に向かったのに──

 教会に着いてみると、まだ誰も来ていなかった。

 教会に近づくにつれて嫌な予感はしていたので、あたかも通りすがりのような調子を意識しながら、開け放たれた扉から教会の中を覗いてみたのだけれど、案の定、人っ子ひとりいなかったのだ。

 思わず、歩みを止めることなく歩き続ける。

 一度このまま引き返して、村を散歩でもして時間を潰そうか、と思いながら教会の建物を越えたところで、ふと教会の隣の広場に人影が見えた。

 はて、と何気なくそちらを見る。

 そこでばっちり、何かの準備をしているミウタさんと目が合ってしまった。

 そのまま立ち去れるわけもなく……

 結局、わたしはその広場の隅で、ミウタさんがやっている何らかの準備が整うのを気まずく待つことになってしまったのである。



 教会の建物に沿うように据えられたベンチに座って、ミウタさんが準備をする様子を眺めていた。

 教会横の芝の広場には、棺が安置されていた。

 その前に、何脚か長椅子が並べられた。

 棺のそばには小さな机が置かれて、ロウソクが灯された。

 この様子を見るに、もう疑いなく、お葬式はこの広場で執り行われるらしい。

 そしてその準備が整った頃になると、ちらほら、とお葬式への参列者らしき人たちが集まり始めていた。

 クライアさんは地味めな服装を、と言っていたけれど、来た人を見るに、正直あんまり普段と変わっていない。語弊があるかもしれないけれど、普段からみんな地味めな色合いの服を着ているから、それで十分なようで、あんまり気負うようなことはなかったのかもしれない、と今更ながら思う。

 参列者には見知った顔が多かった。

 村長さんや医者の先生、村の商店の店主さんや、大工の親方さんもいた。

 そしてその中に、クライアさんの姿もあった。

 思わず駆け寄って、挨拶をする。


「クライアさんも来たんですね」


 不謹慎かもしれないけれど、正直ひとりで心細かったから嬉しかった。


「あぁ。これでも領主の家系だから、一応ね」


 にやっとクライアさんが笑う。

 わたしも少しだけ笑ってそれに返して、少しして。

 ミウタさんが教会から出てきて、腕にかけた黒い布を、参列者のみんなに配り始めた。

 みんなもそれを受け取っていくので、何が何やら分からないけれど、倣ったほうがいいだろう、とわたしもその黒い布を受け取ろうとしたのだけれど、わたしにそれを手渡しかけて、あ、と言った。


「ノノカ様、ご参列ありがとうございます。ノノカ様は、こちらはご不要のようですね」


 ミウタさんはそう言って、手渡しかけた布を引っ込めてしまった。

 何か変なことをしたのかな、とびっくりしたのだけれど。

 周りを見てみると、みんなその黒い布を肩掛けのように羽織っている。

 それはちょうど、黒いローブのようで、そのことに気がつくと同時に、わたしは自前のローブを羽織っていたから黒い布は不要なのだ、のミウタさんの言葉の意味に気がついた。

 なんで黒い布を羽織るのか、理由は分からなかったけれど。

 全員に黒い布が行き渡って、わたしはクライアさんにくっついて、みんなが適当な席に座る。

 そして、教会からここの管理者でもある修道士さんと、エイラさんがひとり、それに付き従うように現れて──

 お葬式が始まった。


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