205-52 白い少女

 突然、お葬式に出席してくれないか、なんて言われても……

 なんで、わたしなんだろうか?

 それに、とわたしはこの冬にマリューから聞いた話も思い出して、疑問が深まる。

 マリュー曰く、不死の魔法使いは、万物教会とは積極的に関わらない方がお互いのため、ということだったのだ。

 確か会話の中で、しれっとそんな話が出てきただけで、理由も、また今度説明するよ、なんて軽い感じで言っていた気がする。

 そして、結局その説明も聞きそびれたままだ。そもそも、その話自体今の今まで忘れていたし……

 ……まぁ、今それを考えていても仕方ないだろう、と思う。

 なぜわたしが、というか、わたし不死の魔法使いなんだけれど、そこはいいのかな……? という疑問もあるけれど……

 それよりも、その前に気にすべきことがあった。


「えっと…… どちら様、の……?」


 そもそも、誰のお葬式なのか、である。


「はい。アラヘラ・クライウェイ様の葬儀式でございます」

「…………えっと」


 その名前を聞いて、わたしは今ものすごく失礼なことを考えているのかも知れない、と不安になった。

 というのも…… その名前に、全く聞き覚えがなかったから。

 ミフロの教会の修道女であるミウタさんが来ているのだから、多分そのアラヘラさんはミフロの人で間違いない、と思う。

 そしてわたしは、ミフロの人たちとはほぼほぼ顔見知りではあった。

 まぁ、会う人たちみんなと自己紹介を交わしたわけではないし、知れているとはいえ人も多いので、顔と名前が一致していない人の方が多いのは間違いないのだけれど……

 でも、葬儀に当たって、誰? なんて思ってしまったことが申し訳なくて仕方がなかったのだ。

 とはいえ、思い出そうとしても全く思い出せないし……

 そんな風に、言葉を濁して内心でうろたえていたわたしの様子を察してか否か、ミウタさんの方が言葉を続けて、説明してくれた。


「恐らく、ノノカ様はアラヘラ様との面識はないかと存じます。ここ数年、アラヘラ様はご自宅で寝たきりの状態でしたので……」

「え…… あ、そう、ですか…… あれ、じゃあなんで……?」


 失礼ながら、一瞬安心してしまった。

 でも疑問は尽きない。むしろ、面識がないのなら、なぜわたしがそのアラヘラさんのお葬式に呼ばれるのだろう……?

 その疑問にも、ミウタさんがすぐに答えを出してくれた。


「そのアラヘラ様のご遺族のご希望で、この度はノノカ様にかの方の葬儀式へ出席していただきたく、お願いに参ったのです。……エイラさん?」


 そうだったのか、とわたしが思うのと同時に、ミウタさんが誰かへと声を掛けて、扉の脇へと一歩引く。

 すると、その向こうにひとりの少女がいた。

 つぎはぎの多い服を着て、直立する少女。

 ミウタさんの真後ろにいたようで、陰になってその存在に全く気づいていなかったのだけれど、その姿を見てわたしは結構びっくりしたのだ。

 まるで陶器のように白く美しい肌。

 髪は乱雑に切られたようなショートだけれど、その色は純白と表現しても差し支えないほどに澄んだ白だった。

 そして瞳は血のように赤い。

 これは確か〝アルビノ〟というのだったろうか、と頭の片隅に思い浮かべつつ、その少女の儚さを伴う美しさに見惚れたのは、一瞬。

 すぐにさっきと同じ…… それ以上に強い不安を覚えたのだ。

 こんな子、ミフロで見かけた覚えがない。

 こんなに特徴的な外見をしているのに、である。

 そして、ご遺族──つまりこの子の意向でわたしにお葬式への出席の依頼が来ているのなら、少なくともこの子はわたしのことを知っていたわけで……

 その少女に見覚えすらないことを悟られないように、わたしは動揺を必死に押し隠して、その少女──エイラさんの言葉を待った。


「……初めまして、ノノカ様。わたくしはエイラ。おばあさま……アラヘラ・クライウェイのお世話をしておりました」

「あ、初めまして、サクラ・ノノカです……」


 ご遺族というのに、なんだか他人行儀な感じがすることに違和感を覚えつつも、エイラさんの見かけの年の割に洗練された礼に、わたしも礼を返す。


「……突然の訪問とお願いとなったことを、お詫び申し上げます。しかしどうか一度、わたくしの話をお聞きください──」


 聞けば、アラヘラさんは魔法使いだったらしい。

 そして、一介の魔法使いとして〝不死の魔法使い〟というものには、尊敬と憧れを抱いていたのだとか。

 そんなアラヘラさんは、このミフロに不死の魔法使い──つまりわたしがやってきたと聞いて、是非一度会いたい、とこぼしていたのだという。

 でも、その時にはアラヘラさんは自力でベッドから起き上がることもままならず、エイラさんの手を借りても、この小山の頂上にあるわたしの家まで出向くことなどできなかった。

 ……一応不死の魔法使いではあっても、もどき・・・なわたしなんて尊敬に値する存在などではないのだけれど…… という言葉は飲み込んで、それでも、言ってくれればいつでもわたしの方から出向いたのに、と思う。

 けれど、その存在を尊敬しているがゆえに、大した用もないのに不死の魔法使い様を呼びつけるなんて、アラヘラさん自身が許さなかったらしい。

 そして、わたしやマリューといった不死の魔法使いに出会うこと叶わぬまま──その生涯を終えたのだ、と。

 エイラさんは、アラヘラさんの言いつけを守り通していた。

 父はなく、母も自分を産むのと引き替えに亡くなり、自身も生後すぐに死にかけていたのを、祖母であるアラヘラさんが救ってくれた。

 他に肉親はおらず、ただひとりの家族であるアラヘラさんの世話を、エイラさんはひとりで見続けていたのだという。

 そんなアラヘラさんには、望み通り不死の魔法使いと会って欲しい、とエイラさんは思っていた。でも遂に、用もないのに不死の魔法使い様を呼びつけるなんてできない、というアラヘラさんの言葉を蔑ろにはできなかった。

 でも──


「──そんなおばあさまを見送る、これが最後の機会なのです。遂に面識を得ることもかないませんでしたが、そんなおばあさまの願いを、最後にどうか叶えてはいただけませんでしょうか。何卒、宜しくお願い致します……」


 たったひとりの家族を亡くして、つらくないわけはなかろうに、エイラさんは真っ直ぐにわたしを見つめて、朗々と言葉を紡ぎきった。

 そして、その細い腰を折って深々と頭を下げたのである。

 追従するように、ミウタさんも頭を下げる。

 二人に頭を下げられて、わたしはちょっとたじろいでしまったけれど、エイラさんの話を聞いて、もちろん返事は決まっていた。


「……はい。わたしで良ければ、出席させてもらいます」


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