205-51 つながり

 ミフロに帰ってきてから、一ヶ月ほどが経った。

 そして、その日は週末。

 つまり、週に一度、外から行商さんたち一行がやってくる日だった。

 ミフロの大半の人たちからすれば、村では手に入らない品物を買える日。

 去年のわたしからすれば、野山を回って掻き集めた薬草を買い取ってもらえる、給料日のような日でもあった。

 でも、今のわたしからすれば、またその意味合いも変わっていた。

 その日は必ずしもお金を貰う日ではなくて、それ以上に、お金を払う日にもなっていたのである。


 お昼を少し回った頃合い。

 わたしは中身の少ない籠を抱えて、行商さんたちが露店を開いている広場にやってきた。

 昼頃に到着した行商さんたちが店を開いた直後の時間帯で、行商さんたちの到着を待ちわびていたミフロの人たちが集って、広場はそこそこの賑わいを見せている。

 出会いすれ違う村の人たちと挨拶を交わしつつ、わたしは真っ直ぐにいつもの人の元へと向かう。


「こんにちは、ハルベイさん」

「おぉ、これはこれは不死の魔法使いさま、ご機嫌麗しゅう。ご注文の薬草でしたら、ご用意できておりますが、ご確認されますか?」

「ありがとうございます! でも、その前にこれの買い取りをお願いしたいんですけれど……」

「おぉ、お持ちくださったのですね。それでは失礼して、お見せいただけますかな?」


 はい、と返事して、わたしは籠の底で揺られていた布の包みを取り出し、開けてその中に入っているいくつかの紙の包みを台の上に置いて、ハルベイさんに差し出す。

 それを受け取ったハルベイさんは、淀みない指捌きで包みをひとつ開き、中の茶色い粉をほんの少しだけ摘んで、ぺろっと舐めた。


「ふむ。先週と同じ咳止めの薬ですかな?」

「……あはは。よく分かりますね。そうです」

「ははは。舐めて薬効は分からずとも、以前のものと同じ味であるかは分かりますでな」


 作っている本人ですら、大体どの薬も『苦い』としか思えないのに、すごいなぁ、と感心しながら相槌を打つ。

 そして喋りながらも算盤みたいなツールを弾いていたハルベイさんが、それを示しつつ確認してくる。


「咳止めの薬の包みが十を買い取りまして、真鍮貨で五枚となります。宜しいですか?」

「はい」

「承知しました。それでは、これをご注文の品の代金と差し引きいたしますと…… 真鍮貨で十六枚をお支払いいただくことになりますが、宜しいですか?」

「真鍮貨十六枚ですね…… 五、十…… はい」


 ざっくりと乾燥された薬草の束が、どさり、と台の上に置かれて、同時にわたしも代金を台の上に積む。

 積まれた真鍮貨をハルベイさんが拾い上げて、ちゃちゃちゃ、っと確認する。


「確かに真鍮貨を十六枚いただきました。毎度ありがとうございます、不死の魔法使いさま」

「いえいえ、こちらこそ」


 最近の取引は、大体こんな感じだった。

 自分で栽培したり採取した薬草に加えて、足りなかったり、この辺りでは見かけない薬草をハルベイさんにお願いして仕入れてもらって、それを買う。

 集まった素材で、簡単な風邪薬とか、咳止めとか解熱剤を調合して、基本的にはその調合した薬は、ミフロのお医者さんの先生に売っていた。

 でも、その内の一部は置いておいて、こうしてハルベイさんにも融通する。

 こちらに帰ってきてから、さっそく環境を整えて、一ヶ月でそんな流れができていたのだ。

 もともとミフロには薬師というか、薬を調合できる人がほとんどいなかった。

 お医者さんの先生も、薬草の調合は不得手だったとのことで、わたしが調合した薬を買い取ってくれるところを探して話を持ちかけたら、歓迎された。

 不死の魔法使いたるノノカ様の調合した薬なら万病の薬になりますな! なんて冗談めかして言われたのは恥ずかしかったけれど、額面以上の効果はないですからね! と注意しつつ使ってもらった薬の反応も上々で、本格的に薬の調合を始めたのだ。

 まだまだ薬の調合者としては駆け出しで、基本的で簡単な薬しか作れていないけれど、村の人たちからは感謝されるし、これでやっと、いつもお世話になっている村の人へ、恩返しが始められるというものだ。

 そして、ハルベイさんにも一部を融通しているのも、恩返しの一環のつもりだった。

 それこそ薬草を掻き集めたものを買い取ってもらっていたことから始まって、薬草を調合するために必要な諸々の備品を集めてももらったのだ。

 とはいえ、ハルベイさんはいかにも商人な感じの人だし、週に一度しか顔を合わせる機会もないので、満足してもらうためにはもっといい薬を調合して卸さないといけないな、なんて思ったりもする。

 今はまだ難しいけれど、もっと勉強して成長して、頑張っていきたい。

 ……そして、そうしてわたし自身が元気に頑張っている姿を見せることで、クライアさんにも恩返しができたらいいな、と思うのだ。

 亡くしたという娘さんの代わりにはなれなくても、その心の穴を少しでも埋められたら、なんて……


「──不死の魔法使いさま?」


 と、そんな風に想いを馳せていたら、ハルベイさんの話が聞こえていなかった。

 あ、はい、なんでしょう! と意識を戻す。

 ちょっと不思議そうにしていたハルベイさんだったけれど、追及などはせずに、少し笑って話を戻す。


「……改めまして、近く、この村に我が商会の支店を開設することとなりまして、不肖ながら私ライトル・ハルベイがその番頭を任ぜられましたので、是非今後とも、新たな商店にて、引き続きご贔屓にしていただきたく存じる次第です」

「…………えっ!?」


 突然の話だったので、ちょっと理解に時間がかかってしまった。

 でも、すぐに理解が追いついて、まるで自分のことのように嬉しくなる。


「わぁ! おめでとうございます、ハルベイさん!」

「いえいえ、これも不死の魔法使いさまのご助力あってこそ、誠にありがとうございます」

「なにを!」


 それからも精一杯の言葉で祝福したり、そこそこお高いワインを買ったりして、わたしなりにハルベイさんの突然の出世話をお祝いさせてもらった。

 顔を合わせる機会が限られているから、なんて思っていたけれど、ハルベイさんがこの村に住むことになるなら、恩返しの機会もきっと多くなるだろう。

 わたしはそんなことを考えながら、これからも頑張ろう、とより一層決意を新たにしたのだった。


 ……ちなみに、その時(お祝いにかこつけて)買った〝ノレーブ〟という銘柄のワインがすごく美味しくて、以来、お祝いの時なんかに飲むお気に入りのワインになりました。



 ある日の昼下がり。

 春がいつの間にか過ぎ去ってしまったのかと思うような陽気と、空の青と雲の白のコントラストが眩しい日。

 わたしは家の前の畑の新しい区画の開墾に取り組むことにした。

 ちなみに、去年のうちに畑として整えていた区画は、冬の間とはいえ、数ヶ月放置していたから結構荒れていたのだけれど、それでも帰宅後に少し手入れをしただけで、畑としてきちんと役割を果たしてくれている。

 やっぱり、もともと土が整っていたのだと思う。

 こちらに来た時点で見る影もなかったけれど、掘り返してもほとんど大きな石なんかは出てこないし、開墾といっても耕すだけで結構使える土が出てくるので、とても助かる。

 前に住んでいたという老夫婦か、誰か分からないけれど、最初に苦労してここを開墾してくれたであろう誰かには感謝だ。

 あと、作業は《ストレングス筋力強化》の魔法を使って行ってみたのだけれど、びっくりするほど楽だった。

 もちろん、体を動かした分の体力は消耗するのだけれど、ほとんど力むことを意識することなく作業ができたので、鍬一本で元の畑の三倍近くを耕したのに、前よりも断然早く、ただ畑を歩き回っただけ、くらいの体力しか消耗しなかったのだ。

 あんまり多用すると筋肉がなくなっちゃいそうだな、とも思ったけれど……

 この魔法を教えてくれたマリューにも感謝だ。

 そこで、ふと、いろんな人のおかげで今があるんだな、なんて思う。

 直接の関係はなくても、どこかで誰かと繋がっているんだな、という気づき。

 いきなり全てを失って、たったひとりでこの世界に放り出されたわたしにとって、それはクライアさんやマリューとの出会いにも似た嬉しさがあった。

 ちょっと、ふんわりはしているけれど。

 生活の基盤が安定してきた安心感と、あとは急に暖かくなってきて気分もほかほかしてきたからか、そんな小さなことで嬉しくなったりしながら、わたしは畑仕事の後片付けをして家に戻る。

 帰宅以来、薬の調合用品を中心に一気に物が増えた家の中、机の片隅のスペースで、ゆっくりお茶でも飲もうか、とお湯を沸かすためにかまどに火を入れようとした、その時だった。

 コンコン、と玄関扉がノックされた。


「ん? はーい」


 誰だろう、と思いつつ、開けますよー、と断って扉を押し開ける。

 扉の前にいたのは……

 ……あ、たしか村の教会の修道女さんだ。

 な、名前は……


「突然の訪問、失礼致します。万物教会の修道女ミウタでございます。本日は不死の魔法使いであるノノカ様に、折り入ってお願いしたいことがあり参りました」

「……な、なんでしょう?」


 丁寧なお辞儀をするミウタさんに、こちらもお辞儀を返してから、なにをお願いされるのか見当もつかずに、とりあえず用件を訊く。


「はい。お願いと申しますのは、明日行われる葬儀式へ、ノノカ様にぜひ出席していただきたい、というものです」

「……んぇ?」


 そんな、思いもよらないお願いに、わたしは妙な声で答えていた。

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