二年目、春 不死だから
204-51 第二のふるさとで
同じ不死の魔法使いのマリューの厚意によって為された、ひと冬の王都への留学兼出稼ぎは、ちょっとした問題もあったけれど、概ね順調に終えることができた。
こちらに来てから、年が明けて二年目、冬を乗り越えて初めての春。
マリューに教わった薬草や魔法の知識と、助手として働いて得たお金を携えて、わたしは数ヶ月ぶりに、第二のふるさとといえるミフロの村の土を踏みしめた。
……馬車酔いで足下がちょっと覚束なかったけれど、挨拶がてらに村を歩き回っているうちに治まったから、大丈夫。
◇
夕刻。
わたしは袋を抱えて、懐かしくさえ思える扉の前に立った。
風に混じる料理の香りと牧場の匂いで、帰ってきたという実感が増す。
袋を取り落とさないように注意しながらノックする。
「クライアさーん、こんにちわー! サクラですー!」
ばたん、ごとん、という物音が聞こえて、それから、ぱたぱたぱた、と足音が近づいてきて、ばたん、と扉が開かれた。
「あぁサクラ! 久し振りだね、今日帰ってきたのかい?」
「はい、お久し振りです!」
久し振りに見たクライアさんの安堵混じりの笑顔に、わたしも思わず頬が緩む。
我が家のある小山から最寄りの人家であって、こちらの世界で目が覚めて不安でいっぱいだった時に助けてくれたクライアさんは、母も同然の思いがあった。
だから、その笑顔を見られて安心すると同時に、帰ってきたんだ、という喜びも湧いてくる。
「あ、クライアさん。これ、お土産です! 王都で買ったジャムとかブランケットとか…… あと、いつもお世話になってますから、さっき村でお菓子も買ってきたんです」
「おや、まぁ! ありがとうね! ……ふふ、しばらく見ない間に、大分と〝不死の魔法使いさま〟らしくなったんじゃないかい? 着物も綺麗で、杖まで背負って…… なんだかあたしも嬉しいねぇ!」
「ん…… あっ」
言われて自分の姿を見る。
王都でずっと着ていた白のブラウスと黒のロングスカートは、着心地も良くて今もそのまま着続けていた。
王都では周りの皆も同じような格好だったので気にしていなかったけれど、思い返せば、こちらで着ていたチュニックやなんかとは比べ物にならないほど上等だよね、これ……
「こ、これはマリューにもらったもので、つ、杖も飾りなので…… 家に戻ったら、着替えますね……」
さすがに、もともと着ていたチュニックなんかは、お金もなくてボロ寸前の古着だったので比べるのは酷かもしれないけれど、それでもミフロの人たちが着ている服よりも上等なのは確かだろう。
そんな服を着て村を歩き回っていたことに思い至って、わたしは急に恥ずかしくなったのだ。
「おや、似合ってるのに、残念だね。あぁ、あと、家というと、だね……」
「……ん?」
家の話題が出た途端に、急にクライアさんの表情が曇って腕を組む。
どうしたんだろう? なんて思いながら、その理由に見当も付かずに、ぽかん、としていたのだけれど、説明を聞いて、そして実際に見て、わたしは驚いたのだった。
◇
まだ残雪のある山道を登って、我が家に帰ってきた。
そうしたら、屋根が抜け落ちていた。
それも、ほとんど全部。
「年明けの頃に、雪がまとまって降ってね。家具はある程度避難させておいたんだが、屋根は勝手に直すというわけにも行かなくてね……」
「……あ、いえ、ありがとうございます……」
屋根の破片はある程度片付けられていたけれど、あとから降った雪が大分残っていて、家の中は白かった。
ほとんど廃墟になってしまった我が家を見て、身動きもせず、どうしたものか、と悩む。
広い空を見て、とりあえず、明日にでも村の大工さんに話をしに行かないと、と思った。
「サクラ。とりあえず今晩はうちに泊まるかい?」
「……ええ、そうですね。ご迷惑でなければ……」
キープの魔法を覚えた今なら、凍えることなく一夜を明かすこともできるのだけれど、心配はかけたくないので、その日は素直にお言葉に甘えさせてもらった。
ベッドを貸してくれて、おまけに美味しい夕食・朝食までご馳走してくれたのは本当に嬉しかった。
翌日はとりあえず、王都から持ち帰ってきた中では一番質素に見える服に着替えて、朝食後すぐに村の大工さんの元に向かった。
その大工さんというのは、以前わたしが建物の解体を手伝わせてもらったときにお世話になった親方さんだ。
挨拶もそこそこに、事情を説明する。
「──なので、我が家の屋根を葺き直していただきたいのです」
「ふむ。承知しやしたぞ。屋根の修理はこのフゲールにお任せあれ」
どん、と胸を鳴らすフゲール親方さん。
以前会った時には足を痛めていたようだけれど、今はすっかり回復しているようで安心だ。
「いやはや、ノノカ様の家の屋根が落ちたっつーことは遠目にも伺っとりました。その修理を任せていただけるとあっちゃあ光栄ですな」
フゲール親方さんが、にかっと笑う。
確かに、うちはミフロの中心部から見えていた。
……見えていたのに、異変に気づかなかったことが恥ずかしいやら、村の皆に、うちがぼろぼろであることがバレてしまったであろうことが恥ずかしいやら、複雑な気持ちになる。
まぁ、うちがぼろぼろだったのは、隠せもしない事実だったのだけれど。
「したらば、今日のところは家の様子を見させてもらいやして、手を付けるのは明日から、っつーことで如何ですかい?」
「……え、あ。そうですね、お願いします」
そんなわけで、その日はフゲール親方をうちへ案内して状況を確認してもらい、修理は翌日から始めてもらうことになった。
廃墟同然の我が家を見たフゲール親方さんが、軽く言葉を失っていて、さらに恥ずかしさが募ったりもしたのだけれど、兎にも角にもこの家を住める状態にしないと、何をするにも不便で致し方ないので堪える。
王都でマリューに教わった薬草と調合の知識を活かして仕事にしようと思っていたのに、その準備資金と考えていたお金がここで目減りするとは思っていなかったけれど……
──いや、王都で雪が降った時に、うち潰れてそう、と思ったような気がする……
わたしが手直しした屋根の穴の部分も不格好だったし、それに遅かれ早かれ何か不具合は出ていただろうから、必要経費だった、と考えたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えて、翌日。
ロビクさんを始めとした、ずいぶんと張り切ったお弟子さんたちとともにやって来たフゲール親方さんたちによって、我が家の屋根はものすごい勢いで修理されていった。
修理というか、新設?
ほとんど柱と壁だけになっていた我が家に、みるみる屋根の骨組みが組まれて、あっという間に屋根板が張られていく。
ちなみに、以前は部屋の中から屋根の裏側が見えていたけれど、今回の工事で天井を追加することになったので、多少は保温効果が上がるのかもしれない。
そんな工事の様子は、家の前の畑に座り込んでずっと見ていたけれど、わたしはその手際の良さに感動していた。
クライアさんが持たせてくれた昼食を振舞って、お昼休憩もそこそこに作業を再開して、数時間。
「ざっとこんなもんですな」
以前よりもずっと綺麗な板葺きの屋根が完成した。
「ありがとうございます! これでまた住めます」
お礼とともに頭を下げて、喜びのままに笑顔になる。
これでやっと、落ち着ける我が家に帰ってきた気分だ。
お願いしてから、その翌日にはこうして屋根を直してくれたフゲール親方さんたちには、本当に感謝だなぁ…… なんて思いながら、ふとその顔を見る。
……と、なぜか皆、微妙な顔をしていた。
「……どうかしましたか?」
「あぁ、いや。本当は素焼きの瓦葺きにしたかった、とか…… いや、違ぇますな、こう、なんつーかですな……」
「……ん? 何か問題があったんですか……? その、何かあれば、気兼ねせずに仰っていただいて構いませんので……」
フゲール親方さんが、なにやらすごーく言いづらそうにしている。
お弟子さんたちに至っては、目を向けると逸らされてしまって、なんだか不安になってきた。
「あぁ、その…… 口が悪いんは勘弁してもらいてぇんですが、この建物は家っつーより小屋でしてな。瓦の重さに耐えられんほど簡単な作りで、この辺りの開拓が始まった頃の質素な作りなもんで…… その、俺らに任していただけりゃあ、ノノカ様に相応しい家を建てて見せるんですがな」
「……あー」
わたしは納得した。
確かに麓の村の家よりも大分と質素な作りだ、とは思っていたけれど、小屋だ、と言われるとすっきりする。
小屋なら、この辺りの厳しい冬に凍えるのも当然に思えた。
──でも、だとすると、わたしの前に住んでいたらしい老夫婦のサバイバル能力の高さに驚くのだけれど、今はそれは問題じゃないよね……
ちょっと先人のたくましさに畏敬の念を覚えつつ、目の前の話に意識を戻す。
確かに質素な家で、もうちょっとでもしっかりした家に住みたい、とは思う。
でも、周りには誰もいないから壁の薄さも気にならないし、寒さも魔法を覚えたからもう心配する必要もあまりないし、なにより──
「えっと、お金が貯まったら、その時にお願いします……」
先立つものがないので、じゃあお願いします、とはいかないのだ。
「ノノカ様ならば、お代は後からでも──」
「いえ、そんな! これ以上はご迷惑を掛けられないので!」
これ以上は借金をしたくなかった。
返せなくて迷惑をかけてしまうかもしれないし、なにより自分自身が心苦しかったこともある。
家の建て替えはすぐにでも、という話でもないし、それに今ならお金を稼ぐ算段もあるから、わざわざ借金をする必要もない。
「……だから、またいずれ。その時は、是非、お願いしますね」
にこり、と笑い掛けて、にやり、と笑い返される。
わたしはまた住めるようになった家を見て、よし、ここから頑張るぞ、と鼻をひとつ鳴らした。
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