112-52 魔法のおはなし

「サクラのお陰で冬の間にやっときたい仕事も、もうほとんど終わっちゃったし、薬学の方も順調だから、そろそろ魔法の勉強もやってみる?」


 ある日の朝、突然マリューがそんなことを言った。

 わたしは一瞬の間を置いてから、右手の羽ペンをインク瓶に戻す。


「いいの?」

「うん。と言うか、多分、何かやること見つけないと、このままじゃやることなくなるくらい順調だよ」

「そっか。んー…… じゃあ、お願いしようかな……」


 仕事の進捗は問題ないと認めて、控えめに頷く。

 その道の人から、やっと本格的な魔法を教えてもらえるとあって、口元がちょっと緩んだ。


「じゃあまずは簡単に座学からかな!」

「ん…… ん? え、今から!?」

「え、何か問題ある?」


 手元を見る。

 期限のあるような仕事はもうほとんど片付いていて、急ぐような仕事は特にない。


「ん、いや、大丈夫……」

「よしよし。じゃあ椅子持ってこっちおいで」


 そんな感じに、マリューによる魔法の講義は唐突に始まった。


 マリューの大きな仕事机を挟んでマリューと向かい合い、学院の授業でも使っているという教本を見せられながら話を聞く。

 わたしも魔法の入門書は買って読んだことがあったし、実際に少し魔法を使ったこともあるので、マリューの説明も教本の項目をとんとん飛び跳ねながら進んでいく。


「聞いたか読んだかしたことあると思うけど、魔法は大体の種類ごとに分類されててね──」


 接する機会が多い代表的なものだと……

〝生活魔法〟は、名前の通り日常の生活で使えるような魔法のこと。《ウォーム加温》や《ティンダー点火》はこれに類するらしい。

〝職業魔法〟は〝干渉魔法〟とも言われて、名前の通り仕事の場面で使われることが多い魔法のことで、生活魔法の上位互換的な位置付けらしい。

 筋力を強めたり、手先の精密さを高めたりする魔法があるとのこと。

〝治療魔法〟もその名前の通り、怪我や病気の治療に使われる魔法のことである。


「〝治療魔法〟は物凄く有用な魔法なんだけど、人を癒す力は人を害す力でもあるってね、これに分類されてる魔法は国から認められた〝治療魔道士〟しか使っちゃいけないの。例えちょっとした擦り傷を癒すだけでも、治療魔道士以外が使ったことがバレると捕縛されるから、十分注意してね」

「……治療魔道士になれれば使ってもいいんだよね?」


 正直、なれるとは思わなかったけれど。


「うん。まぁ、そうなんだけどね。でも、ただでさえ難しくて覚えることがたくさんあって狭き門なんだけど、不死の魔法使いだと、さらに輪をかけて許可基準が厳しくなって難しくなるんだよ」

「……ん? 厳しく? 不死の魔法使いだと、治療魔道士になるのがもっと大変ってこと?」


 わたしは首をひねった。

 わたしのような例外は別にしても、不死の魔法使いになるためには、魔法に対する並外れた豊かな知識と優れた技術が必要だ、と聞いたことがある。

 つまり、不死の魔法使いだ、と言うだけでとても優秀な人であるはずなのに(だからこそ、常々わたしは心苦しいと思っているのだけれど……)、そのことを加味されこそすれ、なんで逆に厳しくなるのだろう? と思ったのだ。


「うーん。それに関しては理由があるんだけどねぇ…… それはまた次の機会の方が良いかなぁ……」


 マリューが頭を軽く押さえながら言った。

 教えることが本業のマリューがそう言うので、追及はしない。

 むしろ、説明すると長くなりそうな雰囲気を感じたから、いま本題から逸れてしまうと話がややこしくなりそうだ、と思って頷くだけにしておく。


「まぁ…… そう……あと、魔法には〝攻撃魔法〟っていう分類もあるんだけど…… まぁ、何となく分かったと思うけど、これも絶対に使っちゃダメだからね。これも許可を得ずに使ったりなんかしたら、場合によってはその場で首飛ばされるからね」

「んぇ…… まぁでも、危ないもんね……」


 これについてはすんなり納得ができた。

 手ぶらの状態から、どかーんと爆発で家とか吹き飛ばせる人がいれば、危ないなんて話に収まらないだろうからね。


「ちなみに、不死の魔法使いが許可なく攻撃魔法なんて使った日には、捕らえられたら五体を引き裂かれてそれぞれ挽肉にされた挙句、灰になるまで焼かれて家畜の飼料用の畑に撒かれます」

「……うぇ!? そ、そそ、そこまでする必要ある!? て言うか、なんでそんな具体的に……」


 なにやら、いきなり恐ろしいことを言い出すものだから、思わず我が身を抱いてしまったのだけれど……


「……まぁ、今は流石にそこまではしないと思うけどね。昔は、ね……」

「え、あ…… ……うん。気をつけるね……」


 一瞬、悲しそうに遠くを見つめたマリューに気づいて、わたしは顔を伏せた。

 何かあったような感じがした。つらいことを思い出させても悪いので、あまり触れずに押し黙る。

 それでも、マリューの表情が曇ったのは一瞬で、すぐにまた元の調子に戻ってくれた。


「まぁそう言うわけだから、使う魔法の分類には十分注意してね。知らなかった、と言って甘く見てくれる人ばっかりじゃないから」


 甘く見てくれる人もいるのか、とちょっと気が楽になりつつ、マリューの目をまっすぐに見て、大きく頷いた。

 でも、魔法に詳しいわけではないので、今後は使っても大丈夫な魔法だけを覚えていこう、と思う。

 その魔法を知らず使うことができなければ、間違いも起きないだろうから。


「あとは、そうだなぁ…… 職業魔法の一種ではあるんだけど、〝防御魔法〟っていうのもあるね。〝レジスト〟……は魔法じゃないから違うか。《ディフェンス防御》とか《ハードニング硬化》とかだね」

「〝防御魔法〟……〝レジスト〟……? 《ハードニング硬化》は使えるけど、《ディフェンス防御》って?」

 

 防御魔法と聞いて、わたしは少しだけ身を乗り出した。

 わたしは前世で、ナイフか何かが喉に突き刺さって死んだ。

 こちらに来てからも一度、屋根の上にいて頭から地面に落下したこともある。

 普通に生きているはずでも、何かの拍子に怪我で死ぬこともある。でも、わたしはもう死にたくない。

 今は一応、死ににくい身体にはなっているけれど、それでも頭が潰れたりすると、事実上死んでしまうらしい。

ハードニング硬化》でも、うまく使えればちょっとやそっとではそんな事故も起きないだろうけれど、もっと他に、身を守る術があるなら知りたいな、と思ったのだ。


「うん? 《ハードニング硬化》は使えて《ディフェンス防御》は使えないの? ……あ、いや、《ハードニング硬化》の方が難易度低いんだっけ……? その辺の魔法は長らく教えてないから、よく覚えてないな……」

「難易度についてはよく分からないけれど、少なくともわたしは《ディフェンス防御》って言う魔法は知らないよ……」


 いかにも身を守るための魔法、といったネーミングに、わたしはかなり興味を持った。

ハードニング硬化》となにがどう違うのかは、いまいち想像できなかったけれど、身を守る術がひとつよりはふたつの方がいいのは間違いないので、教えてくれないかな、とちょっと期待しながらマリューの方をちらちらと窺う。

 それに気づいたマリューが、ちょっと戸惑ったような反応をした。


「な、なに?」

「あ、えっと、良かったらその《ディフェンス防御》って魔法を教えてくれないかなーって……」

「え、まず《ディフェンス防御》……?」


 マリューが怪訝そうな顔をする。

 わたしとしては、まずは死なないことが最優先事項なので《ディフェンス防御》を教わりたかったのだけれど、そんな反応をされると、何かおかしかったかな、とちょっと恥ずかしくなってきた。

 居心地が悪くなって、もじもじしていると、マリューが少し笑った。


「最初は生活魔法から教えようかと思ってたんだけどねぇ。まぁ知りたいものからやってこう。まだ冬は長いしね」


 笑うマリューに、わたしも少し恥ずかしさの混じった笑いを返して、結局その日は一日、《ディフェンス防御》の魔法を教わって過ごしたのだった。


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