112-51 お昼休み

 わたしの魔法学院への滞在は、マリューを補佐する臨時職員という形を取っていたので、到着してからこちらは、ずっとマリューの仕事の手伝いをしていた。

 今の学院は長い冬休み期間中なので、授業はない。

 なので、基本的には事務作業である。

 主に、もろもろの資料の整理だったり、備品や資材の購入なんかのお金の出入りを学院に報告する資料作りだったりをさせてもらっていた。

 研究の仕事なんてものもあるらしいのだけれど、その辺りは専門的だから、ということでわたしは手伝っていない。

 実際、何をやっているのかもよく分かっていなかったのである。

 そして、仕事の合間には、薬学的なことを教えてもらっている。

 ちょっと具体的に言うと、どんな薬草にどんな効能があって、どんな方法で処理してどんな組み合わせをすれば、どんな効果があってどんな処方をするべきか、などなど……

 わたしのミフロでの生活に合わせて、とても基本的でとても実用的なことを教わっている。

 薬草は、そのままだとあまり高くは売れないし、少しくらい儲けたくても取り尽くしてしまってジリ貧、というのは身をもって知っていたので、加工して価値を高められれば、とは思っていた。

 でも、素人が適当に調合したようなものは危なっかしくて買い取ってもらえないので、確かな薬草の知識を得た上で、すでに実績のある人に教えを請うた、という証明書的なものが必要だったのだ。

 その先生を、マリューが引き受けてくれた。

 マリューの専門のひとつが薬学とのことだったので、これ以上の先生はいない。

 最後にマリューに、私が教えましたよ、といった感じで一筆書いてもらって、あとはハルベイさんがその一筆を信用すれば、わたしもミフロで薬草を調合して売れるようになる、はず。

 ハルベイさんがマリューのことを全く知らなくて、それを信用しなかったとしたら買い取ってはもらえないかもしれないのだけれど、学院の名前も出しておくよ! とマリューが言っていたので、そのあたりは大丈夫だ、と思いたい。

 ……そもそも、わたしが自信を持って薬草の調合が出来るようにならなければ、それ以前のお話なのだけれどね。

 ちなみに、魔法はまだ教わっていない。

 魔法を教わることはそんなに急かされた問題でもないし、薬草の調合を中心にした薬学を優先して教わっているという状況である。

 そんな感じで、わたしの学院生活はこれといった問題もなく、仕事と勉強を適度にこなしながら、とんとんと順調に毎日は過ぎて……

 一ヶ月近くが経った。



 わたしとマリューはいつものように、学院の一室にあるマリューの研究室で仕事をしていた。

 わたしも元々実家の仕事の手伝いで事務仕事には覚えがあったので、いくら勝手が違うとはいえ、一ヶ月近くもあればすっかり馴染んで、そつなく余裕を持って仕事をこなせるようになっていた。

 その日も、お昼の鐘とともに資料整理の仕事に区切りをつけて、机の上をさっと整理してから席を立つ。

 今日はこれだけ、と目処をつけた未整理の資料の山を適当に均して…… 近くの机に向かうマリューに声を掛ける。


「ねぇ、マリュー。わたしへお昼に行くけれど…… どうする?」

「…………うーん。先に行ってて……」

「ん、分かった。無理しないでね」


 ここのところマリューは、研究か何かで考え事に集中していることが多い。

 寝食を忘れる、なんて不健康なことはしないけれど、一度集中したら、しばらくはそのまま集中していたいらしく、わたしもその気持ちは分かるので、あまりとやかくは言わずにそっと部屋を出る。

 わたしはその足で食堂に向かった。

 食堂は閑散としている。

 冬休みであまり学生もいないので、当然といえば当然ではある。

 ただ、それでも食堂が営業してくれているのはありがたいのだけれど、体育館くらいの面積がある食堂の片隅で、ひっそりと小規模に営業している様が、むしろ寂しい。

 それはともかく……

 わたしはお金を払って、シチューとパン(提供される料理は決まっていて、冬休みだからか毎日あまり代わり映えのしないメニュー)のプレートを受け取り、適当な席に座ろうとしていたところ。


「こんにちはノノカさん!」

「ノノカさん、一緒に食べましょう?」

「おいでおいでー」


 と声を掛けられた。

 この学院の学生で、最近仲良くなった、ネフリカ、ナフェリ、ロミリーの三人娘だ。


「おはよう、みんな」


 わたしは三人の近くの席に座る。


「トタッセン先生はいらっしゃらないのですか?」

「んー、ちょっと忙しいみたいで」

「いいよいいよ、トタッセン先生がいらっしゃったら、緊張して食事が飲み込みづらくなるからさ」

「……ノノカさんには威厳がない、と仰っているように聞こえますが?」

「……え? あ、いやいや、そういう意味ではないんですよノノカさん……」


 あはは、とわたしは笑った。

 初めてクライアさんが、わたしが〝不死の魔法使い〟だと気づいた時と同じように、あるいは、同じ魔法を学ぶ者としてそれ以上に、学院の学生は〝不死の魔法使い〟に対して敬意を払っていた。

 もちろんマリューも、ただ先生であるという以上に尊敬されているようである。

 わたしも最初、他の学生と変わらないか下手をすると幼いくらいの見た目と、当初から着続けている、学生の制服と似たような服装のおかげで、途中入学か何かの新顔の学生だと思われて三人には声を掛けられたのだけれど、話の中でわたしも(一応)〝不死の魔法使い〟だということが分かるや否や、『ノノカさま』なんて様付けで呼ばれかけて、申し訳なさ他もろもろの感情で抵抗して、なんとか今の呼び方に落ち着いた経緯があったりする。

 その後何度も説明して、わたしは気づいたら不死の魔法使いになっていただけで、ずっと魔法を学んできた皆に尊敬されるような者ではない、と言い聞かせたので、もう大分と打ち解けたものである。


「ネフリカが失礼でごめんねぇノノカさーん」


 隣にいたロミリーに抱きつかれて頬ずりされる。


「あはは、気にしてないよ」


 むしろ、敬われても申し訳なさで肩身が狭いだけなので、もっと適当な扱いでもいいくらいだ、と思う。さすがにそれを言っても、気を遣わせてしまうだけなので、口には出さないけれど。


「……むー。ノノカさん、やっぱり細いよ。もっと食べてって言ってるのに。ほら、あたしのパンも、あーん」

「いや、あ、ふが」


 ロミリーがそんなことを言いながら、自分のパンをわたしの口に押し込む。

 黒髪で癖のあるロングヘアのおっとりした雰囲気なロミリーは、結構やることが雑だった。


「ロミリーさん、お止めなさい! ご迷惑ですよ!」


 それをナフェリがたしなめる。

 三人の中のまとめ役的な立場で、お嬢様然とした金髪碧眼のナフェリは、礼儀作法にはうるさかった。それでも、あまり堅苦しい接し方はして欲しくない、というわたしの気持ちを汲んだ接し方をしてくれるくらいに、柔軟で空気の読める子である。


「それにしても…… ノノカさんって見るからに子供っぽ……あいや、可愛らしいですよね!」


 わたしがロミリーに口を塞がれている様を見ながら、ネフリカがぼそっとそんなことを言う。

 赤毛のショートヘアで背の高いネフリカは、黙っていれば大人の女性といった雰囲気をまとっているのだけれど、どうも言動はひとつ抜けているようなところがあり、ロミリーとはまた違うふんわり感があった。

 ナフェリはそんなネフリカをちょっと睨んでいたけれど……

 すぐにわたしの方に向き直った。

 わたしは詰め込まれたパンを飲み込もうとしていたけれど、水分を根こそぎ奪われて四苦八苦しているところだった。


「ま、まぁ、確かにノノカさんは可愛らしい方とは思いますが……」

「そ、そうだよね、可愛いよね! ほんと不死者っぽくなくて話しやすいっていうか──」

「ネフリカさん?」


 ナフェリがネフリカの頬をつねる。

 やっとパンを飲み込んだわたしは、それを見て思わずまた笑った。

 同じような年頃の──と言えるかは微妙なところだけれど、こうして女子同士で集まって、他愛のないことを喋りながら笑うのは、なんだか久しぶりな気分がするのでとても楽しい。

 それはそれとして、笑って開いていたわたしの口に、またロミリーがパンを突っ込んできた。容赦がない。

 少ししてからネフリカを解放したナフェリが、またわたしの方を見て少し仕草を取る。

 ロミリーに対しては何度も言うだけ無駄だと思っているのか、ロミリーがまだパンを片手に持っていることを追及するつもりはないらしい。


「不死者らしくない、と言うのは語弊がありますが…… 確かにノノカさんは、他の不死の魔法使いさまに比しても、かなり……お若い見た目をされてもいらっしゃいますよね」

「うんうん、羨ましいくらい」


 頬をさするネフリカは、自分が大人っぽい見た目をしているから、少し幼い雰囲気が羨ましいのかもしれない。

 なんとかパンを飲み込んで、ぱさぱさになった口を手でガードしながらわたしも喋る。


「不死の魔法使いになってみたい?」


 言ってから、不死の魔法使いになったからといって、見た目が幼くまではならないと何処かで聞いたことを思い出したけれど、そこまで真剣なお話しではないので気にしないでおく。

 軽く問われたネフリカと聞いていたナフェリは、ちょっとだけ考えて。


「私じゃちょっとなれないかなぁ……」

「そうですわね。なにより、恐れ多いですわ」

「そう?」


 小さく横に首を振った。

 そうかぁ、と思っていると、隣からは違う返事が返ってくる。


「あたしはなってみたい。なり方教えて?」


 ロミリーがそう言いながらパンを押し付けてきた。


「あー、いや、前にも言ったけど、わたし気づいたら不死の魔法使いになってたから、なり方はちょっと分からな、ちょ、しゃべれな、もが」


 聞きたいのか聞きたくないのか、よく分からない。

 三度わたしが口の中の水分を綺麗に奪われて苦悶していたところ。


「ふふ、いやぁ、仲が良いねぇ」


 マリューがやってきた。

 三人が律儀に立ち上がって挨拶をする。

 その後にロミリーが、マリューに不死になる方法を聞いて軽くいなされたりしながら、楽しかったり大変だったりする昼休みの時間は過ぎていく。


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