第50話 有機物でも兵器にしたい!

 ルクスだと更に軍事行動的な教育内容も入ってるけど……製造直後にインストールされた枚南まいな塔子とうこの学習内容は幼年教育まで……そうなると塔子が僅か2年でラバロン学園の入学試験に合格出来るように教えた家庭教師と言える存在がいた事になるわけで……


 例えどんなに教師と生徒が互いに優れてたとしても、2年という短期間で中等教育学校の入試に合格出来る程になるには……満たすべき条件がある――


 それより今はジナ先生の発言が終わるのも待たずに塔子がただならぬ様相を見せた場面の続きと行こうか……地面を力強く踏み締め、エトワ博士目掛け駆け出した塔子の口からは断続的に言葉が発せられ……エトワ博士の目前まで辿り着く頃には以下の言葉を成してました。


「博士ぇー!」


 足を踏み込んだ時に「は」、腕を振り上げた時に「か」、エトワ博士に飛び掛かる時に「せ」と一気に伸ばしながら叫ぶ……そんな感じで発声。


 駆け出す直前の塔子の表情だけど、それはもう……普段してる目の前の存在に興味を示してないかのような無表情気味の半目顔からは想像も付かないほど綻んだ満面の笑みで……声色に至っては学園長でも出した事ないくらい幼児退行した、声が潰れがちの甘えボイスしてるね。


 護衛対象への突然の強襲と言えなくも無い状況ではあるけど、これが攻撃性のある突進や狙撃でも、しっかり反応して防御出来るのがルクスです……魔法でバリアだって張れるし……今回は塔子がエトワ博士に飛び付いて来る事が判り切ってたので、後ろにいたルクスの1人がエトワ博士が押し倒されないよう支えたよ。


 エトワ博士と言えばロットナー卿の潜伏先での対局中に少しの間だけ映像で現れてたけど……その時、塔子がどんな態度をエトワ博士に示し、どんな感情をぶつけたのか……今の塔子を見れば容易に導き出せる……はい、ずっと甘えた声と顔で博士博士と連呼してただけです……放送事故も視野に入るくらいの乱れっぷりだったね。


 ちなみに塔子は昨夜の天盃酒寿花との会話で、こんな発言もしてました。


「えぇー? 博士ぇ? そりゃまぁ……確かに博士にはわたし自身も色々されたけど……全て必要な事だったし……博士かぁー……大好き!」


「……これ以上この質問を続けても意味が無いようですわね……塔子さまのその様なお声とお顔を眺める事が出来るのは、わたくしには大変有意義ですが……次の質問と致しましょう。どんなに精巧に造られようと、作り物は作り物……如何に足掻こうが如何なる言葉で取り繕おうが人間とは掛け離れた存在……そんなご自身を塔子さまはどのようにお思いになっているのでしょうか?」


「まー、わたしは妹たちと違っ――」


 以降は昨夜の通りの発言だし、冒頭で触れた満たすべき条件の話と行こう……例え教師と生徒が共に優秀だったとしても……学ぶ側が授業に反抗的だったら2年で初等教育レベルの内容を学習し切る何て、無理だよね。


 塔子が造られた直後の実験一発目でエトワ博士の想定通りの結果になり、学校に通える肉体カラダなんだから塔子をラバロンに入学させる事が出来ないかって話になるやエトワ博士が教え始めた感じなんだけど……勉強の合間に塔子がエトワ博士に愛情を求めて甘えて来る度、エトワ博士は一度も拒む事無く塔子に優しく接してたよ。


 この時期のエトワ博士は心細くなりがちで、塔子が甘えて来るのはそんな想いが大きく募った時ばかり……塔子も勉強を頑張ればエトワ博士が喜んでくれるから一度も授業をサボらずに費やせる時間はほとんど勉強に回して……今年4月に入学試験を受けてみたら一発で合格となりました。


 塔子の姉たちもエトワ博士に甘えてたしエトワ博士も実験体へのメンタルケアとかそういう打算抜きの純粋な愛情を与えてた……確かに脳への直接介入などで反発的な行為を強制的に抑える備えはあったけど……枚南まいな羊子ようこからルクスRook'sに至るまで……その処置が行われた事はただの一度も無かったね。


 それぞれ自我があっても、皆エトワ博士が大好きだったから……聞き分けのいい子しかいなくて、言い付けも皆で守ってたから大きな問題も起きず終いで……おまけに自らに与えられた境遇をどうにかしようと思い至った者がいなかったのが実態。


 エトワ博士がやってたのって、例えるならぬいぐるみを抱きしめたりペットの頭を優しく撫でたり……具体的なのは優しい声で少しだけ会話を交わしてた……それくらいしかしてなくて、エトワ博士がそうしたいから漫然と行ってただけ……でも塔子たちに懐かれるにはそれで、十分だった。


 そんな感じの愛情を2年にも渡って受け続けて来た塔子はすっかりエトワ博士大好きに育ち……互いに嘘偽り無い良好な関係しか無いまま現在に至ります。


 というわけで塔子は今、エトワ博士に抱き付いてて……甘えた声で博士博士と連呼しっぱなし……エトワ博士は何も言わないけど、今までして来たように塔子の頭を優しく撫でてるね……そんな状況のままある程度ほど時間が過ぎた頃……


「お目に掛かれて光栄デス、エトワール。貴方とは以前からお会いしたかったデスが、こうして機会に恵まれましタ……ぎょうこうの極みデス」


 何事も無かったかのようにジナ先生がエトワ博士にさっき言おうとした内容で話し掛け……それを受けて姉である塔子に甘えたくて、うずうずしてたルクスたちが任務中である事を思い出して姿勢を正し……エトワ博士に至っては塔子を撫でる動きを緩める事無く、静かにこう呟くよ。


「マスターブレイカー、バイオウィザード、エリエニコフ博士、ドクター・ジナ……どれがいい?」

「ジナサンの事はジナとお呼び頂ければ……貴方がよければジナサンはイサミサンとお呼び致しマス」


「見た目若いし……ジナちゃん……ダメ?」

「イサミサンが望むのであればジナサンはジナちゃんと呼ばれマス」


「じゃあ行こ……ジナちゃん」


 早口じゃ無い時は大人しい声で呟くような口調で喋る重東和えとわいさみことエトワ博士がそう言って……やがて一同は学園敷地内にある最初の目的地へ向かって行きました。


 今の内にジナ先生が如何に世界有数のハッキング能力の持ち主なのかが判る過去話をしてしまおう……


 ジナ先生が幼少の頃、かなり高レベルのハッカー集団が世界各地に大規模なクラッキング行為を連日仕掛けた事件があった騒動の中……当時のジナ先生は自分もやってみようと思うや、お手製のコンピューターウィルスを作って手頃なサイトにばら撒いた末、ハッカー集団幹部たちの住所を特定し、アジトも割り出す。


 その日はアダムのエルフ兵の旧機種の一部がハッキングを受け、破壊活動を担わされてたんだけど……それを更に乗っ取って、せっかくだからとハッキングに抵抗しつつ周囲で応戦してた最新のエルフ兵の制御まで乗っ取り、そのままハッカー集団たちが集結してたアジトを包囲……


 この時ジナ先生は連中が大人しく降伏せずに抵抗を続けるなら、アジト目掛けて他の国から弾道ミサイルが発射されたり、連中の口座が軒並み改ざんされて莫大な借金を抱えてる事にまでなったりする手筈を整えてあったという張り切りっぷり。


 ジナ先生はお手製のプログラム言語『イル』で攻撃を行ってたんだけど……小文字のiとlだけで構成されたこの言語はマシン語と互換性がまるで無いのにマシン語を知ってればこの結果になるだろうというミスリードが盛りだくさんで、その法則性が異なる別なイルも複数用いてて、法則性を見つけてもその理解が仇となる代物……


 同じ文字列の関数名や演算子がイルの種類毎に全然違う処理結果になる……と言えば、その攪乱性能の高さと恐ろしさが少しは伝わるかな……実際はもっと遥かに複雑で、変えてる箇所もきめ細かいけど……


 そんなイル相手にハッカー集団のリーダーと幹部が奮闘するも度重なる数多の攻撃の中に複数のイルが使われてる事に気付く前も気付いた後もパニック手前まで陥り、何とか平静を取り戻して対処をすれども自らの傷口を広げるだけで……遂には防壁がことごとく突破され、侵食されて行く様を眺める事しか出来なくなってたね。


 ジナ先生が降伏勧告を出した時、現場には誰一人として抵抗するという考えを持つ者が存在しない蹂躙状態……そこで事件は終結したので、ジナ先生が用意してた弾道ミサイルと口座改ざんと他のヤツは実際には行われなくて……事件収束後、該当する各所で侵入されてたという事実の痕跡が佇んでただけでした。


 そんな騒動が終わった後、ジナ先生は当時難攻不落とされて来た数々のシステムへの侵入を果たしてたからネット上では『悉く破る者マスターブレイカー』の称号で突然のハッカー集団を圧倒した正体不明の存在として讃えられ……


 一連の行いがジナ先生によるものだと誰も気付く事は無く、騒動収束後にジナ先生が残したこんな感じの文で事件は締め括られたよ。


「お騒がせしました。私はクラッキング行為により、これから何かを行う気は一切無く、私の方から皆様を脅かすような事をする予定もございません。ですので今後とも安心してお過ごし下さい」


 ジナ先生からして見ればプログラミングへの理解も深まり、そろそろハッキングを交えて腕試ししてみるのも悪くない……そう思って挑んだ結果ここまで出来ただけで全世界を脅威に陥れる事が出来るであろうクラッキング内容も、無理だと判断したら断念するつもりで手探りでやってたら上手く行っただけ……


 つまり結構何の気なしにやったわけで、今も昔もジナ先生はハッキング行為自体を趣味として認識したり衝動的なものがあったりするわけじゃ無く……当時のジナ先生を夢中にさせ、熱心に勉強してた分野は他にあるんだよね。


 マスターブレイカーはネット上での伝説的存在であり続けました……誕生から10年後のある日、マスターブレイカーの偽物が現れた際にジナ先生が10年前の罪を無にする条件で捜査に協力を申し出て、犯人を封殺し自ら明かすまで……

 

 その頃のジナ先生はある部門では割と有名で……ホワイトなハッキングを請け負いながら大口の取引先を確保して行く事で資金力を高めてたジナ先生は、大型のバイオ事業なら大抵出資しつつ、その人脈と人材を活用し自らもそういう研究開発をするようになってたんだけど……一番力を入れてたのが完全生体式バイオ兵器。


 完全生体式と言うように外部からの補助無しに自身の体内で生成される物質のみで機構が完結する有機組織による兵器の事だけど……そんな研究がジナ先生の介入により大幅に前進……あとは実験と研究を大規模に行う為の資金があれば実用化が見えて来そうという段階になった時期に、偽マスターブレイカーが騒動を起こす……


 10年前と違って今回はニュー・クリアが起きてからだったけど、当時はイーリスが管轄してない地域のセキュリティは民間企業が担ってると言うか……そもそも国土全域の一切をイーリスが管理してる所ってヴェノスだけ……治安維持に民間のセキュリティ会社を活用してる地域は今でも数多いよ。


 でもこの日に狙われたのは結構セキュリティ周りがちゃんとしてる所で、半端な腕のハッカーじゃ手が出せない地域……犯人にはマスターブレイカーの偽物を騙れるだけの実力が幾分かはあった感じにはなるね。


 マスターブレイカーの偽物による大規模なハッキング行為は猛威を振るい……それを解決した本当のマスターブレイカーが幼少時のジナスイーダ・エリエニコフである事が判明した勢いに押されて完全生体式バイオ兵器の資金は過剰なまでに集まり……遂には人型規格での製品化まで辿り着いたんだけど……


 軍事利用目的色の強いこのバイオ兵器は出資者のみならず、この企業の社長自体がテロ組織と繋がりがある疑惑が根も葉もない噂と言えなくなって来た頃……エデンがこの企業と事業の買収を仕掛け、成功……その過程で社長とテロ組織の繋がりも明るみになり、一連のテロ組織関係者は全員逮捕。


 ジナ先生に関しては自身のアイデアがテロに利用され掛けた感じなので国際世論の非難は薄く、長らく謎に包まれてたマスターブレイカーがその力を正義の為に振るうような展開にネットではすっかり英雄扱いに……


 バイオ分野に大きく貢献してて優れたハッキング技能者を指すウィザードを冠するに相応し過ぎる実力を備えてる事から、ジナ先生ことジナスイーダ・エリエニコフが『バイオウィザード』の呼称で讃えられるようになったのはこの時期からだね。


 バイオ事業がエデンの手に渡ったけど、その後ジナ先生はエデンと交渉を重ね……ジナ先生が自由に研究していいなどの納得出来る条件でエデンと契約……戻って来た完全生体式バイオ兵器はエデンによる大幅な改良が施されてて、ジナ先生は今もこの兵器を製造し販売する権利を持ってるよ。


 バイオ兵器の性能がある程度になった段階でエデンは一連の技術を『バナッチ』と名付けたんだけど……この頃ってアダムのエルフ兵が市場で台頭してて、バイオ兵器にはタンパク質などの身近で有機的な素材だけで量産出来るという長所があるもののそんなの培養金属の存在で、無いに等しい……


 そんなわけでバナッチが市場での競争力を失ってたのもあったから、エデンはジナ先生の交渉に応じて権利の大筋を譲渡した感じ……ジナ先生はただバイオ技術に触れるのが好きなだけで自分が自由に開発する事さえ出来るならバナッチの権利が完全に手に入らなくても特に意に介す事じゃ無かったりします。


 結構長話もしたし、そろそろ今日の場面に戻るかな……目的地に着いた塔子たちの目の前には兵器を抱えた女子生徒がいるんだけど……バナッチというのは特定の兵器の呼称では無く、前述の経緯で確立された完全生体式バイオ兵器製造技術全般を指すから、特定のバイオ兵器がバナッチというわけじゃ無い……


 人型バナッチに各種兵器のバナッチを装備させるという方向性は強かったけどね。


 だから待機してた女子生徒が両手に抱えてる砲筒ランチャー型の兵器もバナッチだし、これには事業の資金調達が軌道に乗り始めた段階でデザイナーに依頼して買い取った造形が適用されてる……


 イソギンチャクの体壁のような軟体質感の紫色ボディがベースで、所々に象牙色で牙のような棘が生えてて、棘には鮮血を彷彿とさせる赤い模様が全体的かつ根元へ行くほど密度が高くなって行くように分布し、ボディ部分にもある赤い模様は見ていてエネルギーの流れを感じさせるかのような印象を持たせるデザイン。


 ボディにはあちこちに大きな切れ込みが模様みたいに分布してるんだけど、そこから内側の肉を晒すかのように黄緑色の部分を覗かせてる……


 そんな外観のバナッチの砲口部分には幾多の牙が放射状気味に広がってて……この内側が水色の穴部分から何かが放たれるであろう事は確かっぽいね。

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