第49話 道すがら ルクスショックの 話でも

「編集内容と原稿……こんな感じでいいかなぁ」

「異論無いです」

「いつも通りだけどメリムらしいし私もこれでいいと思う」


 ニュース発表前にそんな会話をする国際広報三人娘のメリムとジオラとミーア……つまりマーメイド、アラクネ、ハーピーが集合してる感じになるね。


 チャンネルのニュースは皆で得た情報を元にメリムが編集して発表してるんだけど内容がお茶の間向きじゃ無い要素が強い時はジオラが編集し、それをメリムが一般用に再編集する時もあったりします。


 ミーアは現地リポーター担当だから編集に携わる事は無いけど……三人娘の性能に違いは無いから、やろうと思えば普通にこなせるよ。


 というわけで、その日メリムが発表したニュースの内容を報道されてない情報も加えて少し紹介すると……大体こんな感じだね。


――ネザーソード社。リデューサー型汎用魔法兵『ルクス』を発表。


 この日、塔子の量産妹たちの名前というか商品名がリリースと共に明らかになったわけで……恵森清河も遭遇してたルクスの髪はパールグレーで瞳はオレンジ色……体は2年前の塔子くらいの成長度合で、腰まで伸びたツーサイドアップの髪をマゼンタのリボンで留めてて……


 服装の方は紺色が緑味を帯びた感じの軍服ワンピースで、その所々にあるスリット部分からは濃淡2種の茶色からなるギンガムチェック柄を覗かせ……足には軍服ワンピースと同じ意匠のフォーマルシューズ……脚のニーハイを正面から見れば左側が黒で右側が白……後ろから見ても左側が黒、右側が白になるデザインだったね。


 塔子を基に開発されたルクスは塔子と同じ魔法が使えるわけだけど、オリジナルの塔子とは性能面で結構異なってるので順次説明……


 まずはソニックワイヤー……音速で黄緑色の弾丸が射出されるこの魔法は命中もしくは最初の出力で指定した長さまで到達した際にその場所に弾丸が固定されて、定着直後に始点から終点へ同じく黄緑色のワイヤーが生成されて行き……そのワイヤーは音速くらいを上限とする任意の速度で終点まで自分ごと巻き上げる事が可能。


 弾丸の軌道は螺旋を描き兼ねないくらい不安定で、秒速だと平均720メートルとバラツキも激しいから弾丸を真正面に飛ばそうとしても狙った方向と大幅にズレる時が結構ある……この性質のおかげで、こないだ遭遇したアイダの50ミリガトリング砲火を回避出来たんだけどね。


 肉眼だと着弾とワイヤー生成がほぼ同時に見えるので、ランダムな方向にワイヤーを飛ばす魔法に見えるね……ワイヤーを巻き上げない事も出来るし、発射した段階で着弾を待たずに次が撃てる連射性能も備えてるから塔子はいつも何発か撃って、その中に方向のズレが大きいワイヤーがあれば選ばないよう心掛けてるよ。


 低コストなので絶えず弾丸を上空に撃ち続けてれば好きな高度を維持しつつ結構な速さで大陸横断だって目指せる移動面でも優れた魔法だったりするけど……そんなソニックワイヤーをルクスでは直線射出を弾速と共に安定させ、時速4000キロメートルに固定する事に成功……秒速にするとおよそ1.1キロメートルくらい。


 塔子のソニックワイヤーは弾速が秒速1.2キロ以上になったり、その半分だったりと不安定で……しかも速度が出た時は軌道が大きく乱れがち……弾速がマッハ1を割り込んだ事は無いけどマッハ4を多少越える時はある方かな。


 弾速のバラツキって威力にも影響するけど、この魔法は質量に乏しい物質を弾丸にして飛ばしてる感じだから、マッハ4に届いても凄まじい威力とまでは行かないんだよね……相手の装甲次第では貫通を見込めるくらいはあるけど……


 ワイヤーが伸び切るまでの間に着弾後の衝撃も殆ど対象に流れるし、魔法って慣れれば自分の周辺に発生させる事が出来るから、音速着弾による強い衝撃が体まで直に伝わる心配無くて……例え伝わって来ても、ある程度しか残ってない感じだね。


 続いて塔子の主力魔法と行こうか。


 手の甲の辺りから注いだ魔力に応じて硬度が上がるマゼンタのやいばを形成……射出すれば溜め込んだエネルギーを爆発させる事も可能で手の甲から刃を複数本形成出来る事から『クロウショット』と呼ばれてるんだけど……


 1本だけ生成して更に硬度を高めて行き近接武器として扱われるケースが多いから『マゼンタソード』と呼んだ方が必殺技っぽいかな……チャージ系だから刃を生成し終えるまで結構時間が掛かります。


 一定硬度まで達すると以降は魔力を注いでもなかなか硬度が上がらずに刃が大きくなって行くだけの硬度限界のようなものがあり……その状態で射出して爆発させればかなりの威力になるとはいえ緊急時に使うには隙が大き過ぎる魔法……


 ルクスのクロウショットは瞬時に一定硬度で刃を生成出来るようにした結果、硬度限界及び溜め込めるエネルギー量が塔子のを結構下回ったけど……咄嗟の場面で繰り出す近接武器としては十分な性能だね。


 今度はダークボム……人体に直撃しても旧式の地雷の方が負傷を見込めそうなくらい低威力の爆発魔法で、紫色なのは爆発の瞬間だけ……低コストだから大量に発動して辺りを爆発で埋め尽くして煙幕を張る使い方は出来るけど、躯陽のような装甲持ち相手を想定すると威力が心許無さ過ぎる……


 そんなダークボムがルクスが開発されて行く内に恵森清河のヴォルテクスフレアを凌駕するほど高威力の広範囲魔法にまで強化され、『ダークエクスプロード』という魔法名称を与えられるまでになりました。


 総合的にルクスは塔子より防御性能を落とす代わりに攻撃面と実用的な戦闘性能を引き上げた感じで……何だかあの過剰過ぎる塔子のバリアの防御力をダークエクスプロードに回す事で高火力を実現したような仕上がりになってるね。


 ルクスの説明を続けるけど、今度はメリムが実際に読み上げた報道内容を一部紹介しよう……


「ルクスは製造段階で眼球にAR用手術がされた状態の為、制御システムによるAR描画内容とその指示をリアルタイムで受信します。イーリス自身、もしくは付属となる制御デバイスを通す事で外部からの制御機構乗っ取り対策も万全で、定期的な記憶の初期化や最適化も禁止されていません。これにより――」


 ARゲームをする際は専用の機器などを着用し、それを通してAR描画された拡張空間を視るわけだけど……それを直接眼球で視れるようにしてしまうのがAR用手術で市民位アルファでも受ける事が可能……そんなARの内容を常時視れるようにする手術をルクスは両目とも施術済みで出荷されます。


 例えば眠らせてる間にAR用手術を施した子供に今から部屋に出現する大きなクマのぬいぐるみを花束が出るまで銃で撃って下さいと伝えておき……実際は人間を撃ってて花束が描画されるのは心臓にクリーンヒットした時……そんな感じで現実の光景を別物にしたまま過ごさせる事だって可能。


 ルクスは一応、制御側がAR描画をオンオフ出来るけど……AR用手術をした人間は自分が視てる光景が現実のものであると言う保証が無くなるので、片目だけ手術して普段は視界の透明度を下げて過ごすのが一般的……施術前に眼球のバックアップを取っておけば、AR状態を止めたくなった時に交換して元に戻す事は出来ます。


 ぼちぼち本題へ入ろう……家事などの雑用や子供の教育補助、戦闘性能を活かした護衛任務……そんな用途に使われる汎用兵こと人型武装機械兵の市場にアダムがエルフ型アンドロイドで参戦してトップを取り、エルフ兵やエルフメイドとも呼ばれるアダムの製品の代表格となってから、今日こんにちまでずっと独走状態が続いてた……


 そんなアダムのエルフ兵が独占してた市場にアンドロイドでは無く、オリジナルが魔法を使うプロダクターのリデューサーであのネザーソード社が参戦するという突然の情報に、株式市場は騒然……


 だって今は3日後に現行モデルのエルフ兵ケイトから久し振りの大幅アップグレードである『リサ』がリリースされる事が決まってて、その期待に押されアダムの株価は連日上昇中で……新情報とかあればリサのお披露目を待たずに市場が荒れてもおかしくないくらい緊張が高まってる時期だし……


 しかも発表されたルクスの販売価格はケイトと比べて遥かに廉価で、リサはケイトよりも一段と高価になるのは今までの流れから見て必至……アダムのエルフ兵は性能と一緒に価格も上がって来たからね……だからこんな感じの憶測が市場に波及して行きました。


「ルクスの参戦によりアダムのエルフ兵は既存市場から大きく後退……そのまま浮上し無くなるのではという不安に従えばアダムの株価は今が天井値も同然……そう思った一般投資家たちによる怒涛のパニック売りが始まる」


 メリムもすぐ報じる事になったけど、実際ルクス報道直後のアダムの株価の下落っぷりは凄まじかったよ……3日後の話を少しすると、明らかになったリサの販売価格は市場の予想通りケイトを大きく上回ってて、ルクスの方が手軽に購入されると容易に判断出来たもんだから連日ストップ安になってたし……


 アダムの本社があるバルサミアは第四のイーリスの支配域だけど……そのイーリスが底値を見計らってアダムの株を買い漁って持株比率が一時期40%行った始末。


 インサイダー取引の防止としてイーリスたちの金融商品購入には制限があるけど、第四のイーリスは各企業の経営には直接関与してないので経営面も面倒を見る第三のイーリスであるオウカと違って自由度が広い……一番投資家として自由に動けるのが第一のイーリス――エデン……シャピラの内部で活動して無いも同然だからね……


 資産運用はアリスの段階から得意分野だったから制限を掛けないとイーリスたちの投資活動は手が付けられないものになります……というわけでアリスを含め、各イーリスは投資信託事業をしてるし、かなり安全で手堅い預け先として在り続けてます。


 そんな中、第四のイーリスはアダムへの肩入れの仕方に合理性が見い出せない時が多々あり、そうやってアダム株の取引を通してちょっかいを出すのは今に始まった事じゃ無いからネットではこんな感じの声がその日飛び交ってたよ。


「『第四のイーリスの名前』の愛で市場がヤバイ」

「完全に幼馴染がするような可愛い嫌がらせです。ありがとうございます」

「『第四のイーリスの名前の砕けた呼び方』、アダム好き過ぎだろ」


「お前の妹だろ何とかしろアリス」

「もう少し様子見るー」


 最後のはアリスが1つ前でのSNS発言者にそのSNS上に存在しないアリスのアカウントで返信してました……SNSへのシステム介入がある程度許可されてるなら簡単に出来る芸当だね。


 リサは現行モデルのケイトよりも性能が大幅に向上してて、アイダの段階で塔子が分断するのに苦労してた金属ボディもより頑強なものに……ジョイスとケイトもアイダと比べれば一回り上になるボディ強度だったけど……リサのボディは通常のマゼンタソードじゃ歯が立たないし、限界硬度まで上げても無傷で終わりそう……


 だから塔子より限界硬度の低いルクスではリサを両断するどころか斬撃は無効化されるも同然……そんな感じでアダムは素材開発ならネザーソード社より競争力があり新しい培養金属の開発にもひと際熱心で大規模……


 培養金属は人工ダイヤの技術が出来始めた頃と、その後開発された合金と比べても圧倒的に強度を上回るものがニュー・クリア直後だけでも次々と発見されてて、学園の彫刻テストに使われる金属ブロックもかなりの強度の培養金属だよ。


 ロットナー卿一味というかポールも鋼鉄じゃなくて培養金属で躯陽を製造してれば生徒たちに出くわす度に機体ボディがスパスパと切られる事も減ってたんだよね……つまり材料を含め当時の躯陽の設計データをそのまま転送装置で出力してたって事。


 オウカが躯陽を急遽改良した『ブロッサム』の場合は躯陽の設計図にある金属部分を培養金属各種で図面を再構築した上で製造してたから、機体の装甲を断てる生徒が一気に減るよ。


 ルクスが発表された日に戻るけど、アダムの株が投げ売りされると思われた更なる決定的要因としてルクスと一緒に、ルクスが出来るまでに発見された新たな培養金属3種が発表れてたのもある……


 枚南まいなけい枚南まいな魔子まこ枚南まいな塔子とうこの血液中で発見された各金属はネーミング元である天秤座、悪魔、塔から『リビウム』、『デアビウム』、『ルキウム』と命名され……ルクスの制服のスリット部分のチェックがチェス盤の色合いを意識してる事が示すように、ルキウムは縦長の城であり塔にも見えるルークの駒からのネーミング……


 長音が省かれてるけどルクスもルークを複数形っぽくして『ルクスRook's』という名前が付けられたわけで……この時代、スペルと発音が多少なら厳密じゃなくてもいいって風潮が根強くあったりします。


 そしてこの3種の培養金属を一定の配合比率にする事で生まれた合金の強度は凄まじく、これで剣などの刃物を作って振るえばリサのボディだって両断出来る……青い金属であるデアビウムを主に使うんだけど、幾らか紫に寄った深みのある青色の物体が金属の光沢を放つ様は宝石価値を感じてもおかしくないくらい。


 そんな商品価値の高い合金開発に成功したエトワ博士は悪魔と星の分量が多いからひとまず『デモンステラ』と名付け、ネザーソード社内でもっといい名前が付くだろうと思って提出したら……そのまま採用されたんだよね。


 その提出ファイルを見ればスペルが英語のデーモンにラテン語のステラというのが判るけど……発音の際はデーモンの長音部分を省くよう書かれてるわけです。


 アダム株暴落が本格化したのはリサに使われてる培養金属による合金がデモンステラで簡単に切れる事が判明した瞬間からだったね……今まで何とか世界シェア2位の座を維持してたアダムも、遂に培養金属市場でもネザーソード社に追い越されたって事だから……そりゃ、投げ売りしたくもなるよ……


 そんな感じでルクスの誕生はアダムにとって、悪夢を越えた何かだったろうね。


 そろそろ日時を落ち着かせるかな……場面は塔子が天盃酒寿花から和洋折衷なディナーをご馳走された翌日……学園敷地内で塔子がまずジナ先生を出迎える事になってるから、そこからにしよう。


 転送装置を交通的な移動手段として使う為の技術は十分に確立してるけど、ルクスやエルフ兵のような兵器性の高いものが利用する感じで……そもそも転送装置による遠隔移動は複製を作る行為なので、頻繁に利用するんだったら市民位ガンマじゃないと無理があるね。


 というわけで市民位アルファのジナ先生が無人制御で旧態依然性能のジェット機に乗ってラバロンに到着し……乗降口から出て来ると、こう発言します。


「ただ今戻りましタ」


 ジナ先生の服装は恵森清河の昔話時点での数年前と変わって無いからワインレッドの魔女衣装という説明で十分かな……ジナ先生の瞳はやや淡くて透明感のあるアメジストで、その水色の長い髪を後ろに結ってボリュームたっぷりのゆる編みお下げ1本にした髪型なのも相変わらず。


 そう簡単にラバロンを離れる事は無いジナ先生だけど、今回は企業から大口の案件が来たのもあり『遊ぶ金欲しさ』で出向いた感じ……どういう遊びかはこれから話せそうかな……


 少し遅れて先日恵森清河も乗ったあの航空機が上空に現れて……やがて乗降口から白衣の女性――重東和えとわいさみ博士が降りて来て……その白衣の2割は緑色の不定形模様が分布してて、ターコイズに黒を混ぜたような袖なしフォーマルドレスに瑠璃紺色のレザースリッポンと先日の対局中に映像として登場した時と服装が同じ。


 機体からは何名かのルクスたちも降りて来て、何やらコンテナを運び込もうとしてるね……何が入ってるかは塔子も聞かされてたけど、ジナ先生が一歩前に出てエトワ博士に挨拶します。


「お目に掛かれて光栄デス、エトワール。貴方とは――」


 ジナ先生の発言の途中だけど……ここへ来て突然、塔子の様子が臨戦態勢になりました……天盃酒寿花が言ったように普通に考えると塔子とエトワ博士の関係は穏やかなものじゃない……そんな相手が目の前に現れた時に取る行動と言えば――


 ちなみに『エトワール』はエトワ博士のコードネームでラバロン外ではエトワ博士の敬称として定着してる呼び方だよ。

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