第48話 今夜はリデューサーの培養金属和えとか

「……以上が明日、貴方にやって貰いたい事よ」


「博士が……?」

「ジナの帰りに合わせてエトワ博士を招待したのもあるわ……明日は貴方に授業返上で色々とやって貰うから、今の内に身体を休めておきなさい」


 重東和えとわいさみ博士が明日学園に来る――塔子が自室へ向かいながらその事実に思いを巡らせてるとメッセージが受信され、廊下を歩いてた塔子はまたも新たに指定された部屋に入る事に……その部屋が自動的にロックされる頃には映像素子充満空間にある程度のオブジェクトと女性の姿が描画されてたよ。


 その女性はラバロン学園の最上級生にしか着用出来ないゴールドバッジを付けてて高級素材による紫色のシャツの上に真珠のような質感を放つ膝下長さの白いコートを羽織り、履いてるスカートは宇宙写真が赤紫色を帯びたような柄で膝下丈……そんな服装だから、ひと目で最上級生だと判るんだけど……


 そんな説明をしなくても圧倒的過ぎるボリューム感漂う胸の大きさとアメジストという言葉では片づけられない程の深みのある青紫色の中に赤い輝きさえちらつく……そんな『ウルトラアメジスト』の瞳の持ち主何て……天盃てんはい酒寿花すずかしかいないよね。


 そのピンク色の長い髪は癖毛が強くてふわふわで背も高い……そんな天盃酒寿花が塔子に話し掛けます。


「ごきげんよう塔子さま……ここでの音声と映像は残りませんわ。存分にお話致しましょう」


「やっぱり様はいいかなー……」

「ですが先日の騒動を経てしまった今、もうわたしくは貴方さまをそこらの一般生徒と扱う事は到底出来なくなりましたわ……そして今回は商談の話ではございません。この度わたくしがお尋ねしたいのは……」


 ここで次の発言まで少し間が置かれるんだけど……テロ騒動の翌日、天盃酒寿花のような人間にとっては大きな事件が起こったんだよね……


 さて、天盃酒寿花がやや力強い声と表情でこう続けました。


「塔子さま自身の事ですわ」


「あの公開資料見れば、わたし自身の疑問何て無いと思うけどなー……こんなもう使わない金型みたいな存在捕まえて何が聞きたいの?」

「塔子さまの境遇は他の方がご覧になれば只事では無い様に映りますわ。両親の存在し得ない完全人造人間プロダクターであり、姉と言えそうな存在は殆どが実験中に死亡……そして妹たちは塔子さまの与り知らぬ所で量産されては消費される……」


けいちゃんと魔子まこちゃんは当分の間は同じくらい量産されそうだけどー」

「これがれっきとして産まれた人間が実の親族を拉致されて、このような仕打ちを受けた日には……プロジェクトの主導者に抱く感情は1つですわね」


「まぁ市民位ガンマって商品になる事が前提みたいなもんだし」

「否定しませんわ。わたしくどもの会社もそのような前提で優れた人的商品を開発し様々なサービスを提供し発展して来ましたから……それにしても公開された塔子さまの情報ですが……そういう事でしたか」


 さっきの学園長室描画の時と違って今回は元の部屋の景色の大部分を残しつつ天盃酒寿花が映ってて……他に投影されてるのは天盃酒寿花が今いる自室の中にある幾つかの小物のみ……


 そんな感じで天盃酒寿花は何やら溶液が満たされてるビーカーを持ち上げ、さっきの発言の終わり辺りでビーカー内に幾つかの粉末らしきものを加え……今はガラス棒で掻き混ぜてるね。


 一連の光景は今現在、天盃酒寿花が自室で実際に行ってる事を映したもの……だからこれからビーカー内で描画される出来事は、実際に同じものを用意して同じ事をすれば誰もが同様の結果を得られます……で、何が起きたかと言うと……


 ビーカー内で金属が生成され次々と体積を増やして行き……大した時間も経たない内に200ミリリットルのビーカーの縁から続々と溢れ始めました……天盃酒寿花は素手だから零れた金属が素肌を伝ってるけど……それには構わず発言を続けたよ。


「……まさか。塔子さまの血液中に培養金属が存在していただ何て……最初は純粋なヒトの段階から開発が始まりましたのに、今では3種類も……流石はエトワ博士ですわ……」

「わたしが生まれる前に流れたり弾けたりした姉たちの血と肉が報われるよー。わたしの金属は日常生活で培養条件満たす心配無いし、造り物ながら人間生活出来てる感じだなー」


 培養金属――ニュー・クリア後に次々と発見され、それまでの科学の常識を覆しながらも金属の性質を備えた新物質……


 天盃酒寿花がビーカー内で生成したのも培養金属で、これには毒性が無くて皮膚に触れるどころか体内に入り込んでも人体に害を為す事は無いし、反応時に出る成分も安全そのものなので不用意に作っても大丈夫。


 引き続き培養ばいよう金属きんぞくと呼ぶけど、グロースメタルって言われる事もあるよ。

 

 超小型機械である映像素子は液晶ディスプレイで言う液晶パネルに該当し、それを空間内に十分量展開し発色を制御する事で映像を為してるんだけど……その発色の要となる培養金属が今ビーカーから溢れてるもので……見ての通り、特殊な器材や環境を必要とせずに作れます。


 培養金属はこんな風にお手軽に作れるものが多く、設備が乏しくても量産出来る事から復興に必要な機材も大規模な装置も培養金属の存在により現地だけで構築可能となり、復興が軌道に乗る時期を圧倒的に早めてたね……


 そんな培養金属も今では権利関係が整備され争奪戦が起きがちだから、培養金属を作る際にはその辺を確認しといた方がいい……培養条件を維持してれば量産出来てしまうのが培養金属だから国際法もすぐに出来たよ。


 培養金属には有用なものが本当に目立ち、旧来からコンピュータの主要部品に使われてるレアメタルと同じどころか代替性がありながら上位の性質を備えたものが幾つもあって、培養条件が困難なものは実用性に乏しいものになりがちで……


 超電導物質に至っては常温やある程度の高温低温、極端な高温低温と幅広い温度帯を選べる感じ……中には他の培養金属が必要になるものもあるから新しい培養金属が発見されれば結構な騒ぎになる時代です。


 科学者たちから見れば培養金属は頭を抱える存在でもある……何しろ既存の物質を組み合わせたり、混ぜ合わせたりとかしておけばレアメタルとよく似た性質の金属がどんどん生成されて行く上に……元となった物質が変換されるんじゃなくて、新たに培養金属が追加されるという奇想天外っぷり……


 天盃酒寿花が今持ってるビーカー内のものを転送装置で分離すれば、最初に使った粉末の成分が質量そのまま取り出せるし、培養された金属も従来の金属同様に分離が可能……そして一度生成された培養金属はずっと残り続ける……


 そんな非科学的極まりない事がニュー・クリア以降、実際にやってみたら目の前であっさりと起きるようになったんだよね。


 培養金属同士なら他方に変換されたり、片方もしくは両方が消滅したりする組み合わせも判明してるけど……場面を再開すれば天盃酒寿花の発言が始まるんだよね。


「では本題に入らせて頂きますわ……塔子さまはそのような生みの親と言う皮を被った元凶であるエトワ博士を……どう思ってますの? そしてそんな御自身をどのように捉えておいでなのでしょうか? 初めにお伝え致しましたが、ここでの会話と映像は悉く残りません……わたしくの中に留めておきますわ」


 学園型国家ラバロンは国内全ての様子を映像化し学園内は監視体制100%……そこに死角は無い。


 何処で何をしていようと第六のイーリス――リオナに映像も行動に伴う僅かな音声もリアルタイムで筒抜けだし、全ての監視映像と音声は保管されてて……何かがあった時は該当する映像を抽出し、その内容の閲覧を国外から要請されるケースだってある……


 そんなラバロンでプライバシーを確保する方法としてあるのが不都合が起きた映像部分の保管権を買い取る事……買い取った映像は購入者が責任を持って管理し削除した場合は報告義務があり、誰が買い取ったかは記録に残る。


 要するに天盃酒寿花は塔子がこの部屋にいる間の映像と音声を買い取る事で内緒話を実現してる感じです……余程資金に余裕が無いと出来ない力技なので、一般生徒がこれを行う事は無いに等しい……やり方自体なら知ってた塔子は状況を掴めてるね。


 その後、塔子がエトワ博士をどう思ってるかの話は終わり……もう1つの質問の方を塔子が答え始めます。


「まー、わたしは妹たちと違って本来のヒトの寿命くらいだから黙ってあと半世紀は生きられる設計なんだし……そこまで長く生き続ければ人間語っててもいいんじゃないかな」

「ネザーソード社も本当に優秀なリデューサーを持ちましたわね……」

「そのリデューサーのオリジナルがわたし……と言いたいけど、もう最適化されたオリジナルがいるかな?」


「会話を交わせば交わす程……塔子さまは自身が人間であると主張する意欲に乏しいと思えて来ますわ……」

「だって生物兵器だよ、わたし? 兵器なのに学校行って部活までしちゃってる……せっかくだから楽しんでるけど、兵器として活動する事がわたしたちの本質だと思うなー……このままラバロンにいていいなら、好きに過ごすけど」


「とりあえず塔子さまはご自身の在り方に悩まれていたり、嘆きたい事があったりするわけでは無いみたいですわね……」

「不満は無いなぁ……話、まだ続く?」


「いいえ、用件はもう済みましたわ。すっかり引き留めてしまったお詫びに今夜のわたくしのディナーと同じものを塔子さまととうはじめさまもいらっしゃる塔子さまのお部屋に転送致しますので、よければお召し上がりくださいませ」


 天盃酒寿花との会話はそれで終了し塔子が今度こそ自室へ戻ると晩御飯のメニューがセット済みになってて……天盃酒寿花お抱えのシェフによる和洋折衷をコンセプトとした豪華な料理が塔子と茶遠一の晩御飯になりました。


 かなりの量と品数な上にデザートもあると判ってたから1人分の方を選んで茶遠一と半分こ……料理の詳細を言うよりもメニューの中に茶碗蒸しがある事だし……さっき会話に出て来た『リデューサー』の説明を少ししておこうか。


 塔子たちが食べた茶碗蒸しは昔ながらのイタリアンに沿ったアレンジがされてたから具材も地中海の海鮮がふんだんに使われてた感じだけど……説明に使う茶碗蒸しの具材は鶏肉、海老、銀杏、椎茸、三つ葉、かまぼこ、そして茶碗蒸し本体の7種類からなるものとし……


 次にこの茶碗蒸しと完全に同じものを作成……これを完全人造人間プロダクターに見立てます。


 ではこの茶碗蒸しから具材を1つ……鶏肉を取り除くかな……こんな風に『プロダクターが有する成分を取り除いたもの』がリデューサーを理解する足掛かりだね。


 より正確に例えるなら茶碗蒸し本体から卵という成分を取り除き、残したい要素を損なわないように再構築したもの……黄色を残したいなら着色料を使ったり、栄養素を残したいならサプリメントを練り込んだり……それでオリジナルの外見と著しく掛け離れようと見事に保持されてようが、そんなの重視されて無い……


 何よりも追求すべきは『開発前と開発後の主要機能が同一もしくは同一以上である事』……それこそがリデューサ―の理念。


 茶碗蒸しは人体に見立てた物だったので人体に戻して説明を続けようか……今度は人体の部位である骨を取り除いてみよう……人体から骨を取り除くという条件で残したい人体の機能を見事なまでに損なう事無く開発出来れば実際のリデューサーと同じものになり……そのリデューサーは『新しい規格』となります。


 つまりリデューサーは商品開発という過程を必ず経てるし、既存のものから新たな知的財産権を生み出す為に構築されるもの……有用なリデューサーを製品化すれば、その企業の競争力は大いに高まるのでリデューサー開発って企業の間では結構人気がある分野だよ。


 プロダクターである塔子が人間の寿命を全う出来るのに対し、塔子の妹たちは数年程度しか生きられないように作成してあるけど……まさに『人体から寿命を取り除き主要となる性能を保持』した典型的なリデューサーだね。


 ちなみに日夜戦闘行為に明け暮れるくらい酷使してれば、短期間で寿命が1年割り込むけど……任務の時間だけ稼働してればそれでいい……エトワ博士がそう言ってた通りの設計になってます。


 天盃酒寿花が継ぐ事となるグループは広範囲な分野で企業買収を繰り返しては成長を遂げ、その中だけでもリデューサー開発に社運を賭けてた企業が幾つもあったのでそこから具体的な商品を挙げて説明を続けてもいいけど……その辺は実際に登場してからでいいかな……


 晩御飯を終えてからしばらく過ごしてた塔子は言われた通り、比較的早く就寝……翌日の出来事を追って行く前にロットナー卿がテロを起こした次の日にネザーソード社が公表したリデューサーの事でも語っておくかな……


 それは、その日の世界市場を大きく揺るがすには十分過ぎる代物でした――

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