第六章 エピローグ数えて

第47話 つみかさねて大事かな【麻雀回】

 ヴェノス襲撃から何日かが経ったラバロンでの放課後……塔子が麻雀部室で部員たちと打ってるから、その様子を所々見て行こうかな……


 普段はリアル牌で打ってる麻雀部だけど、この日は恵森えもり清河さやかの占拠が長い事続いてた映像素子領域で雀宝じゃんほうを起動……標準ルールだから赤牌1枚ずつで一発もカンドラも裏ドラもあります。


 今だと親番でこんな手の部員がいるね……ドラは3ピンでカンドラが中。


 萬55赤56索345……チー索67赤5ポン東東東。


 東場の親……つまりダブ東があるこの手は既に1万1600点で、6ワン単騎の方をツモれば40符だからオヤ満も見えるね。


 今の巡目は中盤くらい……そして5ワンが捨てられた次の瞬間――


「カン!」


 その緑色のツインドリルヘアが激しく揺れそうなくらい威勢のいい声でそう叫んだ少女の顔を見ると……そこそこ彩度のあるアクアマリンの瞳が今にも輝き出しそうなくらい活き活きしてるね。


 このカンにより更に捲られたカンドラ表示牌は白だったけど、塔子が發をポンしてたからドラ3に……少女の手は結構よかった変則三面張の待ちから、ただの単騎待ちになりました。


 その後、待望と思われるドラの3ピンを引いたので6ワンと入れ替え、ドラ単騎のまま流局したから連荘は出来たけど……


 いつ塔子の發ドラ3に振り込んでもおかしくなかったし、1万1600点の三面張を壊してまで冒すリスクじゃないね。


 それから南場になると、こんな事があったよ……例の少女が南家の時の手牌です。


 索5556999……ポン西明カン北。


 ドラは7ソウでカンドラは1ピン、赤5ワン表示の6ワンという感じで既に2枚開いてて、これらは少女の北ダイミンカンと塔子の中暗カンによるもの……


 そんな中、赤5ソウが捨てられるや例の少女はカンの発声と共に476の待ちを消し飛ばしながら残った6ソウを嶺上牌の1ソウと入れ替えたので、さっきの手が次の形へと変貌……


 索1999……明カン索555赤5ポン西明カン北。


 3枚目のカンドラ表示牌は西だったので北がドラに……晴れて1ソウで和了すれば混一色対々和ドラ4赤1で倍満……


 さっきまで高めだと満貫の50符二翻だった手がカンにより九翻確定にまでなったわけだけど……ここで自分から見てまだ枯れてない南がカンドラ表示牌……つまり西がドラになっても八翻だったから、倍満を期待してカンをやる価値はまぁあった手と言えはするかな……


 ちなみにこの数巡後、親から立直が来たよ。


「わーお……これは振り込んだらドラいっぱい乗りそう……」


 何処か楽しそうな様子と口調でツインドリル少女はそう発言……立直者は次の巡目で7ピンをツモ切ったんだけど……ここで――


「カン」


 落ち着いた声でそう発声したのは恵森清河……そして3人全員が捨ててる牌を切り4回目のカンが成立……4枚目のカンドラは2ピンだったけど……


「あ、流れた」


 塔子が言ったように、これで複数人数でカンが4回あった時に起こる途中流局……四開槓スーカイカンが成立……四槓スーカンながれとも言うけど1人でカンを4回した場合は流れずに続行という話の方が重要かな……


 役満である四槓スーカンの裸単騎聴牌の時以外は流局するんだから、相手が三槓子段階の時にこっちがカンをしてしまえば四槓子になりそうな手を流せるよって事が導ける情報だから……


 こんな風に自らの和了の可能性を狭めてでも積極的にカンして行くのが緑髪の少女と言うか麻雀部部員、北内きたうち桃奈子もなこなのでした。


 服装も紹介すると膝下長さで緑と赤のチェックスカートを履き、上はカーキの前開きコート……これでインナーが黒Tシャツだったらラバロン生徒の初期制服なんだけど……着てるのは胸元部分にピンクのロゴが広がってる白のTシャツ。


 こんなシンプルなシャツでもコートの左胸辺りに付けてるブロンズバッジが無ければ立派な校則違反……北内桃奈子はヴェノスが躯陽くようたちに襲撃された際に自らの魔法を振るい破壊活動を未然に防いでたから、その功績でバッジを取得……


 少し前までペーパーバッジしてたのが嘘のような展開に北内桃奈子は今も半信半疑で……すぐにやらかして剥がれ落ちるだろうと内心思ってるものの、せっかくの私服を着る機会だからと気持ち程度のお洒落に留めてる感じです。


 ちなみに塔子はブロンズバッジのままだけどカッパーバッジ昇格間際までポイントが上がった事を告げられてるよ……バッジのポイント取得状況を生徒が知る事は基本的に出来ないから、地味に異例。


 ラバロンが襲撃を受けたあの日から数日間で色々な事があり……首謀者であるロットナー卿の処刑動画が一定条件を満たす層が閲覧可能になるまで早かったね……他の主要メンバーの処刑動画も近日上がって行きそうな様子もあるけど……


 もう少し四開槓で流れたさっきの場面を続けるかな……立直が不発に終わった親が全ての裏ドラを確認するや、大きな声で叫び出すよ。


「おいおいおいおいおい!」


 雀宝は各局終了時に全ての牌をリアル牌のように触る感じで確認する事も出来るんだけど……とりあえず上下レザージャケットの男性が何故叫んだのか、その手牌を見てみようか。


 萬34567筒44678索234。途中流局。


 表ドラは7ソウ、1ピン、6ワン、北、2ピンだから立直タンヤオ平和ドラ1で四

翻が確定してた手……既に開いてある裏ドラを塔子が読み上げます。


「裏ドラが5ソウ、白、南、1ピン、8ソウ……って、あれ?」


「あぁ……裏ドラが1枚も乗っていない……驚くべき事態では無いが5回連続ハズレだったのかと思うと思わず声が出てしまった……」

「こんなにカン裏あるんだから1枚か2枚乗っててもよさそうなのにぃー」


 最後に北内桃奈子がそう言ったけど男性は白い虎柄のTシャツを着てて、その瞳は金色で長めの髪は朱色……つまり今もヴェノスの収容施設に入れられてるロットナー卿がネットワークを介して雀宝の画面に姿を映し出され、音声を発してたわけです。


 確かに例の処刑動画ではロットナー卿に極刑を施す様が鮮明に映っているけど……対象人物のデータを入れて処刑内容を選べば、そのシミュレーション動画が生成される……そんな遥か何世紀も前からありそうな自動生成ソフトを使えば実際に処刑せずとも何パターンでも作れるんだよね……


 ちなみに被害者や遺族に加害者が死ぬ様をシミュレーションした動画を見せて気持ちの整理を図る希望者のみの制度が結構昔から定着してて……現実と遜色の無いその手の光景を目の当たりにした遺族が抱く感情は個人差激しそう……


 大規模な人的被害をもたらしたであろうテロの首謀者に何の制裁も与えないというのもアレだから先ずは処刑動画を生成して条件付き公開した感じで……ロットナー卿自体は看守の監視を受けながら結構自由な行動を許されてるよ。


 ハッキング能力に長けた犯罪者をネットワーク環境にアクセスさせていいのかという疑問は……何日か前に麻雀部室でこんな会話してたのでそれを紹介……会話に参加

したのは西にしごおり灯花ともか、ロットナー卿、塔子、恵森清河だね。


「それにしてもよくハッキング技能がある方ををこの部のネットワークに招き入れる事が許可されましたねー」

「俺はマシン語わからんから大した事出来んぞ? セキュリティ対策が甘い奴のネットワークに忍び込むだけの初見殺ししか能が無い……しっかり対策されてて、足掛かりとなる最初の侵入が出来なければ、もうお手上げだ……」


「流石に卿ちゃんはそこまで雑魚じゃ無いと思うけど……」

「何とか乗っ取れたスーパーコンピューターに適当なアルゴリズムを渡して、それを複雑化してもらう事で少しはマシな攻撃にして来ただけだ……お前がアジトに突入して来た時はラバロン最高のセキュリティ破りのアイツがやったのかと思ったぞ」


「もしかして……ジナ先生かしら?」

「あぁ、ジナスイーダ・エリエニコフ……俺みたいな半端なのが束になろうとレベル差が圧倒的過ぎて何にもならん……今はラバロン市民として落ち着いているが、この世で一番野放しにしてはいけないハッキング技能持ち筆頭だ」


「ジナ先生がプログラムのテスト問題作った時って平均点一気に下がるって恐れられてる……最上級生の授業も担当してるし……」

「そしてあのテロ当日どころか今日も不在なのか……随分長い事ラバロンを離れて……っとラバロンの内情を探るような会話は無しだったな」


 第三のイーリス――オウカがロットナー卿を拘束する際、無抵抗で投降すれば処罰を軽減すると提案して……その後ロットナー卿は麻雀1試合分という裏で何かしらの工作行為をする十分な時間があったのに麻雀以外の事を一切しなかった……


 これによりロットナー卿の身柄はオウカが責任を持って保護される事になり……やがて自由時間には何がしたいか尋ねられるとロットナー卿がこう言いました。


「雀宝だな……塔子たちとネット対戦してみたいが、俺が言っていい欲は雀宝内での試合を間接的に観戦出来るようにしてもらう事までだろう」


 この時のロットナー卿の様子は学園長も学園内から眺めてたので、この発言を受け学園長は第六のイーリスであるリオナにこう提案します。


「リオナ。あの部屋と我が学園の麻雀部室の間をハッキング対策万全なネットワークで繋げる事って出来るかしら」

「畏まりました。マスター」


 それからリオナがオウカの協力も得てラバロン麻雀部室内とロットナー卿が収容されてる部屋との間に特殊回線を構築するまで直ぐだったし……専用の映像素子まで作り上げてたよ。

 

 こんな感じで収容されてる身でありながらロットナー卿が結構厚遇されてるのは、先日の襲撃でヴェノスにもラバロンにも何の被害も与えてなかったから、国際世論の非難が薄いというのがかなりある……


 それとロットナー卿がテロを仕掛けた日ってロドの一斉起爆事件もあったよね……学校、病院、孤児院などの施設や、危険を承知で駐留してくれた医療従事者……事件直後の段階で死者700名前後と報じられたこの事件の衝撃の方が大きくて、ロットナー卿が起こしたテロ自体知らない人の方が多い。


 そしてニュースに気付いても……ヴェノスとラバロンで何かしようとしたけど何も出来ぬまま返り討ちに遭って全員お縄になった一団という情報だけ聞けば、何ともお間抜けな集団がいたものだという印象になる上に首謀者はもうテロを企て無いと宣言してると来た……


 そんなわけで幾つかの個人サイトで取り上げられてもネタ枠としてしか扱われず、大した事件じゃ無かったという認識が強まり続け……ロットナー卿の所業を目の敵にしてた企業もオウカが直々に保護対象にしてるとあっては国に身柄引き渡し要求を出させる圧力を掛ける気も失せる……


 処刑動画あるんだからもう死んだものと認識してる人も少なく無くてロットナー卿が収容所で気ままに過ごしてる事を知ったところで興味を示さない人がほとんど……そんな感じでロットナー卿は麻雀部の活動時にまるで部員のように麻雀を打ちに来たり試合を観戦出来たりする身分となりました。


 じゃあロットナー卿以外の仲間はどうなったかというと……丁度こんな会話をした日もあったので紹介……喋ってるのはあんじょう雲雀ひばり、ロットナー卿、岩瀬いわせ麻七まななだよ。


「そういえば他のお仲間はどうなったんですかにゃ?」

「まだ決まっていないが……俺みたいにはいかんだろうなぁ……俺が足が付かないように何とかやってる間に皆、世界各国に喧嘩を売り過ぎた……」


「どこの国が処刑するかで取り合いになってるって……聞いたの」

「ケイノスは有価証券やらの金融商品詐欺の被害額だけでとんでも無い上にアイツが斡旋していたマネーロンダリングを利用してた奴らが芋づる式で捕まっているから、その恨みも上乗せだろうな……ポールは粗悪品の武器をバラ撒いて軍事企業からの恨みだけでもヤバそうだ。オリバーはオリジナルのドラッグを作れるくらい薬剤周りの知識がある……だからといって製薬会社がスカウト何て事は……無いだろうなぁ……薬物汚染された奴らの親族たちが処刑を望んでると考えるのが現実的だ。微妙な品質で偽ブランド作りしてたゴードンは……抵抗したから銃殺されてしまった……こんないい服が作れるならもっと早く言って欲しかったよ……」


「犯罪……色々やってたの」

「簡単に足が付いて捕まるだけの犯罪を俺が工作して何年も長引かせていたから本当に世界各地に与えた経済的損失がデカいんだよ……ゴードンの偽ブランドの売上とケイノスの詐欺結果で本当に財政難知らずだったなぁ……俺は主犯と言うにはサポートに回りっぱなしでケイノスの方がリーダーらしい事やっていたと今でも思うが……」


 そんな感じで仲間の行く末を憶測も交えて語るロットナー卿は遠い昔の事を懐かしむかのような雰囲気を漂わせてたね……それじゃあ場面をロットナー卿がカンドラが一切乗らないのを知って叫んでた試合に戻そうか……


 あれから同じ面子で打ち続けてたんだけど……不意にロットナー卿が言うよ。


「しっかし北内、無茶苦茶なカンをする割にはちゃんとメンタンピンを作って来る上に逆転出来る点数もしっかり把握しているようだな。余計なカンで台無しになりがちだがカンが出来ない時が続けばラクな相手じゃ無いぞ……あと恵森、さっき俺に海底牌が来る直後にカンして、俺がツモるはずだった海底牌が王牌に潜り込んで終局させられたのはやられたぞ……裏が乗って親倍だったから猶更なおさら、な……」


「カンが出来るって判るとね……やるしか無いんだ」

「モナはもう少し落ち着いてもいいけど……ずっと九蓮覇くれはに挑んでた時に近くで聞こえる賑やかさのおかげで頑張れていたのもあるのよねぇ……」


「立直後に北内先輩が暗カンしたら部長がドラ3になって北内先輩が振り込んだ時はわたしの事じゃないの一緒に叫んじゃったなぁ」

「あれが望ましいカンの仕方だというのに……不憫だったわ」


「カンする瞬間が最高過ぎて……でも結果まではなかなか最高になってくれない」


 西シャーニュウが無くても連荘というルールがある麻雀の性質上、時間通りに終わるのは難しい時も多々あるから他の部活より多少の時間超過が許されがちの麻雀部だけど……あと半荘1戦打てば従来の終了時刻になりそうだね。


 今日の部活が始まった頃にはいなかった他の麻雀部員たちも、今では全員揃ってるんだけど……西郡灯花が塔子に言うよ。


「塔子ちゃん……最後にリアル卓でやらない? 卿さん、明日は私と打ちましょうね」

「すっかり俺の呼び方は卿で定着したな……思えばアイツらから名前で呼ばれた事は一度も無かっ――」


 ロットナー卿が自らの名前であるクラウディートに基いた呼び方を今までされて来なかった事に気付いてそう言い始めた矢先……まだ映像素子充満空間内にいる塔子の目の前にメッセージの受信を示すウィンドウが表示されました。


 塔子が早速メッセージを開くと部長である恵森清河には、それが学園長からの呼び出しであるという通知が行って塔子が閲覧した方は……指定した場所に来て欲しいという単純な内容だね。


「じゃあわたしはこれでもう帰る……ります」

「おつかれ。トウコ」

「攻めっ気が強くて危なっかしくはあるが、その熱意がこっちまで伝わって来て今日も楽しかったぞ……また明日な、塔子」


 ロットナー卿がそう言うと他の部員たちの言葉も続き……部室を出た塔子が指定された映像素子充満空間の部屋まで来ると、そこには誰もいないものの……入った途端部屋全体に学園長室内の映像を描き出すべく黄緑色の光の線が描画する形状に沿って手前から奥へと流れて行き……


 まるで不透明な溶液の表面からオブジェクトが浮かび上がって来るみたいに対象の輪郭と奥行き感を強調する感じの描画エフェクトだったけど……景色が置き換わり切るまですぐだったから、そんな印象を抱く暇なかったかもね。


 そうして現れた横長直方体の執務机に座るのは、フード部分の両側に突き出た目玉部分の瞳孔が菱形になってるカエルコートを身に着けピンクゴールドの髪をおさげにした肉体年齢8歳の女性にしてラバロンの学園長……放雷ほうらい磨十射まといで、そのストロベリー色の瞳を覗かせながら不敵な様相で佇んでるよ。


 学園長のカエルコートは幾つかあるけど、今着てるのは目が朱色で皮膚が水色……中に着てる黄緑のワンピースはフリル部分がオレンジと夏を意識した装い。


 互いに挨拶を交わし終え、塔子に要件を話し始めた学園長だけど……この内容なら最後の方だけでいいかな……相変わらずの幼女ボイスで学園長がこう言ってます。

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