第46話 終わりの前に現れしもの

「九蓮覇……聴牌ね」

「そういうお前はノーテンか……しっかし、安めの牌さえ来なかったな……とりあえず、その手牌を見せてくれ」

「4ピン掴んでからのドラツモに賭けてツモ切ってたら振り込んでたんだなー……そしたら5200点と積み棒900点だからラスってた……」


 1人だけ伏せる事となった恵森清河の手牌をロットナー卿が確認……九蓮覇の手牌と合わせれば、塔子とロットナー卿のアガリ牌が使い切られてた事が判る……


 ロットナー卿の手牌は以下の通りで、ドラは1ピンだったね。


 萬666筒1123456789。流局。


 高めだと立直一気通貫ドラ2ツモでハネ満だけど、塔子が言ったように安めで出アガっても6100点になるので何処から出ても3着で終わる事が出来た手……ちなみに1ピンは九蓮覇の面子に組み込まれてて4ピンに至ってはその雀頭……残り1枚の4ピンを恵森清河が抑えてる間に7ピンが暗刻になった感じでした。


 トップ目の点数に届いてない九蓮覇が聴牌したから南4局4本場が始まるわけだけど……ここで例の霧が晴れ始めたというのに、音がしない。


 やがて現れたのは仄暗い場所……床自身が光源となるかのように明かりを灯してるものの光源の分布が点在程度なので所々で多少の広さの円形部分を描いてて……松明で照らされてるみたいに明るさ具合が若干不安定で暗闇部分の方が多く、比較的明るい雀卓からやや離れた所には大きな彫像らしきものがあり、光源を多めに得てるね。


 床には模様らしきものがあるけど……これが異なるタイルを幾つも敷き詰めて織り成したモザイク方式なのか、床全体で1枚の絵を描いたものなのか判断するには見えてる部分が少な過ぎる……おかげでここが屋内なのか屋外なのか定まりません。


 点棒状況だけど東家の九蓮覇が4万7600点、南家のロットナー卿が7000点西家の恵森清河が5万800点、北家の塔子が1万2600点で立直棒が2本積まれてる状況……


 塔子がある程度打牌してると何処からか鐘の音が聞こえて来て、その荘厳な音色から大きく分厚い鐘なのだと想像出来そうだけど……だったらここは屋外なのかと結論付けようにも鐘の音は壁に反響したような響き具合にも聞こえるから、屋内の可能性もある……


 そんな音色が時折響く、南4局4本場の塔子の配牌は……こうなってるね。


 萬19筒4索45668877白發。ツモ索8。ドラは筒8。


 塔子は白、發、4ピン、1ワンと切って行き……白をツモ切った5巡目の手牌。


 萬9索455666888777。


 そんな時、ロットナー卿が7ソウを切ったのを見て……塔子は心の中で、こう呟きます。


「最後はアガって終わらせたいけど、鳴いた清一色は満貫止まり……このままタンヤオ維持ならハネ満だけど更に二翻増やすなら……こうだね」


 程なく塔子はカンと発声。


 暫くして8ソウも暗カンするけど……とりあえず大体その間にフィールドで起きた事に注目しようか……床は着彩部分込みで色褪せた壁画のような質感と認識するのが有力で、壁画と考えるなら、その色の種類は実に豊富で何か複雑な形状を描いてるのかもしれない……


 となると雀卓付近にある何の色も塗らずに元のくすんだ石をそのまま彫刻した単色同然の像はその大きさだけでも目を引くのに、床とは正反対の見た目だから異様なまでに目立つ事になるね。


 彫像の背丈は高さを含めた広さが大聖堂くらいある建物の天井まで届く感じで……そんな彫像というか石像のポーズは犬とかが眠る際に体を丸めてる感じに近い。


 何か哺乳類の話になったけど石像の表面は鱗と思えるもので覆われてて……その鱗が爬虫類と魚類、どちらのものかは定かじゃない……石像が照明に恵まれてると言っても、ぼんやりと照らされ光源が明滅してる感じだし……


 石像の脚が何本かはさておき四足歩行動物の形状をベースにした感じと言う見方は正しそうだね……翼なのかヒレなのか……広げればそんな形状になりそうな部位が幾つも折り畳まれてます。


 そんな石像の様子だけど……その話は少し後にするとして塔子の様子の続きと行こう……あれから塔子の手牌はこうなりました。ドラは8ピンだったね。


 索2455……ポン索666暗カン索8明カン索7。


 この巡目に塔子がツモって来たのは6ソウ……カンをすれば三槓サンカンという二翻役が確定し、既にタンヤオ清一色だから倍満確定の手に……何処から出ても3着のままだけど例え3位確定アガリでもこんな大物手が最後なら、いい締め括りかな……


 というわけで塔子がポンしていた6ソウに更なる6ソウを加えると……ロンという音声が静かに響き渡ります……とりあえず和了者の手牌はこうだね。


 萬11888筒345索45東東東。ロン索6。


「ダメかー……にしても50符二翻……」

「親だと4800点……二翻の点数とは思えんな。4本場だから更に1200点あるが」


 塔子が落胆と脱力を織り交ぜたような様子で言葉を吐き出し、ロットナー卿は塔子が振り込んだ点数が6000点になる事を言及……今だと和了者には更に立直棒2本入るから8000点……そんな感じでロンをしたのは東家である九蓮覇でした。


 これで点棒状況を多い順に並べると九蓮覇5万5600点、恵森清河5万800点ロットナー卿7000点、塔子6600点……親がアガって逆転したから、ここで終わるのが一般的だけど……それについて恵森清河が呟くよ。


「アガリ止めなしだから、まだ続くのよね……5本場で4800点差なら……」

「目指すは3900点以上だから三翻が条件になる……ますね」


 そんな会話の後の南4局5本場の6巡目……恵森清河が声は普通だけど力強い声でこう言いました。


「これで終わりなさい、九蓮覇……立直よ」


 恵森清河の手は出て40符の立直ドラ2……早い巡目だから全員オリさせてツモを狙えればと立直した感じかな。


 既にフィールドは淡い色合いたちが流れるように漂う混濁した空間に戻ってるけど……途中だった石像の話をまだ塔子が清一色を目指し始めた辺りから再開……


 何かの生き物のような形状の大きな石像が仄暗い空間の中で照らされる中……今まである程度の頻度しか無かった鐘の音が突然、絶える間も無く響き渡るようになって

音量も徐々に大きくなって行き……頭の中に響き渡って反響さえしそうなくらい騒がしくなった矢先、その音も不自然なタイミングで無音になり……


 やがてそこそこの音量で聞こえて来たのは生物的ではあるけど何の動物のものかは判断し兼ねる、奇妙な鳴き声……程なく体を丸めた形状の石像がおもむろにその体を開き始め……遂には腹を下にした体勢になるんだけど……


 その間、単色同然だった石像表面の質感が次第に変化し始め……金属的な印象を強く受けるようになった頃にはある程度の透明度まで得てて、その身に湛える主な色は鮮やかなセルリアンブルー……


 胴体の前方と思われる場所に幾つもある眼球のようなドーム状の膨らみ部分は強いウルトラマリンで、その質感は鈍い光沢を放つ透明度の無いもの……ヒレとも翼とも結論の出ない部位はライムグリーンを基調とし、他の部分より一層透明度がある上に強めに発光してて……


 体の至る所では脈動するかのような明滅具合で紫色の模様がかなりの面積比で現れその複雑さと全体に与える色合いにより、奇怪というか不可解な印象を放ってる。


 動き始めるや腹が下の体勢になった石像だけど……今や下部分は全て地面から離れてるし、体を展開すると空中に浮かんだ状態になったと言うのが端的な説明かな……四足歩行動物がこの体勢になれば脚が垂れ下がりそうだけど、脚らしき部位は見当たらないから常に空中にいる生物の可能性も見たいかな。


 石像だったものの全身からは紫模様が浮かび上がっては消え、今や見事に広がった幾つもある大きなヒレか翼みたいな部位は発光してるわけだけど……それらの要素をある程度披露した頃にはライムグリーン部分を音もなく動かし始め……やがて全体的に緩やかな動きで上空へと飛び去って行きました、と言いたいけど……


 その様は水中生物が泳ぐような動きとも取れる感じだったんだよね……意外と長く伸びた尾の部分はライムグリーンの部位が結構密集してて、ワニとオタマジャクシの間くらいの形状だったし……


 そんな風に石像だった何かが音も立てずにヒレか翼らしき部分と尾をはためかせながら、何処か遠くを目指して行く光景が見えて来たところで……鐘の音がやや大きめに鳴り始め、響き渡る音が鳴り止みそうな頃に辺り一帯は淡い色が入り乱れ、見てて濃厚ささえ感じるような霧の群れに覆われていました。


 それじゃあ南4局5本場に戻ろう……最後の牌が切られた頃、まず恵森清河がこう呟いたよ。


「あと一歩……果たして、そう言えるのかしら」

「ドラが雀頭で立直出来たのはいいが……不発に終わったか」


「ダマツモだと積み棒込みで子から1500点、親から2500点で届くけど……役無しで出アガリ出来ない手だから出て5200点が確定する立直かなぁ……と言うかさっきの牌チー出来てればわたし聴牌出来てたのに卿ちゃんにポンされたー」

「あのポンで苦しいシャンポンが解消され両面が2組残ったんだが……あの巡目では遅過ぎたのか間に合わなかったな……」


 恵森清河の立直は不発に終わったし……出て40符、ツモって30符の形だったという情報で十分かな……ここはさっきの塔子の手牌を振り返っとこう。


 索2455……ポン索666暗カン索8明カン索7。


 ここで6ソウを加槓しようとしたら槍槓され、例えカンが成立してても嶺上牌は4ワンだった……そんな6ソウのカンが出来てたら、手牌はこうなってたんだよね。


 索2455……明カン索6暗カン索8明カン索7。


 数字が大きい順に牌を並べると……8ソウ4枚、7ソウ4枚、6ソウ4枚、5ソウ2枚、4ソウ1枚、2ソウ1枚……全部合計すると『100』――


 でも合計100以上か丁度かで扱いが分かれる上にそもそも索子の時点で関係無いんだし、言及するには及ばないかな……


 さて、オーラスで親が聴牌しないまま流局したんだから……試合終了だね。


 終了時に立直棒があった場合、雀宝だとトップのものになるけど……今回のルールでは最後まで残った立直棒は取り残されたまま精算されます。


 では点棒状況……トップは九蓮覇で5万4600点、恵森清河は5万2800点で2着、ロットナー卿が6000点で3位、塔子が5600点でラス……まずはトップ以外の3者の点数を原点3万で精算するから……


 恵森清河22.8、ロットナー卿△24、塔子△24.4……これら合計を0にする点数が九蓮覇の点数になるから……こうだね。


 九蓮覇25.6、恵森清河22.8、ロットナー卿△24、塔子△24.4。


 こんな風に立直棒を回収しなくても精算時には入る結果になるから、最後まで残った立直棒はトップ取りにする合理性が強いかな……


 2人プラスなので順位点は1位に8、2位に4、3位にマイナス4、4位にマイナス8となるので……これが今回の試合結果です。


 九蓮覇33.6、恵森清河26.8、ロットナー卿△28、塔子△32.4。


 以上が今まで恵森清河が九蓮覇とのボス戦対局で挑んで来たルール……本番は半荘が終わる毎に精算を行い、得て来た合計点がその段階での継続条件を満たしてなければそこで退場……半荘12回目まで打てた上での総合得点が九蓮覇を上回っていればクリアとなります。 


 さて、景気付けの単発勝負に勝てなかった恵森清河は体全体を脱力させながら大きな溜め息を吐いてて……不意に呟きます。


「少しだけ……勝負をお預けにしてみようかしら」


 そう発言した途端、対局前からずっと険しさを宿していた恵森清河の表情が急激に緩んで行き……その様を例えるなら、荒れるばかりだった空模様に晴れ間が広がって行く感じがよさそう……そんな恵森清河は更に発言を続けるけど……腹の底から力を込めて出してたような声の力強さが失われ、穏やかで可愛らしささえ漂う口調だね。


「ねぇ、トウコ……学園に戻ったら……何したい? ずっと他の部員達に任せっきりだったから……トウコに構ってあげたいんだけど……」


 突然そんな甘い声で話し掛けられたから塔子は少しの間だけ面を喰らってたけど……程なく塔子は恵森清河に笑顔を向け……こう言ったよ。


「部長と皆で……麻雀打ちたい」


 その言葉を受けて恵森清河の表情は更に柔らかいものになって……塔子の発言が尚も続くや恵森清河と会話します。


「あ、です」

「ルール……どうする?」


「部活ルールで」

「赤ありかぁ……思いっ切り打つのは久しぶりだなぁ。九蓮覇に挑んでから……東風すらやってなかったし」


 そんな光景を見て、傍に近付いて来てたミーアがロットナー卿に言います。


「何だか……ハッピーエンドを眺めてる気分になりますねー」

「俺はこれからバッドエンドだがな」


「あ、もう拘束していいのかな? 一連のテロ首謀者であるクラウディート・アーベル・フォン・ロットナー。確保しました」


 唯一残った塔子の大体妹がそう言ったけど、この部屋の中の今までの様子……麻雀の試合内容とかが広報三人娘のチャンネルでライブ配信されてた事は言ったけど……その視聴者数が何だか結構凄い事になってたりします。


 そんな配信も閉じられた後の出来事は……ロットナー卿の護送用と塔子たちを地上へ送る潜水艇が1隻ずつ迎えに来て……ロットナー卿は抵抗どころか出現したメリムの取材に雑談でもするかのように答えてて……


 塔子たちは特に目立った会話も無く地上まで辿り着き、潜水艇から出てすぐの場所に待機してた茶遠さとうはじめ西郡にしごおり灯花ともか北内きたうち桃奈子もなこ岩瀬いわせ麻七まななら4名に出迎えられ……その様子を少し離れた映像素子領域にいるアリスが眺めてたくらいだね。


 誕生時は高水準だったアリスの性能も今や安上がりのスーパーコンピューター程度になってしまうんだけど……そんなアリスは自らがアクセス出来たインターネットを始めとする、あらゆるネットワーク内を巡回しては情報を得る日々を過ごしてます。


 入り込まれるのが嫌なら簡単に遮断出来るし、その防壁をアリスは突破出来ないと考えていい……基本的にアリスはアクセス権限が最下層同然で、映像素子領域に突然現れはするけど、その場所も各イーリスが事前に許可済みの場所に限定されるよ。


 アリスの性能を驚異的に向上させたのがイーリスなのでアリスが出来る大掛かりな事はイーリスが瞬時に何度でも出来る感じ……言ってしまえば、やる事が無いアリスは気ままな隠居生活を送ってるようなもんだし……


 この日はもう特に何も起きなかったけど、明日以降は何かとあります……具体的にはロットナー卿の処刑動画が条件付き閲覧状態で公開されてたね。

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