第45話 勝敗の色は混濁と

 麻雀で三色と言えば三色同順……これって厳密には間違いになるけど、その認識で支障無いくらい三色同順は一般的……もう1つの三色も二翻役だけど、存在を忘れそうになるくらい影が薄い。


 それじゃ南2局2本場の14巡目で塔子が5ピンを切った事で明らかになった恵森清河の手牌を見てみようか……ドラは4ピンで一発は無しだったよね。


 萬333筒3335678索333。ロン筒5。


 これがもう1つの三色、三色サンショク同刻ドウコウ……三色同順が3種類の牌で同じ並びの順子を揃えるのに対し、三色同刻は3種類の牌で同じ数字の刻子を揃える役で……


 槓子が混ざってても成立するけど、面前で平和と複合する三色や役牌の魅力に押されて狙う機会に乏しく、たくさん鳴いてた場合はこっちの方の三色を狙ってるのが判るから更に和了し辛くなる……今回だと三暗刻と複合してるね。


 というわけで恵森清河は既にロンの発声を終えてて、こう続けてるよ。


「立直タンヤオ三色三暗刻……起死回生の立直のようだったけど……こうなったからには沈んでもらうわ、トウコ」

「う、あ……あ……」


 七対子の聴牌を崩さずにドラをツモった時に立直してればハネ満ツモだったという後悔と確定倍満立直の直後に親ハネに振り込んだ事実による衝撃……それらが心の中で入り乱れてはせめぎ合った末に塔子の口から僅かに出て来たうめき声は、その心境を物語るかのように苦しそうに響いてて……


 そんな塔子を見たロットナー卿が塔子に手牌の公開を促し、塔子は何か大きなものを失ったような表情が抜けぬまま幾らかの間、呆然……やがてロットナー卿の発言に応え、こう呟きながら手牌を見せます。


「あ、うん……」


 塔子の手牌はこうだったね。


 萬222筒44999東東中中中。ドラは4ピン。


「ツモり四暗刻か……しっかし、こうなると酷いな競技ルール」


 ロットナー卿がそう言ったけど、これで点棒状況は東家の恵森清河が6万2000点、南家の塔子がマイナス9500点、西家の九蓮覇が4万4400点、北家のロットナー卿が2万3100点……飛びルールを採用してれば、このまま恵森清河のトップで終局するんだけど……


 恵森清河が今にも溜め息を吐き出しそうな顔でこう呟きます。


「……このままアタシのトップで終わらずに続行なのよねー」


「て、聴牌しても立直出来ない……」

「流石のお前も、この事態には応えるようだな……」


 誰かの点棒状況がマイナスになる箱点が起きた段階で、例え半荘戦だろうと東場で終了する……そんな飛びルールは広く採用されてるけど競技ルールだと箱点になっても続行だから、今回は飛び無しルール……デフォルト設定だと雀宝は飛び有りなんだけどねー……


 南2局3本場が始まり、未だに塔子からはショックの色が褪せて無くて……流局時には何とか恵森清河と一緒に聴牌……塔子は手牌を見ながら溜め息交じりに、こう言います。


「立直出来てればロン……出来てたのになぁ」


 そんな塔子の手牌はこちら……ドラは1ソウ。


 萬77筒345567索11123。


「アタシも結構前から張ってたけど……振り込まなかったみたいね」


 そう言った恵森清河の手牌はこちら。


 索2333567……ポン北北北ポン南南南。


「俺もそろそろ浮上しないとな。もう親番が無いのが痛いが……」


 そして南2局4本場……比較的早い巡目で塔子が発声します。


「ツモ」

「あら」

「お、アガったか」


 悪形だらけの配牌が次々と埋まって行き、その勢いのまま塔子は以下の手を面前でツモ和了……ドラは6ソウ。


 萬11999筒79索123789。ツモ筒8。


 ツモと純チャンで四翻、副底20符に老頭牌の暗刻8符にカンチャン待ちの2符とツモの2符……合計32符なので切り上がって40符だから満貫……4本場なので子から2400点、親から4400点……つまりマイナス8000点だった塔子の点数はこの和了で1200点となりました。


 そんな状況になった中、塔子が口をおもむろに動かし始め……


「……これで」


 やや強めの口調でこう続け、呟きます。


「立直が出来る」


 南3局となったので、蒸気と歯車のフィールドは穏やかとは言い切れそうにない、妙な雰囲気の植物たちに囲まれた花園紛いのフィールドへ……そんな南3局0本場の点棒状況だけど東家の塔子が1200点、南家の九蓮覇が4万500点、西家のロットナー卿が1万9200点、北家の恵森清河が5万9100点。


 南3局の様子はちょっと駆け足で見て行こう……南3局0本場の塔子がロットナー卿に向けて発言。


「ロン! 中ドラ1!」

「二副露相手に甘かったか……ここで2900点は結構痛いが、ホンイツじゃなかったのは、まだいい方だな」


 南3局1本場。塔子はカンチャン待ちながらも待望の立直をして……


「ツモ! タンヤオ一盃口ドラ1!」

「1本場だから30符四翻でも4000点オールだな。これで俺がラス目か……」


 続く南3局2本場の点棒状況は東家の塔子が1万6100点、南家の九蓮覇が3万6500点、西家のロットナー卿が1万2300点、北家の恵森清河が5万5100点……さて、三副露してた塔子が叫ぶよ。


「ツモ! 南ホンイツ!」

「お、34変則待ちで単騎の方をツモって40符になったか。親の2600点オールは美味しいよな」


 ロットナー卿が言った親の40符三翻ツモの点数に2本場の分も加わり2800点オールだね……ところで塔子の手牌はこうだったけど……ドラは2ワン。


 筒3555……チー筒768チー筒234ポン南南南。ツモ筒3。


 5ピン暗刻の4符、南明刻の4符、単騎待ちの2符にツモの2符……副底の20符と合わせて32符だから40符になった……ここでちょっと違う手牌を例に挙げます。


 筒2355……チー筒768チー筒234ポン南南南。ツモ筒1。


 これだと符が南明刻の4符だけなので、例えツモ符が付いても26符の30符止まりの手に……親の30符三翻は2000点オールだったね。


 こんな感じで、鳴いたからどうせ30符と思わずにちゃんと符計算してれば点棒が僅差状況の時、30符の手を40符の手に仕上げて逆転を狙う何て芸当も出来るね……ちなみに塔子が4ピンをツモってた場合……


 筒3555……チー筒768チー筒234ポン南南南。ツモ筒4。


 5ピンは暗刻ではなく雀頭になるので28符で30符止まり……つまり3ピンの高めツモだったわけです。


 さて南3局3本場の点棒状況は東家の塔子が2万4500点、南家の九蓮覇が3万3700点、西家のロットナー卿が9500点、北家の恵森清河が5万2300点。


 今回塔子の手は序盤と言うには怪しい巡目でこうなりました……ドラは4ソウ。


 萬2278筒678索34678西。ツモ萬6。


 確定三色のメンタンピンドラ1で切るのは4枚目の西……ツモアガリしても裏ドラが無いので跳満止まりだけど……少し前まで塔子がマイナス9500点だったのを考えると2着に浮上出来るのは大変喜ばしい展開だね。


 立直も成立し、次のツモが楽しみな状況で最初に引いて来たのは3ワンだったので塔子がツモ切ると……


「お、ここで九蓮覇とやらが七対子をロンか……ん? 既にドラが対子?」

「これからって時に……2枚切れの3ワンに当たったのね……」

「え、え? えーと……子の七対子ドラ2で3本場だから……7300点!」


 思わず裏返った声で自分が支払う点数を高らかに発した塔子……この放銃で南4局になったのでフィールドは様々な形状と大きさで浮遊する島が散見され、その上を大きな鳥や不可思議な形状の生物らしき存在が飛び交う空の上へと変化しました。


 この半荘も遂に南4局0本場……点棒状況は東家の九蓮覇が4万2000点、南家のロットナー卿が9500点、西家の恵森清河が5万2300点、北家の塔子が1万6200点。


 今回のルールだとオーラスは連荘出来る親が流れるまで続き、西入は無いので点数に関係なく終わるけど……とりあえずロットナー卿の配牌を見てみようか……ドラは6ソウ。


 萬345索666筒2345678。ツモ北。


 これを見てロットナー卿は北をツモ切り……威勢のある声でこう叫びます。


「どうやら最後は俺が鮮やかに終わらせるみたいだな……ダブル立直だ!」


「なっ!」

「は、はやい!」


 西家の恵森清河は現物を切り、塔子も同じ牌があるので切ろうとするけど……そこで塔子が呟きます……ちなみに九蓮覇が切ったのは北だよ。


「北を切るけど……立直があったから、流れない……?」

「お、確かにそれは気になるな」


 意気揚々気味だったロットナー卿は塔子に話し掛ける際の落ち着いた口調へと戻りそう言ったけど、既に塔子は北を切ってて……その結果を恵森清河が言います。


「四風連打……流局ね」

「つまり立直は関係無かったという事か……何処から出ても3位止まりの手ではあったが……アガれなかったのは、無念だな……」


「そういえばフィールドが……何か」


 こんな感じで四風連打だけでなく、途中流局は立直があろうと成立します。


 ロットナー卿が目に見えて残念な表情で発言する中、塔子が言及したし……ほんの少し前にロットナー卿が北を切った直後の出来事にも触れておこう……


 この空の上では気ままな強弱加減で風が吹いてるんだけど……急にその音が不自然なタイミングで途切れると、風どころか時折響いてた大きな鳥が放つ鳴き声など……そんな音の一切が聞こえなくなりました……今まで動いていたものは何も変わらずに動いてるのに……


 ある程度だけ無音の時間が続くと、そこに穴でも開いて零れ出すかのようにフィールドの中央から大量の雲が緩やか気味な速さで広がり始め……重たそうな雲の群れは乳白色という言葉で片付けるには至る所で様々な色味を帯びてて、既存の景色を徐々に塗り潰すかのように飲み込んで行きました。


 ここで場面を塔子がそんな異変を見て発言した頃に戻すけど……今や雲の広がりは雀卓にまで及んでるね……そんな中、ロットナー卿が発言します。


「オーラス最初の局で誰かが立直するか親の聴牌込みで流局した場合、このオーラス専用フィールドに切り替わるんだが……作り込みが一層際立っているから、余裕がある時に辺りを見渡すのもありだな」


「雀卓周辺の視界は確保されてるけど……他は全く見えないわね……濃い霧か何かに包み込まれたような……何て言えばいいのかしら……」


 恵森清河が困惑気味にそう言ってるけど、包み込まれれば全てを覆い尽くさんばかりの厚さを誇る霧状の空間は牛乳を彷彿とさせる白さと雰囲気を湛えながらも様々な色が混在し、撹拌されるように移ろう淡い色の群れは局所的に彩度が高くなったかと思えば何やら像のようなものを結ぶ時さえあって……


 今だと塔子の傍に人影らしき像が見えるけど……そんな中、ロットナー卿が発言。


「その幻は一応触れるぞ。どんな幻が出るかのアルゴリズムがかなり複雑で気が向いた時にでも見渡してみるのもいいな」


 既に塔子は目の前の人影に手を伸ばし……手の干渉を受けて像が崩れたので更に手を揺らし……掻き消されるように像が霧散したのを見て、塔子は呟きます。


「あー……幻が出る度、接触判定が付与される感じかー……」


 その頃、ミーアの傍にいる少女の背後には人の背丈程もある紫色の瞳が塔子たちの方を見てて……その縦長瞳孔周囲の霧は若干薄いから目玉の主の皮膚の部分も見え隠れしてるけど……赤紫が黒同然になった色だからその表皮が鱗だったとして、それが乾燥したものなのか湿ったものなのか判断に苦しむ質感……


 そんな眼球の出現に誰も気付く事の無いまま、その大きな瞳は閉じられ……様々な淡い色が緩やかに流れる淡く混濁した雲がその場を閉ざして行きました。


 基本的には淡くて何処を見ても何かしらの色味の乗った、ぼんやりとした色合いの空間が広がる中、南4局1本場が開始……恵森清河が三副露するも流局し、九蓮覇と2人聴牌しただけだったから、その時にあったフィールドに対する周囲の反応を並べとこうかな……


「あれ? 何か音が……」

「霧が、晴れて行く……?」


 塔子と恵森清河がそう呟く中、淡い色たちが蠢く乳白色気味の霧が静かなペースで薄くなり始め……霧が噴き出して以来、音の無かったフィールドから何かが緩やかに沸騰する音が聞こえて来て……霧が完全に晴れた頃にはやや広めの部屋が現れ、部屋の中央には大きな窯があるんだけど……


 その周囲には魔導師みたいなローブを羽織った骸骨がいて、簡素で魔法使いらしい服装の少女に煮え滾る大窯の中を掻き回す指示を与えてるような光景が広がっていました。


 この部屋が出現してる間は窯の中身が控えめに沸騰する音が聞こえ続けるわけだけど……南4局1本場が終わっても同じ光景が続いてるので南4局2本場の様子を見て行くかな……


 白に続き南をポン出来た恵森清河の手牌にはドラが1枚あり……そんな時、ずっと大窯の方に視線を注いでた魔法使いたちが急に塔子たちの存在に気付いたかのように振り向いて来て……そこで例の霧が大量に現れるや忽ち大窯部屋の光景を埋め尽くし最初の乳白色気味の霧空間に戻ったりするんだけど……


 対局の方に目を向けると、まだ二副露だから間に合うかと思ったのか、塔子が恵森清河のロン牌である4ソウを切ってて……これでトップのまま終局するんだから恵森清河の発声はいつにも増して力強かったね。


「ロン! 白南ドラ1! これで……」

「3900点に600点足して、4500点なんだよね……あ、ですよね」


 そう言いながら手牌を倒そうとした恵森清河だけど……その操作が受け付けられ無い事に困惑するいとまも無いまま他家の手牌が倒され……状況を把握したロットナー卿が呟くよ。


「まぁ……競技じゃなくても試合続行になってたな」


 競技ルールはダブロン不採用の頭ハネ……つまり西家の恵森清河が北家の塔子からロンした際に東家の九蓮覇か南家のロットナー卿がロン出来るなら、優先されるのはそっちのロン……さっきの4ソウで九蓮覇もアガれてたので、次の手だけが有効となります……ドラは8ピン。


 萬123筒99索23789……ポン中中中。ロン索4。


「これが頭ハネかー……あ、また風景が変わり始めた」

「雨の音がするわね……何だかアタシの心境を表された気分だわ……」

「このフィールドは一言で言えば、気まぐれ……なんだよな」


 この会話が終わる頃には淡くて色取り取りに混濁した濃霧に閉ざされた空間が不意に晴れて行き……そこに広がってたのは鬱蒼とした森……灰色の雲で覆い尽くされた空からは雨が降り注ぎ、雨脚の強弱の変化は慌ただしいけど雨の音が絶えず聞こえてて、群れを成す枝葉たちは葉音も立てずに大きく揺さ振られてるね……


 そんな嵐と認識したくなる様相になりがちな森の中には木造の小屋があり、窓はあるけど中は結構薄暗さが目に付き、時折落ちる雷に照らされた際は部屋全体が妙に明るくなる……でも落雷時の音は無くて、ずっと吹いてる風の音も一切聞こえ無い……雨だけが常に物理演算結果に忠実な音色を荒々しく奏でてる。


 塔子たちがいる雀卓は小屋の中にあり、室内がよく見える開けた場所に配置されてるのはさっきの大窯部屋と同じで……雀卓とその周囲だけは十分な明るさがあり、プレイヤーの背後辺りから薄暗い感じだね……


 そんなフィールドで始まった南4局3本場の点棒状況は……


 東家の九蓮覇が4万6600点、南家のロットナー卿が7000点、西家の恵森清河が5万3800点、北家の塔子が1万2600点……例え九蓮覇に跳満を直撃しても3位のままの塔子が諦めの色を見せずに麻雀を打とうとしてるみたいなので、その様子を……塔子の配牌はこうでした……ドラは1ピン。


 萬399筒1233索35東北白發。ツモ索8。


 まず塔子は東を切り、2巡目で塔子の風牌である北をツモったけど……既に2枚切れなのでツモ切り……3巡目で9ソウをツモったので更に北を切って……4巡目で1ワンをツモって5ソウを切った後の5巡目の塔子の手牌。


 萬1399筒1233索389白發。ツモ筒2。


 既にチャンタの要牌しか手牌に無い中、塔子が切ったのは3ソウ……ここまで来ると以下の最終形が見えるね……


 萬12399筒112233索789。


 純チャン一盃口ドラ2……それが確定するカンチャン待ち2ワンで立直してツモれば倍満が和了出来る……そうなっても塔子は2着目の九蓮覇とは3万4000点差なので3着のままだけど……最後に高くて華々しい手役を和了したのなら、試合の締め括りには持って来いではあるかな。


 そんな可能性を秘めた手牌の6巡目のツモは1ワン……そこから白を切った7巡目の塔子の手牌がこちら。


 萬11399筒12233索89發。ツモ萬2。ドラは筒1。


 イーシャンテンになったので1ワンを切るんだけど……次に何を引いて聴牌するかが本当に重要で、最悪なのがこんな風になる4ピンをツモった時……


 萬12399筒122334索89。


 出アガリだと40符2600点の立直ドラ1……純チャンも一盃口も付かないから一気に安くなってしまう……だからドラの1ピンを引いて純チャンと一盃口を確定させた上で立直したいけど……そんな中、ロットナー卿が叫びます。


「最後はアガってラスともおさらばして……終わらせたいな。立直だ!」


 塔子の浮き牌である發は2枚切れだから1巡は凌げそうだけど……ロットナー卿の捨牌は以下の通り……ツモ切り牌なしで、まだ誰も鳴いてません。


 西、北、萬2、索1、索2、白、索7、萬5で立直。


 そして8巡目の塔子の手牌はこうなりました……


 萬12399筒12233索89發。ツモ索7。


 立直して4ピンが出てしまうと立直平和ドラ1の3900点で4ソウをツモっても子から1300点、親から2600点で満貫にすらならない……3本場なので厳密にはロンしたら4800点、ツモで子から1600点、親から2900点だけど……


 平和のツモには2符が付かないから副底のみの20符になる……それを思い知らされる手と言えるね。


 それでもドラの1ピンが出れば純チャン一盃口平和ドラ2……7翻なので立直を掛けるかダマでツモれば倍満になる……2枚切れの發が当たるのは国士無双を除けば、単騎待ちの時しか無いから安全度は高くなりがちで、実際通りました……そんな發を切る際の塔子の心の中の呟きはこんな感じだったよ。


「……そっか。一発裏ドラありだったら、こういう時に立直して三倍満になる時があるんだ……でもこの試合に一発と裏ドラは無い……」


 立直純チャン一盃口平和ドラ2で八翻あるから一発ツモ裏ドラ1もしくは一発ロン裏ドラ2で三倍満に届いた手……


 ここで塔子が三倍満をツモった時の点棒状況は親の九蓮覇が3万4300点、南家のロットナー卿が700点で、西家の恵森清河が4万7500点、北家の塔子が3万7500点……塔子が2着に浮上して終わる事になる。


 ただし今回のルールだと立直純チャン一盃口平和ドラ2ツモの九翻に海底が付いても十翻の倍満止まりが最大なので三倍満は絶対に成り得ない……そんな状況を塔子は理解してるようで今から切る發に手を掛けながら……心の中で更に呟きます。


「だったらド安めの4ピンが出た時を考えて立直しないで、4ピンが出てから立直したっていい……ダマのまま1ピンツモっても倍満だから、ここはまだ立直しないのが概ね正解……でも――」


 ここで塔子はやや大振り気味に發を振りかざし……河に叩き付ける頃には心の中でこう呟いてた。


「一発という役が付かなくても、立直した直後にアガるのって……」


 次の瞬間、發はまだ塔子の指先から離れてなくて……心の中での塔子の呟きは更に続いてて、今度は叫ぶかのような力強さまで帯びてます。


「格好いいよね!」


 そして塔子は發を横に曲げ、立直と勢いよく発声……立直したロットナー卿が先にドラを掴んでツモ切る……そんな未来に期待した行動ではあったけど……


 結果は鳴かれる事も無く塔子の不要牌が打牌され、1巡が経過した9巡目……塔子がツモったのは5ピン。


 ロットナー卿が立直するまでの捨牌には筒子が1枚も無い……そんな状況で筒子の中張牌が来たわけだけど、この危険そうな牌を掴んだ立直してる塔子は……ツモ切る以外に選択肢が無いんだよね……だから今、塔子から5ピンが河に出たよ。


 そういえば小屋の様子だけど、少し前……今まで雷が落ちても音は無く、不安定で強めがちな雨の音だけが聞こえてたのが一斉に止んだかと思うと……突然、木製の扉が軋むような音が小屋の中に大きく響き渡り……入口の方を向けば、ずっと閉じてた扉が結構開いてる事が確認出来るんだけど……


 そこに何かがいたのか、何もいなかったのか……それを認識する時間も与えない内に淡くて色取り取りに混濁した霧が次々とフィールド全体に群がって来て……嵐気味な森の景色を完全に埋め尽くし、この小屋も瞬く間に飲み込まれてたね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る