第42話 沈まぬ船の作り方
「とりあえず8ピンを切って様子を見るか……」
ロットナー卿がそう呟いたけど……ここは巡目が進む中でのロットナー卿の発言を順番に並べてみるかな。
「白は切れるか……」
「次の現物は……ドラか」
「ダブ東も無いのか……」
「変則待ちか……?」
16巡目になると恵森清河が不意に呟き、塔子がとぼけた調子で返事しようとしてたら……そこで待望のアガリ牌が来ました。
「ねぇトウコ……もしかして」
「ふふ、どっちでしょ……って、ツモった!」」
程なく倒された塔子の手牌を見て、ロットナー卿が呟きます。
「塔子……待ちを知った上で立直したよな?」
「うん。この8ソウツモが高い事も!」
「まったく……お前を見てると本当に――呆れるよ」
ロットナー卿にそう発言させた塔子の手牌がこちら。
萬456筒444索6667788。ツモ索8。ドラは萬5。
待ちは69
萬456筒444索6677889。ツモ索6。
ツモドラ1で終わらせずに立直タンヤオ三暗刻ドラ1ツモの親ハネに至ったん
たから大成功なんだけど……ちょっと前局の九蓮覇の手牌を見てみよう。
萬345筒34567索34588ツモ筒8。ドラは南。
九蓮覇の振聴立直は258の
自分から見て
自分の手牌に1枚も無い牌で待つのが基本となる両面待ちに対し、自分の手牌だけで2枚ずつ見えてる中張牌のシャンポン待ちは、河に既に1枚あったり他家に使われてたりするだけで残り枚数が無いも同然になるから待ちとしては弱くなりがち……
せっかく他家がその貴重な1枚を掴んでも、その中張牌で面子が出来たり向聴数が進んだりして手牌から出て来なくなる場合だって大いにある……だから中張牌シャンポン待ちは出アガリだけでも厳しいし、自分のツモでしか和了出来なくなる振聴立直でやるのって現実的じゃない。
おまけに今回だと三暗刻になるのは7と8だけだから、残り枚数的には切った9ソウをまたツモってタンヤオが消えるド安めツモになるのが関の山……それでもツモの中に7ソウか8ソウがあれば高め和了出来るんだけどね……
ここで恵森清河が言います。
「それにしても九蓮覇がフリテン立直でアガった直後にフリテン立直をアガり返す何てね……いいものが見れたわ」
「しっかし、振り込んでもいないのに6000点支払わされる親ハネはいつ喰らってもキツイな……赤なしで打っているから
ロットナー卿がそう言った後の東3局1本場……
点棒状況は東家の塔子が3万5500点、南家の九蓮覇が3万7500点、西家のロットナー卿が2万7600点、北家の恵森清河が1万9400点……つまり塔子はまだ逆転したわけじゃ無いのでもうひとアガリ行きたい状況だけど……結果は恵森清河との2人聴牌で流局し、ひとまず
何やらロットナー卿が恵森清河の手牌と捨牌に視線を注いでるけど……ここで何処からか、声が聞こえて来ました。
「そろそろ質問の続き、よろしいですか? ロットナー卿」
やけに冷淡な印象を受ける声の主はロットナー卿の背後にいて……結構赤みを帯びた褐色肌に淡いエメラルドの長い髪を伸ばし、その瞳は程よい濃さのシアン……そんなアラクネであるジオラが、メリムに代わってインタビューにやって来た感じだね。
蜘蛛部分は純白で金色模様のあるジオラを見てロットナー卿が言います。
「長引くならこれで最後にして欲しいな……いいぞ」
「あなた方がヴェノスとラバロンに与えた死亡者数はゼロ。それに対しあなたの仲間たちの死亡者は結構な数です」
「ヴェノスにはゴードンが行ったはずだ……かなりの被害になってると思ったんだがなぁ」
「ゴードン・スタークは死亡者リストの中にいます」
「ポールとオリバーとケイノス……いや
「ポール・サイモン・ファーナム、オリバー・ヘインズ、桂乃住信は拘束者リストにいます」
「そうか……では次だが」
そんな感じでロットナー卿は被害状況を確認して行ったけど……ジオラはただ淡々と回答し、何だか聞いてて不安になるような声色……
腕が立ちそうだからと隊長格に任命した傭兵の安否も確認した頃のロットナー卿がこう呟きました。
「全滅だなー……これは本当に戦力が残っていないぞ……残っていても、もうやり合う気は無いが」
「何故、今回のテロを企てたのでしょうか?」
「メリムに言った内容を引き継いでいる……でいいんだよな? 俺が適当にハッキングする内にオリバー、ゴードン、ポール、ケイノスたちとやり取りするのが当たり前になって……もういっそ群れて行動しないかって事で実際に集まって過ごすようになったんだが……ゴードンは偽ブランド品作り、オリバーは多少は大人しめのドラッグの製造……ポールはそこそこの武器を作ってはバラ撒いて、ケイノスは簡単な詐欺と俺の手伝い……いずれにしろ揃いも揃ってケチな商売をしていたんだよ」
「何か、きっかけでも?」
「せっかく人数も資金も集まって来たんだから、何か大きな事をしたいよなという話をよくするようになり俺も具体的な事を考え始めたんだが……乗っ取ったコンピューターにクラッキングを任せるやり方が上手く行っていたのもあり、ラバロンを制圧して、その勢いでイーリスを乗っ取れないかという案が会話中に浮かんだんで、その場で言ってみたら……何かやる事になったから本格的に準備を進めた」
「晴れてラバロンを制圧出来た後はどのような予定でしたか?」
「とりあえず俺がラバロンのイーリスにあれこれさせて……行けそうだったら、他のイーリスも乗っ取ろうって話だったな……いつまで俺がリーダーでいられたか判らんが……とにかくだ、クロノブースターにより世界の何処に潜んでいるとも知れない、天宮を手にした謎のテロ集団……そんな印象がある内にラバロンを制圧する作戦だった……天宮があると思われている間なら、俺達は全世界に脅威を振り撒く最強最悪の存在だ……今にして思えば天宮は俺達の夢を乗せた船だったなぁ……天宮を手に入れた事自体が大ウソだから、そんな船は無いんだが……」
「存在しない船ならば、沈む事も無いですね」
「ケチな稼業をしているだけの冴えない俺達には眩し過ぎる晴れ舞台だったよ……夢を抱いたまま止めておけば、こうしてお縄になる事も無かったんだが……何もしないまま足が付いて地味な幕切れ……そんな寂しい終わり方には成らずに済んだか」
「再びテロを起こす気はありますか?」
「あんなに何かをしようとやる気になったアイツらを見たのは初めてだったから俺も後押しする気になれたんだ……そんなアイツらが揃う事はもう無い上に、一世一代の一発勝負に負けたんだ……あとは大人しく実刑の時を待つだけだな……というわけでそろそろ麻雀に戻ってもいいか?」
「そうでしたね。ありがとうございました」
インタビューだったとはいえジオラは終始、表情を変えずに真っ直ぐロットナー卿を見つめるだけでした……しかも瞬きを一度もせずに目を見開いたまま……そんな瞬き頻度の少ないジオラを見て不気味さを感じる視聴者は結構いるんだよね。
あとジオラは立ち去る際、自らの全身を淡い菫色の炎で包んで焼き尽くすかのようなエフェクトを使ったんだけど……そんな不気味な印象を受けがちなものを好む傾向とか強いから、常に恐怖の色をしたオーラを纏ってるのがジオラと言えるのかも。
「少々長く待たせたな……再開するぞ」
ロットナー卿がそう呟いたけど……やがて塔子が尋ねます。
「さっきからコートを
「あぁ。俺が今着てる服は全てゴードンのお手製で……いい加減な偽ブランドを作っていたゴードンも本気を出せばこれくらいの代物は仕立てられる……だったらもっとアイツに服を作って貰えばよかったなぁ……そんな感慨に浸っていた」
ロットナー卿が着てるホワイトタイガー柄のシャツ、黒のレザーパンツ、裏地が赤の紫のファーコート……革も毛も偽物だけど、全てゴードンが少しでも見栄えがよくなるように頑張って仕上げた一点物……
レザーパンツは上下一緒に作ったから前開きで着るジャケットもあるんだけど……今のロットナー卿の脳裏には一張羅を作ってやるぞと張り切っているゴードンの姿が結構鮮明に浮かんでたりします……
そんなゴードンが亡き今、これらの服は遺作って事になるね。
「東3局2本場で親はトウコだったわね……続けましょう」
恵森清河の発言と共に途切れてた半荘が再開したけど……
「場に勢いが無くなったわね……」
「塔子は俺の立直後も鳴いていたが……聴牌ならずか」
「鳴いて聴牌したかったけど、来なかったー」
というわけで東3局2本場は立直したロットナー卿の1人聴牌だったので親は流れ積み棒が更に増えた東4局3本場の点棒状況は東家の九蓮覇が3万5000点、南家のロットナー卿が2万8100点、西家の恵森清河が1万9900点、北家の塔子が3万6000点……立直棒も1本積まれてる状況だね。
フィールドの切り替わり方は、鮮やかだったり淡かったり……そんな色取り取りの花弁がフィールド全体を埋め尽くさんばかりに風の音と共に舞い……それも聞こえなくなる頃に次のフィールドが現れた感じなんだけど……程なくロットナー卿が周囲に問い掛けると卓外のミーアと少女も発言しました。
「そういや、高所恐怖症がいないか確認していなかったな」
「大丈夫ー」
「そういえばアタシはそんな事無いみたいだわ」
「鳥キャラで高所恐怖症だったら美味しい気もしますが……」
「別に陸地じゃない部分踏んでも落ちるわけじゃ無いしー」
さて、今回のフィールドは大小様々な小島が浮かぶ空の上……各島を見渡すと宮殿のような大きな建造物や小さな民家らしきものと居住空間だけで色々あって、島と島の間は距離だけでなく高さも結構違ってます……場所によっては頭上に島の裏側部分が来たりするけど、雀卓の周囲は十分な広さと視界が確保されてるね。
時折、背中に家が乗れるくらい大きな鳥が横切り、そのデザインは様々だけど……明らかに鳥では無いデザインの何かが現れる事もあり、その何かはどれも一際鮮やかで、自らが生物であるという主張だけは忘れないフォルムなのが印象的。
そんなフィールドで東4局3本場が始まり、親を務めるのは九蓮覇……競技ルールに基づく今回のルールでは飛び終了が無いので南場に行かずに終わるという事態にはならない為、必ず南4局のオーラスまで続きます。
……この半荘戦も折り返し地点が見えて来たって言える進行具合だね。
「うーん、せっかく立直出来たのに振り込んだ……」
「喰いタンドラ1の次はチートイのみか……ところで恵森、その手牌を見せてくれないか?」
「……えぇ」
東4局3本場に続き東4局4本場でも塔子が九蓮覇に放銃するけど……突如されたロットナー卿の提案に恵森清河は応じ……手牌を見ながらロットナー卿が呟きます。
「高めタンヤオ三色ドラ1か……さっき塔子が切った牌は安い方だったが……高めの牌はチートイに使われてたな」
「こうでもしないと九蓮覇には当たりそうに無いからね……」
「狙い撃ち自体は否定しないが、この半荘ではまだ一度も当たっていない……何故だか判るか?」
「次こそ……当てて見せるわ」
「俺が気付いたように、あのCPUにもお前が直撃を狙っている事がバレているんだよ……私が攻撃して来そうな時は避けて下さいと言っているようなものだ……今まであのCPUから見逃しからの直撃が出来た試しあったか?」
「……全然無いわね」
「ならもう直撃を狙うのはやめておけ。俺か塔子を狙っていれば、その流れ弾が勝手にあのCPUに当たる……自分の想定外の事が起こるのが麻雀だ」
ロットナー卿がそこまで言うと、ずっと険しかった恵森清河の表情が一瞬だけ和らぎ……やがて恵森清河の口から素直な調子でこう発せられました。
「ありがとう――と言っておくわ」
後半の口調はいつものように厳格で、表情の険しさも戻ってたけどね……
そんな会話の後に始まった東4局5本場も九蓮覇が以下の手をダマでツモ和了。
萬345筒234索23白白南南南。ツモ索1。ドラは萬9。
萬345筒234索23東東白白白。ツモ索1。
競技ルールでは
あと4符で出上がり50符になる時は2枚切れでもダブ東の対子を残すというのも時には有効って話です。
これで九蓮覇は親になって3回目のアガリだけど……詳細を言うなら東4局3本場の喰いタンドラ1が30符二翻の2900点と積み棒の900点と塔子の立直棒及び前局のロットナー卿の立直棒を合わせた5800点で、東4局4本場の七対子のみの25符二翻は2400点と積み棒の1200点で3600点……
更に東4局5本場の40符二翻ツモは1300点オールと積み棒の500点オールで5400点だから、東4局になってから九蓮覇は1万4800点を獲得……そして迎えた東4局6本場の点棒状況は……
東家の九蓮覇が4万9800点で、南家のロットナー卿が2万6300点、西家の恵森清河が1万8100点、北家の塔子が2万5800点となってます。
この局は淡々と進み、立直棒が出る事も無く塔子が終盤で二副露して、恵森清河も一副露……そして
「全員役無しで聴牌か……」
「一応ハイテイロンに期待はしてたけど……流局ね」
「けーてんで少しは点貰えると思ったけど……全員だから0点かー」
というわけで点棒状況は変わらず積み棒だけが増えて次の局になるので……いつものように麻雀牌を雀卓中央が開く事で出現する穴へ流し込むけど……その穴が閉じるや、全体の動作が停止。
塔子は違和感のままに声を出そうとするけど、ロットナー卿の発言が早かったので中断……ロットナー卿は何かを察したかのように呆れた声で呟きます。
「おいおい……」
「すいません!」
「インタビュー……まだあるのか?」
「いいえ、来客です! 失礼ながらロットナー卿の背後に出現させます!」
麻雀卓を停止させたミーアがロットナー卿とそんな会話をしたけど……ミーアは怯えた表情をしながら体を震わせ、心中穏やかじゃない様子だね。
程なく塔子から見て目の前に、大体縦長で金色に輝く板が出現……人の背丈ほどある眩い扉は左斜めの直線を軸とする大きなジグザグを幾度か描く形状をしてて……それが空気を吐き出すかのような音を立てながら左右に開くと、そこには訪問者の姿があるわけだけど……
その姿が見えた瞬間、塔子の普段は眠そうな半目気味の瞳が大きく開き……忽ち口を動かし始めたかと思うと、そのまま部屋全体に響き渡り兼ねない程の叫び声が発せられました……その声にどのような感情が含まれていたかだけど……
ここは恵森清河が辿り着いた機内の格納庫で遭遇した白衣の女性の話の続きをしようかな……金色の扉から出て来たの、その女性だし……
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