第41話 その白衣は何色

「ご用件をどうぞ」


 塔子とよく似た声がデバイスから発せられたけど……この音声は目の前の少女の声をサンプリングして作成したものなんだよね……ただし一切の感情が込められてなくて、言葉を自然に繋げただけという印象を強く受けそうです。


 少し詳細を言えば外部からの指示に従って相手に話し掛けるプログラムってところかな……要するに何者かがこの音声デバイスを介して恵森清河に探りを入れてる状況なんだけど……恵森清河がこう切り出し、そんな相手との会話が始まりました。


「その子はトウコの妹? それとも……」

「その質問に答えるには、あなたがそのトウコとどういう関係であるかを明らかにする必要があります」


「アタシは恵森清河……ラバロンで麻雀部の部長をしてて、トウコは内の部員で……これはアタシの願望だけど……友達よ」


「では目の前の少女に掴まって下さい」


 その発声と共に球体映像は消えて……恵森清河が少女の両手を取ると、少女の頭上からワイヤー上のものが伸び、それに引き上げられるかのように急速に上昇……その角度は見事に垂直でした。


 ワイヤーの頂点に達すると上昇してた勢いで更に上空へ飛び……恵森清河の目の前にはホバー性能に優れた大型の垂直離着陸機があり、それを一旦追い越して……落下し始める頃には搭乗ハッチの足場と程よい距離で、少女に軽く押してもらうだけで恵森清河は難なく着地し、少女がワイヤーを放つけど……


 このソニックワイヤーも巻き上げ速度を調節出来るので、少女は敏捷ながらも急速とは言えない速度で着地して……


 ハッチが閉じてから幾らもしない内に両者は、ようサイズの兵器が問題無く大量に陳列出来るくらい広さの格納庫らしき場所に辿り着きます。


 ところで恵森清河の傍にいる少女の外見や服装は既に紹介したよね……その少女と全てが一致する少女たちが格納庫内に大量にたむろしてたりします。


 具体的な数はこの部屋だけで50前後いて……トランプ、すごろくなどのボードゲー

ム、知恵の輪の類、数千ピース規模の無地を含むジグソーパズル……ある者は黙々と遊び、ある者は試合内容に一喜一憂と喧騒に事欠かないけど……


 そんな中、部屋の中央にある映像をただただ眺めてる集団が相当数いて、恵森清河を連れて来た少女もそこへ行きます。


 その映像には白衣を着た人物の姿があって……白衣はコートタイプだけど所々に緑色の模様が不定形で分布してるから8割弱は白衣と主張出来る感じかな……遠方にいる人物を映像素子で投影してる感じなので実際にはこの場にいません。


 この後、恵森清河がその人物と会話を始めるんだけど……とりあえず、その女性は市民位アルファを維持してて……顔つきは実年齢から10歳引いたくらい若々しく、幼さまで感じるね……胸は恵森清河よりあって身長は塔子を上回るという事に触れたところで、この続きは後回しにして半荘戦の続きに戻ろうか……


 東2局0本場で親は恵森清河……13巡目に九蓮覇が立直してたね。


「やけに空気が静か過ぎると思ったよ……」

「んー、これ以上振り込みたくないなー」

「これを切って様子を見ようかしら」


 一同がそう発言してから3巡が経ち……九蓮覇が次の手牌をツモアガります。


 萬345筒34567索34588ツモ筒8。ドラは南。


「ツモられた……アタシの親が……あら?」

「2ピン切って258待ちの8ピンをツモ……つまりだ」


「フリテンだったんだ……意外」


 振聴フリテンというリスクを背負って高い手を目指した結果、メンタンピン三色をツモ和了したんだから特に問題は無いけど……塔子が意外と言ったのは、雀宝の中でも最高峰の強さを誇るCPUが振聴を行った事……


 振聴って意図的にやるよりも捨牌にアガリ牌があるのに気付かないまま立直してしまうという『うっかりミス』で発生するものだからCPUがミスをしたと捉えられ兼ねない行為……それを踏まえて塔子は意外だと言った感じだね。


 ちなみに配牌から聴牌までの大まかな流れはこうでした……まずは配牌。


 萬1589筒257索458東南北ツモ索8。


 最初に聴牌したのは7巡目で……


 萬45筒24567索34588東ツモ萬6。切ったのは東。


 10巡目に3ワンをツモった時に345の三色を見てた事になるね。


 萬456筒24567索34588ツモ萬3。切ったのは萬6。


 そして13巡目にタンヤオダマツモの30符二翻の手を和了せずに……


 萬345筒24567索34588ツモ筒3。筒2を切り立直。


 この振聴立直はダマでのツモアガり時に他の牌を切った事による意図的な行為だからミスをしたわけじゃないし……そのままツモアガってたら子から500点、親から1000点の2000点だった手が2ピンを切って立直した事で跳満ツモにまでなったんだから無防備になるリスクを負うだけのリターンはある方。


 九蓮覇は半荘12回打つ事を想定して打点や総合得点を高くする事に重きを置く打ち方をするのもあるけど……要するに、あらゆる選択肢から最善手を抽出するという対戦コンピューターとして当然の行動だったわけです。


 ここでロットナー卿が恵森清河に尋ねます。


「なぁ恵森。コイツは振聴立直を多用するのか?」

「頻繁では無いけど結構やってるわね……そして大抵はツモるし、アガリ牌が王牌ワンパイにある場合も含めればかなりの精度ね」


「まさか打つ度に全パターンを洗い出した上で打牌してたりしないよな?」


 その質問はチェスで例えるなら対局中、常に全盤面パターンを算出して最善手を選んで行くという意味になるけど……すぐに恵森清河がこう返事し、塔子も続きます。


「そうみたいね……プログラムに詳しい先生がそんな風に言ってたわ」

「どんだけリソース使う気なの……このCPU」


 九蓮覇のソースコードは簡単には閲覧出来ない感じなんだけど……晴れて閲覧出来たとして暗号化されてるも同然の独自言語を理解した上で複雑怪奇な内容とにらみ合う事になるんだよね……


 恵森清河が言ってた先生はジナスイーダ・エリエニコフのことだけど……ジナ先生はそんなソースコードを閲覧した事があり、処理内容もかなり読み取れてた様子でした。


 他の雀宝じゃんほうのキャラと比べて九蓮覇はソースコードの複雑性が別物……他のキャラだと竜姫りゅうひめ紅玉こうぎょくの内容を使い回したり劣化させたりしただけなのに九蓮覇はプレイヤー視点で予測出来る全ての内容を常に算出した上で更に判断を行うから時折、凄まじい処理リソースを要求して来ます。


 今はアガヴェが処理してるから、これまで九蓮覇が何度も長考してたのを感じさせてないけど……安物のコンピューターに処理を任せてたら九蓮覇が思考する度に何十秒単位で止まってただろうね……


 ちなみに専用のプログラム言語は暗号化したんじゃなくて開発者の使い勝手がいいようにカスタマイズした結果、それが並のプログラマーには理解が困難な代物になっただけだったりします。


 さて前局で九蓮覇がハネ満をツモった事で迎えた東3局0本場の点棒状況は東家の塔子が1万7500点、南家の九蓮覇が4万3500点、西家のロットナー卿が3万3600点、北家の恵森清河が2万5400点だね。


 ここで今まで聞こえてた歯車が軋む音が不自然なタイミングで止まって……フィールド全体が一気に厚い蒸気で覆われ、そんな濃い蒸気が大きく噴き出す音と共に塔子たちの体に圧力が掛かり……その圧力が解けて蒸気が収ると次のフィールドに切り替わってたんだけど……周囲の光景を見て恵森清河が呟いたよ。


「きれいだけど……何だか不気味ね」


 一面に広がる花畑は様々な種類と色で織り成され、麗しさに溢れてる……だけど花の中には全体的に不安を感じさせる形状のものがあったり、民家のように異様に大きかったり、人間を捕食出来るくらいの大きさで食中植物を彷彿とさせる見た目のものもあったりと、何だか不穏……


 色合いだけ見れば芸術性も鑑賞性も高いけど、植物とは華麗なだけでなく人間に牙をむく存在もいる事を暗に示すかのような光景……植物の中には棘どころか毒を持つものも結構あったね……ヒトを死に至らしめる程の……


 そんな花たちが、そよ風に揺られ……時折、有色の花粉が煙のように横切るのがこのフィールドで、花粉の色は様々……ちなみに麻雀卓があるのは一見すると無害そうな花畑の中です。


 さて、親番になった塔子は8巡目で以下の捨牌で立直します……ドラは5ワンで、まだ誰も鳴いてません。


 西、北、北、發、中、筒1、筒8、索9で立直。ツモ切り牌無し。

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