第五章 注がれたのは、幻想の色【全話麻雀回】

第40話 模様替えは海ごとですか?

 ロットナー卿が施した環境設定には麻雀卓も含まれてたけど、形状自体はデフォルトと同じなので、その説明……


 四角形を膨らませて丸みを持たせたような一本足テーブルのフレーム部分は無着色のメタリックで、麻雀マットは黒に近い青紫色……別な牌を交互に使うので2種類の牌のデザインを設定出来る中、背牌の色が漆塗りしたような朱色とメタリックな金色

になってるけど……これはロットナー卿が自分の髪と瞳の色を意識したっぽいね。


 全自動卓が誕生したての頃は撹拌パターンが1つしか無かったけど、この全自動卓は基本となる4パターンとそれらの複合を含む全てのパターンからランダムに選ばれる感じだから以前の牌の並びが若干残るとか当てにしない方がよさそう。


 ハンチャンが始まり、まずは東1局0本場……


 最初の席順は東家トンチャがロットナー卿、南家ナンチャが恵森清河、西家シャーチャが塔子、北家ペイチャが九蓮覇で、まずはロットナー卿が西を切り、恵森えもり清河さやかもそれに合わせて西を切り、塔子とうこもひとまず西を合わせ……九蓮覇くれはも西を切った次の瞬間――


「よんかぜ、これんだ……?」

四風スーフォン連打リェンター……流局だ」

「ルール次第ではこれで親が流れるけど……今回のルールだと四風スーフー連打レンダは親の連荘扱いね」


 塔子が目の前に表示された漢字五文字を読み上げ、ロットナー卿の後に恵森清河がそう言いました……恵森清河は四風子連打の別名の方を言って、四風連打の方が発音し易いから一般的という考えでいいかな……


 これで全員が3万点のまま東1局1本場となるけど……背牌の色が変わった事を受けて塔子が呟くと、ロットナー卿の言葉が続きます。


「わ、何か金色だ」

「両方とも同じ背牌の色にも出来たんだが……せっかく設定出来るなら別々にしたくなるよな」

九種きゅうしゅ九牌きゅうはいでまた流れるという展開は……無いみたいね。では始めましょう」


 恵森清河が言った九種九牌……長い呼び方だときゅうしゅヤオチュウはい倒牌とうはいという1巡目でまだ鳴きが無い状況で該当する配牌が来た時に、続行するか途中流局にするかを選べるルール。


 これを説明するなら先ずは国士無双十三面待ちの聴牌てんぱいを見せるのがいいかな。


 萬19筒19索19東南西北白發中。


 一翻役のタンヤオはこれら13種のヤオ九牌を1枚も使わなかった時に成立するけど、九種九牌の条件は国士無双の要牌が9種類以上ある事……こんな感じだね。


 萬127筒389索16東南北白中。ツモ萬9。


 ちなみに次の場合だとヤオ九牌は9枚以上あるけど……種類となると8つしか無いので成立しません。


 萬127筒389索16東南北白中。ツモ南。


 9種類以上が条件なので以下のようにヤオチュウ牌10種類以上あっても九種九牌になるよ。


 萬12筒49索179東南西北白中。ツモ索4。


 11種類あった時も該当するけど……それって国士無双のリャン向聴シャンテンなので流しちゃうのは勿体無いかも。


 そんな九種九牌は立直よりも優先度があるのでダブル立直が来た時に自分の手が九種九牌の時に流してしまえば……その立直棒は場に積まれ、次の局になります。


 四風スーフォン連打リェンターもしくは四風スーフー連打レンダは鳴きの無い1巡目で東南西北の風牌のどれかを全員が同じ風牌を切った時に成立するんだけど、トンナン西シャーペイと綺麗に並んでも流局するわけではありません……鳴きが無い状況なんだから、4枚目の風牌を切って流すかどうかは北家が決める事になるね。


 今回はドラが東だったので自分の手牌に東が1枚も無かった九蓮覇が流した方がいいと判断した感じなのかな……


 さて、東1局1本場が進んで行って親であるロットナー卿が立直した直後、塔子が1ピンを切るや振り込み……その事を塔子が嘆くと会話が始まりました。


「うーん……タンヤオ付かないからと1ピン切ったのはマズかったかぁ……立直一発平和ドラ1だから……」


「一発付かないぞ。そして裏ドラも無い……赤牌も無いわけだが、普段あるものが無い競技ルールは新鮮というか……異質だな」

「一発回避の為に鳴いたり手を曲げたりする事が無い分、立直の圧力が削がれているとも言えるかしら」


 結構早めに立直したロットナー卿の手牌はこうでした……ドラは8ワン。


 萬678筒23456索22567。ロン筒1。


 つまり親の立直平和ドラ1で1本場だから塔子は6100点を支払います……競技ルールに則った今回のルールだけど、例えば一発も赤牌ありでこの手牌だった場合。


 萬678筒234赤56索22赤567。ロン筒1。ドラは萬8。


 立直一発平和ドラ1赤2で親ハネ1万8000点と積み棒300点を支払ってたわけです……今回のルールでは最初のドラと手役でしか翻数が増えないから放銃した際の被害が定まる局面もあるけど……赤牌によるサポートと一発裏ドラにより満貫の手が跳満になる余地とかが無いんだから、点差の開きの重みが更に増す事に……


 さて、東1局2本場の様子……またもロットナー卿が立直するけど……


「今度は警戒されたか……一盃口ドラ1のカンチャン待ちだったんだが……残り1枚では無理があったか」


 ロットナー卿と九蓮覇の2人聴牌になり、立直棒が1本積まれるので東1局3本場の点棒状況は……


 東家のロットナー卿が3万6600点、南家の恵森清河が2万8500点、西家の塔子が2万2400点、北家の九蓮覇が3万1500点……


 合計すると11万9000点で、供託された立直棒の1000点分が欠けてるね。


 親の立直を凌いだので場の緊張が若干和らいだ感じはあるけど……その様子を見たミーアが離れた場所から発言します。


「今インタビューしても、よろしいでしょうか?」

「すぐに再開したいから手短に頼む……そういえば外の状況は今どうなってる? 

……とりあえず2つか3つ答えるか……」


「じゃあこの3つかなぁ」


 ミーアの声の後に聞こえて来たのは素朴な雰囲気を帯びた少女の声て……描画された海中フィールドを悠然と泳ぐような動作で全自動卓の上の方まで来たのは、程よく小麦色な褐色肌の人魚……メリムでした。


 メリムは胴体は水平にして魚部分である下半身を遊ばせてる感じの姿勢だけど……以前言った通り、どんな姿勢だろうと存在感が薄れる事の無い規模の胸の持ち主。


 その圧倒的過ぎる膨らみは実在した場合と同じになるように動き、その変形の演算精度は有事の時ほど抑えられます。


 この処理はチャンネル登場時に限られるのでメリムの胸の揺れ具合をチェックしてるだけで世界情勢の明暗具合が判断出来たりするし、実際それ目当てで視聴してる者も数多い……中にはそうであると熱烈に主張する視聴者まで……


 今回はメリム自らが想定した海流に基いて長い紫色の髪と共々、何の躊躇もなく動き回ってます……そんなメリムを見てミーアが言うよ。


「あ、メリム。来たんだ……すごい物理演算を見てしまった」

「せっかくこーんな素敵な海があるから泳ぎたくなったのもあるけどー……さてロットナー卿。質問が3つありますが宜しいでしょうか?」

「おう」


 ミーアに対しては素朴で気楽そうな口調だったメリムがロットナー卿にそう言い始めると、やや堅い落ち着いた調子でそう質問し、ロットナー卿との会話を続けます。


天宮てんぐうは現在、何処にあるのでしょうか?」

「そもそも天宮自体を発見していないんだよなー……アジト探しの海底探索時に天宮の存在を思い出して、見つかったと言ったらインパクトあるだろうなぁって思ったくらいで……本当の所はそれらしきものを見かけた事すらないな」


「クロノブースターの発見に関しましては?」

「クロノブースターも大嘘だ。魔法と言えば攻撃力とか素早さとか……そういうのにバフ掛けれるヤツがあるだろ? だから当初は威力を数倍にする魔法装置にしておこうと思ってたんだが……どうせなら速度も倍にしようと考える内に、発射から着弾までの時間そのものを短縮するというアイデアに辿り着いた……要するにクロノ・ブースターは俺の作り話……っとそうだ」


 突然ロットナー卿が塔子と恵森清河の方を見渡し、こう続けました。


「なぁ塔子、恵森……魔法装置の開発の有無とかそんな踏み込んだ質問じゃない……お前たちの学園にはいないのか? 攻撃力そのものを2倍にしたり半分にしたり……眠りとかのバッドステータス付与させるとか……そういう意味での魔法の使い手が」


「どうなんだろー」

「興味が無い話だわ」


「昔レッドネヴァズの生徒の家庭を何とかハッキングして……それを足掛かりに何とか結構な数の生徒の魔法を調べたんだが……皆攻撃か微妙な魔法しか無くてなぁ……バルサミアを当たるわけにも行かんし、そもそも軽い気持ちだったから、それ以上やらなかった……攻撃するだけが魔法じゃ無いと思うんだが……」


 塔子と恵森清河が呟き、ロットナー卿がしれっと過去のハッキングを暴露すると更にそう続け……その発言を受け、メリムが質問します。


「もしや……今回の犯行グループはハッキング繋がりで集めたのでしょうか?」

「あぁ。セキュリティの甘いPCに侵入して持ち主の素性を調べて……面白そうな奴に声を掛けてる内に集まった。主要国じゃない所はまだまだセキュリティが甘くて踏み台用のPCには困った事が無い……今回のダミーも世界各地に分散させる事が出来たんだが……こうもあっさり見つかるとはな」


「質問4つめ宜しいでしょうか?」

「いや、いい加減麻雀に戻らせてくれ……生きてる内なら幾らでも取材に応じる……その時はゆっくり答えてやるよ。俺はだらだら過ごすのが一番性に合ってるんだ……今回はテロ首謀者に扮したまで……まぁテロ首謀者には変わり無いんだがな」


「分かりました。また後で来るかもしれません……じゃ、ミーア。あとよろしく」


 メリムがミーアの方を向いた途端、堅めだった表情と口調が一気に和らぐやそう言うと、メリムはその場で軽やかに大きく旋回し……海の中に溶け込むように消え去りました……やがて恵森清河がいつもの堅い調子で言います。


「では続けましょう……東1局3本場だったわね」


 そうして再開した東1局3本場……ドラは5ワン。南家の恵森清河がオタ風の西を早い巡目でポン……その後1ワンをチーしたけど……ロットナー卿から発言します。


「チャンタだな」

「裸単騎まで頑張ろうかしら」

「ド真ん中の牌がドラの時に……」


 やがて9ソウもポンした恵森清河……流石に聴牌したと考えるべき局面で、塔子がチャンタの要牌である2ピンを切り放銃……その際のロットナー卿と塔子の会話。


「……切ったか」

「振っても安いでしょ、これ」

「ここまで鳴いてると、あっても役牌の一翻が付くくらいだからなー……次は恵森の親番だな」


 恵森清河の手牌は次の通りでした……ドラは5ワン。


 萬11筒13……ポン索999チー萬123ポン西西西。ロン筒2。


 この手は丁度30符だから、雀頭が役牌かツモ和了ホーラした場合は40符だったね。


 そしてカンドラの無い今回のルールでは、西をカンしてカンドラ表示牌が8ソウになって満貫……という展開は決して起こらない……目の前にある牌が全てです。


 さて塔子が1000点と3本場の900点を支払い、恵森清河には更に前局で積まれたロットナー卿の立直棒も入る……よって東2局0本場の点棒状況は……


 東家の恵森清河が3万1400点で、南家の塔子が2万500点、西家の九蓮覇が3万1500点、北家のロットナー卿が3万6600点……


 前述の通り、麻雀卓周囲の光景は文明的な建造物と珊瑚が取り巻く海の底……今回の局で使った麻雀牌を全自動卓中央に出現した穴に全て流し込み、それが閉ざされた瞬間――


 今まで無かった水圧が塔子、恵森清河、ロットナー卿、居残り少女の4名に掛かり負荷自体はそれなりだけど……大中小の泡の群れが大規模で発生し、その音が聞こえた頃にはフィールド全体を埋め尽くす量に……


 聞こえた音は泡の総量に対して余りにも少ないから大量の泡の描画に簡単な効果音を合わせた感じだね……要するにフィールドが切り替わる演出でした。


 それから少しして、ロットナー卿が言います。


「あぁ、親が変わる毎にフィールドが変わるよう設定してあるぞ」

「……なるほどね」


 合点が行ったような表情で恵森清河がそう呟いたけど……水圧再現が解ける頃にはフィールド変更も終わって……辺りは妙に背の高い複雑な構造物の群れがそびえ立つ地上の景色となりました。


 構造物は単色、複合と様々だけど……主に使われてる色は金属が錆びた際の質感を意識した、くすんでるけどまだ鮮やかさのある3色で……その色味から金銀銅と分けて呼んでいい気もして来る……


 壁のように背の高い構造物が乱立してるから、その隙間で入り組んだ道が形成されてて、頭上に広がる空は夕焼けのように赤いけど……何だか薬品のような色合い。


 構造物の中でも大きな歯車が数と共に目立ち、1つの歯車の中に幾つもの歯車があるなどデザイン性が重視された形状も珍しく無くて……今にも蒸気を噴き出しそうな外観の構造物もあるけど、これも随所にあり……住居らしき構造物まであるね。


 そんなスチームパンク全開のフィールドは新品とは違う古寂びた金属の質感を前面に押し出すような空気感を漂わせ、歯車が軋む音が異様に大きく重苦しい……


 そんなフィールドが出現してまだ間もないけど……ここで蒸気が噴き出す際の音が盛大に響くと全体の音量が一気に下がり、雀卓上に配牌と山が迫り出して来て……その頃にはロットナー卿が恵森清河にこう言ってました。


「周囲の音は微かに聞こえる程度だが……お前の方で完全にオフに出来るぞ」

「少し苛立ってた方が集中出来るから……ある程度ボリュームを上げるわ」

「そうか……なら蒸気の音より歯車の音を大きくした方がいいかもな」


 歯車が軋む音は絶えず聞こえるのに対し蒸気の音の周期はランダム……何しろ突然噴き出すからね……ちなみに雀卓は横倒しになった歯車の上に位置してて、走り回れるくらい十分な広さがある感じ……歯車だから常に緩やかに回転してるね。


 さてアガって親を迎えた恵森清河は勢いに乗りたいところだけど……どうやら聴牌に苦戦して塔子もロットナー卿もツモと打牌が噛み合わないまま向聴数が進まないも同然の状況が続き……


 12巡目。イーシャンテンの恵森清河がカンチャンの8ピンをチー……形式聴牌を目指したと見て、塔子とロットナー卿が発言します。


「あー、私も聴牌だけでもしとくかなー」

「鳴いた後は赤牌に入れ替わる楽しみがあるんだが……それが無いと、こういう時は単調になるな……」


 そして13巡目。九蓮覇が2ピンを切って立直……一気に場に緊張が走る。


 九蓮覇の捨牌を見てみようか……ドラは西で、鳴かれた牌は1枚も無し。


 南、索1、北、萬1、萬9、萬8、東、萬1、萬6、萬6、南、西、筒2で立直。

 ツモ切り牌……2巡目索1、8巡目萬1、9巡目萬6、11巡目南、12巡目西。


 役牌の殆どは枯れてて生牌ションパイ他家ターチャがポンしてたり対子で持たれたりしてます……西は序盤の内に2枚出て、九蓮覇が切ったのは4枚目……今回は鳴かれてないけど、喰われた牌だって立直者が捨てた牌だよね。


 このまま試合の様子を眺め続ける前に、割と最近の話をするかな……場所も変わるけど、ここはラバロン敷地内の広い場所……以前話した恵森清河が指示通りにヴォルテクスフレアを放つと食い破られるように相殺され、それが見かけたばかりのツーサイドアップの少女の仕業と思えるような状況の続きだったりします。


「待って!」


 声を掛ける間もなく姿を消した少女に対し、思わずそう叫んだ恵森清河……程なくその少女が上空から地上へ降りて来たけど……この少女は塔子のソニックワイヤーと似た魔法を使えるので、さっきはそれを垂直に伸ばして上空へ移動してました。


 塔子のソニックワイヤーは軌道が不安定だから直線を描けないけど、こっちのワイヤーは必ず真っ直ぐな軌道を描けるんだよね。


 少女の手の平には音声出力デバイスがあるんだけど……それが恵森清河の方に向けられると音声波形に基いて変形する球体映像が現れ、早速音声を発したけど……


 どうやら恵森清河に話し掛けてきたようです。

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