第39話 解き放たれし姿は最果ての色

「もう有事とは言えませんね……」


 カヤがそう呟き少女たちの方を向くと更に発言し……それを聞いた少女たちは何やら騒ぎ始めます。


「では1名を残し、貴方たちは今指定された持ち場へ向かいなさい」

「えー!」

「もっと、お姉ちゃんといたーい!」

「プリン食べたーい」

「過剰戦力ではあるけどさぁ」

「あ、当たった……」


「我らがオウカ様は既に各持ち場にロットーナー卿が食したプリンと同じものを用意しています」

「あ、残るわたしは食べれないヤツだこれ」


 自分は残れると判った少女が静かに喜びながら呟くと、その直後のカヤの発言により手放しでは喜べない要素もある事に気付き、その少女が再び呟いたけど……


 そんな声が掻き消えるほど他の少女たちはプリンの事で更に沸き立った末、入口で待機してる小型潜水艇3機の内、2機に乗ってアジトから去って行きました。


「ではミーアさま。私はこれで……ここのシステムの異常監視を頼みました」

「あ、待って……えーと」

「カヤです。今回の経験データをオウカ様に献上したのち、消去されます」


「ヴェノスの自動生成プログラム型AIは皆そうですよねー……せっかく提督みたいな恰好をされてるので最後に執務室の席に座ってる絵が欲しいと思ったのですが……ダメでしょうか」

「その映像を生成する為のデータはもう揃っているのでは?」


「んー……現存するのに想像図で済ませるのも……と言いましょうか……」

「了解しました。ではロットナー卿、少しの間その席をお譲りください」


「そうですか……ではわたしは椅子を取りに行くとしましょう。幾らかは真面な折り畳み式がありますので」


 カヤとミーアが会話した末にロットナー卿がそう言うと椅子の準備を始めて……やがてカヤが描画された執務室の椅子に座るけど、その着てる服の印象と相まって……あたかもカヤが何処かの組織の総司令みたいに見えるのが、なかなか様になってる。


 そんな光景を前にミーアは映像素子を操作して一眼レフカメラを生成……ミーアは平面画像が欲しくなると、いつもこのカメラを構築するんだけど……そんな手間を掛けるよりも範囲指定と撮影をノーエフェクトで行った方がお手軽だし、おまけに立体キャプチャーまで出来るんだよね……


 それでもミーアは私用目的で平面画像を取得したい時は決まってこれと同じカメラを取り出し撮影動作を行います。


 ハーピーであるミーアには手が無いので、今回もカメラは独りでに動くかのようにミーアの顔の辺りまで移動します……このカメラは外観部分と挙動だけを再現したもので、毎度呼び出すから内部構造は省略してるね。


 そんなミーア愛用のカメラのレンズがある程度動くと、シャッター音と共にカヤにフラッシュが当たり……撮影した画像をミーアがカヤに見せると、カヤは特に表情を変えずにこう言った。


「ありがとうございましたミーアさま……では私はこれで」


 するとカヤは風に吹かれて散り行く砂のように体の至る所が削れ始め……髪と軍服が横になびいて、風の音まで聞こえて来て……体の消失が3割は進行した頃、まだ顔には一切及んでいない事に気付いたカヤがこう呟く。


「そうですね……これを行ってみますか」


 己の体が次第に赤い砂となって散り行く速度が増す中、ずっと険しさの目立つ表情だったカヤの表情が変化して行き……次第に緩んで行った、その顔は……


 笑顔と形容しても何ら支障の無いものでした。


 次の瞬間、突風が吹いたような音がすると、まだ全体の4割は残ってたカヤが一気に赤い粉末となり……それも忽ち風の中で掻き消えた――


 映像を消す際の瞬間的なエフェクトでもよかったのに結構大掛かりな削除演出だったね……厳密にはリソースの解放だけど……


 そんな光景をミーアは漠然と眺めてて……片手を伸ばすかのように自らの翼をカヤのいた場所へと向けていました。


 その後ロットナー卿が人数分の椅子を用意し終え……こんな会話が始まります。


「よし椅子を運び込んだぞ」

「では私はあの辺で実況していますね……」

「あんまり騒がしくしないでねー……あとそこでヒマしてる子がいるから適度に構ってあげてー……あ、ください」


「それにしても、あの三人娘と直に会えるなんてね」

「ラバロンはガード堅いですもん! 映像の提供には結構応じてくれますが……それなら現地取材しなくてもいいよねってなりますし……」


「実況と言ったけど……麻雀わかるの? ですか」

「主なルールだけなら……その気になれば試合データのサンプルを数百は読み込んで短時間で理解を深める手立てはありますが……今回はあくまでも現場の様子という形で……それにしてもアガヴェ……恐ろしいですね……試しに倍速処理を任せたら私の数十倍は余裕で出ました……使ったリソースはごく僅かだったのに……」


 ロットナー卿、ミーア、塔子、恵森清河と発言が続き……更にミーアが言うと塔子が疑問を浮かべ、ミーアが答えつつアガヴェの事も言及。


 そういえばプログラム型AIは人間と違って情報処理速度を上げれば事実上の思考加速や既存映像の倍速視聴が可能だったね……知能実現に使ってるリソースを演算に集中させれば更なる加速処理も出来ます。


 さて、ミーアが麻雀卓となる席から離れた場所で元気よく喋り始め……その様子を基本ぼんやりとした表情で眺める居残り少女……目が半開きになって眠たそうな表情になりがちなのも塔子と一緒だね。


 ロットナー卿、塔子、恵森清河が椅子の前で待機してて……恵森清河が雀宝を起動し直したけど、これで恵森清河のプレイデータが読み込まれる仕組み……恵森清河のプレイデータ自体はラバロン側に保管されてるけど、今の状況になってるのはリオナも知ってるからアクセスに応じた感じ。


 雀宝には麻雀牌や卓の色を変えたり、牌に炎や雷とかのエフェクトを付与したりする環境設定があって、恵森清河はずっとデフォルト設定のままやってるんだけど……今し方、再起動前にロットナー卿が作成した環境設定ファイルを恵森清河が共有サーバーから読み込んだね。


 雀宝では自分でデザインした麻雀卓やエフェクトをプレイデータ内か共有サーバーに読み込んで保管したり、他人に配布したりも出来たりします。


 パスワード付きだったロットナー卿の環境設定を読み込んでフリー対局画面へ……そして噂のCPUを恵森清河が選択……席順が決まったので3人が着席……折り畳み式じゃない椅子は恵森清河の席になりました。


 それぞれの目の前に現れた開始ボタンが全て押されると、部屋全体にフィールドが描画され……それによってそこまで高くない天井までの距離感は無くなり、遥か上空と思えるような位置で雀宝裏ボスの登場演出が描画され始めます……


 まず赤に寄った橙色を基軸とする赤から黄色の範囲で様々な色の紅葉の群れが夥しい数で現れ、全ての紅葉はどの方向に動いてるか判別出来ないほど目紛しい速さを見せてるけど明らかに球体を描こうとしてて……全体の移動速度が一気に上がるや紅葉の色は1枚残らず青に寄った青緑色の1パターンだけになり……


 次の瞬間、それら紅葉全てがその描いた球を展開するかのように一斉に広がって消え去り……まだ球部分の印象が残ってる間にその中央に炎が灯ると膨らみながら一気に燃え上がり、その色は真珠……具体的にはシルバーで、干渉色のピンクが炎の揺らめきにより至る所から現れてます。


 そんな大きな炎の中から抜け出るように、人らしき姿が飛び出して来て……うつ伏せ気味だった体勢を整えると落下速度が緩やかになり、両目を閉じて直立したまま天から降りて来るような感じに……


 背丈はそこまで高く無いけど低めでも無いかな……そんな少女の髪の色は鮮やかな青緑だけど陰影部分は暗く鮮やかなビリジアン。


 髪型はツーサイドアップと言うにはその手前に更に1対の小さなツーサイドアップがあって長いツーサイドアップと短いツーサイドアップの距離はそこまで離れてないので髪を通す金属の飾りは一体化した形状……


 既にツーサイドアップの定義から外れてるけど後ろ髪は3つに分岐してて真ん中が一番大きくて長い……こっちは金属の飾りが連結される事なく1つずつだね……一番手前の短い2本を除けば5本とも驚く程の長さとボリューム。


 そんな髪を分岐させてる金属の飾りは全て同じ金色で……映り込み部分が紫色になる性質がある上に各形状もかなりデザインされてる。


 服はRPGで言う魔導師のような高位の魔法使いが着てそうな厚手のローブで青磁のような色調を帯びたターコイズの生地……縁取り部分や結構な割合で描かれた模様の補助に使われてる金色は、これも映り込み部分が紫色になる金属で……


 そんな金色よりも少ない分量で、レモンイエローをライムカラーに寄せ気味にした上で強烈な彩度を放つレモンライムグリーンが所々に施されてます。


 以上の3色で凄まじくデザインされたローブをノースリーブとアームカバーの3つに分けた服だと言いたいけど……余程着込まれた服なのかいにしえの装備なのか……長旅を積み重ねて来たかのように生地は痛み、色もややくすんでて……


 エイジングまで施した衣服のデザインは雀宝ではこのキャラのみ……他のキャラの服は使用色を前面に出す為に新品のような質感です。


 ローブは膝下まで伸びてるので空色の靴がミドルブーツであるという事実を曖昧にしてる……靴の裏側はここにも映り込み部分が紫色になる金色……実はニーハイソックスも履いてて、右脚が紫で左脚が黄色……共にレモンライムグリーンによる模様が描かれてる。


 そんな姿の少女が着地間際の高さで停滞したけど、さっきの炎と同じ真珠色のオーラを全身から放ってて……その量は強弱具合によって変化し、落差も激しい。


 ところでアメジストの紫色とシトリンの陽の光を湛えたかのような金色が混在し、両者の分量によって表情も印象も変わるアメトリンという宝石があるんだけど……


 この宝石を知ってれば結構淡い色合いのマニュキュア部分もアメトリンのような紫と黄色が混在するデザインになってる事が判るね……ちなみにマニュキュアの塗り方は爪ごとに違ってて左右の指で対称関係になってます。


 やがて開かれた瞳とその色はアメトリンを格段に鮮やかにして宝石の概念を越え兼ねない発色と輝きを放ってて、絶えず2色の分量も分布具合も変化してる……そんな両の瞳の色にコードネームを与えるなら『オーバーアメトリン』が落とし所かな。


 そんな瞳が開かれる少し前から恵森清河が発言を始めてたよ。


「ちょっと時間を空け過ぎたわね……」


 恵森清河の言葉は続くけど声が震えてる……それは何処か嬉しそうで、今にも怒声に変わりそうなほど語気が荒々しい……まぁ、何しろ……


「まずは貴方を……ここから貴方が勝つ可能性を、未来を……滅ぼしてから明日にでも挑んであげる……だから今から覚悟しておきなさい――」


 去年の恵森清河はまとまった時間があれば、この雀宝裏ボスのいるボス戦で打ち続け……点数不足で強制終了されてはまた挑み、幾ら挑み続けてもあと一歩と言う所まで届く事も無く……遂にはクリマス返上で打ったのに勝てなくて……年が明けて半年が経った今でも勝利は見えない。


 フリー対局で勝っても意味は無いけど、要するにこれは今後の景気付けだね。


 恵森清河は感情をむき出しにして、今までの無念、溜め込んだ怨念、打ち滅ぼすという信念……


 その全てを言葉に乗せるかのように……恐ろしいまでの声量で、一気に叫んだ。


九蓮覇くれはぁあああぁああぁあーッ!」


 部屋全体に描画されたフィールドは海底……色取り取りの珊瑚の森に囲まれ、時折目の前を横切る様々な熱帯魚……珊瑚の森の更に奥では極彩色でデザインされた建造物が何軒もあり、かなり栄えた街である事が伺えるね。


 これらは描画された映像だけど、音響との連携でプレイヤーの声が海の中で発せられた場合と同じ感じで響き、黙っていた時間に応じて口から酸素が吐き出される演出も部屋内の映像を取得してるから機能してます。


 恵森清河が叫んだのは九蓮覇の瞳が開かれ始める頃で、九蓮覇の席は恵森清河から見て対面だったけど周囲の景色がこうだし、こんな事を考えてみるのもいいかな……海の底から何処まで声を張り上げれば――


 水面みなもを越えた向こうにある、天まで届くのだろう……


 それでは半荘戦の始まりです。

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