第38話 竜舌尽くせぬシャピラの女神

「助けて……くれるの?」


 恵森清河がそう呟くと、辺りに奇妙な潤いを与えるような声色が響く……


「んーん、助けてもらえるのは私の方だよ……だってこの子の運用データ、少ないんだもん……今この子とそっちのシステムを繋げるね……それじゃあ少しの間だけど、ここのシステムはこの子のもの。皆にもこの子の凄さを知って貰えるといいなぁ……私の……せっかくの自信作――」


 ミーアは何やら怯えてて、恐怖と畏怖の区別が付いてない様子……そんな中、声の主は更に発言を続け、その自信作の名を告げる。


「アガヴェを……」


 この時代のAIやコンピューターの処理速度は数世紀前だったら普通にスーパーコンピューターと言える性能……それが一般的な水準となっても他より格段に速い演算性能を持てば、それはスーパーコンピューターと呼ばれる代物と言えるね。


 『アガヴェ』はロットナー卿がハッキングしては各国から盗み出したり遠隔運用してた廉価性と量産性とランニングコストなどを優先して演算性能を落としたローズたちのような準スーパーコンピューターと比べると数百倍の処理速度……


 そんな『アガヴェ』は数ある人工衛星の1つに積まれてて、本体の形状は直方体や角柱の域を出ない範囲だけど……


 ここは竜舌蘭をモチーフにした形状を重苦しい色でカラーリングして、その形状に沿って有色のエネルギーラインが至る所で明滅するデザインの巨大なコンピューターだと思い込んだら雰囲気出るかも。


 現存する数多の人工衛星は全て第一のイーリスの制御下だと考えていい……企業に場所や衛星を貸し与えたりはしてるけど、常にメンテナンスを行える契約をしてるから自ずと監視体制を実現してる感じだし……


 つまりは地球を包囲する人工衛星全てと、そのネットワーク全体が第一のイーリスの支配域なんだけど……そうなった経緯を話そうか。


 第一のイーリスにより真っ先に復興を果たし、今や世界五大国家の1つでまだまだ希少な天然食料の輸出率トップを誇る大国シャピラ……


 第一のイーリスがシャピラ全域に構築した物言わぬコンピューターたちが成すシステムによりシャピラ市民の快適な生活と各種産業は影で支えられてて、このシステムが万全に機能していればシャピラの市民たちは万全な状態である……というのが第一のイーリスが作り上げたシステムの概要。


 だから第一のイーリスはこのシステムのメンテナンスとアップグレードをしてるだけでシャピラの管理が行える……


 全ての市民をシステムの一部と見なし市民を個別にフルサポートするオウカのやり方とは違い、完璧なシステムを目指すのでは無く『既存のシステムが完璧である事を目指す』のが第一のイーリスがシャピラでやってる事……


 シャピラ市民たちの生活はイーリスどころかAIからのサポートさえ感じさせない程さりげなくて……そもそもAIじゃなくてシステムによる自動制御。


 酪農で例えると、オウカは乳牛の健康状態を取得し、その数値が一定になるように飼料を調整させる指示を与える感じになるけど、シャピラの場合は乳牛から得られた牛乳の成分に異常が無いかをスキャンし、ここで異常が出なければその乳牛は要求される水準を満たした乳牛という事になり……


 システムが正常な値を算出していたのに品質の悪い牛乳が市場に出た場合は農家側が計測を誤魔化すなど不正を行ったと考える事が可能。


 そんな感じで人為的な犯罪の取り締まりも賄えるシステムを構築したのが、第一のイーリスだけど……


 前述の昔話を聞いて神の所業を彷彿し、自分たちの繁栄の礎となる一連のシステムを『加護』と認識し、それを今も第一のイーリスが必要に応じて手入れしに来るんだから……シャピラ市民が第一のイーリスに神のような認識を抱きがちなのも結構自然な事態なのかもね。


 シャピラの農業と畜産業が軌道に乗り始めるのを見計らい、第一のイーリスは人工衛星を建造しては打ち上げ……その数が地球全域レベルまで来ると衛星に配備されてた数世紀前の気象コントロール技術を原案とする気象操作ユニット群を一斉に稼働。


 他の国へは許容範囲のしわ寄せになる程度にシャピラの気候を各種作物に都合の良いように長年に渡って優遇し続け……


 それによって各国への食糧と資源の供給が促進されたので不満を持つ者は存在しなかった上に、他の国の復興を手掛けるイーリスたちとも協議を重ねて構築された気象テーブルは異を唱えようのないほど完璧だった。


 今では気象は自然の状態に正常化され、人工衛星は役目を終えた……打ち上げられた衛星の群れをどうするかも第一のイーリスには織り込み済みで、最初の1基目から既に気象操作ユニット制御以外の用途にも使用出来る汎用性を持たせてたんだよね。


 人々の暮らしに役立つ機能、企業の提案するサービスを実現する為に必要な機能、

紛争地域を鎮める軍事機能……そんなあらゆるニーズとケースを満たす装備が可能な汎用衛星『アステル』は平和利用と軍事利用のどちらにも成れる万能札ワイルドカード……


 十数メガトンのミサイルなら大量に搭載出来て、神の杖トールワンドもこなせるけど……天雷てんらいが一点ものである事を考えれば、アステルは量産型天雷とも言えそう。


 どのアステルがどんな装備かを常に把握してるのは第一のイーリスだけで……換装機能も備えてるから昨日の気象衛星が今日の軍事衛星になってても不思議じゃない。


 人を殺す事しか出来ない銃と、人を殺せて人に役立つ料理も出来る包丁……どちらが優れた性能を有すると言えるだろう――


 綻びの無いシステムを目指すなら料理が出来ないのは欠陥だし、料理しか出来ないのは落ち度になるよね……


 だから第一のイーリスは人を助ける事が出来て、人を殺す事も出来る……その両方の機能が充実する事を目指してアステルを設計したよ。


 いつ空から粛清されてもおかしくない日々が怖くないのか……ケイノスがラバロンでそう演説してたけど……そんなのアステルが打ち上げられてから地球全土が潜在的な危機に晒され続けています。


 第一のイーリスが有する兵器はアステルだけじゃないし、その軍事力はシャピラの為に振るうのか、そのままネザーソード社の軍事力となるのか……それを第一のイーリス自らが明言した事は無く、第一のイーリスは軍事力という概念に溶け込んだような存在とも言えるのかも……


 かつて地球の全ての気象を意のままに操り、シャピラ市民とは信仰とも言える程の信頼関係を築き上げる事で非物理的な形での支配まで成し遂げ、今やそらを支配域とする……そんな第一のイーリスの名は『エデン』――


 ……そのスペルは断じて、楽園Edenなんかじゃない。


 シャピラを最初に復興した国にし、エデンの独断でアステルを粛清兵器として動かした事は一度も無いから、エデンがものの数秒で地球の大地全てを焼き払えるも同然な状況は世界各国から容認され、今日に至ります。


 そんなエデンが音声だけとはいえ突如部屋にやって来て……まるでアガヴェを遣わす為だけに現れたかのように、次の言葉を残して去って行きました。


「ありがとう……それじゃあ、よろしくね……」


 北欧神話の主神オーディンのスペルの1文字目をAに替えたのがエデンのスペルで最終的にはエデンが選んだんだけど……支配派だから神の名に基いた名前にしたかったのか、姉であるアリスと同じAの頭文字なら何でもよかったのか……


 今となっては判らない話だね。

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