第四章 踏み込んだ、その先に――

第23話 零れ落ちたものと、その中身

 その少女がまだ3歳だった頃、両親が旅行会社の大規模ツアーに参加する事になり、明日はいよいよ出発日――それから数日間の記憶が少女には無い。


 その少女の5歳の誕生会が開かれた年……ニュー・クリア以降、放射性物質関連の人体への脅威性が解消された事によって開発された、小型トカマク型核融合炉搭載の自動車型飛行乗用車のテスト飛行に両親と一緒に参加する事になり、それは明日――少女にはその日の記憶が無い。


 そんな少女も、両親から13歳の誕生日を祝われ初等教育学校も無事卒業……入学試験はそこまでいい結果にはならなかったけど合格は出来ました。


 ここはとある研究所、見た目そっくりな少女2人がガラスの向こうにいる少女を眺めてる。


 その少女の髪はベージュ色で肌の色は赤い絵の具でも流し込んだかのように黒ずみガラスの向こうの少女たちと同じオレンジ色の瞳をしていた……


 そんな少女1人と少女2人がガラス越しに音声を送信し合い、会話する。


「来てくれて、ありがとう」

「セツコちゃん……」

「今まで遊んであげられなくて……ごめんね」


「いいの……わたしはいい子だって博士は言ってくれたけど、肉体カラダは悪い子だから……マコちゃんよりも、ずっと」


 やがてセツコと呼ばれた少女は最後となる実験データの採取に参加します。


「博士の計算が正しければ……わたしは、これで……」


 そう言った後セツコが何かをする素振りを見せた瞬間、セツコの体の至る所が内側から肥大化したかのように膨れ上がって行き……その全体が沸騰でもするかのように人間であるはずの形状が瞬間的に著しく変形を繰り返し……


 弾ける時は一斉で、手と足の先くらいは残ったけど他は見事に破れてて、体液の殆どは吐き出されたので、ヒトの血の赤が実験場の床を見事に染め……


 セツコだったものの顔半分が転がってるけど、苦痛を受けながらも何処か笑ってるような表情と言えそう……


 やがてガラスの向こうの少女2人が喋り出す。


「次は……わたしたちだね。まだ時間あるけど」

「博士はどっちかが大丈夫だって言ってた。本当にそうなれば……確定だって」


 それから時間が飛ぶけど……さっきの少女の片割れがその体液を同じ部屋かは判らないけど、実験場の床を染めていた……セツコよりも弾け方が酷かったので体液に染まった肉塊しかない。


 一連の様子を隣の部屋から見ていたもう1人の少女が駆け付けると、セツコよりは悪い子では無い、その内容物に触れる事を許されたので、少女はその肉塊と体液を手の平で掬う……


 ヒトの血液とは掛け離れた粘性を持つ、その青い体液を……


 少女は終始、喪失感の中を漂うような虚ろな瞳と表情を浮かべてたけど……弾けた方の少女の頭部全てが弾け飛んだので最期はどんな表情をしていたのか……それを知る手立ては、もう無い。


 独り残された少女はかつての家族の感触という名の残り香を確かめるかのように手で何度も何度も掬い……


 全然気分転換になる話じゃないね、これ……突如現れた謎の機体の話に戻ろう。


 搭乗者について語ろうにも、コックピット内は空席……そんな機体から肉声同然の音声が聞こえてきました。


「それでは西郡灯花さま。投降を進言して下さい」

「え、カヤ……?」


 西郡灯花が呟いた通り、謎の機体が発したのはカヤの音声で……西郡灯花が指示に従うよりも早く、ポールが機体越しに叫んだ。


「投降は了承した! だが……質問がある! どういう事だ……? ヘリオスが乗っ取られた……いや、中で誰かが操縦してるだけか?」

「当機は操縦スペースはあるものの無人。つまり遠隔操作です」


「ケイノスが言っていたぞ……ヘリオスは独自言語によるスタンドアローン制御……非ネットワーク型の機体をオウカと言えどハッキング出来るはずが無い!」

「当機は鹵獲ろかくされたものではありません。鹵獲した機体を集め、転送装置にて我らがオウカ様が再構築したものです」


「まさかネットワークに対応する構造に作り変えたというのか……それなら合点が行く……その機体の色も、そこにある小洒落た床と似た色ではあるしな……」


 カヤとオリバーのやり取りが続き、最後にオリバーが言ったように、渦中の機体はヴェノス市内のの至る所にある移動床の暗さと濃さを兼ね備えた絶妙な赤紫色と同じ……


 ヘリオスのボディは鋼鉄製だったけど、この機体全体には比較的新しい合金が使われてて震月では歯が立たない強度……


 これでも結構有り合わせで、改善の余地はあるけどね。


「まだ試作機段階ですが、この機体を我らがオウカ様は、躯陽くよう改桜かいざくら……一般的な呼称としてブロッサムという名をご用意致しました」

「色々あったが今日は貴重な体験をする事が出来た……我が生涯の締め括りとしては上出来だろう」


 カヤがそう述べた後、オリバーがそう言うと蜂型メカに刺され拘束対象になって……カヤがブロッサムを通し、西郡灯花に提案する。


「西郡灯花さま。快適とは言い難いですが当機には座席スペースがあります……他の皆様の所までお連れする事が出来ます……搭乗しますか?」

「乗っておくかな……合流手前で降りないと攻撃されそうだけど」


 西郡灯花がそう答えると躯陽と同じようにブロッサムの搭乗ハッチが開く……こうして西郡灯花はブロッサムに乗り、北内桃奈子と茶遠一がいる場所まで移動開始……


 ちなみに、もしも魔法を使える人物が躯陽のような密室による視界描画型じゃ無く強化ガラスで直接外を視れる機体に乗った場合、持ち前の魔法を放つ事は可能だよ。


 さて特に何事も無かったので西郡にしごおり灯花ともか北内きたうち桃奈子もなこ茶遠さとうはじめがいる場所に到着……岩瀬いわせ麻七まななも比較的近くにいて、北内桃奈子に攻撃されるリスクは事前に次の伝言をカヤに伝えさせる事で回避しました。


「ヘンな色の機体を乗っ取る事が出来たから、そっちに向かってます。攻撃する前に声を掛けてね」


 西郡灯花がブロッサムから降りると真っ先に北内桃奈子がこう言った。


「茶遠ちゃん守ろうと気が立ってたから、伝言無かったら絶対攻撃してたよ……あぶないあぶない」


 それからカヤがオリバーにも話した内容を機体越しに説明し……北内桃奈子と茶遠一がその感想を述べます。


「鋳型は同じだけど、流し込むものが全然違う……みたいな?」

「相手からしたら攻め込む際に振り回してた武器のアプデ版を持ったエネミーが押し寄せて来る感じかー」


 そんな中、少し先の高い建物の屋上にいた岩瀬麻七は皆と合流すべく手頃な幅と厚さの直方体を次々と生成し階段状に繋げ……程よい高さから飛び降りた頃には、西郡灯花たちの傍まで来れたので、いつもの調子で発言。


 あ、ブロッサムの事はさっき頭部デバイスから説明されてたよ。


「みんな無事でよかったの! それにしても色……奇麗なの」


 そんな風に軽く会話した後、西郡灯花が発言し、カヤがそれに答えます。


「これからどうしよう……学園は今、大騒ぎだし戻るわけにも……」

「皆様のおかげでヴェノスの被害は抑えられブロッサムも要所へ配備出来る状況となりました。ロットナー卿と名乗るテロ首謀者が次の一手を用意している可能性も否めず、安全な場所へ避難し待機するのが確実と思えます」


「あの」

「茶遠一さま。如何されましたか?」


「街頭演説してた2人の内、舞台っぽい演説して無かった方の人は……今どうしてますか?」

紅月こうげつの残弾を使い果たし補給ポッドを探しています」

「その人の所まで……私を連れて行ってくれませんか?」

「え?」


 茶遠一がカヤに話し掛け、やり取りの末に茶遠一がした発言に、北内桃奈子がいち早く驚き、他の2名の顔に戸惑いの色が現れる中……カヤが発言する。


「何か目的があるのですか?」

「会って……話がしたい。聞きたい事が、あるんです」


「それを行うのならば茶遠一さまの命の保証を放棄する事がヴェノスの防衛に繋がる事態となった場合、我らがオウカ様は茶遠一さまの命の保証を放棄しヴェノスの防衛を優先します」

「それでも、命を懸けてでも……確かめたい事があるから――構いません」


「一連の会話と映像は抽出され記録されました……では当機の中へ」


 魔法が使えず、口調が少し丁寧なだけな茶遠一がカヤとやり取りし、茶遠一が最後に何かを胸に抱きながら真剣な表情と声色で告げると、カヤはそう言いながらブロッサムの搭乗ハッチを開く……


 そんな光景を見て、一同は言う。


「茶遠さん……」

「だ、大丈夫……その機体、他の機体より強いんだから中にいれば安全だよ!」

「無事に帰って来て……なの」


 西郡灯花、北内桃奈子、岩瀬麻七が発言し……茶遠一が搭乗ハッチに乗る際、何処か思い詰めたような調子で茶遠一がこう言った。


「みんな、心配掛けてごめん……でも私、行かなきゃ……それと、もしもの結果になったら、その時は――」


 次の発言をする瞬間、茶遠一は悲しさが滲み出てるけど暖かさもある表情を浮かべそれは笑顔とも捉える事も出来なくは無くて……


 そんな表情をしながら、茶遠一は更に呟いた。


「仲良くしてあげてね」


 その言葉と表情を最後にブロッサムの搭乗ハッチは閉じられ、茶遠一はカヤの制御するブロッサムに乗り……ヴェノス側の焔陽の搭乗者――ゴードン・スタークのいる場所へと出発したよ。

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