第21話 虐殺なんて、あるわけない

「おぅ、お前ら降参しろ。そういう作戦じゃなくて本物の降参だぜ? ちょいとこの嬢ちゃんと話がしたくなってな……」


 そう言いながら嵐陽から降りた傭兵は全ての武装を捨てた状態で恵森清河へ近付いて行く……恵森清河は警戒を一切解かずに他の躯陽の動向にも睨みを利かせてて……


 傭兵が無防備である事をアピールする格好で近付く中……沈黙を貫き通せなかった躯陽の搭乗者が音声を発した。


「隊長……何を?」

「目を……見たくなったんだよ。この嬢ちゃんの」

「目……ですか?」


「あぁ……そして見に来た甲斐があったぜ……こいつぁ、とんでもねぇ」


 隊長と呼ばれた傭兵は恵森清河の目付きを観察するには十分な距離まで近付き……更に接近したから恵森清河の表情は見るからに不機嫌そうになったね。


「人を殺しそうな目だとでも、言いたいの?」

「いや……その目は大事なヤツを殺され、復讐に明け暮れるヤツがするような目だが少し違う……獲物を狙う為に研ぎ澄まされた目だ……そして、その獲物はここにはいねぇ……そうだろ?」


「寝ても覚めても何をしていても……その獲物の事が忘れられないわ」

「今すぐにでも、そいつの首を取ってやりてぇが、それが出来ない……そんな感じか?」


「お見通しね……それともそんなにダダ漏れの目だって事かしら?」

「そいつの為に用意したものを下手に他人に向けたのが今の嬢ちゃんの目……ってところだな」


「この感情……衝動は普通のものとは違うのは確かね……殺したいんじゃない、滅ぼしたいんじゃない……倒したい、克ちたい、一度だけでも越えてみたい……それがもうずっと出来なくて……こうしてるわ」


「まぁ、そういうわけだ……お前ら、さっさと降参しろ。他所様に向けた闘争心のとばっちりだけで全員死んじまうぞ」


 そんな傭兵隊長と恵森清河の対話により恵森清河が相手にしようとした躯陽の部隊は全員拘束対象となりました。


 傭兵隊長は長年戦場を渡り歩いて来た、熟練の戦士……そんな傭兵が、恵森清河と会話する機会がもう少しあったので紹介しておきます。


「なぁ……嬢ちゃん」

「何かしら?」


「おめぇみたいなべっぴんさんが……ずっと戦場にいるだけで若い時期を楽しまずに終わる……そう考えたら、ちょっとな」


「この戦場のすぐ外には可愛い仲間たちがいるから、アタシ独りじゃない……最近はそういう風に過ごす事も出来るようになったから……ま、心配してくれたお礼だけは言っておくわ……ありがとう」


 ここはもう大丈夫だね……残る嵐陽の機体は2つ……ポールが乗る焔陽とケイノスが乗る氷陽もあったね……


 そうなると、この様子を紹介するのがいいかな。


「あんたが大将? なかなかゴツイ装備してるわね」

「普段から武器を作ってりゃあ……使ってみたくもなるってもんさ。こいつらは俺が設計したわけでも無いが……武器ってだけで愛着も湧いて来るってもんよ」


「ふーん……じゃあ今回の兵器たちは、あんたが造ったの?」

「そうだ……そういう意味では大将と言えるかもな」


「じゃ、あたしの点数稼ぎに付き合ってよ……もうひと押しでこの赤銅色のバッジが上へ行けそうなの」

「大賞首取って手柄が欲しいってか……だが、このポール・サイモン・ファーナム……」


 女子生徒とポールがやり取りした末、ポールが焔陽の左腕を動かし……翠月すいげつこと大型のプラズマ砲を女子生徒に向け、攻撃を放つ直後……こう叫んだ。


「簡単にやられてやる気はねぇぜ!」


 翠月は武装全体が緑色を意識して塗装されてるけど……そんな銃口から球体が前方に少し変形したような感じで3発のプラズマ弾が発射され……それを魔法で防ぐ女子生徒……


 具体的にはマグマを前方に生成し、それを瞬時に固めた……これにより、弱出力のプラズマ弾は防がれたけど……


 固まった防壁が再び液状になり、その中から固まったマグマが弾丸のように幾つも放たれ、マグマの体積がその分だけ減って行く……


 ポールは焔陽の右腕にある震月しんげつの回転部分に弾丸が当たるように動かす事で防いだけど……今度は大きな岩石が向かって来たので、叩き斬る。


 ちなみに震月は合金製なので躯陽本体よりは強度があるから、こうして盾にする事も出来る設計……


 さて、切断した岩石が急激に溶岩へ戻り、そのまま焔陽に襲い掛かって来たので、ポールは慌ててダッシュローラーで後退し、回避……


「あら、残念」

「これが魔法ってヤツか……魔法が発見されたって聞いた時は、もう実弾を使う武器の時代は終わりかと思いもしたが……そんな時代の風はまだ感じねぇなぁ」

「殺傷能力が低いまま火力が伸びない生徒も結構いるからね……下手な炎の魔法よりも既存兵器の方が安定した火力が出せるし」


「武器として考えちまうと攻撃魔法ばかりに目が行くが……それだけが魔法じゃねぇよな? 補助や回復とか色々……」

「そういえば攻撃魔法の生徒しか見て来なかったわね……今度意識して探してみようかしら」


 この後ちゃんと戦闘は再開され、ポールが翠月をチャージして女子生徒に放つも、幾重にも重なった溶岩の壁に阻まれる……


 この女子生徒の魔法ラーバウェポンは移動速度遅めのマグマを操作し、そのマグマをほぼ瞬時に個体にし、固まった状態のマグマは素早く動かせる……液体に戻す際もほぼ瞬時で、マグマを武器の形状に固めて手で振り回す事も可能……


 マグマを固める際に分量を多く割り当てれば、弾丸に爆発性能を持たせる事も出来て……つまり射撃性能があるので、迎撃テストの試験官の常連です。


 そんな適性を持った別の生徒がケイノスの乗る氷陽と交戦してたから、そっちも見に行くかな……こっちは女子生徒が焔陽の背面武装に発電機がある事に気付けば一気に勝負つきそうだし……


 「やべぇ……張り切り過ぎた……もう魔法、撃てねぇ……」


 さっきまで魔法で応戦してた生徒が足取りふらつかせながら、そう言う中……氷陽が放った液体爆薬を凍らせた鋭く尖った塊が迫る。


 生徒がそれに気付いた瞬間、滝をそのまま横に放ったかのような水流が生徒の背後から現れたかと思いきや、たちまち氷の壁になり……


 爆薬が突き刺さり表面が融けて爆発するまで防ぎ切り……再び水流になると、駆け付けた男子生徒が生徒に言う。


「ここは任せろ……疲れてるなら休め」

「すまねぇ!」


 性別説明しそびれた生徒は立ち去り、カッパーパッジの男子生徒はケイノスと対峙し……氷陽が何度も発射する爆薬弾を氷の壁で何度も防ぐ……


 この男子生徒の魔法チェンジウォーターはさっきの女子生徒のように水と氷を幾らでも行き来して攻撃と防御を行う……水の時に変形して凍らせる感じ……


 こっちは水の時でも氷の時と速度は同じで速射を語るには十分な速度……迎撃テストの試験官になった時は氷柱を連射してます。


 男子生徒が次の一手を探ろうとした時、ケイノスが呟いた。


「んー、やっぱり気分が乗らんなぁ……」

「さっきの演説の時の妹ボイスで喋ってみるか」

「お兄ちゃん! もうやめて……あたしの為に戦わないで! ……こんな感じか

……流石に気恥ずかしいな」


 男子生徒が冗談でそう言うと、ケイノスは例の妹ボイスでそう言ったけど……後半は元の落ち着いた調子の声に戻ったね……


 男子生徒との会話が始まります。


「……本当にやるとは思わなかったぜ」

「このデバイスを機体に詰め込む頃は命乞いに使えると思ったのが……そのまま殺されたら悲惨な最期になる事に出発直後気付いたな……」


「すっかり戦意が削がれちまったなぁ……仕切り直すか?」

「待て、元々私は戦う気は無かったのだ……現場の空気に流されて付いて来たようなものだ」

「でも明らかにリーダー機体に乗ってるよな……?」

「体育会系の連中が多い中、少々プログラムが出来るだけで右腕に祭り上げられたのだ……ロットナー卿はそれに多少以上の心得があるからな」


「でも他の奴らは国家反復……だったか? 革命とか言ってるんだろ?」

「確かにこの作戦が成功すれば、それは革命と言えよう……この社会に関しては私も思う所があるが、こうまでして変えたいとは思わぬな」

「ん? 何かあんのか?」


「例えばアリスは全ての通信ネットワークに生息するプログラムだ……見方次第ではコンピューターウィルスと捉える事も可能だが……コンピューターウィルスもソフトウェアも内容自体は同じプログラムなのだ……この話は退屈か?」

「いや、続けてくれ」


「この二面性はハッキング行為でも言える。法を順守した上での社会的に善良な行為であればホワイトハッカー……法を破り、社会的に悪意ある行為であればクラッカーと呼ばれる……だが使われている技術と内容は同じだ」

「ハッカーという言葉自体も定義が曖昧だよなー」


「そして現実的な話だ……包丁というものがある……それは食材を加工する為に切断性能を与えられた……だがその鋭利な形状は人への殺傷にも使う事が出来る……このように1つの物事には複数の性質があり、定義も曖昧になりがちだ……さて前置きが長くなってしまったな」

「いよいよ本題か?」


「そうだ……今の社会は人間を様々な方向で手を加えた存在を許容する。伴侶が無くとも1人の遺伝子情報だけで人工的に子を産みだす技術……データ構築された遺伝子を実際に作成し胎児段階まで成長させ、そのまま任意の年齢まで成長させる完全人造人間――プロダクター技術と、その全自動化装置に至るまでの技術……人体の組成自体を大きく変える技術。前述の通り、物事の定義とは曖昧なものだ……ではこのような人間自体を改変したものを人間の多様性とし加えて行った場合……人間の定義とその性質は以前のままでいられるのか? 今の社会の在り方を否定する気など毛頭ない……だが昔このように考えた時……とてつもなく恐ろしい気分になった……思う所とは以上だ」

「全自動だと人間と機械どっちが造ってる事になるのか、もうわかんねぇなぁ」


「話は終わったが……どうする?」

「このまま投降しちまわねぇか? あんたの罪が軽くなるよう、俺が学園長に掛け合ってやっからよ」

「そうするか……だが世界中で詐欺を重ねた罪が私にはあってな……気が付けば被害総額はなかなかの額になったものだ」


 程なくケイノスは氷陽から降りて来て抵抗もせずに拘束対象に……


 ケイノスがロットナー卿の右腕と言われたのはハッキングやプログラミングの技量が組織内でナンバー2だったからで、今回の組織はロットナー卿のハッキング技量により生まれたようなもの……


 特にケイノスはロットナー卿からハッキングとプログラミングの手解きを受け理解出来る範囲で運用しただけでも資金集め工作の足取りを消すには十分で……それにロットナー卿の介入もあり、何年にも及ぶ準備期間を滞りなく進める事が出来ました。


 そんなケイノス――桂乃けいの住信すみのぶは今では麻痺を受け運ばれてます……ケイノスは右腕と慕われる内に出来たあだ名だよ。


 残る2体の嵐陽を追ってたんだったね……その1体は女子生徒2人と交戦した末、攻撃が内燃機関部分に引火して爆発して、もう嵐陽に使える武装は無い状態……これで撃破したと思った女子生徒2名が歓声を上げてます。


「やったー!」

「私たち、つっよーい!」

「ちっくしょう……」


 嵐陽の搭乗者がそう呟いて搭乗ハッチを開ける……その手には自動小銃があり、狙うのは今も勝利を確信して飛び跳ねてる女子生徒2名……男性は更に呟く。


「こんな事をしても何にもならねぇが……小娘2人に負けて人生終わりっつうのはな……それなら最後に小娘2人の命を奪ったって戦果がある方がまだマシだ」


 この心理を説明するには麻雀のヤキトリという用語が丁度いい……一度も和了する事なくゲームを終える事で罰則対象じゃない卓でもヤキトリ解消を意識して三位以下でも順位の変わらない安手をアガる光景って意外とある……


 勝負とは関係無い気持ちの問題で、このまま何も出来ず惨めなまま終わるのは嫌だ……


 そんな感じの理由でラバロン学園の女子生徒2名の命が男性が指を掛けた自動小銃によって奪われようとしてます。


 そして引き金が引かれた次の瞬間、男性の目の前に突如現れた鏡によって弾は次々と弾かれ……気が付けば自動小銃は横から切断され、男性の目の前には今も向こうで、はしゃいでる女子生徒とは違う女性が立ってました。


 その女性は赤肉メロンそのままなくらい鮮やかな髪で瞳は琥珀色……


 男性は思わず呆然としながら女性を見上げ、すぐに言葉を発しようと口を動かし始めた次の瞬間――女子生徒が手の平で生成した鏡を回転させながら軽く振り下ろした結果……男性の身体を頭蓋から脊髄全てに掛け、一直線に分断……


 男性が直立してた場合Y字形状になる感じだね。


 女子生徒の青緑色のリボンで結んだ長くて立派なツインテールが揺れてて……男性の中に詰まっていた血液が一斉に吐き出され、コックピット内は赤い部分が一気に増え、女子生徒の服の一部と顔半分にも返り血が……


 魔法で生成された鏡は綺麗に磨き上げられたような形状なので、自らの身体に赤を招き入れた少女の姿を鮮明に映していた。


 女子生徒は背が高く、斬撃動作により暗城雲雀を明らかに上回るその胸の動きと揺れが治まる頃、静かな声と様子で徐に口を動かす。


「せっかくの機会だから、やってみたけど……」


 女子生徒が仕留めた傭兵はデルタ扱いになってるから、この女子生徒が殺人罪に問われる事は無い……


 それでもこの女子生徒が殺人を行った事に変わりは無く、風も吹いて無いので、そのカッパーバッジが動く事も無い中、この女子生徒……通紅野つくの愛安弥ああやの口から生まれて初めて人を殺した感想が紡がれる。


「いいもんじゃ無いよ……これ」


 それじゃ残りの嵐陽の部隊を見てみようか……この嵐陽の搭乗者はなかなか血の気がある男性で、進軍直後は他の傭兵たちに向かって、こう叫んでました。


「いいか貴様ら! 戦場に来たからには誰も殺さずに帰る何て、有り得ねぇ……その機体を真っ赤にするくらいの意気込みで目に付く者どんどん殺しやがれ! 俺たちゃ獣だ! 血に飢えた獣だ! その乾いた胃袋を血で満たせ!」


 おそらくこの男性は戦場で流す血に何らかの価値を見出したんだね……


 そんな調子で進軍し生徒たちを襲い始めるも魔法で防がれ避難を許し、男性が苛立ってた頃1人の生徒が現れて……それから数分後――


 その部隊がまだ密集してる段階で、その場所は血で満たされていた。


 斬撃魔法がコックピット部分に当たらないようにするのでは無く、そこを確実に狙う事で躯陽に搭乗してた傭兵たちの体は誰を見ても分断され、全ての傭兵が一度の斬撃で絶命したと一目で判る……


 暗城雲雀と率いてた生徒達もこの状況を作り得たし、躯陽の装甲を容易く分断出来る魔法を振るうとは、そういう事……でもここまで的確に無駄なく斬殺死体を築き上げるのは命を奪う行為に迷いが無く、人を殺す事自体に手慣れてる必要があって……


 少しだけ情報を明かすと、この血と肉の溜まり場を作った生徒は1体ずつ斬撃を振るい……その生死を確認する事も無く、死体が血を噴き出すよりも早く……次の機体のコックピット部分に狙いを定め、その全ての行動は傭兵たちに死を与える……そんな存在でしか無かった。


 密集していたとはいえ数十名いた傭兵たちは2分もしない内に殺され、さっき叫んでた男性が何番目に殺されたか、もう判らない……


 もしも殺人鬼があの光景を目の当たりにしていたならば、こう思うのかな――


 何故、あんなにも命を奪う事に無関心でいられるのだろうか……生きている者と死んでいる者は同じだとでも言うのだろうか……。


 少なくとも殺しに快楽を求める者には信じられない光景だったのは間違いないかな……斬撃を振るっていた時、その生徒の顔は部隊を見付ける前と同じ表情で立ち去る際も同じ顔だった……


 とにかく、これでラバロン学園に侵攻して来たヘリオスたちは全滅したも同然……あとはさっき紹介したラーバウェポンを使う女子生徒とポールが乗る焔陽との戦いを見るだけだけど……


 せっかくだからヴェノスでの西郡にしごおり灯花ともかとオリバーが乗る壁陽へきようとの戦闘も一緒に見てみようか……並列というか交錯させるので、どちらが先に決着し、どちらが勝つのか……そう思いながら眺めてると、いいかもね。

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