第17話 その魔法は虚ろなまでに黒く、虚ろに非ず
「岩瀬さんの魔法って本当に戦闘向きじゃないよねー」
「岩瀬さんの魔法って魔法実技試験で何すればいいの……」
「あんな魔法じゃ、ほんっと……どうしようもないとしか……」
「岩瀬さん昨日の魔法実技試験……もうやめよっか、貴方にこの話をするの」
「この学園で一番残念な魔法の持ち主? とりあえず岩瀬さんかなー」
岩瀬麻七が今まで言われて来た内容を意気消沈で廊下を歩く少女に向けて、続々と発言されたような感じで並べてみました。
他の誰かに岩瀬麻七の魔法でダメージを相手に与えてと言っても、無理だ! って叫ばれるだろうね……
じゃ実際に使われてる場面を見てみようか……岩瀬麻七は今、カヤから指示は受けてるものの独りで行動中……
「た、助けてくれー! 言う通りにするから、その魔法をしまってくれ!」
「おい、何だよそれ……魔法だよな? 何なんだよ! これは!」
「長く戦場にいた俺だが……本当の恐怖ってヤツを味わった気分だぜ。そいつが夢の中に出て来た日にゃあ……今まで見た悪夢全てが呑み込まれ兼ねんな……」
カヤの指示に従った結果、岩瀬麻七は3名の躯陽搭乗者の拘束に導く……それから岩瀬麻七は魔法で結構高い建物の屋上まで辿り着き……カヤの指示が来る。
「画面に表示された地点まで移動した
ところで岩瀬麻七は今までこんな事も言われたりしました……男性もいるよ。
「岩瀬の魔法はあれでいいよ……あんなのに襲われたら……」
「岩瀬さんの魔法って何も知らずに初めて見たらさ……」
「昨日岩瀬の魔法が夢の中に出て来てよぉ……この世の終わりかと思ったぜ!」
さてカヤの発言には続きがあるんだけど……この際経過時間無視で繋げます。
「ではこの区域内をそれぞれ満たして下さい……目標の面積に到達しました……では今度はこちらの区域を同様に満たして下さい……目標の面積に到達しました」
そんな感じで岩瀬麻七は4ヶ所の区域に魔法を割り当て、カヤが更に言う。
「では生成した4つを縦に伸ばし表示領域が現れたら、そこから閉じて下さい」
さて丁度この近辺に
岩瀬麻七が縦に伸ばし始めた頃ゴードンは演説再生を繰り返してて、もう少ししたら破壊活動を始めようと思う中……何やら視界に黒い線が見えて来て、ゴードンはそれに違和感を感じるも、演説の再生を続けた……
それから暫くして同じ方向を見ると黒い部分は線では無く塀になっているように思え、それが気になったゴードンは近付く事を決意。
近付くに連れ黒い塀は壁と呼べるまで高くなっている疑惑が出始め……機体が壁に触れるまで接近した時、ゴードンは呟いた。
「さっきより……高くなってるよな、こいつ」
ゴードンは焔陽の拳を握らせ殴る事を試みた……結果、硬い物と衝突した手応えはあったものの強烈な違和感に襲われる……
何せ壁に向かって金属の拳で殴ったのに……音がし無かった。
勘違いかと思ったゴードンは更に拳で2発、3発と殴るけど、やはり無音――
そしてその間も黒い壁は高くなってる事に気付くゴードンだけど……それを見て、ゴードンは恐怖を覚えた。
その黒はゴードンが生涯見た何者よりも黒かった……実際、本物の黒ってそう見る機会が無くて……黒と思ったものには色味があったり結構、色褪せてたり……黒だと思ったものを並べて見れば互いに異なる色だという事が判ったり……
特に0.01%さえ大きな数になるくらいしか光を反射せず他は吸収する素材を知らない人には、この魔法で生成される黒には度肝抜かれるしか無いかな……それが音も無く徐々に成長して行ってます、まるで生き物のように……
そんな黒が今、ゴードンの目の前を塞いでる。
「ふさけやがって……」
ゴードンがそう呟くと焔陽の火力武装――
「こいつは強化ナパームを詰め込んだミサイルランチャーだ……本当なら、この辺りにぶっ放し、水では消せねぇ火の海を作ってやりたかったが……この真っ黒野郎にヒビが入って砕ける様を見たくなったぜ……」
かつて非人道的と禁止されたナパーム弾だったけど、第三次世界大戦時には平然と利用され、開発も進み更なる威力を求めた結果、以前より少ない量で、より高威力で広範囲になって燃焼時間も親油性も向上……
ナパームの特徴は普通の水では消化出来ず、界面活性剤を含む水か、油火災用消火器でやっと消化可能な代物……
だから教育を受ける事が出来ない地域とかでこれが放たれた日には幾ら水を掛けても消えないし燃焼の際には大量の酸素を消費するから窒息したり一酸化炭素中毒にもなるので村の皆が一生懸命水を掛ける中バタバタ倒れて行く……そんな光景が想像出来るね。
ちなみにさっきロドで爆発した爆弾の中身がこの強化ナパームで、今も絶賛燃えてます……ナパームである事はもう解析されてるので正しい消火活動は始まるはず……そんなナパーム弾をゴードンは黒い壁に向けて、まず1発……
「ほ、ほぉ……やるじゃねぇか……だがな」
ちゃんと爆発音がした事に安堵した様子もあったゴードンだけど、今度は紅月を6発放つ。
紅月が標準装備の焔陽はボディの至る所にミサイルを格納する赤いパーツがあり、最初は手首の辺りに備えたものから1発で……今はその両手首にあるパーツから合計6発……
発射の瞬間、ゴードンは叫ぶ。
「その
ナパーム弾は油だから壁に付着した油は燃えてる……そこをゴードンは集中砲火……まだ岩瀬麻七の魔法の説明が途中だったね。
もしも学園の生徒たちに……じゃあ岩瀬麻七は弱い魔法の使い手ですか? って聞けば返事はこうなるかな。
「絶対、私より強い使い手だよ……あれが出来るって、どう考えても凄い」
「普通にバケモン語れるよ、岩瀬は……戦闘向きじゃないにも程があっけどさ」
「私の魔法であれくらい出来たら……世界、滅ぼせるって勘違いしそう」
「地味な所で本当ヤバイんだよな、岩瀬の魔法……」
ゴードンは紅月ことナパームミサイルを撃ち続けてるので、冒頭で岩瀬麻七により躯陽搭乗者を拘束出来た際の魔法を紹介しようか……
「機体の足元に球体を4分割サイズで発生させ、以降は徐々に追加して下さい」
カヤがそう言うと岩瀬麻七は無言で躯陽の足元に買い物カートが包み込めるか微妙なサイズの球体を一度に地面に接地した状態で4つ発生させ、躯陽に向かって押して行き……
転がった球体は躯陽の脚の手前で急停止……そんな調子で岩瀬麻七は同じサイズの球体を出しては躯陽の足元付近に寄せて行くんだけど……
何の脈絡も無く急停止する様は不気味で、岩瀬麻七の魔法は全て前述通りの黒なので、この傭兵にはまるで空間に穴が開いたようにも見える上に、真っ黒くて丸い物体は爆発物を連想させ、それが次第に増えて行く……
このまま増え続ければ何かが起こる……そんな未来を否定したくなった傭兵は投降を決意し、叫んだ。
「た、助けてくれー! 言う通りにするから、その魔法をしまってくれ!」
この魔法の名前はスフィアディビジョン……黒い球体を発生させ、分割前なら拡大可能で、その総量を元に2の倍数で何度でも分割出来る……ただそれだけの魔法。
見た目に反して凄まじく軽いけど、常に『その場に留まる』という性質が働いてて……これを解除出来るのは岩瀬麻七だけで、解除した性質を復活させる事も出来るしオンオフも無制限……これは残り2つの魔法でも共通してるよ。
それじゃ2つめの魔法の場面……再び躯陽と遭遇したのでカヤが言いました。
「手を突き出し、その先の空間を侵食して行き、機体まで辿り着いた
次の瞬間、岩瀬麻七の手の平から黒い何かが蠢くように吐き出され始め……それは生き物のように徐々に成長しながら躯陽へと近付いて行く……
正確に言うと例の黒で、小さめの立方体が障害物を探りながら増殖してます。
岩瀬麻七の魔法は全て、障害物があるとその手前で停止するけど……
この魔法シャッターセルは障害物の形状に合わせてブロックのサイズを個別に調節するので局面にも対応し……形成したブロック群と対象の間の隙間は無いも同然になる……それを最終的に外側の形状が立方体になるまで増殖を続ける。
このようにある程度動きは制御出来るし新しく発動する事で、部分的に継ぎ足すような事も可能……
そんな歪に成長する黒いブロック群が躯陽まで届くと見かけ上の分岐を始め、中の傭兵が叫ぶ。
「おい、何だよそれ……魔法だよな? 何なんだよ! これは!」
「根元から発生させ、同じ要領で機体の腕を目指して下さい」
岩瀬麻七が無言で対応すると目の前で奇妙な黒い何かが音も無く生えて来る様を見た傭兵は何かおぞましいものを感じ……程なく自棄的な勢いで叫ぶ。
「あぁ、分かったよ……降参するよ! すればいいんだろ!」
3つめの傭兵との内容はゴードンが遭遇した魔法と同じのを使ってたので省略……魔法の名前はエクステンションウォールだけど……
魔法の名前は学園側……つまり学園長とリオナが決めてて、データベース的なものに登録して管理するのでコードネームに近い……
生徒はリオナに聞く事で自分の魔法の名称を知る事が出来る感じです。
エクステンションウォールは最初に一定サイズ……縦240センチ、横160センチ、厚さ40センチの黒い板を瞬時に生成……
6つの面のどれか1つだけを選んで、その面を秒速80センチで引き伸ばし……別の面を伸ばしたい場合は一旦今の面を伸ばすのを中断する必要がある……
この操作回数に制限は無く、岩瀬麻七が直接視認出来るという条件を満たすなら、際限無しで面を伸ばし続ける事が可能……
面を伸ばしてる途中で障害物が来ると止まってしまうけど……その際に岩瀬麻七が直接視認してれば、その面からシャッターセルを発生させる事も出来るよ。
ぼちぼちゴードンの様子を見るとしますか……何やら叫んでるね。
「残ったナパーム弾、全部くれてやらぁ! くたばりやがれぇえええ!」
これで博物館や洋館のような横長の建物の屋根も壁も無くなるくらいの火力を注ぎ込んだけど……エクステンションウォールにより形成された黒い壁にヒビは一切入ってません……
その場に留まる性質が非常に強って事は豆腐のような柔らかいものでも、その組成が一切崩れないという事だから破壊出来ないんだけどね。
そんな岩瀬麻七の魔法も生成した事実から意識を離し過ぎると消える性質があります。
今みたいに遠くから眺めてたら維持に問題は無くて……岩瀬麻七の意志で消す場合はグループ毎に消せて、どんなに規模が拡大していようと一瞬……
何やら昂ってたゴードンだけど、大分落ち着いたみたいでこう呟いた。
「何やってんだ俺は……ただの壁相手に紅月を使い切るなんてよ」
ところで、この黒い壁に関してまだ詳細を言ってなかったね……でもこの話が先
かな……
今も自分の魔法にコンプレックスを抱く岩瀬麻七だけど……以前はもっと酷く悩んでて……そんなある日、岩瀬麻七は学園長に誘われ、乗り物に入り出発。
「学園長……急に空の旅をしようって、どういう事ですか? それにここヴェノス上空……撃ち落とされちゃうの」
「事前に申請した上での行為だから大丈夫よ……この辺でいいわね……岩瀬麻七、エクステンションウォールをドアの向こうの空間に発動しなさい」
「わ、わかりました」
ホバリング機能に優れた全体的なデザインがヘリに近い、密室状態のレンタル機の中から、岩瀬麻七は既述の黒い板を外に出現させ……程なく学園長が言う。
「では側面をこれから移動する方向に伸ばしなさい」
この機体は操縦者不在でヴェノスのサービス会社が制御を行ってるけど簡単な方向転換なら乗客が選べる……音声にも対応してるけど学園長は操縦席で盤状ディスプレイ画面にある十字UIで方向を指定……
面は秒速80センチしか伸びないので追い越してしまうけど、待ってればいずれ追い付くので、一連の動作を何度も繰り返す……
その後、機体の移動が止まると学園長は岩瀬麻七に言う。
「今度はこの一番広い面を伸ばしましょう。時間は今と同じくらい」
それが終わると学園長はこう述べた。
「今度は板の底を伸ばしなさい……それをずっと意識しながら学園へ戻るわよ」
岩瀬麻七と学園長こと、
「ん、何だか空が……?」
「あれ? まだ昼だよね?」
「何あれ……空がどんどん黒くなって行く……」
「あ、あれ岩瀬さんの魔法だー……何してんだろ?」
「すっげーなー……ここからだと空全体を覆っちまって見えるぜ」
「怖い……」
「だ、だ、大丈夫……岩瀬さんの魔法は別に何も起きないから」
生徒達の動揺が高まる中、学園長は地上に落ち始めた機体から学園の伝達機構にアクセスし、相変わらずの幼女ボイスでこんなアナウンスを始めます。
「これは岩瀬麻七の魔法……もう暫くしたら解除させるので、それまで耐えなさい。その行動に意味は無いけど、逃げたい生徒は逃げなさい」
さて面を伸ばした時間が25分だったとすると縦横1.2キロ……最初の寸法は省いたけど、厚さは最初の高さのままだから240センチ……そんな巨大な黒い板が、学園上空に生成された、と言いたいけど……
今も厚さは毎秒80センチ伸びてる……さっきの縦横寸法は正確じゃないし実際は長方形かもしれない……だけどそのまま計算しても1.2キロの正方形で厚さ80センチ……毎秒増える体積は115.2立法キロメートルになる。
何も知らない生徒には空が突然真っ黒になり、それが次第に迫って来る……これは空が落ちて来たと錯覚しても無理ないね……
岩瀬麻七の魔法を知ってるか知らないかで発言に大分差があったよ。
「マジか! あの黒いの……ここまで落ちて来てるぞ!」
「あ、あ、あ……慌てるな、直に解除されるんだから……」
「岩瀬さんのあの魔法なら、このまま地面と激突って事は無いんだけど……凄い光景……普通に怖いなー」
「慌ててる人、結構多いなぁ……ただ柱が伸びてるだけなのに……」
あの黒い物体の中にはこの世の
エクステンションウォールは障害物があると止まるので、学園の屋根ギリギリまで迫ったところで動作終了。
この黒い四角柱が比較的眺められる所でレンタル機から降りた学園長は正確な寸法と体積が表示された画面を見せながら、岩瀬麻七に呼び掛ける。
「どう? 岩瀬麻七……」
そして更にこう発言……
「貴方はこの面が伸びろと思いながら眺めてるだけで、こんな事まで出来る魔法が使える……この光景を見て、貴方の魔法がダメダメで何の価値も無いって言う人がいるかしら? 誇りなさい。岩瀬麻七……貴方の魔法は貴方が考えてる程、何も出来ない魔法では無い――」
「学園長……」
空にいる間もずっと沈んだ表情をしてた岩瀬麻七がそう呟くと、心なしか表情が和らぎ、瞳に少しだけ活気が灯った感じになって、小さな声で呟いた。
「ありがとう、ございます……なの」
……じゃゴードンがある意味で我に返った場面へ戻ろう。ゴードンは言った。
「一緒に落下した補給ポッドから武器を調達するか……すっかり火力がガタ落ちになっちまった……」
「紅月の脅威の排除に成功。天井を塞ぐ為の延長を中断して下さい」
1キロメートルと最初の厚み40センチの距離まで伸ばした4つの黒い板で四方を囲み、その上部も5枚目で閉じようと岩瀬麻七が行う中、カヤがそう指示。
ちなみに岩瀬麻七の魔法は増やす事は出来ても減らす事が出来ないので例えば地上から2階に行こうと足元に板を出して高さを伸ばして3階まで来た場合……高さを縮めて2階まで戻る事とか、出来ません。
それにしても体積とは違って物体自体の辺の長さの数値を直方体条件で操作するような魔法だね……
ここらで再び西郡灯花の様子を見ておこうかな。
あ、それと……もう少し経てば、ロットナー卿の犯行声明第二弾が始まったりするよ。
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