第3話 部活動は何にしよう
「はーちゃんただいまー」
「塔子ちゃんおかえりー。お風呂沸いてるよー」
寮に割り当てられた自分の部屋へ帰宅した塔子は汗を流すべく茶遠一と一緒に入浴する……せっかくなのでその際の会話を少しだけ……茶遠一から発言。
「入力テストの結果もう出てたねー」
「悲惨な結果にはならなくてよかったぁ……」
「私もだよ……学費払い続けてれば成績悪くてもこの部屋追い出されないけど」
「ここは部屋がちょっと広いんだったよねー……お風呂も広めだし」
「頑張れば大浴場にも通えるようになるのかな……」
「バッジ手に入れればいいんだっけ……ダンボールじゃない方の」
そんな調子でお風呂から上がった2人だけど、一定もしくはそれと同等の成果を上げた生徒を表彰する際に与えるバッジの中でも問題児に配布されるペーパーバッジは真逆の代物と言える。切り抜いたダンボール紙に黒い油性ペンでそれっぽいマークなどを描いた例のカエル幼女こと学園長お手製の品である。
本来のバッジ同様、着用義務が発生し学園長直々に支給された品である事に変わりは無い為、ぞんざいな扱いをすればペーパーバッジが更に増える事だろう。
「今日の晩御飯パンだけでいい?」
「栄養バランスこれで摂れるから毎日これでもいいんだよねー」
「和洋中自在に作れる料理設備導入したんだから、使いたいけどねー」
最初と最後は茶遠一が発言……プログラムによりキッチンで調理を行うものだと考えればよくて、不慣れな人間が調理するよりも遥かに安定した料理が出来上がる……食材は勿論、必要な調理器具を事前にキッチン内に入れておく必要があるけど使いこなせば毎日レストラン並みの食事が可能。
栄養の管理は事前にカスタマイズしておけばソフト側が自動算出し、今後の推奨メニューを基に食材も計算してくれる……今夜はパンで済ませてしまうものの、そんな横着が出来るのも計算配合された栄養サプリを練り込ませられるからで、そんな一連のプログラムの動作支援をこの学園のイーリス、リオナは行う。
具体的には必要なプログラムをリオナが構築し、高速高精度のパフォーマンスを実現……例えばパスタ料理を作りたい場合、リオナ自らがキッチンを制御するのではなくパスタを作る為に必要な一連のプログラム動作をリオナが構築し調理ソフトに実行させる。
そのプログラムを構築しシミュレーションし実行するまでの時間は、人間が手元のボタンを余程素早く押さない限りリオナのプログラム実行が先になるだろう。
「明日もテストだよ塔子ちゃん……もう寝ようか」
「今日の魔法実技の戦闘部門……最後まで行けたのわたしだけ……? うん、おやすみ、はーちゃん」
ちなみに最初2つあったベッドは片方しか使わない為、他の部屋に移動してあります……塔子と茶遠一は向かい合わせで寝てるけどね。
それから半月が経ち、茶遠一は成績が中を維持しているのもあり部活動に入る余地を検討する為、8時間目終了後に塔子を連れて体育施設に来てて……茶遠一が呟く。
「入るならバレー部かなぁ……無難過ぎるけど」
この学園を学習カリキュラムを加速して早期の卒業を目指せる場であると認識する者にとって部活動は不要な存在。
でもラバロン学園は設立当初から魔法の他にも人間の文化的な活動体験……少し挙げれば図画工作、調理実習、音楽……有能な技術者などの人材育成から掛け離れた学習にも力を入れ、それが多彩に学べる場でもあると生徒を募集した……
さて、何やら会話が始まってる。
「本当はバスケとか剣道とか、色んな部活が元気に活動して各校で大会とか盛んになればいいんだけど……それがまともに出来るのがバレー部しか無くて……」
「部活動の種類自体はたくさんあるんだけど……」
「少人数ながら結構活発なとこもあるよねー……ラーメン研究部とか。部活動中に行けば、美味しいラーメンが食べられる」
「特に運動部は人数が多いと出来る事が増えて、同じ学校の部員同士で試合とか出来るようになる……勉強熱心な生徒は3年と経たない内に卒業するから人数が安定しない……結局あたしはバレー部顧問してるだけ」
女3人の会話の内、最初と最後は教員が発言し、茶遠一の後に塔子がラーメン研究部について触れたわけだけど……その女性教員が自分の右腕を何かを憂う顔で少し見つめ、また発言し会話が再開。
「この体……リオナがフルサポートしてくれるようにしてるから運動関係なら何でも出来るんだけどなぁ」
「体に細かい機械群を埋め込んでるんでしたっけ?」
「そう……その機械同士が流す電流を調節する事で、人間側が動かそうと思わなくてもソフト側が人体の動作を制御……あたしが知らないスポーツでもリオナが知ってれば歴代のアスリートのデータを基に生徒に最高の動きを見せる事だって出来る……その動きをあたしが覚えれば生徒たちに教える事も……」
このシステムを導入すれば自分が何もしなくても機械が勝手に自分の人体を動かす事になるので、コンピューター側がその気になれば人体ハッキングが出来る……全くその通りで、この技術は筋力低下などで自ら動作する事が困難な者の為に開発された技術で、悪用すれば寝てる患者を動かして要人暗殺も可能――
そんなシステムの導入が出来る体育教員を募集したのは学園長であるものの、さっきから喋ってる教員は募集を見た段階ではシステムを導入してなくて、障害とも無縁な健康体だった……
ポニーテールにした銀色の髪は陰影部分に青みが宿りがち……紺色の瞳で結構な長身、胸が運動の邪魔になるか判断に苦しむ程度に豊かに膨らんだ、肉体年齢と実年齢が一致する体育特化教員――
「人数が増えれば増えてもいいんだし、その日の為に色々なスポーツを教えられるよう……頑張るしかないのかな」
「先生……ガンマ?」
「ちょっ、塔子ちゃん」
「バレバレだよね……とりあえず市民位はアルファで保留しとくといいよ……あたしみたいに変えたい時が来てもいいように……一方通行だから、慎重にね」
「それじゃ
「ふわぁ……あー、わらひは文化部の部室が密集した場所を適当に当たってみる……今日は何だか別行動したい気分……」
「じゃあ私は時間の許す限りひと通り体験してみる……あ、今夜の晩御飯、何がいい? 作るのはシステムだけど……」
「んー……船気先生は何食べたいかな? 食材提供してくれたら配達出来るし」
「活きのよかった海鮮食材を今夜中に食べ切るのもありかな……じゃあシーフードピラフお願い」
船気先生と茶遠一は早速、食材をキッチンに運び込めるよう端末で手配……その後、塔子が文化部部室エリアへ向かい始めたので、その間にお話。
人がいなくて部活が出来ない……これは今の社会が抱える問題の縮図と言えるので吹奏楽部で例えよう。
管楽器が揃っていても、それを演奏出来る人間がいないと機能せず、それを教えられる者がいなければ部員の卒業後に部活動は停止状態になる。
つまり優れた技術があっても、その扱いを教えられる人間の育成を怠ると……せっかくニュー・クリアの被害を免れた人類の膨大な技術や文化を保管したデータ――『アーカイブ』を持て余す事になる。
人類のアーカイブを宇宙空間へ保管するプロジェクトが余りにも理想的に機能した結果、ニュー・クリアの被害を人材の一時的な大量喪失と捉える事が理論的には可能で、技術者が増強されれば人類の復興は盤石なものとなる……
そんな気運が高まっている時代とも言えるかな。
「こんにちは」
塔子が踏み入れたエリアはその一帯の室内だけでなく廊下も映像素子充満エリアなので予期し得る事態ではあるものの……まるで待ち構えてたかのように目の前で映像化して現れるや挨拶して来たその存在に対し、塔子は口を動かし……
「こんにちは……」
その名前を口にする。
「アリス――」
要するに映像設備のある場所に行けば、常にアリスと遭遇する可能性があるってだけ……その姿を説明すると髪は頭頂部から毛先に掛けてグラデーションし、それは上から青から青緑でパステルカラーというには色味が結構残ったトーン。
紫色の瞳は鮮やかな発色で、髪に潜り込ませるように頭部にはプラスチックを思わせる質感のピンク色のカチューシャをしてて、髪の長さは背丈以上……常に足を地面に付けずに好き勝手に浮いては動き回ってます。
服装に入る前にそんな長い髪の印象も吹き飛ばす、厚手のサテンリボンをマフラーのように首に巻いてて、その色がレモンライムグリーン……レモンイエローにライムグリーンの色味を加えた上で強烈な彩度にした色とでも言えばいいかな……
両腕にはアームカバーをしてて淡いピンクだけど裏地は結構濃い紫色……裏地部分が袖口まで来てるから縁取ったようにも見えたりも……あと水色のマニキュアが意外と鮮やか。
気持ち程度にフリルが所々にあるノースリーブブラウスの襟元はマフラーで見えないけどV字開き……ブラウスはグラデーションで上から白、下に行くに連れ淡い紫になる……そしてスカートはその色を濃くしたような紫色で、マフラーのレモンライムグリーンの色が所々に施されてる。
淡い水色のオーバーニーソックスと言うにはピンク色の部分にも結構面積が含まれててお洒落にデザインされた模様があるって事で……鮮やかな空色のフォーマルシューズは先端を少し尖らせた形状で靴の裏はレモンライムグリーン。
靴下を除けば全体的に左右対称なデザインで……全体的な雰囲気は『少女』としての佇まいそのもの……
ソフトとしての性能面での意味ならアリスと同等の代物は今のアダムなら難なく量産出来る……アダム社と呼ばないのは略称だからで、アダムの今のCEOの名前は、アダムだったりします……さて本題。
アリスはイーリスの前身となった存在で……ニュー・クリア直後ネザーソード社がイーリスを送り出した頃、国の枠を越えて復興をサポートしたのがアリス。
元々はネットワークに対する障害情報の収集や、ネット利用者のメンタルケアを主な活動とし、それを自律で行うのがアリスで……
プログラム自身がプログラムを設計しコーディングを行う機能はアリス以前からあった技術だけど……その中でも高性能だったアリスの機能を本格的に向上させ、国家規模のシステム運用をこなせるようにしたのがイーリス。
アリスと言えばあのスペルだけど、その2番目にEを追加すればイーリスのスペルになるよ。
そんなアリスは各イーリスに許可された範囲内でネットワーク領域へ侵入し、集めた情報を各イーリスやネットワークに提供するだけの存在と……見事に隠居扱いだけど……『第零のイーリス』とも称されるアリスは各イーリスの長女であり、今もこうして末妹であるリオナの領域を気ままに散策してる。
「この辺は防音設備が充実してるから部屋の中が騒がしくても廊下までは聞こえて来ない……ちょっと遮ってる音を拡大計算した結果を出力してみるね」
塔子の周囲を浮遊するアリスがそう言ったけど、セキュリティ的な観点でこの行為を言えば、外部のプログラムが学園内のシステムにアクセスしその処理設定を意図的に変えようとするもの……
これを強制的に実現すればセキュリティホールも甚だしいけど、アリスは単にシステムを把握した上で弄れる箇所を『提案』しただけでその修正を反映するかどうかはイーリスであるリオナが決定……
そしてこの操作は生徒が提案すればリオナが設定を変更する範囲内の行為……そんなわけで部室から色々な音が聞こえるようになったものの……
文化部の活動自体が静かだったりそもそも今は部員がいなかったりで、案外静かな廊下を塔子は歩くけど……今差し掛かった部屋は何事かと思うくらい騒がしかった。
「やったー! ダイミンカンからのドラ4! 立直があるけど関係ないよね!」
「中が生牌だけど、もなちゃん持ってると信じて切るかにゃー……立直!」
「みんな頑張って……私はオリるの」
「これがアガれたらラーメン部の新作ラーメン食べに行くかなー……」
そんな賑やかさに惹かれるように塔子は部室の戸に手を伸ばしアリスが言う。
「ここは
「まー……じゃん……?」
「私は妹に会いに行くから……それじゃあね」
そう言ってアリスは空中を泳ぎながら空間に溶け込むように姿を消し……塔子が部室に入ると……何やら進展があったのか、盛大な声の応酬が始まった。
「海底牌はひばりちゃんかー……さてツモれなかった」
「それダイミンカン! ……あー、これじゃない!」
「私はそれだよ……ロン」
「メンタンピン三色ドラ1赤1……裏ドラは……無いの」
「嶺上牌ツモ切ったのをロンしたんだから、槓振りありにして倍満に……ならない?」
「槓振りは嶺上牌じゃなくても付くんだったね……ところでそこにいるのは」
「え、なになに? もしかして入部希望者!?」
塔子の目の前にいる4人の女子生徒はさておき、奥で3体のCPUを相手取ってる女性の外見を説明。
青みがあると気付けないほど濃い紫色の髪は肩まで伸ばしてるけど、正面だと右側の髪が左側より長くなるよう切り揃えてる……どちらも両目が隠れない長さで瞳の色はコバルトブルーが水色に寄った鮮やかな色合い……
あとは制服だから省略出来ると思いきや、この学園ではある程度の実績を納めた生徒はバッジ着用の上での私服が認められててアースカラー故に地味だと評価されがちの初期制服時代の、うっ憤を晴らすかのように派手な私服に走る生徒が一般的で……
この生徒は白を基調としたドレスのようなワンピースにフリルや模様の部分が爽やかな青や水色……時折金色の部分がさり気無い……そんな寒色コーデにして『湖』をデザインコンセプトとする服を着てて……付属の長手袋は置いて来て、スカート部分にデザインが集中してるものの動き易さは十分残した形状。
そして胸元の着用を義務付けられているバッジはシルバーで、それはこの生徒が成績優秀者の部類である事を示す……胸に関しては貧乳にも巨乳にもなれない中間的な膨らみで、全体的な雰囲気は厳格なものを感じる。
あとはこの麻雀部員5人全員が魔法を使えるという事にも触れておく。
説明の流れとしては魔法が使えない者と魔法が使える者のどちらが多いかは難しいところだと言いたくて、この学園への入学目的が魔法学習とは限らないので体感的な判断には個人差がある事に……
とりあえず塔子は部室の戸を内側から閉めてて、まだこの部室にいる気はあるという意思を示してる状況……そしてこの日、塔子は麻雀との邂逅を果たす――
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