第2話 はじめての魔法実技試験
時刻は17時。昼休みを挟んだ8時間授業体制のこの学園は希望者がいれば更に4時間の授業に参加出来るけど今日はその時間が魔法実技試験に充てられてる。
全寮制の学園で、学園敷地内の各生徒の居場所は常に学園のイーリスが把握してて多方向監視カメラと熱源探知や反響定位などにより得た情報による監視システムは余りにも旧来の技術なものの……それを24時間高精度で特定箇所の即時抽出を行えるのもイーリスの活かし方の1つ……そろそろ試験の話に移ろう。
さっきまでの試験はデジタルデータで用紙化された問題に専用のペンで答案を埋めて行き、試験終了後、そのデータに基づき筆跡なども忠実に再現した用紙を自動生成する事から入力式テストと呼ばれてます。
魔法実技試験は魔法の使える生徒が集まり様々な数値を測定……テストは3種目あり、一定範囲の的に命中させる際に伴う全て……速度、精度、回転率などを測定する『射的』。
次に試験官による一定威力の魔法を自らの魔法で対処し続ける『迎撃』……これは主に魔法の持続性を測ります。
最後に一辺2メートル立方体で何種類か用意された材質に対し、魔法によって規定された形に加工する『彫刻』……これは解説を少し入れる必要がありそう。
ある生徒は炎の球体を放つ魔法が使え、多少の威力はあるが球技に使える大きさに成長させる事が出来ない為、『ファイアショット』という魔法名……
このファイアショットで一辺2メートルの木材ブロックに三角形の断面を描けと指示された場合、例えファイアショットの威力が大きくても有利に働くとは限らない。
木材ブロックに対し的確な位置から方向へ必要以上の破壊を行わずに斜めにブロックを削る事が要求される……ショット系の魔法で無ければもっと容易に済ませる事も可能な為、この『彫刻』は得点の個人差が激しくなる。
塔子が使える魔法はこの試験と相性がよかった為、強度のある合金ブロックを選択し四角い断面も混ざってはいるが三角形の断面が目立つ立体への彫刻を実現……射的と迎撃の得点も高いものだった為、塔子は本試験へと進んだ。
「ここが本試験会場かぁ……丸い」
前述の三種目は毎回同じ内容だが、本試験の内容は月毎に変わり、試験内容は口外無用……聞き出す行為自体も禁止されている。唯一公開されている情報は少なくとも『戦闘』を行うという事でだけ……
「わ、何か出て来た」
さっきから試験会場で塔子が喋ってるので交戦前に色々話しておこう……塔子は入力テストの頃と服装が変わってなくて初期に支給される膝下まであるカーキ色のコートと、膝下程度の緑と赤のチェック柄スカート……緑の分量の方が多く全体的に暗い緑色思っておけばよさそう。
インナーは黒のTシャツで、この制服の生徒は黒以外の肌着の着用を認められていない……この事からコートは常に前開きである事を前提にデザインされてます。
塔子の髪はパールグレーで瞳はオレンジ、腰まで伸ばした髪はふわふわ形状というのは既に述べたので試験会場の話をしよう……
会場はドーム状で地面は平らに整地されている。横にも縦にも広く、この会場内に一戸建ての家を建てても余りある……
そんな広場の中央から出て来たのは中戦車に迫る大きさのカニで……鮮やかな水色のボディにピンクの模様が入った姿をしていてハサミは両腕とも大きいけど……
ちょっとここらで、このドーム施設について詳しく語ろうか。
ディスプレイ映像が平面止まりだった時代、立体的な映像表示を実現するディスプレイの存在に憧れを抱いた人もいたのかな……その技術はとうに実現されてて、空間に映像を投影する際の濃度問題も解消された。
簡単に言えば設備内に専用の素子を充満させ、データに基づいてそれに対応した色に変更する……あとはデータさえ用意すれば三次元空間で実現可能な形状と動作をする映像が実現可能……そしてこの施設内の空間全てが、その映像を映し出す範囲……
この時代では平面映像と立体映像は特に区別される事なく『映像』と呼ばれてるけど事前に用意した映像を動かすのと常時データを更新しながら映像を動かすのは条件がまるで違う。
「会場内の敵の反応を全て無くせば合格……か」
いつも眠そうな目付きの塔子だけど、今の口調は少し真剣で……
「じゃ、やるかな」
この発言でやや鋭い表情になり、殺気さえ読み取れそうだ。塔子は先制攻撃として射的テストにも使った魔法……ソニックワイヤーを手の平から放った。
この魔法は軌道が余り安定しないが平均秒速720メートル……つまりマッハ2の黄緑色の魔法の弾丸を比較的安定して発射する……命中率に不安がある為、塔子はこの魔法を常に数発連続で撃つようにしている。
水色のカニはその武骨な外見に見合った重厚な足音を響かせてるので、音速の弾丸を回避出来ずに全て直撃するけど……とてもダメージを与えた様子が無い。
「ダメかー……それなら牽制程度に当てて近付くかな」
すると塔子は時折カニの動きを封じるようにソニックワイヤーを当てては近づくけど……その間にも右の拳に何かの粒子を集めるかのような事をしてて、カニとの距離が十分になる頃には結構大振りの剣の形状になっていた。
この魔法の時は魔法の色はマゼンタになり鋭利な刃物として扱える……長さを妥協して3列にすれば鉤爪形状にもなるので、この魔法名にはクロウという文字が使われてたりします。
彫刻のテストで奇麗な断面を描けたのは、この魔法のおかげでソニックワイヤーが通用しない装甲の持ち主には大抵この魔法で切断を図る……このカニにもそんな一撃を加えようと程よい間合いで塔子は飛び掛かり、剣を振り下ろそうとした、次の瞬間――水色のカニは塔子の目の前から姿を消し、塔子は一瞬だけ驚く。
そして塔子の背後に回ったカニは大きなハサミで強烈な一撃を浴びせようとするけど……前述の通り、このカニは映像……見た目通りの挙動をする保証は何処にも無いです。
今まではこの大きさのカニがしそうな純重な動きと重量感溢れる足音を演じてたけど、実際は高速で相手の背後へ回り込む事が可能な機動性を誇っていた……今日はそれに気付かずにこのハサミで吹き飛ばされた生徒が後を絶たなかった。
こうして塔子が参加するまでは――
目標を消失した塔子は次の行動として真上に移動する事を選んだ……その方法はソニックワイヤーを真っ直ぐ撃つ……それだけで実現出来る。
ワイヤーと呼称してる通り、ソニックワイヤーは発射前に狙った距離まで飛ばした先と結合するかが選べ、まっすぐ伸びた魔法部分をその先端で吸収するような挙動で使用者を巻き上げる事を可能とする魔法で、移動手段としても重宝する魔法。
よって塔子はソニックワイヤーで上空に飛び上がり、そのまま地面にソニックワイヤーを放てば着地、横に放てば空中移動継続と回避には事欠かない。
「せっかく飛んだし……この武器もっと成長させるかなぁ」
塔子がそう呟くとソニックワイヤーで上空を飛び回り、マゼンタのソードを更に肥大化させる……そして高空から低空状態へ移行し、カニが振り被って来るように引き付け……再び上空へ移動し、カニの胴体を斜めに切り払おうとする。
「……手応えあり」
着地した後、振り返る直前にそう言った塔子……カニの胴体部分は両断され、映像が解除……実際は大きな2本のアームを振り回すホバー機体であった事を示すに十分な残骸が転がり……爆発した。
「さて……」
試験内容はさっき塔子が言ったように、会場内の敵の反応を全て無くせば合格……それを忘れていれば今、上空から行われた射撃を喰らってだろうね。
「クラブの次はワイバーン……かな」
塔子がそう言ったように、上空に出現したのは全体的に細身で脚はあるが手の無い2枚の翼の生えた銀色の爬虫類……間近で見ればメタリックな質感という事が判るけど、会場中央に急速に減少する数字を三方向毎に描画する大きな赤い球体が出現してて……そんな猶予は無い事を物語っていた。
射撃に自信がある生徒ならワイバーンの両翼を破壊し地面に落とした所を仕留めるという芸当も可能だけど塔子にはソニックワイヤーがあるのであっさり近付き、2発目の砲撃が来る前に、まだ残ってたソードで胴体部分を袈裟斬り……その直後、中央のカウンターは停止するけど……
突如会場内が緩やかに赤く点滅し始め物々しい警報音が鳴り響く。
そして中央に出現したのは巨大な目玉を嵌め込んだ縦長の何か……その表面は気味悪がるものが多そうな不気味な形状をしている……警報音は鳴り止み、その強膜部分は金色で瞳の部分はやかえに鮮やかな緑色。
それを胴体と言えるか怪しい紫色の部分が覆い、その表面には水色で太い血管のようなものが至る所にある……不気味な柱に眼球を付けた形状と言ってしまえば、それまでだけど……警報が止むと同時に中央のカウンターは目玉の出現で位置が上にズレたものの、数字の減少が再開している。
塔子はワイバーンを20秒程度で撃破したけど……手間取っていたら、この目玉を相手にする時間が確保出来なかったね……
そんな目玉が攻撃を仕掛けて来るようで、瞳部分が拡大しその先で光が集まり最初は微かに聞こえていた音が何かが渦巻くような威圧的な音量を立てる頃には目玉の倍はある球体が形成され、その射線には塔子がいる……
発射される頃には塔子は上空に退避したけど、さっき巨大と言った目玉の直径は2メートルを越えるくらいなので、その直径を更に上回るレーザーと言えそうなエネルギーが真っ直ぐ放たれた上に明らかに威力のある存在が空間を通過する音がレーザーが放出されてる間、途切れる事は無かった。
ようやく攻撃が治まった頃、レーザーの腹と言える部分を受けてた地面は奇麗に抉れ、その断面は赤熱し、湯気まで見えそうな音を立ててる……
こんな大技は連発出来ないと踏んだ塔子は未だに残ってるソードでこの異形の目玉を両断すべく飛び掛かるけど……その刃が目玉に届く事なく、塔子は地面に着地……ソードが満足な威力を保てないほど消耗したのでソードを解除した。
このまま決定打を与えられなければ時間切れとなり実技試験は不合格に終わる……そんな焦りを抱いた生徒は、この一連の目玉の動作の問題点を見落としてしまうだろう……そもそも――
こんな大出力のレーザーを生身の生徒にぶっ放す……そんな事をしてる時点でおかしいと気付ける……前述の通りこの会場全体が映像を表示出来る範囲……だから赤熱してる地面に触れれば理解出来るね……
地面が平地のままで映像で抉れたように見せているだけだって事に……先程、塔子の攻撃が空振りに終わった事もこれで説明が付きます。
ちなみにソードが消耗したのであって、塔子自身は消耗したとは言えない……ソードを維持し続けるのはかなり魔力を消費するけどね。
レーザーの威力に怯えて近付く事さえしなければこのタネに気付かずに棄権をした生徒もいたのかな……赤熱した地面にソニックワイヤーを突き立てた塔子は時間もないので仮説を実行すべく目玉へ近付く……
目玉は再び瞳を拡大しエネルギーを集中させ始め……この間に標的のいる方向に目玉が追従するのは前回同様……発射直後、塔子はソニックワイヤーで上空に飛び、直ぐに低空へ移動……
あとはこの魔法を目玉の周辺に浴びせるだけで……その魔法の色は黒系で簡単に言えば爆発を巻き起こす……
扉をブチ破るくらいの威力はあるけど威力は心許ない『ダークボム』という魔法で範囲もそこそこある……
ただし大掛かりな魔法ではない故に連発が可能で、これを塔子は目玉の周辺に手当たり次第に放ち、同一箇所を連続して爆発させるのもお手のもので……範囲を徐々にズラして行く。
そんな調子でダークボムの使用回数は増加して行ったけど3桁目に突入する前には塔子は目玉を映し出していた小型メカを全て撃破する事が出来、目玉の頭上のカウンターも止まった。
この小型メカは先程のワイバーンの胴体部分にも使われたもので、目玉の周辺に等間隔に複数並べられ映像による迷彩を施す事で有りもしない目玉を本体だと錯覚するよう誘導する……大規模な範囲魔法を使える生徒なら、この仕掛けに気付かずに初撃で終わった可能性あるかも……
「枚南塔子、合格」
合格のアナウンスが流れたので塔子は会場を出て、時刻は18時半過ぎ……さて、合成音声技術が発達した今、人間の肉声と機械の音声の区別が付かない事に触れた上で、今のアナウンスは肉声である事を言って、場面をその声の持ち主のいる部屋へ移そう……この際、内装の描写は省くかな。
「何だかんだでエトワ博士自慢の子ね……」
「性能としては物足りない面もありますが」
一連の戦闘を平面変換モードもあるけど立体表示のモニター越しで見ていた例のアナウンスをした人物の外見から説明……一言でいえばカエルのコートを着た幼女で、ストロベリー色の瞳にピンクゴールドの髪でおさげを形成している。
カエルコートは前開きのものでフード部分にはカエルの目玉が大きく突き出てて……コートのデザインはヒキガエルのような岩肌質感をリアルに再現した上で水色にしたもので、どの部分を見ても単調に見えない絶妙な柄……フード両側の目玉部分は彩度のキツイ朱色で瞳孔を黒い菱形にしている。
コートの下には白を基調とした所々にあるフリル部分が紫色というシンプルなワンピースを着てて……肉体年齢は8歳で実年齢は佐野山先生のそれを越える。
今は背丈の低い佐野山先生だけど、流石にこのカエル幼女ことラバロン学園長――
「彼女の場合、魔法はおまけ……普通の女の子としてこの学園で生活してくれるだけでもいいんだけど……」
「マスターの出題意図を見破る生徒……今日はあと何人出ますかねー」
さっきから学園長の横で喋ってる方も解説……背丈は高校生くらいで長い髪は真っ赤なくらい鮮やかだけど青みがあり、瞳は隠れてるけど翡翠色……
服装と言うには甲冑のようなデザインが目立つ紫色の鎧を適度な露出で装着。
鎧には所々金色の線などが走ってるけど、全体的に黒い紫色の鎧という印象に影響は無く、白い素肌の露出部分が胸部の上半分も該当する為、ここまで述べるとかなり大人びた印象を受けそうだけど……
前述の通り、背丈は高校生程度で体格もそれに準じる……人によっては顔の上半分を覆う兜を着た暗黒騎士……と言えば通じそうな彼女は、その爪の先端が尖っているなどの物々しい鎧のデザインに反して、最終的な印象は『少女』に落ち着く……この黒い鎧は彼女には不釣り合いとも言えるけど、そんな少女は――
国家規模セキュリティ支援ソフト……イーリスであり、名前は『リオナ』。
第一のイーリスの名前のスペルに対して、リオナはローマ字で打った通りだよ……ラバロン学園が設立されて以来、学園の一切のシステムとあらゆる演算を引き受け、学園内の施設の電子機器をサポートするネザーソード社製のソフト。
プログラムで動いてるのは確かなものの、それがどのような体系であるかは、ごく限られた社員しか知らず、競合会社であるアダムは既存のプログラム言語による支援ソフトは開発してるけど、演算速度や人工知能の完成度は劣化コピーすら名乗れない出来栄え……
それほどイーリスは群を抜く性能で、まだまだ語れる事もあるけど……塔子が寮に戻り始めたので、そっちを追う事にします。
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