第7話 移動料理人2

◆統一皇王紀1491年 ルヴァルスタン皇国 都市ニュロト


 ルヴィスは再び宿屋の二階五号室の前に居た。

 先ほどとは違い、物音一つしない扉の向こうの様子が気になって仕方がない。

 もしや何か事件でも起こってしまったのではないか、先ほど見て見ぬふりをしてあの場を立ち去ったことを少し後悔していた。

 意を決して扉をノックする。


「済みません、冒険者ギルドの依頼を受けてきたものですが…」


 しんっと静まり返った部屋からは何の反応も無い。

 

 コンコン

 

 もう一度、少し強めにノックをするが、反応は無い。

 寝込んでいたあの状態で外出するのは難しいだろう、ますます不安になったルヴィスはゆっくりと扉のノブに手を掛け力を込める。 すると、何の抵抗も無く扉が開く。恐る恐る扉を開き、細い隙間から中を覗く。

 

「ひっ」


 思わず悲鳴が口から洩れる。

 中の光景は凄惨だった。暴れたのだろうか、いろいろなモノが床に散乱しており、部屋の真ん中あたりにパオウがうつ伏せに倒れている。ベッドの上では腹を抑え丸まった状態でお師匠様と言われていた、恐らくフードイ・クックなのだろう人物が苦悶の表情で白目を剥いている。

 

 さしずめ有名料理人腹下し殺人事件とでも命名するべきだろうか。嫌な事件だった。

 ルヴィスは何も見なかったとばかりにゆっくりと扉を閉めようとした。

 

「げふっ、ゲホッゲホッ」


 突然フードイ・クックが目を覚まし咳き込みはじめた。どうやら死んではいなかったようだ。それはそうか、と思い直し中に入ると水瓶(奇跡的にこぼれても、壊れてもいなかった)に歩み寄り、近くにあったコップで水をすくうとフードイ・クックに渡した。


「げふっ、すまない」


 ゆっくりと水を飲み落ち着くフードイ・クック。そのまま辺りの惨状を見ると、大きなため息をつく。


「また、やってしまったようですね」

「また、とは?」


 ついつい話に入ってしまうルヴィス。


「いや、実は私は料理人をやっておりましてね。どうにも料理とか食材関連の事になると感情が抑えられなくなるのか、一気に爆発してしまうことが多々ありましてね」

「なるほど、それでこの惨状ですか」

「ええ、恥ずかしながら…」


 適当に会話を続けていると、相手がルヴィスの存在にやっと気が付いた。


「そう言えば、あなたは?」

「あ、申し遅れました。実は冒険者ギルドからの依頼を受けてきたルヴィスと申します」

「ああ、あなたが塔の魔女推薦の冒険者ですね!」

「正確には冒険者、では無いのですが、ええまあその様なものです」


 フードイ・クックの清々しい笑顔を見るに、塔の魔女の野郎がどうやら有る事無い事吹き込んでいそうな雰囲気を感じ警戒心を強めるルヴィス。


「それではこれから約一か月間、よろしくお願いしますね」

「ところで一か月、何をすれば良いのでしょうか」

「あれ、聞いてませんか」

「料理素材の収集の手伝いと料理、食材の毒見役とまでしか」


 おおむね間違っていません、とフードイ・クックは言った。

 

「私どもはもともと移動料理人と言うのをやっております。これはまた別途詳しくお話できればと思いますが、いまその仲間の一人が実家に帰っておりまして、その者の代わり努めていただきたいと。

「ポルルックさんと言う方でしたか?」

「おや、ご存じで?」

「いやいや、風の噂?で」

「はぁ」


 どうにも先ほどの騒動時にルヴィスが居たことを覚えていないようなので、余計な藪はつつかない事にした。


「まあ、そうです。ポルルックの代わりになりますね」

「その方は普段はどのような仕事を」


 これからの自分の仕事だ、詳細を聞いておこうと、フードイ・クックに尋ねる。


「基本的には、我々は役割分担をして料理をしております。私が料理のコンセプトと実際の調理担当、そこでひっくり返っているパオウが食材調達担当、そしてポルルックが荷物運びと毒見、調理助手、そして最後の味見担当となっています」

「パオウさんが食材調達がてら運ぶわけじゃないんですね」


 ふと気になった疑問を口にする。


「ええ、恥ずかしながら彼は狩人としての技能は有能なんですが、おっちょこちょいな所がありましてね。狩った得物を途中で他の動物に食われる事は日常茶飯事で、採集した素材なども、無くす、捨てる、気が付くと鞄に穴が開いていて取った食材が全部落ちている等々、どうにも向かないんですよ、色々と」


 水瓶一つ運ぶのにも難儀していたパオウの姿を思い出し妙に納得する。

 逆に狩人としての才能が有ることに驚いた。


「ちなみに、パオウさん大丈夫ですかね。先ほどからピクリとも動きませんが」

「大丈夫でしょう、いつも電池が切れるとこんなものです」

「なるほど…」


 ちらりとパオウの姿を見てみたが、驚くほど身動きせずに倒れたままだ。

 若干じゃないくらいは心配だが、そういうものと納得するしかない。

 

「つまり、パオウさんが捕った食材などを私が運ぶと言う事をメインにやれば良いという事ですかね?」

「そうですねー。基本的にポルルックが帰ってくるまではこの街に拠点を置くので、ここから行ける範囲で食材などを集めてもらいます。あとできれば私の助手として調理も手伝っていただければ有難いです」

「とりあえず依頼の内容は分かりました。これから一か月よろしくお願いします」


 ルヴィスが手を出すと、フードイ・クックが握り返してくる。


「こちらこそよろしくお願いします。いやー、元勇者のルヴィスさんにお手伝いいただくなんて恐れ多いですね」


 あのおしゃべり塔の魔女、帰ったらしばき倒す。そう決意したルヴィスだった。



◇ ◇ ◇


「ところで、移動料理人って言うのは、普通の料理人と何が違うんですか?」


 パオウが死んだように眠ったまま目を覚まさないので、仕事を振るわけにも行かず、とりあえずフードイ・クックの部屋でなんだかんだと雑談をしていた。

 一応ルヴィス自身も移動料理人自体は王国時代に出会った事があったが、もしかしたら魔王が治める皇国では意味合いが違うのかもしれない。そう思い、尋ねてみた。


「そうですね、宮廷料理人や市井の食堂などの料理人と違う所は、一か所にとどまることが無いと言う事ですね。なにせ『移動』料理人ですから」


 移動を強調するようにフードイ・クックは話す。

 曰く移動料理人は、一所に留まることなく常に、新しい食材、新しい香辛料、新しい料理方法を求めて各地を旅する料理人の事らしい。行く各地で、屋台形式や、食堂などの調理場を借りたり、貴族などに招かれ宮廷料理を作ったりと、作成した料理を披露する場は困らないらしい。しかし一番多いのは、旅の商隊や、冒険者との移動中に料理することであり、たまたま一緒になった冒険者などは狂喜乱舞するとの事だ。

 

 移動料理人自体はフードイ・クック以外にも実は多く存在する。しかしながら、その殆どは人族の王国をメインに活動しており、魔王が支配している皇国内では珍しい。恐らくフードイ・クックくらいしかいないだろう。

 そもそもが、皇国内での移動は他の地域より危険を伴う。凶悪な魔獣達に、この地を生き抜く野党達も大きな脅威だ。そんな中、料理の為にのんびりと旅をすること自体が難しいのは仕方がない。

 

 しかしながら、逆に考えるとこの地はまだ見ぬ食材の宝庫であった。誰も侵入していない森や渓谷には見知らぬ動物や魔獣が存在し、野草やキノコ、魚など市井には出回っていない食材が多く存在する。それを人族の地域からも一攫千金、未知の食材を求めて何人もの移動料理人や食材調達者が皇国を訪れて、淘汰されていった。

 その様な中生き残り移動料理人を続けているフードイ・クックは移動料理人はおろか、通常の料理界からもレジェンドと呼ばれる存在になっており、その料理は各国の王たちがこぞって求め、多額の報酬で宮廷晩餐会を開くと言う。

 彼の作る創作料理は独創的で、今まで見たことも食べた事も無い食材を多く使い、そして一番重要な事ではあるが美味であるらしい。誰もがフードイ・クックの料理を食べると他の料理が食べられなくなってしまうと言う。


 とここまでがフードイ・クック自らが語った内容である。

 どこまで本当であるかは微妙なところだ。特にレジェンドと言う下りの辺りは。


 とは言え冒険者ギルドの受付嬢の話も加味してもそれほど外れてはいないのだろう。

 寡聞にしてルヴィスは聞いたことが無かったが、フードイ・クックはどうやら有名な料理人であるらしい。そして、どうやら移動料理人の定義は王国のそれと大して変わらない事がわかった。

 どちらかと言うと、王国側の移動料理人は移動して料理を作ることがメインになるが、こちらは未知の素材を求めて旅をして新しい料理を創作することを主に置いていると解釈できそうだ。

 

 フードイ・クックの話をぼんやりと聞き流しながらそんな事を考えていたルヴィスだったが、ふと未だに部屋の中央で倒れた様に寝ているパオウが気になった。


「そう言えば」

「はい?」


 彼は話し好きらしく今まで作った料理や、食材の事、料理を食べた相手の反応など延々と話していたところで、突然のルヴィスの差し込みである。話を遮られたことに少し不満そうな顔をしながら、問い返してくる。


「パオウさん、大丈夫なんですかね?」

「?」


 何が、と言う顔で首を傾げるフードイ・クック。

 

「いやいや、ここでぶっ倒れてるじゃないですか。さっきからピクリとも動かないし」

「あー、大丈夫ですよ。よくある事です。そのままの方が静かでいいんじゃないですかね」


 明け透けも無くそんなことを言い放ってきた。


「いやいや、しかしピクリとも動かないのはちょっと心配になりますよ」

「そうですか。まぁ、確かに初めての人はそう思うかもしれませんね」


 そう言いながら、ベッドの傍らに置かれていた鞄を引き寄せる。


「これは高価なのであまり使いたくないんですけど…」


 そう言いながら小さな壺を取り出した。コルクの様なモノでしている栓をひっこ抜くと、ほんのり甘い匂いが部屋に漂う。


「ちょっとここに指を入れてみてください。あ、ほんとに高いので小指で少しだけでいいですよ」


 めんどくさい注文を付けながら、壺を差し出してきたのでルヴィスは言うとおりに小指を少し壺の中に指しこんだ。

 ヌルっとした感触と共に、指先に何かが付く。

 取り出してみると、綺麗な黄金色の液体が小指の先にまとわりついていた。


「ハチミツ、ですか?」


 顔の近くで匂いと色などを観察しながらルヴィスが尋ねる。


「ええ、キラービーのハチミツなので中々取れなくて高級なんですよ。この壺一杯分で、多分下級騎士の家が買えるんじゃないかなぁ」


 そんなに高いものなのか。

 キラービーのハチの巣なんか死んでも近づきたくないが、それだけ高価なものなら恐れを知らない冒険者が捕りに行くかもしれない。

 

「そろそろ量も少なくなってきたので、後でパオウと一緒に取りに行って貰いますね」

「はい?」


 何を言っているのか理解できない。ルヴィスは真顔で問い返してしまった。


「ですから、お仕事ですよ、お仕事」「

「すみません、わたし、元勇者ですけど、キラービーと戦えるほど強くないです」


 情けない事を情けない感じで告白する。

 事実今の実力ではキラービーには瞬殺されるだろう。自分の実力は良く分かっているつもりだ。


「ああ、その事なら大丈夫ですよ。今持ってるこれもパオウが取ってきたものですから、彼に任せれば問題ありません」

「パオウさんが?」

「ええ、言いましたよね、パオウが食材調達担当って」


 この子はそんなに強いのだろうか、正直出会ってからの様子を見るとそんなに強そうには見えない。能ある鷹は爪を隠すと言うし、色々と隠しているのかもしれない。

 どうしてもそうは見えないが…

 

「で、これをどうすれば良いですか?」


 小指に付けたハチミツを見せながら聞いてみる。


「ああ、それをパオウの口元に突っ込んでください」

「突っ込む?」

「ええ、口にずぼっと」


 言われるままにパオウの顔の近くに小指を持っていくと匂いを嗅ぎ取ったのか鼻をピクリと動かした。

 そのままゆっくりと小指を口元に近づける、と突然パオウがパクっとルヴィスの小指に食いついた。

 口の中でぺろぺろと小指を舐めるパオウ。ルヴィスはパオウの生暖かい舌の動きを小指全体で味わうことになった。

 

 ゾワゾワと背筋が鳥肌を立てる、たまらなくなりパオウの口から小指を引っこ抜く。

 

「うぉう」

「甘い、甘い、ハチミツはどこですか?」


 ピクリとも動かなかったパオウは、ハチミツを舐めると勢いよく立ち上がり、鼻を鳴らしながらクンクン辺りを探る。


「目を覚ませ!」


 後ろからパオウの脳天に手刀を当てるフードイ・クック。

 

「痛いですよぅ、お師匠様ぁ」

 

 涙目でうずくまるパオウを気にせず、フードイ・クックはルヴィスを紹介する。


「パオウよ、こちらがこれから一か月間ポルルックの代わりを務めてくださるルヴィスさんだ。ご挨拶しなさい」

「あ、さっきの親切な旅人さんです。どうしてここに居るのですか?」

「てやっ!」


 再びフードイ・クックの手刀がパオウを襲う。

 

「ひぎゃ!」

「今説明しただろうが、ポルルックの代わりになんでもやってくれる人だ」


 意外とフードイ・クックも口が悪い。何となくポルルックに同情してしまう。恐らくルヴィスと同じように雑用なんかをなんでも割り振られる役割なんだろう。


「ポルさんの代わりですか! 嬉しいです、嬉しいです! ルヴィスさん、よろしくお願いしますです!」


 ニコニコとほほ笑むパオウと握手を交わす。

 今回の仕事は大変そうだな、と思うルヴィスであった。



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